35 / 73
第1章『始まりの村と魔法の薬』編
第28話 月光草/Moon Wave Flower
しおりを挟む
「うわぁぁぁ! 逃げろ! 逃げろぉ!」
ソウヤの絶叫が真夜中のカロポタス村に響き渡る。その声に続き、エレリアとミサも必死に前へ前へと足を動かし、朽ちた建物の間を駆け抜けていく。
剣の加護によって、エレリアたちはなんとか白い影の包囲網から抜け出すことができた。その後はどうしたかと言うと、ただ『逃げる』の一択だ。もちろん剣の力を借りれば奴らを倒すことなど容易いだろうが、何より敵の数が多すぎるのだ。エレリア、ミサ、ソウヤの3人に対して、敵の数は正直言って数え切れない。この状況だと、一体一体まともに相手にしていたらキリがないのは言うまでもない。
その時、エレリアがふと後ろを振り返ると、あの白い影の集団がおぞましいオーラを漂わせ、逃げるエレリアたちを追って来ていた。
「ひええぇぇぇ!!」
かつての森で魔獣に追いかけられた時とは比にならないほどの恐怖が全身を凍らせる。もはや、これは現実で起こっている出来事なのか疑ってしまいたくなるほどだ。
相手は正体すら想像することができない謎の存在。ただ、ある程度彼らとは距離があるにも関わらず、奴らから謎の殺気と憎悪を感じるのだ。それも、生々しいほどの。
あいつらは一体何なのだ。この村に巣食う魔物なのか、それとも悪霊なのか。今の状況だけでは、微塵も推測することができない。
兎に角、決して出会ってはいけなかったのだ。
「あぁっ、ヤバっ!!?」
すると、突然傍らで焦り顔のミサが後ろを振り返って叫んだ。
その声にエレリアとソウヤも視線だけを後ろに向けた。
「おいミサ、どうしたんだよ!」
「あぁ、どうしよう! 家の鍵落としちゃった!!」
「はぁ!? 家の鍵なんかどうでもいいだろ!!置いてけ!」
「でも、あれがないと家に入れなくなっちゃうっ!!」
「てか、何でこのタイミングで鍵を落とすんだよ!!」
ソウヤは呆れ果てたように渇いた笑い声を漏らす。
すると、次の瞬間ミサは思わぬ行動に走った。なんと何を血迷ったのか彼女は踵を返し、落とした鍵を拾いに行こうとするのだった。
「ちょっと、ミサ!?」
「大丈夫!」
「おい、バカ!! 死ぬぞ!!」
不意に落としてしまった家の鍵を拾いに行くべく、逃走方向とは逆に走り出したミサ。そんな彼女に対して、エレリアとソウヤは血の気を失ってしまいそうな気分だった。
ミサが逆走するほどに白い影との距離はどんどん詰められていく。
そして、一方のミサは落とした家の鍵をなんとか手中に収めることができた。
「はぁ、良かった……」
だが、時すでに遅し。
ミサの目前には、あの白い影が赤く血に濡れた十字架型の短刀を手に、殺気に満ちた両目をギラつかせ今にも彼女に襲いかかろうとしていた。
「ミサ!!」
「あぁ……!」
あまりの恐ろしさに腰が抜けてしまい、ミサはうまく立ち上がることができない。
「もうダメだ!!」
彼女の悲惨な未来を悟ってソウヤが現実を遮断するように強く両目を閉じる。
しかし、そんな中エレリアは諦めず大声で叫んだ。
「ミサぁ! 頭抱えて!!」
「えっ!?」
そして、月の光を帯びて神々しく輝いている剣を振り上げ、
「これでも喰らえっ!!」
と、闘志に満ちた勢いのまま、思いっきり振り切った。
エレリアの声に呼応するように、ミサはとっさに頭を両手で抱え地面に伏せる。
そして次の瞬間、空を切った剣からなんと不思議な光の波動が生み出された。それは次第に鋭利な刃へと姿を変え、ミサに襲いかかろうとする白い影に向かって牙を剥いた。月光の力を宿したその波動の刃は、あの時森で魔獣たちを退かせたものよりも遥かに威力を増しているように見えた。
突然のエレリアからの反撃に、白い影は慌てて光の壁を展開し防御の体制に入った。しかし、刃の波動はいとも容易く光の防御壁を貫き、そのまま奴の肉体を深く切り裂いた。
白い影の肉体から赤い血煙が吹き出る。やはり、彼らは幽霊などではなく、れっきとした生物のようだ。その証拠に、傷口から溢れ出る鮮血が彼らが生物だということを物語っている。
「ミサ! 早く!」
エレリアのカウンター攻撃に白い影たちが呆気に取られている隙に、ミサは急いで立ち上がり、そのままエレリアたちは颯爽とその場から姿をくらました。
「はぁ、はぁ、なんとか逃げ切ったみたいだね……」
あれからしばらく無我夢中で逃げ続け、気づけばまったく知らないところに3人はいた。後ろを振り返ったところ、奴らが追ってきている気配はない。
とにかく、急死に一生を得ることができた。
「バっカ野郎、ミサ!! なんなんださっきのは、危うく死ぬとこだったぞ! 分かってんのか!」
「いいじゃん! あのまま鍵を落としたまんまだったら、どうすんの! 家に入れなくなるとこだったんだよ!?」
「てか、そこまで危険を冒してやることか!?」
「ちょっと、ミサ! ソウヤ!」
またもや二人が口喧嘩を始めたので、エレリアは急いで二人を制止した。当たり前だが、こんなところで喧嘩などしてる場合ではない。むしろ今はいかに手を取り合って、この状況から脱するかを考えるべきだ。
「わりぃ、わりぃ。なんか、ここにいると妙にイライラしちまうんだよなぁ……」
エレリアから咎められ、ソウヤはバツが悪そうに髪をくしゃくしゃとかいた。
思えばソウヤとミサは、この村にやってきてからなぜか顕著にいがみ合いが多いような気がする。だがそれに引き換え、エレリア自身は特にこれといった気分の変化は感じられなかった。この違いは一体何なのか。
「とにかく、早くこの村から出ようよ!」
すると、ふいにミサが後ろから声をあげた。
しかし、二人はミサのその発言に苦しそうに言葉を詰まらせた。
「うーん……、とは言っても、どうするよ。むやみに歩き回ってもまたあいつらに見つかるだけだろ? ここが村のどこか分かんない以上、出口もどこにあるか分かんないだろ」
「かと言って、この場にとどまるわけにもいかないし……」
「ちょっと二人とも何怖じけてるの! 大丈夫だよ! なんてたって、私達にはリアちゃんの剣があるんだから!」
「まぁ、正確には俺の剣だけどな……」
「もし何かあっても、この剣でバッタバッタさっきの奴らをやっつけてくれるよねぇ、リアちゃん!?」
「えっ、ま、まぁね……」
「あぁ!!」
エレリアが返答に困り思わず渇いた笑みを漏らしかけると、いきなりミサが脇目も振らず短い驚きの声を上げた。
「おいおい、今度はなんなんだぁ?」
「えっ、ちょっと待って、あれ見てよ! あれ! ほら!」
ぴょんぴょん飛び跳ね、溢れんばかりの喜びを見せるミサ。そのはしゃぎようから、よほど嬉しいことがあったのだと、わざわざ尋ねなくても容易に想像がつく。
「おい、あれ、ってどれだよ。分かんねぇよ」
「あれだよ、あれ! 見えないの?!」
鼻息を荒くするミサに、目を凝らして遠くを眺めるソウヤ。
「ほら、あれだよ! 月光草だよ!」
その言葉に、エレリアは思い出した。元はと言えば自分たちは、ポーションを作るためには必要な材料月光草を取りにこの村に来たのだった。あまりの災難の連続に本来の目的を完全に忘れてしまっていた。
「おぉ! ついに見つけたのか!」
「うん!」
そうと分かれば、モタモタしている時間はない。
3人は駆け出すミサの後に続き、月光草が咲く場所まで足を進めた。
「すごい……。これが月光草……」
ついに実物を前にしたエレリアたちは、その花の美しさに我を忘れて感嘆の吐息を漏らした。
満月の夜にしか咲かないと言われるその花は、呪われし廃村の黒い大地に根を伸ばし、月の光を受けて真夜中の闇を温かい光で照り返していた。それは、例えるならまさに地上に浮かぶ月のようだった。
これを採取すれば、ついにポーションが完成する。
「よしっ、そうと分かれば早いとこ回収して、さっさとトンズラしようぜ!」
ソウヤに促されるがままミサは背負っていたリュックから分厚い布でできた小袋とスコップと謎の液体を取り出した。
「実はこの月光草は普通に茎から普通に刈り取るだけじゃダメなの。根っこまでキレイに掘り起こして、それでこの『月のしずく』で濡らして保存しないといけなくて」
そう言うミサの手には、ポーションとはまた違う黄色い液体の入った小瓶が握られていた。
「ここにきて、まだ新アイテムが出てくるのか……。てか、何なんだよ、その『月のしずく』ってやつは」
「ええっと、これは、ね……。ちょっと言いづらいんだけど……」
すると、ミサは何やら頬を赤らめて言葉を濁した。
「おい、どうしたんだよ急に。気になるじゃねぇか、早く言えよ」
恥ずかしそうに視線をそらすミサを、ソウヤは強気に問い詰める。
「んとね、これ実はね、その……、オシッコが材料で使われてるの……」
「はぁ!?」
「えっ!?」
ミサの口から放たれた驚愕の事実に、ソウヤだけでなくエレリアまでも我が耳を疑ってしまった。
「い、言っとくけど、私のじゃないからね!!」
「なんだよ、おまえがその月のしずくってやつを採水してるとこ、ちょっとだけ想像しちまったじゃねえか」
「ねぇ、やめてよ!!」
興奮気味に怪しい微笑を浮かべるソウヤに対し、ミサが顔を真っ赤にして、怒りをあらわにする。
「お? 待てよ。ってことはだな、この月のしずくってやつは、まさか人の……?」
「そ、そうだよ……!」
「うわぁ、きったねえ!!」
黄色い液体の正体が人の小便だと知り、ソウヤは急いで液体から後ずさった。『月のしずく』などと言う小洒落たネーミングをしているが、実際は人の身体から出たただの汚水だった。
「あっ、でも誤解しないでほしいのは、こういうことはポーション師の世界では当たり前のことなんだよ。特に、この『月のしずく』は偉い賢者様のものらしいの。賢者様のやつには魔力がいっぱい詰まってるみたいだからね」
「いや賢者様の聖水つっても、全然フォローになってねぇぞ……」
ソウヤは失笑と共に呆れた笑みをこぼす。
「けど、言われてみれば俺の国でも動物のクソとかも田んぼの肥料とかに使ってたって聞いたし、そんなもんなのかな」
ただ、そうは言ってもやはり心地いいものではないことは確かだ。
ミサは何の気無しに液体の入った瓶を持っているが、やはり人は慣れてしまえば何も感じないらしい。
「……まぁ、いいや。とにかく早くやってくれよ。もたもたしてると、アイツらがやってくるかもしれねぇ」
「大丈夫、大丈夫。すぐ終わるから」
そう言うと、早速ミサは作業に取り掛かった。
「うん?」
一方でエレリアが遠くを眺めていると、遠方から何やら物体のようなものが近づいてきているのが見て分かった。
「何だろう、あれ」
目を凝らして様子を伺ってみる。
不気味にうごめく白いモワモワとした物体。それも一つではない、無数にいる。
『白い』という特徴だけで、すでに嫌な胸騒ぎがしていたが、その予感の正体がついに現実になって現れようとしていた。
「ちょっと、嘘でしょ……」
そして、エレリアは確信した。
闇の向こうから現れた正体不明の物体はやはり先ほど自分たちを追いかけてきたあの白い影の群衆だった。それも、まっすぐこちらに向かってきている。
「あぁ!! 来た!! あいつらだ!!」
エレリアが切迫した様子で叫ぶ。
「何だってぇ!?」
その声を聞き、ソウヤも急いで確認する。
「やべぇ! バレやがったか! ミサ、逃げるぞ!」
「ちょ、ちょっと待って!」
彼はミサに逃げるよう促すが、どうやら彼女がまだ月光草を刈り取れていないようで、今すぐ逃げることができそうにない。しかし、白い影の軍団はこちらの都合などお構いなく、エレリアたちに向かって容赦なく迫ってくる。
「おい! 何やってんだよ、早くしろよ!」
「ほんとにあと少しだから!」
ミサも慌てて作業の手を早めようとするが、何しろ月光草は希少な植物かつポーションの心臓部位とも呼べる材料。そう、気安く傷つけてしまってはすべてが無駄になる。
むしろ、切迫した状況だからこそ余計に焦ってしまい、うまく作業が進まない。
「ミサぁ!」
ソウヤの叫び声から、彼の焦り具合が伝わってくる。だが、ここで作業を諦めて逃げてしまっては月光草を手に入れることができず、ここに来た意味がなくなってしまう。
対して、その様子を眺めていたエレリアはソウヤに伝えた。
「よし、ソウヤ! ここは私たちで喰い止めよう!」
「ちょっ、喰い止めるって、正気か!? 俺たちじゃ、どうしようも……」
「いいから! やるよ!」
「……あぁ、あぁ、わっーたよ!」
エレリアから強気に後押しされ、弱気だったソウヤも捨て身の精神で、予め持ってきていた質素な鉄の剣を仕方なく構えた。
(続く)
ソウヤの絶叫が真夜中のカロポタス村に響き渡る。その声に続き、エレリアとミサも必死に前へ前へと足を動かし、朽ちた建物の間を駆け抜けていく。
剣の加護によって、エレリアたちはなんとか白い影の包囲網から抜け出すことができた。その後はどうしたかと言うと、ただ『逃げる』の一択だ。もちろん剣の力を借りれば奴らを倒すことなど容易いだろうが、何より敵の数が多すぎるのだ。エレリア、ミサ、ソウヤの3人に対して、敵の数は正直言って数え切れない。この状況だと、一体一体まともに相手にしていたらキリがないのは言うまでもない。
その時、エレリアがふと後ろを振り返ると、あの白い影の集団がおぞましいオーラを漂わせ、逃げるエレリアたちを追って来ていた。
「ひええぇぇぇ!!」
かつての森で魔獣に追いかけられた時とは比にならないほどの恐怖が全身を凍らせる。もはや、これは現実で起こっている出来事なのか疑ってしまいたくなるほどだ。
相手は正体すら想像することができない謎の存在。ただ、ある程度彼らとは距離があるにも関わらず、奴らから謎の殺気と憎悪を感じるのだ。それも、生々しいほどの。
あいつらは一体何なのだ。この村に巣食う魔物なのか、それとも悪霊なのか。今の状況だけでは、微塵も推測することができない。
兎に角、決して出会ってはいけなかったのだ。
「あぁっ、ヤバっ!!?」
すると、突然傍らで焦り顔のミサが後ろを振り返って叫んだ。
その声にエレリアとソウヤも視線だけを後ろに向けた。
「おいミサ、どうしたんだよ!」
「あぁ、どうしよう! 家の鍵落としちゃった!!」
「はぁ!? 家の鍵なんかどうでもいいだろ!!置いてけ!」
「でも、あれがないと家に入れなくなっちゃうっ!!」
「てか、何でこのタイミングで鍵を落とすんだよ!!」
ソウヤは呆れ果てたように渇いた笑い声を漏らす。
すると、次の瞬間ミサは思わぬ行動に走った。なんと何を血迷ったのか彼女は踵を返し、落とした鍵を拾いに行こうとするのだった。
「ちょっと、ミサ!?」
「大丈夫!」
「おい、バカ!! 死ぬぞ!!」
不意に落としてしまった家の鍵を拾いに行くべく、逃走方向とは逆に走り出したミサ。そんな彼女に対して、エレリアとソウヤは血の気を失ってしまいそうな気分だった。
ミサが逆走するほどに白い影との距離はどんどん詰められていく。
そして、一方のミサは落とした家の鍵をなんとか手中に収めることができた。
「はぁ、良かった……」
だが、時すでに遅し。
ミサの目前には、あの白い影が赤く血に濡れた十字架型の短刀を手に、殺気に満ちた両目をギラつかせ今にも彼女に襲いかかろうとしていた。
「ミサ!!」
「あぁ……!」
あまりの恐ろしさに腰が抜けてしまい、ミサはうまく立ち上がることができない。
「もうダメだ!!」
彼女の悲惨な未来を悟ってソウヤが現実を遮断するように強く両目を閉じる。
しかし、そんな中エレリアは諦めず大声で叫んだ。
「ミサぁ! 頭抱えて!!」
「えっ!?」
そして、月の光を帯びて神々しく輝いている剣を振り上げ、
「これでも喰らえっ!!」
と、闘志に満ちた勢いのまま、思いっきり振り切った。
エレリアの声に呼応するように、ミサはとっさに頭を両手で抱え地面に伏せる。
そして次の瞬間、空を切った剣からなんと不思議な光の波動が生み出された。それは次第に鋭利な刃へと姿を変え、ミサに襲いかかろうとする白い影に向かって牙を剥いた。月光の力を宿したその波動の刃は、あの時森で魔獣たちを退かせたものよりも遥かに威力を増しているように見えた。
突然のエレリアからの反撃に、白い影は慌てて光の壁を展開し防御の体制に入った。しかし、刃の波動はいとも容易く光の防御壁を貫き、そのまま奴の肉体を深く切り裂いた。
白い影の肉体から赤い血煙が吹き出る。やはり、彼らは幽霊などではなく、れっきとした生物のようだ。その証拠に、傷口から溢れ出る鮮血が彼らが生物だということを物語っている。
「ミサ! 早く!」
エレリアのカウンター攻撃に白い影たちが呆気に取られている隙に、ミサは急いで立ち上がり、そのままエレリアたちは颯爽とその場から姿をくらました。
「はぁ、はぁ、なんとか逃げ切ったみたいだね……」
あれからしばらく無我夢中で逃げ続け、気づけばまったく知らないところに3人はいた。後ろを振り返ったところ、奴らが追ってきている気配はない。
とにかく、急死に一生を得ることができた。
「バっカ野郎、ミサ!! なんなんださっきのは、危うく死ぬとこだったぞ! 分かってんのか!」
「いいじゃん! あのまま鍵を落としたまんまだったら、どうすんの! 家に入れなくなるとこだったんだよ!?」
「てか、そこまで危険を冒してやることか!?」
「ちょっと、ミサ! ソウヤ!」
またもや二人が口喧嘩を始めたので、エレリアは急いで二人を制止した。当たり前だが、こんなところで喧嘩などしてる場合ではない。むしろ今はいかに手を取り合って、この状況から脱するかを考えるべきだ。
「わりぃ、わりぃ。なんか、ここにいると妙にイライラしちまうんだよなぁ……」
エレリアから咎められ、ソウヤはバツが悪そうに髪をくしゃくしゃとかいた。
思えばソウヤとミサは、この村にやってきてからなぜか顕著にいがみ合いが多いような気がする。だがそれに引き換え、エレリア自身は特にこれといった気分の変化は感じられなかった。この違いは一体何なのか。
「とにかく、早くこの村から出ようよ!」
すると、ふいにミサが後ろから声をあげた。
しかし、二人はミサのその発言に苦しそうに言葉を詰まらせた。
「うーん……、とは言っても、どうするよ。むやみに歩き回ってもまたあいつらに見つかるだけだろ? ここが村のどこか分かんない以上、出口もどこにあるか分かんないだろ」
「かと言って、この場にとどまるわけにもいかないし……」
「ちょっと二人とも何怖じけてるの! 大丈夫だよ! なんてたって、私達にはリアちゃんの剣があるんだから!」
「まぁ、正確には俺の剣だけどな……」
「もし何かあっても、この剣でバッタバッタさっきの奴らをやっつけてくれるよねぇ、リアちゃん!?」
「えっ、ま、まぁね……」
「あぁ!!」
エレリアが返答に困り思わず渇いた笑みを漏らしかけると、いきなりミサが脇目も振らず短い驚きの声を上げた。
「おいおい、今度はなんなんだぁ?」
「えっ、ちょっと待って、あれ見てよ! あれ! ほら!」
ぴょんぴょん飛び跳ね、溢れんばかりの喜びを見せるミサ。そのはしゃぎようから、よほど嬉しいことがあったのだと、わざわざ尋ねなくても容易に想像がつく。
「おい、あれ、ってどれだよ。分かんねぇよ」
「あれだよ、あれ! 見えないの?!」
鼻息を荒くするミサに、目を凝らして遠くを眺めるソウヤ。
「ほら、あれだよ! 月光草だよ!」
その言葉に、エレリアは思い出した。元はと言えば自分たちは、ポーションを作るためには必要な材料月光草を取りにこの村に来たのだった。あまりの災難の連続に本来の目的を完全に忘れてしまっていた。
「おぉ! ついに見つけたのか!」
「うん!」
そうと分かれば、モタモタしている時間はない。
3人は駆け出すミサの後に続き、月光草が咲く場所まで足を進めた。
「すごい……。これが月光草……」
ついに実物を前にしたエレリアたちは、その花の美しさに我を忘れて感嘆の吐息を漏らした。
満月の夜にしか咲かないと言われるその花は、呪われし廃村の黒い大地に根を伸ばし、月の光を受けて真夜中の闇を温かい光で照り返していた。それは、例えるならまさに地上に浮かぶ月のようだった。
これを採取すれば、ついにポーションが完成する。
「よしっ、そうと分かれば早いとこ回収して、さっさとトンズラしようぜ!」
ソウヤに促されるがままミサは背負っていたリュックから分厚い布でできた小袋とスコップと謎の液体を取り出した。
「実はこの月光草は普通に茎から普通に刈り取るだけじゃダメなの。根っこまでキレイに掘り起こして、それでこの『月のしずく』で濡らして保存しないといけなくて」
そう言うミサの手には、ポーションとはまた違う黄色い液体の入った小瓶が握られていた。
「ここにきて、まだ新アイテムが出てくるのか……。てか、何なんだよ、その『月のしずく』ってやつは」
「ええっと、これは、ね……。ちょっと言いづらいんだけど……」
すると、ミサは何やら頬を赤らめて言葉を濁した。
「おい、どうしたんだよ急に。気になるじゃねぇか、早く言えよ」
恥ずかしそうに視線をそらすミサを、ソウヤは強気に問い詰める。
「んとね、これ実はね、その……、オシッコが材料で使われてるの……」
「はぁ!?」
「えっ!?」
ミサの口から放たれた驚愕の事実に、ソウヤだけでなくエレリアまでも我が耳を疑ってしまった。
「い、言っとくけど、私のじゃないからね!!」
「なんだよ、おまえがその月のしずくってやつを採水してるとこ、ちょっとだけ想像しちまったじゃねえか」
「ねぇ、やめてよ!!」
興奮気味に怪しい微笑を浮かべるソウヤに対し、ミサが顔を真っ赤にして、怒りをあらわにする。
「お? 待てよ。ってことはだな、この月のしずくってやつは、まさか人の……?」
「そ、そうだよ……!」
「うわぁ、きったねえ!!」
黄色い液体の正体が人の小便だと知り、ソウヤは急いで液体から後ずさった。『月のしずく』などと言う小洒落たネーミングをしているが、実際は人の身体から出たただの汚水だった。
「あっ、でも誤解しないでほしいのは、こういうことはポーション師の世界では当たり前のことなんだよ。特に、この『月のしずく』は偉い賢者様のものらしいの。賢者様のやつには魔力がいっぱい詰まってるみたいだからね」
「いや賢者様の聖水つっても、全然フォローになってねぇぞ……」
ソウヤは失笑と共に呆れた笑みをこぼす。
「けど、言われてみれば俺の国でも動物のクソとかも田んぼの肥料とかに使ってたって聞いたし、そんなもんなのかな」
ただ、そうは言ってもやはり心地いいものではないことは確かだ。
ミサは何の気無しに液体の入った瓶を持っているが、やはり人は慣れてしまえば何も感じないらしい。
「……まぁ、いいや。とにかく早くやってくれよ。もたもたしてると、アイツらがやってくるかもしれねぇ」
「大丈夫、大丈夫。すぐ終わるから」
そう言うと、早速ミサは作業に取り掛かった。
「うん?」
一方でエレリアが遠くを眺めていると、遠方から何やら物体のようなものが近づいてきているのが見て分かった。
「何だろう、あれ」
目を凝らして様子を伺ってみる。
不気味にうごめく白いモワモワとした物体。それも一つではない、無数にいる。
『白い』という特徴だけで、すでに嫌な胸騒ぎがしていたが、その予感の正体がついに現実になって現れようとしていた。
「ちょっと、嘘でしょ……」
そして、エレリアは確信した。
闇の向こうから現れた正体不明の物体はやはり先ほど自分たちを追いかけてきたあの白い影の群衆だった。それも、まっすぐこちらに向かってきている。
「あぁ!! 来た!! あいつらだ!!」
エレリアが切迫した様子で叫ぶ。
「何だってぇ!?」
その声を聞き、ソウヤも急いで確認する。
「やべぇ! バレやがったか! ミサ、逃げるぞ!」
「ちょ、ちょっと待って!」
彼はミサに逃げるよう促すが、どうやら彼女がまだ月光草を刈り取れていないようで、今すぐ逃げることができそうにない。しかし、白い影の軍団はこちらの都合などお構いなく、エレリアたちに向かって容赦なく迫ってくる。
「おい! 何やってんだよ、早くしろよ!」
「ほんとにあと少しだから!」
ミサも慌てて作業の手を早めようとするが、何しろ月光草は希少な植物かつポーションの心臓部位とも呼べる材料。そう、気安く傷つけてしまってはすべてが無駄になる。
むしろ、切迫した状況だからこそ余計に焦ってしまい、うまく作業が進まない。
「ミサぁ!」
ソウヤの叫び声から、彼の焦り具合が伝わってくる。だが、ここで作業を諦めて逃げてしまっては月光草を手に入れることができず、ここに来た意味がなくなってしまう。
対して、その様子を眺めていたエレリアはソウヤに伝えた。
「よし、ソウヤ! ここは私たちで喰い止めよう!」
「ちょっ、喰い止めるって、正気か!? 俺たちじゃ、どうしようも……」
「いいから! やるよ!」
「……あぁ、あぁ、わっーたよ!」
エレリアから強気に後押しされ、弱気だったソウヤも捨て身の精神で、予め持ってきていた質素な鉄の剣を仕方なく構えた。
(続く)
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる