ペトリの夢と猫の塔

雨乃さかな

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第1章『始まりの村と魔法の薬』編

第9話 朝食/Breakfast

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 時は、ソウヤとエレリアが海へ向かった直後にさかのぼる。

 二人の出発を見送った後、ミサは静寂に満たされた食卓で一人、やりきれない感情と共に深いため息を吐いた。
「はぁ…」
 脳内には、怒鳴り泣きわめく自身の姿が何度も映し出される。
 本当にバカなことをしてしまった。
 この時ミサの心中には、不甲斐ない後悔の念がドロドロと渦を巻いていた。一人きりに置かれた状況だからこそ、否応なしに自身と向き合わなくてはならない。
 どことなく気持ちが沈み、とりあえずミサは食卓のイスに腰をおろし、頭を抱えた。窓の外からは、こちらの意などまったく気にも留めない小鳥たちが騒がしい鳴き声が聞こえてくる。
 なぜあんな愚かなことをしてしまったのか、ミサは再び記憶を思い返してみた。
 回想の始まりは、エレリアが起床し、食卓があるこの一階に降りてきたところから始まる。
 ここまでは、何も問題はない。現にエレリアが現れるまで、自分は彼とどうでもいい雑談を交わしていて、そこにあの怒りの要因は見つけられない。
 エレリアがこの食卓へ姿を現した後、話題は昨日の寄合の話から始まった。昨晩の出来事について話に花が咲いている最中、気づけば自分はソウヤとエレリアの会話から外れ、朝食の下ごしらえに意識を移していた。
 あの二人の何気ない会話。そして、彼が放ったある言葉。
『俺たちは、何度も見送ってきた』
 自身の感情の豹変はここから来たのだろうか。いや、すべてはここから来ていた。
 普段なら気にも留めず、彼の失言など軽く受け流すことくらいだけで済んでいたかもしれない。
 しかし、昨晩の寄合の件もあって、あの時の自分は少し神経質になっていた。過度のストレスと初対面のエレリアとの対人関係で、心が少し疲れていたせいもあるだろう。
  そこに、彼が放った言葉が引き金となって、己の感情が爆発してしまった。
 もちろん普段なら、身に備えた理性と持ち合わせた常識で突発的な怒りの感情ぐらい簡単に抑制できる。
 自分だってもう17才だ。
 これは、すでに立派な年頃だろう。まだ完璧な大人にはなれていないにしろ、傍若無人な子供ではないのだ。だから、己の気の赴くままに勝手に振る舞わないのは当然のことだ。
 しかし、今回は違った。
 今回は、彼の言葉がやけに心をえぐってきたのだ。
 彼の放ったあの言葉が鼓膜を揺らした瞬間、自身の頭の中に彼女の姿が横切った。
 そう、今はもう村にはいないあの彼女の姿。
 自分より少し背が高くて、優しくて、一緒にいるだけで幸せな気持ちになれて、自分にとってエレリアと出会う前から初めて『友達』と言えた特別な人。
 もう何年も前の話なのに、なぜか鮮明に彼女と過ごした数日間が頭に流れ込んできた。
 記憶の隅に追いやっていたはずなのに、なぜか再び彼女との思い出が蘇った。
 しかし、今ではもう彼女との日々は自身の古傷となってしまった。もう二度と会うことができないからこそ、思い出したくない記憶の一部になっていたのだ。
 ゆえに、彼のあの発言を火種として彼女との記憶が再生し、結果として自分はあのような怒りで気持ちを紛らわすという愚かな行為をしてしまった。
 当然、止めようとは思った。
 しかし、止めれなかった。止まらなかった。
 荒ぶる感情と溜め込んでいた苦しみが滂沱として溢れ出し、為るがままに荒々しい態度をとってしまった。
 今思うと、あの時の自分には何か別の意思が働いていたように感じられる。
 つまり、自分の中の別の自分が、怒りに流されるがまま自身を振る舞っていたように思う。
 確かに、あれは自分ではなかった。
 怒りに触発された、別の誰かだった。うまく言い表せないが、そんな感じがする。
 もしかしたら、別の誰かという感覚は錯覚で、本当はすべて自分自身なのかもしれない。
 ただ、結果として自分はくだらない理由でエレリアやソウヤたちに強く当たってしまった。
 二人ともさぞ驚いたに違いない。
 突然、怒鳴られたのだから、二人との間の信頼関係は崩れてしまった。エレリアと出会って早々、彼女にみっともない醜態を見せてしまった。確かに、最初はそう思った。
 しかしそれでもエレリアは、こんな自分を慰めてくれた。
 そして、長年抱えていた傷痕を、何の気なしに癒してくれた。
 あの時ミサは久々に、人から受ける本当の温かさを感じていた。あの胸が温もりに満たされていく感覚は、村にやって来た当初、身寄りのない自分を引き取ってくれたおばあちゃんから受けた時の感覚と似ている。
 胸の奥底まで染み渡る、優しい愛の灯火。
 エレリアは、友としての大切な愛の存在を自分に教えてくれた。そして、ミサは改めて大切な友の存在を思い知らされた。
 自分は、もう一人ではない。
 彼女が全部教えてくれた。いつまでも、過去を引きずっていてはいけない。
 当たり前なことなのに、ずっと気がつかなかった。しかし、これでもう心残りはすべて晴れた。
 そしてミサはこれを期に、過去への執着を断ち切り、未来を生きることを決意したのだった。
「そうだよ、私。いつまでも、後悔なんかしてたらダメだ」
 ミサは深い思考から意識を現実に戻し、自分で自分に直接言い聞かせた。
「リアちゃんが教えてくれたんだ。だから、私も頑張らなきゃ」
 そして、ミサはうつむいていた顔を上げた。
 窓の外から差し込む朝の光。
 相も変わらず朝から騒ぐ小鳥の声。
 いつもと変わらない食卓。
 そんな変わらない日常の風景が、今はなぜか違って見える。
 もう、昔の自分ではない。自分は変わったのだ。
 心を新たにしたミサの目には、すべてが新鮮に映っていた。
「よし。朝ごはんでも作るか」
 そう言うと、ミサは勢いよくイスから立ち上がる。
 そして二人が家へ帰ってくる姿をまぶたの裏で思い浮かべ、新たな志を胸にミサは一人台所に向かっていったのであった。

 今日の朝食は、村のパン屋で買ってきたパンに甘い卵を絡めたフレンチトーストと、特性のミルクスープだ。
 この二つの料理は、材料がすべてこの村だけで揃えられるうえ、どちらも比較的安価なため、食事のメニューに迷った時はいつでもこれらを作るようにしている。質素な品揃えではあるものの、あまり裕福でないミサたちにとっては充分な食事ともいえた。
 そしてこの二つは、共にミサが過去におばあちゃんと暮らしていた時に教えてもらった言わば「忘れ形見」のような存在の料理。
 ゆえに、ミサは今でもあの頃と同じ味のまま、変わらないおばあちゃんの料理を伝承している。

 ソウヤとエレリアが海岸へ出かけてから数分。
 いざ朝食を作ると決意を固めたミサは、まず食品棚へ足を進めた。
 この食品棚とはミサより少し背丈が高く、その名の通り食品を保存するための木でできた棚で、『時流石』という魔鉱石が内部に組み込まれている。この時流石は周囲の物質の状態変化を遅らせるという効力をもっており、この力を利用して食材の鮮度保持及び保存を行っている。
 ただし、この時流石の効力が働く期間は約半年程度。よって、期限が来たら新しいものと交換しなくてはならない。高価な食品棚になると、自動で時流石に魔力を供給する機能が付いているものもあり、それだとわざわざ石を交換する手間も省けるのだが、この辺境の村にそんな高価なシロモノが流通するわけがないので、ほとんどの家庭は一般型の食品棚を使っている。
 ちなみに、時流石は隣の王国の商人から安価で入手することができる。
 ミサは棚の戸を開き、フレンチトーストを作るための材料を探す。
 卵、野菜、水、少量の肉、魚、食べ残した料理、食用のポーション、他にも数々の食材がミサの目に飛び込んでくる。
 そしてその中からミサは慣れた手つきで、下段から卵と牛乳、中段から砂糖と食パン、上段から黄色いバターを取り出していく。どれもこの村で手に入れたもので、お財布に優しいものばかりだ。
 両手で取り出した材料を抱えて、乱暴に右ひじで棚の戸を閉めた。部屋には誰もいないので、このような乱雑な振る舞いも気兼ねする必要はない。
 台所に向き合ったミサは両手の袖をまくり、「よし!」と軽く決意を口から表明した。
 もたもたしている時間はないので、早速フレンチトーストから作ることにする。

 水で軽く手を洗った後、まずミサは丸い容器に砂糖と牛乳を注ぎ、お互いが混ざるように菜箸を使ってよくかき回した。
 牛乳は『ギュコーン』と呼ばれる牛型の家畜系魔物から採取した牛乳で、コクのある濃厚な甘い風味が特徴だ。特にミサはこのギュコーンの牛乳が好きで、この村に来てからはずっとこの牛乳を好んで使っている。
 次にミサは二つの厚切りの食パンを取り出した。村で買えることができるこのパンは値段の割にボリュームが満天で、さらに店主の気前の良さも相まって、ミサは家計に困ったり、献立に悩んだりした時など何か事あるごとによく店を利用している。もちろん味の方も申し分なく、トーストしてもそのまま食べても美味しい万能の主食用パンだ。
 これら二つのの食パンをお互い縦と横の十字に包丁で切っていく。
 これで、8つのパンの切れ端が誕生した。この8つになったパンの切れはしの内訳は、それぞれ2つがミサとユエリア、残り4つはソウヤの分になる。
 そして、それらのトーストの切れ端を先ほど作った砂糖と牛乳の液に漬け込み、じっくり染み込ませていく。
 この一番最初に下準備の際に作成した砂糖と牛乳の液。ここに初めから卵を入れないのが、おばあちゃんのこだわりでもあった。
 おばあちゃん曰く、卵と牛乳を混ぜてしまうと液がパンに浸透しにくくなるだけでなく、火が通らなかった時にパンが生臭くなるとのこと。だから、おばあちゃんはいつもパンをフライパンでトーストにする時に、同時に卵液を上から落としていた。
 牛乳と砂糖の液にパンを浸している間、ミサはフライパンに弱火をあて、温まってきたところに黄金色のバターを投下した。フライパンの上で滑るバターは次第に原型が崩れていき、香ばしい香りと共にやがて乳白色の薄い液体に変わった。
 そこへ、砂糖と牛乳の液が溶け込みふかふかになったパンの切れ端を、薄いバターが張ったフライパンの上にそっと乗せた。
 バターとトーストの焼ける心地の良い音が、小さなキッチンに響き渡る。
 そして間髪入れずに、ミサはおばあちゃんから教えてもらった通り、卵をといた黄色い卵液をパン全体に満遍なくかかるようにフライパンへ注いだ。濃厚な卵の匂いが一気にミサの顔を包み込む。
「よし、こんなもんかな」
 フライパンの上で卵に包まれたトーストを見守り、ミサは満足そうに笑みをこぼした。
 エレリアはきっとこのフレンチトーストを口にしたことがないと思うから、早く食べてもらうのが楽しみだ。
 小気味良い音と共に焼かれていくフレンチトーストを前に、ミサはフライパンに蓋をして、一品目の調理を終えた。

 ミサはフレンチトーストの調理を終えると、すかさず次の調理の段階に入った。
  二品目は、ミサ特製のミルクスープだ。
 このスープはフレンチトーストと同じくおばあちゃん直伝の料理なのだが、ミサにとって一番作るのに苦労している料理でもある。
 ミサは彼女から教えられた通りに何度もレシピを見て調理しているのだが、何回挑戦してもあの味には遠く及ばないのだ。
 だから、今日までミサは材料と余裕がある時には、積極的に作るようにしている。
 決して不味いという訳ではないのだが、何かが足りないのだ。直接レシピには書かれていない、何かが足りない。
 それ故に、ミサは今まで変わった食材やポーションを入れたりなどの試行錯誤を何度も繰り返してきた。料理を教えてくれた当人がこの世にいない今、頼れることができるのは己の記憶とセンスのみだ。
 ただ、なんとなくおばあちゃんが作ってくれたあの味には近づいていっている気はしている。あくまで曖昧な感覚の話だが、作るスープからあの懐かしさを感じることができるようにはなっていた。
 今回このミルクスープを作る際に使う材料は、先ほどと同じギュコーンの牛乳にキノコ、数種類の山菜、そしてベーコンだ。ミサの家の家計にとって肉はとても貴重なものなのだが、ベーコンは肉でできている割りにコストが比較的安いので、肉を食べたいときはいつもベーコンを使っている。いつでも村の店で買えるので、ミサの家ではとても重宝されている。山菜については、数日前に彼女が村の近くの森で取ってきたものだ。
 ミサは再び食品棚から必要な食材を取り出し、ミルクスープを作る準備に取りかかる。

 始めに、キノコを水で軽く洗い流して、表面についた泥を落としていく。今回使う食材として使うキノコの名前は、「メダチノタケ」というキノコだ。
 名前の通りよく目立つ赤い色が特徴のキノコで毒はほとんど無く、主に食用として利用されている。このキノコは森や洞窟など場所を問わず採ることが可能で、よくサバイバル時の非常食としても愛用されているらしい。
 ちなみに山菜はすでに下ごしらえ済みだ。
 その次に、それらをまな板の上に置き、包丁で食べやすい大きさに切っていく。キノコは小房に分けて、山菜は手で束ねて大きく切る。
 ミサは馴れた手つきで器用に包丁をさばいていき、あっという間にキノコと山菜は切り揃えられた。
 その後、ミサはミルクスープの調理をいったん中断し、ふと思い出したようにコンロの方へ移動した。視線の先には、先ほどから加熱しておいたフレンチトーストのフライパンがある。
 そして、ミサはそのままフレンチトーストが入ったフライパンの蓋を持ち上げた。
 すると、フライパンの中から薄い湯気と共に黄金に輝くフレンチトーストが姿を現した。ふわふわの卵に包まれたそのフレンチトーストはちょうどいい具合に焼けており、食欲をそそる香ばしい豊かな甘い匂いがミサの胃袋を刺激する。
「うんうん、いい感じっ!!」
 フレンチトーストが完成したのをしっかり目で確認し、ミサはつけておいた火を止めて、いったん蓋をした。すべての料理が完成してから、また皿に盛り付ける予定だ。
「残りも早く作っちゃお」
 そう言うとミサは再び気を引き締め、スープ調理の続きに取りかかる。
 まず、大きな鍋に水を入れて火をかける。
 青白い炎がぼうっと音を立て、鍋をゆっくりと温めていく。鉄でできたこの鍋はおばあちゃんが若い頃から使ってした鍋らしく、年季の入った表面の錆びがその歴史を物語っているように見える。料理自体に何も影響はないので、ミサはずっとこの鍋を愛用している。
 そして、間を空けずに先ほど切ったキノコを入れていく。
 キノコは沸騰する前にすばやく鍋に入れるのがコツだ。そうミサのおばあちゃんが言っていた。どうやらこの方がおいしく、そして栄養化が高くとれるらしい。
 さらに、出汁として『コンブ』を粉にしたペースト状の調味料をスプーンですくい、鍋の中に落とす。
 鍋が泡を立てて沸騰し始めてきたら、一回弱火にして、中に材料を投入する。
 ぐつぐつと煮たっていく材料たち。
 鍋の中から立ち込める湯気にはさまざまな食材の匂いが含まれ、どれも個々の個性を主張しながらもそれぞれがうまく混ざり合い、豊かな食卓の香りを生み出していた。
 そして、ミサはミルクスープの基となる牛乳に加え、特性のポーションをコップ一杯分注いだ。
 このポーションには低級回復の効力があり、前日までの疲れが残ってしまった朝でも元気に1日を過ごすことができる。その上,無味無臭なので、スープの味になんら差し支えはない。エレリアが初めて家にやって来たあの日に、彼女に差し出したスープにも、実はこのポーションが入っていたのだ。
 すべての食材を鍋に入れ、ミサはおたまでスープをかき混ぜる。乳白色のスープの中でグルグルと渦を巻いているその姿は、まるで仲良く食材たちが手を取り合っているようだ。
「よしよし、いい感じにできたかな」
 しっかり混ぜ合わさったのを確認して、ミサは火を止め鍋に蓋をした。

 ソウヤとエレリアが海岸へ出発してしばらく経ったが、未だに二人が帰ってくる気配がない。
「リアちゃんたち遅いなぁ。まだ帰ってこないのかな?」
 とりあえず、ミサは出掛けた二人を確認する意味も含めて、窓の外を眺めてみた。
 人通りが少なかった家の前の道にも次第に人の交通量が増え、そろそろ二人が帰ってきてもおかしくない時間だった。
「どうしようかな…」
 そう言うとミサはもう一度食品棚に行き、一番下の扉を開けて中を確認した。
 開いた扉の向こうには、3匹の魚が並んで横たわっていた。手のひらサイズのこれらの魚たちは、数日前にソウヤが海で釣ってきたもので、脂がのった今が旬の魚だ。
「どうせだったら、もう一品作っちゃおうかな…。この魚たちも、早く食べないと腐っちゃうだろうし」
 しばらく思考した後、ミサはこの3匹の魚を使ってさらに一品、簡単な朝食を作ることに決めた。
 ミサは腰をかがめ、魚3匹を順番に取り出す。
 今から使う魚の調理法はいたって簡単で、ただ『焼く』だけだ。味付けはシオのみ。
 大きく目を見開いた魚たちは、ミサに鱗を剥がされたり内蔵を取り出されなど軽く下処理された後、キッチンに取り付けられたオーブンの中に一列に並べられた。金網の下にはあらかじめ薪が用意してあり、そこで火を焚いて、直火で焼く仕組みになっている。
 このオーブンはミサにとっては思い出の品の一つで、かつてミサがこの家に拾われた最初の食事は、このオーブンを使ったおばあちゃん特製のグラタンだったのを覚えている。
 村に来て初めて快く出迎えられたこともあって、あの温かくて優しい味は今でも忘れられない。
 出会った当初はソウヤともぎこちない関係だった。彼の天真爛漫な性格には毎回振り回されたり戸惑ったりもしたが、時が進むにつれて彼の人となりも理解できるようになり、気づけば彼との間に円満な関係ができていた。
 先ほどはソウヤに荒々しい態度を取ってしまったが、彼が本当に悪気がなかったことはミサも心の底では分かっていた。ソウヤとはおばあちゃんと住んでいた時より長い時間を共に過ごしている。
 だから、彼の思っていることはなんとなく悟ることができたし、きっと向こうも同じだろう。知らず知らずの内に、ソウヤとは気持ちを共有できるほどの関係になっていたみたいだ。
 ミサは手際よくマッチに火をつけ、金網の下にある薪の中へ火種を投げ入れた。
 小さな灯火は周囲の薪に燃え移っていき、数分後には燃え盛る炎へと成長した。
 3匹の魚は火に焼かれ、ジリジリと脂が滲み出ている。
 魚の香ばしい香りと共に熱風が顔にふりかかり、ミサは吹き出ててくる汗を手で拭って、鉄製のオーブンの扉を閉めた。

「二人とも、どこまで行っちゃたんだろ。全然帰ってこないじゃん…」
 すべてのメニューを作り終え、ミサは食卓へ並べた朝食たちを尻目に、困り果てた表情で再び窓の外を眺めた。
 二人が家を出て、おそらく小1時間は経過しただろうか。ソウヤは、海へ行くのはミサが朝食を作る間の暇つぶしだと説明していたが、いつになっても帰ってこない。
「何かあったのかな…」
 ここまで二人が帰ってこないと、二人に何かあったのかと無意識に彼らの身を案じてしまう。
 直接こちらから二人を迎えに行ってあげても良いが、入れ違いになってしまっては面倒だ。
「早くしないと料理が冷めちゃうよ」
 ミサはテーブルに並んだ料理たちを眺め、弱々しく呟いた。
 そして、しばらく考えた挙げ句、ミサは家で二人の帰りを待つことにした。きっと、もうすぐ帰ってくるに違いない。
 ミサは食卓のイスに腰を下ろし、退屈そうにテーブルに頬杖をついた。
 再び部屋を静寂が支配する。
 相も変わらずに屋根の上で騒いでいる小鳥の声に加え、家の前の通りからも人の行き交う音がちらほら聞こえてくる。部屋に差し込む朝日の光量も、心なしか増えているような気がする。
 すると、イスに座っているミサの腹部から小さく腹の虫が鳴った。
「あぁ、お腹空いたなぁ…」
 ミサは服の上から自身の腹部を弱々しく手でさすり、薄く開いたまなざしでずっと家の玄関を見つめる。当然だが、朝から何も食べてない。二人が帰ってくるより先に食事を済ましてしまおうとも一瞬考えたが、あと少しで彼らが帰ってきそうな気もして、なかなか実行に移せなかった。
 静寂と共に無為な時間が流れていく。
 すると、辛抱強く待ち続けたミサに、次第に睡魔が襲い始めてきていた。
 眠気に誘われ、まぶたががだんだん閉じていく。
 寝てはいけないと頭では分かっていたが、身体は睡魔に誘われるまま意識を現実から遠ざけていこうとする。
 そして、気づいた頃にはミサは朝食の並んだテーブルに突っぷして、エプロン姿のまま深い眠りに落ちてしまっていた。
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