ペトリの夢と猫の塔

雨乃さかな

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第1章『始まりの村と魔法の薬』編

第14話 剣/His sword

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 マルロスたちが取引を終え王国へ引き返した後、 ミサは駆けつけたソウヤを家の中へ招き、さきほどまでの一連の出来事をすべて彼に打ち明けた。
「なるほど、なるほど…」
 ソウヤは受け取った情報を一回頭の中で咀嚼し、そして数秒後、驚愕と歓喜の表情を宿して勢いよく飛び上がった。
「…って、おいおい、すげぇじゃねぇか、ミサ!!ついに王様にポーション作る時が来たのか!やべぇな!!信じらんねぇよ」
「…ちょっと、あまり大きな声で言わないで。これは、王国と私たちだけの秘密なんだから…」
 我を忘れ歓喜にはしゃいでいるソウヤを、ミサが周囲を警戒するように静かに咎めた。
 マルロスがあの時言ったように、今回の王国との取引は他の村人には知られてはいけない。ソウヤはまだ身内だからいいとして、それ以外の人物に情報が流れるようなことがあってはならないのだ。
「にしても、ついにおまえも王国デビューか。よかったな、ミサ。やっとおまえの実力が試せる時が来て」
「えへへ、ありがとう。でもね、あの時私が勇気を持って決断することができたのは、全部リアちゃんのおかげでもあるの」
「どういうことだ、それ?」
 ミサは胸に手を添えて、つつましい笑顔と共にエレリアの方を向いた。
「リアちゃんが私に、おばあちゃんの言葉を思い出させてくれたの。私がポーションを作り始める時におばあちゃんが教えてくれた、大切な言葉」
「ちなみに、ばあちゃんはなんて言ったんだ?」
「『人の幸せのためにポーションを作りなさい』って。他人思いのおばあちゃんはいつもこの言葉を私に言ってたの。最近は何かと忙しくて忘れちゃってたんだけど、リアちゃんが思い出させてくれた。ありがとう」
 ミサからいきなり一方的に感謝の言葉を伝えられたので、エレリアは戸惑って頬を赤めることしかできなかった。
 大したことは何も言ってないが、こうして彼女に何か大切なことを思い出させることができて良かった。
 意図せずも、エレリアはそう思うことができた。

「んで、一つ聞くけどよ。そのポーションは一体どうやって作るつもりなんだ?何か計画か何かはあるのか?」
 ソウヤから真面目な質問を受け、ミサは何かに気づいたように目を見開き、手を叩いた。
「あっ、そうだ、そいえば二人にはまだ話してなかったね」
「?」
 ミサはそう言い放ち、エレリアとソウヤは彼女の発言の真意が掴めずお互いに目を合わせた。
「実を言うとね、マルロスさんが欲しがってる夢魔払いのポーションなんかね、本当はこの世には存在しないの」
「「えぇ!?」」
 何の気なしにミサの口から飛び出たとんでもない事実に、エレリアとソウヤは同時に驚愕の意を叫び声と共に吐き出した。
 今、彼女はなんて言ったのだろう。
 夢魔払いのポーションなど存在しない。
 ミサがおかしなことを言ったのか、はたまた自分の聞き間違いか、エレリアは再び自身の耳を疑った。
「マルロスさんは、夢魔払いのポーションを私に求めてこの村にやって来たみたいだけど、よく考えてみてよ。そんな夢みたいな都合のいいポーションなんか現実にあるわけないでしょ。まぁ、向こうはポーションの専門でもなんでもないから、知らないのは当然なんだけど」
「じゃ、じゃあ、なんでミサはマルロスの願いを引き受けたの?私が言うのもなんだけど…」
 平然と語るミサに向かって、エレリアは震える声で恐る恐る尋ねた。
 確かにあの時、決断に迷っていたミサの背中を押したのは自分だが、それはもうポーションのレシピがこの世に存在してるという前提があってからこそのことだ。
 夢魔払いのポーション自体が夢の産物だなんて、まず話にならない。
「いや、待ってリアちゃん。さすがに、私も解決不可能な依頼を何も考えずに引き受けるほどバカじゃないよ。もちろん、対策は考えてある」
「でもよ、どうやってやるんだよ。夢魔払いのポーションがないのに、夢魔を追い払えるわけないだろ」
 謎の自信と共に強気な姿勢を見せるミサに、ソウヤが鋭い指摘を入れる。
 エレリアも同意見だった。
 ミサは相変わらず自信満々な表情をしているが、彼女は一体何を考えているのだろう。
「夢魔払いのポーションがないなら、それに近いものを作ればいいんだよ。そうでしょ?言わば、『夢魔払いポーション』もどき、って言ったところかな」
「なんだよ、それ…」
 独特なミサのネーミングセンスに、ソウヤが冷めた視線を彼女に送る。
「と、とにかく、王様を救う勝算はある!これだけは、間違いない!」
 自身で空気を濁してしまったミサが、急いで失言を誤魔化すかのように大声で騒ぎ立てた。
 彼女の企てていることはだいたい分かったが、本当にうまくいくのだろうか。
「毒や麻痺を治すポーションがあるのは、もう二人とも知ってるでしょ?これらは状態回復のポーションって呼ばれてるんだけど、これを私がこっちで独自に改良して、無理矢理『夢魔払いのポーション』にさせる。計画としてはこんな感じかな」
「けど、そんなことができるのか?」
「多分」
「多分、っておい!!なんていい加減な…」
「ポーション職人なんて、みんなこんなもんだよ。それに、前代未聞のことなんだから、やってみなきゃ分かんでしょ?」
 珍しくソウヤが慎重な態度を示しているのに対して、ミサはやけに楽観的な意見をとっていた。
 しかし、エレリアから見たら、ミサはわざと空元気に振る舞っているように見えた。
 おそらく、ミサは明るく振る舞うことによってのしかかる責任を紛らわそうとしているのだろう。王国の行く末を任された彼女にはきっと想像を絶するストレスとプレッシャーを背負っているはずだ。容易に察することができる。
 ただ、いつもの彼女自体が明るくて陽気な性格のため、考えすぎと言えば考えすぎなのだが。
 どちらにせよ、自分にもミサを決断に促せた上での彼女を手助けする責任と義務がある。
 実際に作業を担うミサを前に、改めてエレリアは気持ちを引き締めたのだった。

「じゃあ、あれか。ミサは今すぐにでも『あの森』に行かなくちゃならないってことか」 
「うん。そうなるね」
 二人のやりとりの間に出た謎の言葉に、エレリアは眉を寄せた。
「あの森?何のこと?」
 たまらずエレリアは、共に話し合っている二人に尋ねた。
 この単語はエレリア自身の記憶喪失に関係なく、二人の共通事項のようだ。この家に住み始めてざっと数えて三週間は経ったが、エレリアにとってその言葉は初めて聞く言葉だった。
「あの森って言うのは、ここから少し離れたところにある『秘密の森』のこと。秘密の森、っていう名前も私たちが勝手に名付けたんだけど、私はいつもそこでポーションの材料をとってくるの。確か、リアちゃんはまだ行ったことなかったっけ?」
 ミサの問いかけに、エレリアはこくりとうなずく。
「そっか、だったら一緒に行こうよ。かわいい動物たちもいて、きっとリアちゃんも気に入ると思うよ」
 ミサは目を輝かせて、秘密の森について見どころを簡単に説明してくれた。
「そんな場所があったなんて、私知らなかった」
 村から外へ一度も出たことがないエレリアは少しその森に関して興味が湧いてきていた。
 そして、ミサの説明を頼りに、行ったことのない森の想像を頭の中で巡らした。きっと自然豊かで、気持ちのよい所なのだろう。
 あわよくば、毎日行っている散歩の新しいコースにするのもいいなとエレリアは心の中で企てていた。
「まぁ、かわいい動物もいりゃ、おっそろしい魔物も住んでるがな」
「魔物…」
 何も知らないエレリアのきらびやかな森の想像図を、無情に破壊するかのようにソウヤが一言補足を入れた。
 あの森に対する前向きなイメージが一気に崩壊する。
「魔物も住んでるの…?」
「ったりめぇだ」
 あの森に対して絶望したエレリアの問いに、ソウヤが首を縦に振る。
「もし運悪く集団で襲われりゃ、命乞いする暇もなく一瞬であの世行きだ。あいつらまじで容赦しねぇからな。実際に、何も知らない旅人が森に足を踏み込んで、そのまま命を落としたこともあるとか、ないとか」
「そ、そんな怖いところに、ミサたちは材料を取りに行ってるの…?」
 ソウヤの話を聞いて、エレリアは背筋を凍らせた。
 とても危険な場所ではないか。これだと、のんきに散歩どころか、かわいい動物を見に行く気にもなれない。
「村長さんはあの森に入ることを村人に禁止させてるんだけど、私たちは秘密であの森に行ってるの。そこじゃないと、いいポーションの材料が取れないからね」
 この時、エレリアはミサの名付けた『秘密の森』という名の真意が分かったような気がした。
 秘密の森の『秘密』という言葉は「内緒で行く」という意味だったのだ。
 だが命の危険を冒してまで行く価値がある場所なのだろうか。
「だから、俺たちは必ずあの森に行くときは二人で行くようにしてるんだ。でなきゃ、材料を取りに行ったつもりが、逆にあいつらに肉と魂を取られちまうからな」
「わ、笑えない…」
 ソウヤはエレリアを和ませるため冗談めかしておどけてくれたようだが、当の本人であるエレリアは笑うことができず、ますます背筋を凍らせてしまった。
 秘密の森。
 違う言い方をすれば、危険な魔物が共存している、自然が生み出した死の森と言ったところだろうか。
 そんな恐ろしい場所にミサとソウヤが二人きりで訪れているなんてにわかに信じがたいが、エレリアはその森に同行することに少し抵抗を感じていた。
 もちろん魔物だけでなくミサの言うとおり可愛い動物たちもいるのだろうが、やはり魔物の脅威がイメージを先行してしまう。
 明らかに自分は非力だ。ここに来てから、まだ武器すら手に取ったことがない。
 もし魔物に遭遇すれば、その場で殺されてしまうかもしれない。
 だが、エレリアはミサを全力で手助けすると決めていた。
 だったら、こんな所で怯んでいては先が思いやられる。どんな脅威が訪れても、自分たちはポーション完成のために何がなんでも突き進まなければならないのだ。
「よし!じゃあちょうどいい機会だし、俺からおまえたちに剣の極意を伝授してやるよ!」
「どうしたの?急に」
 ソウヤが腰に手を当てて、偉そうに胸を張った。
「いや、魔物が話題にあがったから、ついでに剣のことでも教えてやろうかなって。ミサはともかく、エレリアはまだ見たことも触ったこともねぇだろ?」
「うん…」
 ソウヤは平日の日中、村にある鍛冶屋で修行をしている。これは彼自身の意思で行っているらしく、毎日いつも顔を黒くして帰ってきている。
 剣に関してはこの三人の中でソウヤが一番知識があり、手馴れているだろう。
 だがソウヤが言うように、エレリアは彼から話は聞いたことがあっても、まだ実物を目にしたことがなかった。
 なので、剣というものがどんなものか具体的には分からなかった。
「だったら、決まりだな!よし、おまえら、俺について来い!」
「ちょっと、待ってよ!」
 そう言うとソウヤは女子二人を強引に引き連れて、家の外へ移動した。

 ソウヤはエレリアとミサを家の裏側へ連れて来させ、自分は剣を取ってくると言って颯爽とどこかへ姿を消してしまった。
 取り残された二人は呼び止めることもできぬまま、ただその場で彼が戻ってくるのを待つことしかできなかった。
「まったく、どこまで行っちゃったんだろ」
 ミサが頬を膨らまし、不満の意を口にした。
 物干し竿に吊るされた洗濯物が午後の風に揺れ、無の時間が青空に浮く白い雲と共に悠々と流れていく。
 暇を持て余したエレリアは謎の植物ポニヨンの葉に乗った小さな虫の行方を目で追っていた。赤い体に黒い斑点がいくつもついており、とても可愛らしい見た目をしたその小さな虫は、これまた小さな足で葉の上を舐めるように移動していた。一体何の虫なのか。
「あっ」
 すると、遠くからやってきた人の足音に驚いて、その小さな虫は羽を動かしどこかへ飛んでいってしまった。
「ごめんごめん、待たせたな。取り出すのに少し手こずってしまって…」
「んもうっ、長いよソウくん!」
 ようやく姿を現したソウヤの片手には鞘に納められた刀剣が握られていた。
「ようやくエレリアにもお披露目する時が来たようだな。」
 何やらソウヤはもったいぶるように、不適な笑みを浮かべている。
「これが…」
「さぁ、とくと見るがよい、我が聖剣の大いなる輝きを!!」
 そう強く言い放つと、ソウヤは馴れた手つきで剣の鞘を引き抜き、二人にその刃を見せつけた。
「お、おぉ…」
 彼の勢いに圧倒され、エレリアは図らずも感嘆の意を漏らしてしまった。
 木製の柄からすらりとした白銀の刃がまっすぐ伸び、太陽の光を浴び白く輝いている。正に脅威を象徴したその刃は、一太刀で生命を殺傷させる程の能力は充分にありそうだった。
 だが、ソウヤが自慢げに聖剣と豪語した割には特に目を惹くような装飾や模様は施されていなかった。至って普通の剣と言った感じだ。
「なんか名前とかはあるの?」
 とりあえず一通り剣を観察し、エレリアはふとソウヤに疑問を呈した。
「おっ、いい質問するねぇ、エレリア。ここが一番の見せどころだ。いいか?耳の穴かっぽじってよく聞けよ。こいつの名前は…」
「せいけんえくすかりばあ、でしょ?名前の意味はよく分かんないけど、もう聞き飽きたよ、それ」
「おい、ミサ!!聖剣エクスカリバー、だっつーの!!ちゃんと覚えてくれよぉ!」
 ミサが冷めた目で横から口をはさみ、出鼻をくじかれたソウヤは悲しそうに懇願する。
「えくす、かりばあ…」
 エレリアは彼の口から出たその名を再び声に出してみた。
 どこか威厳の感じられる不思議な名前だが、明らかに名前と見た目の気品が一致していない。
 何しろ、彼の握っているソレは見るからに量産型のシロモノなのだから、見劣りして当然だ。ただ、名前のセンスは当人の勝手だから、わざわざ指摘することはできない。
「なんかね、ソウくんの剣の話には私もう飽きちゃったんだよね。それに、どこが面白いのかさっぱり分かんない」
「なんてたって、剣と銃は男のロマンだからなぁ。まぁミサには分かんないだろうけど」
 ソウヤは悦に入り、完全に満足げな顔をしていた。
 きっと彼にとって剣というものは、命の次に大切でいとおしい存在なのだろう。彼の幸せそうな表情を見れば、安易に予想できる。
 ミサと同じくエレリアも彼の趣味を理解することはできなかったが、何か熱中させてくれる物を持っている彼のことをエレリアは羨ましく感じた。自分も早く何か夢中になれるものを見つけてみたい。そして、思いのまま自分の趣味を語ってみたいと思った。
「何?またその剣を自慢するために私たちをここへ呼んだの?だったら私、早くポーションの研究したいんだけど」
「ち、違う、違う。そうじゃないよ、ミサ。おまえたちがあの森へ行くって言うから、俺が特別に剣のレクチャーをしてあげようかなと思って。別に自慢話をしたいわけじゃないよ」
 徐々に顔に不機嫌の色を浮かべ始めて来たミサを、急いでソウヤがなだめる。
 エレリアとしては少し彼の剣のことについて興味はあったのだが、ミサはもう完全に気分を害していた。
「だってよ、よく考えてみろよ。ミサとエレリアは攻撃系統の魔法とか何も使えねぇんだろ?二人きりで何の身を守る手段がないのは危ねぇじゃねぇか。だから、もう一度剣のことについて特別に話してやろうかなって」
 ソウヤは慌てて今回の趣旨を即座に考え、早口で舌をまくし立てた。本当は、剣を自慢したかっただけなんて口が割けても言えなかった。
「ん?魔法が使えないとか、何ふざけたこと言ってるの?魔法ぐらい使えるよ、私」
「…って、何だって!?魔法って、なんかビュンって火の玉とか飛んでく感じのあれが…、あれが使えんのか!?」
「うん」
 平然としたミサの告白に、ソウヤは興奮と驚きを隠しきれない。
「嘘だろ。いつ覚えてたんだよ」
「うーんと、おばあちゃんがまだ生きてた頃だから…、5年くらい前だね」
 ソウヤはあまりの驚きに声を震わせているが、ミサとしては何がそんなに驚きなのか逆に分からなかった。
「おいおい、知らなかったぜ。おまえポーションのことにしか眼中ねぇから、てっきりバフ系の魔法にしか興味ねぇのかと」
「ねぇ、今なんか私すごいバカにされた気分なんですけど…!」
 彼の口から出た言葉に、ミサは詳しく真意こそ掴めなかったものの、再び気分を害しソウヤを細い目で睨みつけた。
「と、とにかくよ、どんな魔法が使えるんだ?俺に教えてくれよ」
 思わずミサの反感を買ってしまい、ソウヤは彼女が憤ってしまう前に急いで次の話に意識を持って行かせた。
「シュルフ」
「ん?何だ?しゅ、しゅる?」
 ぶっきらぼうに言い放ったミサの言葉に、ソウヤはよく聞き取れずもう一度聞き返した。
「だから、『シュルフ』だよ。風の魔法のこと。昔おばあちゃんからポーションのついでに軽く教えてもらったの。ソウくんは教えてもらってないの?」
「いや、初耳だよ!!そんなのしてもらってたのか」
 次々にミサの口から語られる新事実に、ソウヤはずっと驚きっぱなしだ。
 ここでエレリアは、なぜミサだけが魔法を教えてもらったのかふと疑問に思った。
 ミサとソウヤは同じおばあちゃんに拾われた者同士だったはず。
 もしかすると、おばあちゃんはミサにだけ魔法の才能を見込んで、特別に指導を施したのか。今となってはもう、真相は不明だ。
「くっそぉ、だったら俺も教えてもらえばよかった!!てか、普通に魔法使いてぇ!どうやったら、魔法って覚えれるんだよ。今すぐ俺にもできるのか?」
 鼻息を荒くし、ソウヤはミサに問い迫る。
「確か、魔導書っていう本に書かれてある通りにすればよかったはずなんだけど…。うーん。私はおばあちゃんから直接教えてもらったし、別に魔法使いでも何でもないから詳しいことはよく分かんない」
「その、魔導書っていうのは、ま、まだ家にあるのか…?」
 極度の興奮と動揺で、明らかに彼の発言はろれつが回っていない。
 そして、かすかな期待を胸にソウヤは息を詰めたまま、緊張した面持ちでミサの次の言葉を待ち望んだ。
 さて、ミサは何と答えるのか。
 すべては、次の彼女の言葉で決まる。
「多分、無いと思う」
「って、えぇっ、まじか!?無いのかよ!!!」
 あっさりと事実をミサから告げられ、ソウヤは絶望に顔を歪め、そのまま膝から崩れ落ちた。
 よほど魔法を使いたかったのだろう。
 膝から崩れ落ちる瞬間、失望と落胆に意気消沈した彼はまるで魂が抜け取られたような顔をしていた。
「だ、大丈夫…?」
 大地に膝を着き深くうなだれているソウヤを目にしたエレリアは、少し覗き込むように彼にいたわりの言葉を送った。
 エレリア自身も少し魔法には興味があったので、ミサの言葉を前に彼が絶望するのも共感できた。
 すると、エレリアが再び声をかけようとした瞬間、突然ソウヤは何かにとりつかれたように勢いよく立ち上がり、そのままミサに詰め寄った。
「とにかくよ、見せてくれよ!そのシュルフって魔法を!!」
 不思議なことに彼の顔にもう落胆の色は伺えなかった。完全に吹っ切れたようだ。
「え…、ソウくんの剣は?まだ自慢話終わってないでしょ」
 ソウヤの気持ちの切り替えぶりにミサは少し呆気に取られつつ、彼に念のため
「んなの、後でいいから。早くミサの魔法が見たい!!」
 何を言っても、ソウヤの口からはすべて同じ答えが返ってくる。
 こうなってしまうと、彼の頭にはすでに魔法のことしか無いようだ。
「しょうがないなぁ…」
 ソウヤの熱意と懇願にミサは困ったように頭を掻きながら、しぶしぶ彼の頼みを聞いてあげることにした。
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