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第1章『始まりの村と魔法の薬』編
第0話 始まり/Prologue その2
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あれからどれ程時間が経っただろう。
10分か、それとも一時間か。しばらくうたた寝をしてしまっていたせいで、どれくらい時間が経過したのか定かではない。
すると、いきなり部屋の扉が勢いよく開く音が聞こえてきた。
誰かが部屋に入ってきたのだ。
暗闇の中で少しウトウトしていた彼女は突然の訪問者に少し驚きの声が漏れそうになったが、急いで自らの両手で口を押さえ、じっと息を殺し警戒体勢に入った。
初めは、とうとう敵が自分の部屋までやってきたのだと思っていたが、しきりに自分の名前を呼ぶ聞き慣れた声の主に、訪問者は自分の母親だと判断した。
「エレリア!エレリア!ここにいるんでしょ!?いるなら返事して!」
母親は半分焦り、半分怒った様な声色で娘の姿を探している。
そして彼女は、
「…母様」
と、その信頼できる声に身をまかせ、隠れていたタンスの陰からそっと姿を現した。
「エレリア!!」
母親は娘の姿を見つけるや否や、急いで彼女のもとへ駆け寄り、そのまま力強く彼女を抱き締めた。
「良かった、無事で…!」
自分の母親の体温と匂いに、彼女…改めエレリアは、恐怖と孤独で凍りついていた心に安心という名の温もりが染み渡っていくのを感じた。
そして、それと同時に、あわよくば実はさっきまでの兵士たちの様子や窓の外の出来事は全て幻で何かの悪い夢だった、と都合のいい夢オチのような希望をかすかに胸に抱いたが、母親の緊迫している様子から察するに、やはり状況は何も変わっていないのだと肩を落とした。
カーテンの隙間から外の景色が少しだけ垣間見えたが、心なしかあの時の邪悪な雲が先程より更に不気味に空全体を覆い尽くし、世界が暗闇の底に沈んでいるようにも見えた。
やはり、どうやら状況は何も変わっていない。
いやむしろ、以前よりひどくなっているようにも思える。
「母様、一体何がどうなって…」
「説明は後!いいからついて来なさい」
混乱しているエレリアの質問を母の切迫した声が遮る。
そうして、未だ訳の分からないまま、エレリアは母親に服の袖を引っ張られ、部屋の外に連れ出そうとする。
その時、引っ張られた勢いで、片方の手に持っていた白猫のペックをエレリアはつい床に落としてしまった。
「あっ…」
急いで拾おうとするが、母があまりにも強くエレリアを引っ張ったせいで、伸ばした手は空を掴み、結局ペックを自分のもとへ引き寄せることはできなかった。
そして、どんどんペックとの距離は離れて行き、最終的にエレリアは部屋の外へ連れ出され、とうとうペックの姿を見ることは無かった。
母は無言で彼女を宮殿の奥の方へ連れて行く。
彼女が隠れる前に目にしていた宮殿の兵士たちの数も、なぜか今はとても少なく見える。
そして、憔悴しきった彼らの顔にはどこか恐怖と絶望の混じった諦念の色が浮かんでいた。
そんな兵士たちの様子を見て、一時母に会えた喜びで安心していた彼女の心を再び、実体の無い不安が満たした。
そして、エレリアはもう一度、母に今の状況を尋ねようとする。
「ねぇ、お願い母様、教えて!今私たちに何が起きてるの!?」
エレリアはきちんと訳を話してくれるよう、涙ながらに強く母に説明を求めた。
ここまでくると、もうはぐらかすことはできそうもない。母が苦々しい表情を見せる。
エレリアを混乱させないためにも無言を貫き通すか、ここは誠実に訳を説明すべきか、母はどちらが良いのかここまでずっと迷っていた。だが、娘からの必死の懇願に背中を押され、ついに意を決して母は事の真相をエレリアに話し始めてくれた。
「正直に言って私にも何が起こってるのかはよく分からない…。ただ言えるのは、このまま隠れていても、いずれみんな死んでしまう!」
エレリアを連れて走りながら、母は手短にそう説明してくれた。
しかし、あまりに抽象的でつかみどころのない説明は、エレリアにとって望んでいたような返答では決して無かった。
ただ分かったのは、やはりこの国には何か危機的な物が迫っていて、それは彼女が思っているより、もうあまり時間が残されていないということだけだった。
「いい?エレリア。今からこの包みを持って、誰にも会わずに森のほこらまで行きなさい」
宮殿の最深部に到着した時、母は何かが入っている白い包みを手に、率直に娘にそう告げた。
その母の言葉には、決して命令を拒むことは許さないような強い意思をはらんでいた。
しかし、突然の母の命令に、エレリアは何を言っているのか分からない。
「ちょ、ちょっと待ってよ!いきなり何?森のほこら?!なんでそんなとこに行かなくちゃいけないの?私はずっと母様と一緒にいたい!!」
駄々をこねる子供のようにエレリアは負けじと母に言い返す。その目には少し涙がにじんでいるのが自分でも分かった。
しかし、母は娘の必死の願いを受け流し、変わらない口調で話を続ける。
「お願いだから話を聞いて。あなたは今からこれを持って、森のほこらまで行くの。ここより、そこの方がずっと安全よ」
母は念を押すように同じ説明を繰り返し言ってくれたが、エレリアの気持ちは少しも変わらない。
第一、森のほこらは決して近づいてはならない禁句の場所だ。これまで何度も母からそう教えられてきたのに、なぜ今そこに行かなくてはならないのか、エレリアには分からなかった。
なので、エレリアは遠慮深く母に話しかけた。
「でも、森のほこらには行っちゃいけないって、母様が…」
「いつもは行っちゃダメとは言ってるけど、今日は特別なの」
母は半分呆れたようにエレリアに説明する。
エレリアはエレリアで、ここまで成り行きに振り回され続け、精神の疲労はピークに達し、今にも泣き出しそうだった。
すると、母はそんな彼女の様子を悟ったのか、今度はゆっくり膝を折り、エレリアと同じ目線に立ち、今日初めて見せた優しい笑顔を添えて穏やかに語りかけた。
「ごめんねエレリア、こんなことに巻き込んでしまって…。今のあなたの気持ち、お母さんには痛いほど分かるわ。だって、私はあなたの母親だもの。私だってずっとあなたの側にいたい」
母は優しくエレリアの頭を撫で、話を続ける。
「でも、だからこそ、私はあなたに森のほこらへ行ってほしいの。これは決して意地悪で言ってるのではないのよ。あなたとこの国の未来のために言ってるの。分かるでしょ?」
母の問いかけに、エレリアは涙をこらえて黙ってうなずく。
「国の未来」とまで言われても、その時のエレリアは実感が湧かなかったが、条件反射的にうなずいてしまった。
「良い子…」
そして、母はまたエレリアを強く抱き締めた。抱き締められた母の腕の中で、エレリアは再び慈愛のような柔らかな温もりを感じ、堪えていた涙が一筋頬を伝った。
しかし、ここで一気に泣いてしまえば再び母を悲しませてしまうと思ったエレリアは、ぎゅっと目を閉じ、溢れ出そうになった涙を堪えた。
そして、腕を緩めた母は次にエレリアの肩を掴み、念を押すように再び口調を戻して話を始めた。
「もし、森のほこらに着いたら、きっと戦士様の像がその中にあるはずだから、私が迎えに行くまでそこの裏に隠れていなさい。絶対ほこらから出たらダメよ」
母は話を本題に戻し、真剣な眼差しでそう告げる。エレリアももう言い返すようなことはせず、力なく首を縦に動かした。
「それと、これを着て行きなさい」
すると、母はどこからか白いローブのようなものを取り出した。袖口が広がったフードの付いているそのローブは、大きさはエレリアがちょうど着れるぐらいで、エレリアは何やら神聖な何かを感じた。
しかし、いざ着てみると少しぶかぶかで、少女のエレリアにとってなかなか着なれないものだった。
「うん、似合ってる、似合ってる。これなら大丈夫そうね」
不服そうなエレリアに対して、母は満足そうな顔をしている。母の言った「大丈夫そう」の真意は掴めなかったが、これ以上追及することはしないようにした。
そして、エレリアは更に白い包みも持たされた。中には何か硬い石のような物がいくつも入っているようだ。
そしてそのまま、二人は宮殿の裏口に移動した。
そして、母が裏庭の森へ続く重々しい扉を開けた。
「…っ!?」
扉を開けた途端、いきなり顔に吹きかかってきた熱風と光景に、エレリアは目を細めた。
いつもの見慣れた青い森が、ごうごうと音を轟かせながら燃え盛っている。それはあまりの熱さに息ができなくなるほどだ。
圧巻の地獄絵図のような光景に圧倒され、エレリアは思わず後ずさりする。
「恐れてはダメ、エレリア」
震えている娘の肩に後ろからそっと手を添え、優しく語りかける。
「あなたはこの国の希望の光。こんなところで立ち止まってはいけない」
「…希望の光?」
エレリアは母の言っている意味が分からず、後ろを振り返って母の顔を見つめる。
「そう、あなたは『光』。すべての世界を明るく照らす希望の光。だから、前を向いて。自身を持って、そして…」
母はひとしきりに言い続けた後、最後にこう付け足した。
「…生きて、帰って来て。それがお母さんからの最後のお願い。分かった?」
今度は母が涙を瞳に溜めて、エレリアに力強く言った。
そして、エレリアも母の頼みを受け取り、唇を固く結んで力強く首を縦に振った。
「良い子…」
最後にまた母はエレリアを名残惜しいと言わんばかりに抱き寄せた。
エレリアも、もしかしたら、こうして母と一緒にいられるのはもう無いのかもしれないと心のどこかでは思っていたが、そんな悲観的なことは考えず、前を向くことだけに意識するようにした。
「…それじゃあ、私、行ってくる」
とうとう、別れの時が訪れた。エレリアは意を決して、母に出発の表明を示す。
「必ず迎えに行くから。それまで、ぜったいに誰にも見つかってはダメよ」
母は最後まで娘の安全と安心を念じて念を押した。
エレリアはその母の意思を受け取り、両手で涙を拭い、何も言わず燃える森の中へ駆けていった。
「…行ってらっしゃい、エレリア。素敵な仲間たちと出会うのよ」
母は祈るように、森の中へ消えていく娘の背中に向かって誰にも聞こえないような小声でそう呟いたのであった。
10分か、それとも一時間か。しばらくうたた寝をしてしまっていたせいで、どれくらい時間が経過したのか定かではない。
すると、いきなり部屋の扉が勢いよく開く音が聞こえてきた。
誰かが部屋に入ってきたのだ。
暗闇の中で少しウトウトしていた彼女は突然の訪問者に少し驚きの声が漏れそうになったが、急いで自らの両手で口を押さえ、じっと息を殺し警戒体勢に入った。
初めは、とうとう敵が自分の部屋までやってきたのだと思っていたが、しきりに自分の名前を呼ぶ聞き慣れた声の主に、訪問者は自分の母親だと判断した。
「エレリア!エレリア!ここにいるんでしょ!?いるなら返事して!」
母親は半分焦り、半分怒った様な声色で娘の姿を探している。
そして彼女は、
「…母様」
と、その信頼できる声に身をまかせ、隠れていたタンスの陰からそっと姿を現した。
「エレリア!!」
母親は娘の姿を見つけるや否や、急いで彼女のもとへ駆け寄り、そのまま力強く彼女を抱き締めた。
「良かった、無事で…!」
自分の母親の体温と匂いに、彼女…改めエレリアは、恐怖と孤独で凍りついていた心に安心という名の温もりが染み渡っていくのを感じた。
そして、それと同時に、あわよくば実はさっきまでの兵士たちの様子や窓の外の出来事は全て幻で何かの悪い夢だった、と都合のいい夢オチのような希望をかすかに胸に抱いたが、母親の緊迫している様子から察するに、やはり状況は何も変わっていないのだと肩を落とした。
カーテンの隙間から外の景色が少しだけ垣間見えたが、心なしかあの時の邪悪な雲が先程より更に不気味に空全体を覆い尽くし、世界が暗闇の底に沈んでいるようにも見えた。
やはり、どうやら状況は何も変わっていない。
いやむしろ、以前よりひどくなっているようにも思える。
「母様、一体何がどうなって…」
「説明は後!いいからついて来なさい」
混乱しているエレリアの質問を母の切迫した声が遮る。
そうして、未だ訳の分からないまま、エレリアは母親に服の袖を引っ張られ、部屋の外に連れ出そうとする。
その時、引っ張られた勢いで、片方の手に持っていた白猫のペックをエレリアはつい床に落としてしまった。
「あっ…」
急いで拾おうとするが、母があまりにも強くエレリアを引っ張ったせいで、伸ばした手は空を掴み、結局ペックを自分のもとへ引き寄せることはできなかった。
そして、どんどんペックとの距離は離れて行き、最終的にエレリアは部屋の外へ連れ出され、とうとうペックの姿を見ることは無かった。
母は無言で彼女を宮殿の奥の方へ連れて行く。
彼女が隠れる前に目にしていた宮殿の兵士たちの数も、なぜか今はとても少なく見える。
そして、憔悴しきった彼らの顔にはどこか恐怖と絶望の混じった諦念の色が浮かんでいた。
そんな兵士たちの様子を見て、一時母に会えた喜びで安心していた彼女の心を再び、実体の無い不安が満たした。
そして、エレリアはもう一度、母に今の状況を尋ねようとする。
「ねぇ、お願い母様、教えて!今私たちに何が起きてるの!?」
エレリアはきちんと訳を話してくれるよう、涙ながらに強く母に説明を求めた。
ここまでくると、もうはぐらかすことはできそうもない。母が苦々しい表情を見せる。
エレリアを混乱させないためにも無言を貫き通すか、ここは誠実に訳を説明すべきか、母はどちらが良いのかここまでずっと迷っていた。だが、娘からの必死の懇願に背中を押され、ついに意を決して母は事の真相をエレリアに話し始めてくれた。
「正直に言って私にも何が起こってるのかはよく分からない…。ただ言えるのは、このまま隠れていても、いずれみんな死んでしまう!」
エレリアを連れて走りながら、母は手短にそう説明してくれた。
しかし、あまりに抽象的でつかみどころのない説明は、エレリアにとって望んでいたような返答では決して無かった。
ただ分かったのは、やはりこの国には何か危機的な物が迫っていて、それは彼女が思っているより、もうあまり時間が残されていないということだけだった。
「いい?エレリア。今からこの包みを持って、誰にも会わずに森のほこらまで行きなさい」
宮殿の最深部に到着した時、母は何かが入っている白い包みを手に、率直に娘にそう告げた。
その母の言葉には、決して命令を拒むことは許さないような強い意思をはらんでいた。
しかし、突然の母の命令に、エレリアは何を言っているのか分からない。
「ちょ、ちょっと待ってよ!いきなり何?森のほこら?!なんでそんなとこに行かなくちゃいけないの?私はずっと母様と一緒にいたい!!」
駄々をこねる子供のようにエレリアは負けじと母に言い返す。その目には少し涙がにじんでいるのが自分でも分かった。
しかし、母は娘の必死の願いを受け流し、変わらない口調で話を続ける。
「お願いだから話を聞いて。あなたは今からこれを持って、森のほこらまで行くの。ここより、そこの方がずっと安全よ」
母は念を押すように同じ説明を繰り返し言ってくれたが、エレリアの気持ちは少しも変わらない。
第一、森のほこらは決して近づいてはならない禁句の場所だ。これまで何度も母からそう教えられてきたのに、なぜ今そこに行かなくてはならないのか、エレリアには分からなかった。
なので、エレリアは遠慮深く母に話しかけた。
「でも、森のほこらには行っちゃいけないって、母様が…」
「いつもは行っちゃダメとは言ってるけど、今日は特別なの」
母は半分呆れたようにエレリアに説明する。
エレリアはエレリアで、ここまで成り行きに振り回され続け、精神の疲労はピークに達し、今にも泣き出しそうだった。
すると、母はそんな彼女の様子を悟ったのか、今度はゆっくり膝を折り、エレリアと同じ目線に立ち、今日初めて見せた優しい笑顔を添えて穏やかに語りかけた。
「ごめんねエレリア、こんなことに巻き込んでしまって…。今のあなたの気持ち、お母さんには痛いほど分かるわ。だって、私はあなたの母親だもの。私だってずっとあなたの側にいたい」
母は優しくエレリアの頭を撫で、話を続ける。
「でも、だからこそ、私はあなたに森のほこらへ行ってほしいの。これは決して意地悪で言ってるのではないのよ。あなたとこの国の未来のために言ってるの。分かるでしょ?」
母の問いかけに、エレリアは涙をこらえて黙ってうなずく。
「国の未来」とまで言われても、その時のエレリアは実感が湧かなかったが、条件反射的にうなずいてしまった。
「良い子…」
そして、母はまたエレリアを強く抱き締めた。抱き締められた母の腕の中で、エレリアは再び慈愛のような柔らかな温もりを感じ、堪えていた涙が一筋頬を伝った。
しかし、ここで一気に泣いてしまえば再び母を悲しませてしまうと思ったエレリアは、ぎゅっと目を閉じ、溢れ出そうになった涙を堪えた。
そして、腕を緩めた母は次にエレリアの肩を掴み、念を押すように再び口調を戻して話を始めた。
「もし、森のほこらに着いたら、きっと戦士様の像がその中にあるはずだから、私が迎えに行くまでそこの裏に隠れていなさい。絶対ほこらから出たらダメよ」
母は話を本題に戻し、真剣な眼差しでそう告げる。エレリアももう言い返すようなことはせず、力なく首を縦に動かした。
「それと、これを着て行きなさい」
すると、母はどこからか白いローブのようなものを取り出した。袖口が広がったフードの付いているそのローブは、大きさはエレリアがちょうど着れるぐらいで、エレリアは何やら神聖な何かを感じた。
しかし、いざ着てみると少しぶかぶかで、少女のエレリアにとってなかなか着なれないものだった。
「うん、似合ってる、似合ってる。これなら大丈夫そうね」
不服そうなエレリアに対して、母は満足そうな顔をしている。母の言った「大丈夫そう」の真意は掴めなかったが、これ以上追及することはしないようにした。
そして、エレリアは更に白い包みも持たされた。中には何か硬い石のような物がいくつも入っているようだ。
そしてそのまま、二人は宮殿の裏口に移動した。
そして、母が裏庭の森へ続く重々しい扉を開けた。
「…っ!?」
扉を開けた途端、いきなり顔に吹きかかってきた熱風と光景に、エレリアは目を細めた。
いつもの見慣れた青い森が、ごうごうと音を轟かせながら燃え盛っている。それはあまりの熱さに息ができなくなるほどだ。
圧巻の地獄絵図のような光景に圧倒され、エレリアは思わず後ずさりする。
「恐れてはダメ、エレリア」
震えている娘の肩に後ろからそっと手を添え、優しく語りかける。
「あなたはこの国の希望の光。こんなところで立ち止まってはいけない」
「…希望の光?」
エレリアは母の言っている意味が分からず、後ろを振り返って母の顔を見つめる。
「そう、あなたは『光』。すべての世界を明るく照らす希望の光。だから、前を向いて。自身を持って、そして…」
母はひとしきりに言い続けた後、最後にこう付け足した。
「…生きて、帰って来て。それがお母さんからの最後のお願い。分かった?」
今度は母が涙を瞳に溜めて、エレリアに力強く言った。
そして、エレリアも母の頼みを受け取り、唇を固く結んで力強く首を縦に振った。
「良い子…」
最後にまた母はエレリアを名残惜しいと言わんばかりに抱き寄せた。
エレリアも、もしかしたら、こうして母と一緒にいられるのはもう無いのかもしれないと心のどこかでは思っていたが、そんな悲観的なことは考えず、前を向くことだけに意識するようにした。
「…それじゃあ、私、行ってくる」
とうとう、別れの時が訪れた。エレリアは意を決して、母に出発の表明を示す。
「必ず迎えに行くから。それまで、ぜったいに誰にも見つかってはダメよ」
母は最後まで娘の安全と安心を念じて念を押した。
エレリアはその母の意思を受け取り、両手で涙を拭い、何も言わず燃える森の中へ駆けていった。
「…行ってらっしゃい、エレリア。素敵な仲間たちと出会うのよ」
母は祈るように、森の中へ消えていく娘の背中に向かって誰にも聞こえないような小声でそう呟いたのであった。
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