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18 赤ワインとチーズ
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五分くらいそのままにしていたら、ルビーが慌てて顔を上げた。
「りょ、リョーバ、ごめんなさい!」
ルビーの口には僕の血がぬるりと張り付いている。
「いいよ。ただ、理由だけ教えて」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
ルビーは僕の胸元にすがりつくように手をかけて、肩を震わせている。
僕は僕で、ルビーを落ち着かせようと、ルビーの頭や背中をさすった。
暫くそうしていたら、ルビーが再び顔を上げた。
「ごめんなさい……魔力、我慢できなかった」
僕が記憶を取り戻して暫くは、僕がルビーから魔力を分けてもらっていた。
ルビーは「お腹空かない」と言い張っていたが、実は我慢していたのだろうか。
「生きるための魔力は足りてる。でも、リョーバの魔力、すごく美味しそうになったから……」
ルビーの「魔力を糧に生きる」という概念は、僕には理解し難い。
だけど、魔力を食べ物に置き換え、更に目の前に好物があったら、と考えてみる。
どんなにお腹が一杯でも、好物ならひとくちふたくちは食べることができる。
今、僕の血から直接魔力を摂ったルビーは、そういう状況だったのかな。
「僕の魔力そんなに美味しいの?」
「うん。いい匂い」
「そうかぁ。血を吸わないと摂取できない?」
「血が一番、魔力が豊富。でももうしない、我慢する」
「少しだけならいつでもいいよ」
噛み跡を魔法で治して見せると、ルビーは苦虫を噛み潰したような顔になった。
「リョーバ、わたしを甘やかしすぎ。もう絶対しない。リョーバを怪我させるなんて、お嫁さん失格」
「怪我くらいどうってことないのに」
「駄目」
「我慢しすぎるのは良くないよ」
「駄目ったら駄目!」
ルビーは有言実行し、二度と僕の血を飲もうとしなかった。
テビスも有言実行した。
セリステリアはインフィニオル国王暗殺を企てたとして、インフィニオル国に多額の賠償金を支払うことになった。
その額は、セリステリアの国家予算十年分だそうだ。
支払い期限は一ヶ月。
大国の王の命にしては安すぎるが、既に傾いているセリステリア国に払えるわけがない。
国王を始めとした国の重鎮たちは軒並み失脚し、代わりにインフィニオル国の魔族たちが期間限定の代理で重役に就いた。
セリステリアは実質、インフィニオル国の支配下に置かれたわけだ。
それでも収まらなかったのが、インフィニオル国の魔族の方々だ。
なにせ、敬愛する国王陛下が殺されかけたのである。
実際に死にかけた本人よりも、周囲が憤慨していた。
元セリステリア国王は断首すべきという案をどうにか却下できたテビスは、その日の夜、僕の家へやってきた。
「あやつら俺のこととなると盲目でな。普段は喜ばしいことだが、些か疲れた」
セリステリアの後始末を始めてから心なしかげっそりしたテビスが、僕を相手にワインを傾ける。ワインと肴のチーズはテビスが持ち込んだものだ。
「悪いね、全部押し付けちゃって」
「お前は悪くない。悪いのは全てセリステリアだ」
ルビーの髪色みたいな赤いワインは、重厚な味わいがした。チーズによく合う。
「どうして世界征服なんて考えちゃったのかな。あと、あの王様たち頭悪すぎるよね」
元セリステリア国王は、事ここに至っても「儂が一体何をしたというのだ!」という姿勢を崩さず、罪を認めなかった。それどころか、自分のやったこと、魔道士がやらかしたことを、殆ど理解しないのだ。
「ああ、そのことだが、どうやら例の研究が関係しているらしい」
例の研究ってのは、クリムゾンが造られた経緯のことだ。
「どういうこと?」
「人間は血筋が優れているほど魔力が高いと考えていたそうでな、最初に実験台になったのは、王族のひとりなのだよ」
「ええっ!? そ、それ問題にならないのっ!?」
「王族と言っても王位継承権も無いような者で、国のためと唆されて従ったらしい。実際には、血筋と魔力に因果関係などない。しかし、王族の血が濃いほど頭の出来が悪く、継承権も上位だったのは事実だ。端からマシな王族を潰した結果、あのような阿呆が王冠を戴いたというわけだ」
「重役もその……」
「似たような経緯だ」
テビスがワイン瓶を自分のグラスに傾けると、半分ほどしか満たされなかった。
「もっと飲む?」
「ああ、持ってきている」
既に三本空いているが、僕たちの酒盛りはこれからが本番だ。
◇
この世界に召喚されて、一年と少し経った。
色々あったけれど、僕が家を構えた元荒野はディバステラという村になり、現在住人は約百世帯、三百人を超えている。
住人の家は五十軒くらいまで僕が魔法で建てていたけど、雇用創出のために村の人が建てるようになった。
村がこの規模になってくると流石に村長が必要だということで、インフィニオルから魔族の人も派遣された。
テビスの遠縁にあたるひとで、体型は僕と似たり寄ったりの細身ながらも、髪と瞳の色がテビスと同じで、雰囲気も似ている。
「おはようございます、リョーバさん。アレクの世話はやっておきましたよ」
「毎朝ありがとうございます」
アレクというのは、テビスから贈られた馬の名前だ。
毎日朝と夕に村長のアルジェンテウスさんが世話をしてくれている。
お礼は何度言っても受け取ってくれないので諦めた。
アレクは賢い牝馬で、乗馬初心者の僕でも難なく乗りこなすことができ、ちょっとしたお出かけや荷運びに活躍してくれている。
ただ、何故かルビーとは相性が悪い。
「リョーバ、ご飯できた」
「ありがとう、すぐ行くよ」
アルジェンテウスさんことアルとの雑談を切り上げて、家の中へ入ると、いい匂いに包まれた。
テーブルの上には、ふわふわの白パンに、ベーコンエッグとサラダ、コーンスープ。
見て、同じものを魔法で創る。
ルビーの味覚はこの数ヶ月でだいぶ発達した。
もう僕と同じ料理――ただし魔力製――を、美味しそうに食べる。
「美味しい」
料理を褒めると、ルビーははにかんだ。
ほんの数ヶ月前は僕の記憶があったりなかったり取り戻したり、親友のテビスが殺されかけたりと穏やかでない日々を過ごしていたが、今はとても平穏だ。
セリステリアという国名は、世界から消えた。
元王は投獄の後、インフィニオルの魔道士さんたちから強制的に知識と教養を脳に送り込まれてようやく自体を把握するだけの知恵を身に着けた。
それでも、自分が死刑になるのは嫌だと駄々をこね、囚人扱いに不満を言い、悔い改めもせず、被害者たちへの謝罪は一切無かった。
流石のテビスも情状酌量の余地なしと、刑を執行させたのが、ふた月程前だ。
セリステリアは元々気候の良い豊かな土地だから、残っていた民はそのまま住み続け、インフィニオル国が統治している。
人間の国に魔族が出入りするようになったが、元々、王族より賢い民の国だ。特に問題なく回っている。
僕の身の回りの変化は、農業をしなくなったことくらいか。
自分の糊口を凌げればいいやとはじめたものだが、近隣の人たちがしょっちゅう食材を持ってきてくれるので、自分で作った分すら余ってしまうことが多くなった。
かといって売るには少なすぎるし、作って腐らせるのももったいない。
農場はお隣のイザベルさんたちにお任せして、僕は別の仕事をはじめることにした。
魔力がたくさんあるので、魔道士として活動することにしたのだ。
これまでセリステリアのせいで魔道士に良い印象はなかったが、元々魔道士は魔力多めの人がよく就く職業だ。
魔物討伐の仕事はなくなったが、魔法が必要な場面は多々ある。
僕はお客さんが持ってきた依頼をこなす、雑用系魔道士として看板を掲げた。
「ごめんくださいー」
朝食を終えてくつろいでいると、早速お客さんがやってきた。
主なお客さんは村の人で、たいてい顔見知りだったりするが、今日は違った。
「このあたりの土地が豊かになったので、近くに交易用の拠点を作ろうと思いまして」
今日のお客さんは、わざわざ海を渡ってやってきたという商人さんだ。
「交易所に、厩舎、宿泊所……でしたらこれでどうでしょう」
お互いに取引内容を確認して、合意を得たら即、仕事にとりかかる。
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
ルビーに見送られて、商人さんと共に現地まで向かった。
仕事を終えて帰ってくると、家の中がなんだか静かだ。
また、嫌な予感がする。
「ただいま。ルビー?」
いつも僕が帰宅すると速攻で出迎えてくれるルビーの姿が見えない。
慌てて家中を探すと、キッチンで倒れているルビーを見つけた。
「りょ、リョーバ、ごめんなさい!」
ルビーの口には僕の血がぬるりと張り付いている。
「いいよ。ただ、理由だけ教えて」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
ルビーは僕の胸元にすがりつくように手をかけて、肩を震わせている。
僕は僕で、ルビーを落ち着かせようと、ルビーの頭や背中をさすった。
暫くそうしていたら、ルビーが再び顔を上げた。
「ごめんなさい……魔力、我慢できなかった」
僕が記憶を取り戻して暫くは、僕がルビーから魔力を分けてもらっていた。
ルビーは「お腹空かない」と言い張っていたが、実は我慢していたのだろうか。
「生きるための魔力は足りてる。でも、リョーバの魔力、すごく美味しそうになったから……」
ルビーの「魔力を糧に生きる」という概念は、僕には理解し難い。
だけど、魔力を食べ物に置き換え、更に目の前に好物があったら、と考えてみる。
どんなにお腹が一杯でも、好物ならひとくちふたくちは食べることができる。
今、僕の血から直接魔力を摂ったルビーは、そういう状況だったのかな。
「僕の魔力そんなに美味しいの?」
「うん。いい匂い」
「そうかぁ。血を吸わないと摂取できない?」
「血が一番、魔力が豊富。でももうしない、我慢する」
「少しだけならいつでもいいよ」
噛み跡を魔法で治して見せると、ルビーは苦虫を噛み潰したような顔になった。
「リョーバ、わたしを甘やかしすぎ。もう絶対しない。リョーバを怪我させるなんて、お嫁さん失格」
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「駄目」
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ルビーは有言実行し、二度と僕の血を飲もうとしなかった。
テビスも有言実行した。
セリステリアはインフィニオル国王暗殺を企てたとして、インフィニオル国に多額の賠償金を支払うことになった。
その額は、セリステリアの国家予算十年分だそうだ。
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大国の王の命にしては安すぎるが、既に傾いているセリステリア国に払えるわけがない。
国王を始めとした国の重鎮たちは軒並み失脚し、代わりにインフィニオル国の魔族たちが期間限定の代理で重役に就いた。
セリステリアは実質、インフィニオル国の支配下に置かれたわけだ。
それでも収まらなかったのが、インフィニオル国の魔族の方々だ。
なにせ、敬愛する国王陛下が殺されかけたのである。
実際に死にかけた本人よりも、周囲が憤慨していた。
元セリステリア国王は断首すべきという案をどうにか却下できたテビスは、その日の夜、僕の家へやってきた。
「あやつら俺のこととなると盲目でな。普段は喜ばしいことだが、些か疲れた」
セリステリアの後始末を始めてから心なしかげっそりしたテビスが、僕を相手にワインを傾ける。ワインと肴のチーズはテビスが持ち込んだものだ。
「悪いね、全部押し付けちゃって」
「お前は悪くない。悪いのは全てセリステリアだ」
ルビーの髪色みたいな赤いワインは、重厚な味わいがした。チーズによく合う。
「どうして世界征服なんて考えちゃったのかな。あと、あの王様たち頭悪すぎるよね」
元セリステリア国王は、事ここに至っても「儂が一体何をしたというのだ!」という姿勢を崩さず、罪を認めなかった。それどころか、自分のやったこと、魔道士がやらかしたことを、殆ど理解しないのだ。
「ああ、そのことだが、どうやら例の研究が関係しているらしい」
例の研究ってのは、クリムゾンが造られた経緯のことだ。
「どういうこと?」
「人間は血筋が優れているほど魔力が高いと考えていたそうでな、最初に実験台になったのは、王族のひとりなのだよ」
「ええっ!? そ、それ問題にならないのっ!?」
「王族と言っても王位継承権も無いような者で、国のためと唆されて従ったらしい。実際には、血筋と魔力に因果関係などない。しかし、王族の血が濃いほど頭の出来が悪く、継承権も上位だったのは事実だ。端からマシな王族を潰した結果、あのような阿呆が王冠を戴いたというわけだ」
「重役もその……」
「似たような経緯だ」
テビスがワイン瓶を自分のグラスに傾けると、半分ほどしか満たされなかった。
「もっと飲む?」
「ああ、持ってきている」
既に三本空いているが、僕たちの酒盛りはこれからが本番だ。
◇
この世界に召喚されて、一年と少し経った。
色々あったけれど、僕が家を構えた元荒野はディバステラという村になり、現在住人は約百世帯、三百人を超えている。
住人の家は五十軒くらいまで僕が魔法で建てていたけど、雇用創出のために村の人が建てるようになった。
村がこの規模になってくると流石に村長が必要だということで、インフィニオルから魔族の人も派遣された。
テビスの遠縁にあたるひとで、体型は僕と似たり寄ったりの細身ながらも、髪と瞳の色がテビスと同じで、雰囲気も似ている。
「おはようございます、リョーバさん。アレクの世話はやっておきましたよ」
「毎朝ありがとうございます」
アレクというのは、テビスから贈られた馬の名前だ。
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お礼は何度言っても受け取ってくれないので諦めた。
アレクは賢い牝馬で、乗馬初心者の僕でも難なく乗りこなすことができ、ちょっとしたお出かけや荷運びに活躍してくれている。
ただ、何故かルビーとは相性が悪い。
「リョーバ、ご飯できた」
「ありがとう、すぐ行くよ」
アルジェンテウスさんことアルとの雑談を切り上げて、家の中へ入ると、いい匂いに包まれた。
テーブルの上には、ふわふわの白パンに、ベーコンエッグとサラダ、コーンスープ。
見て、同じものを魔法で創る。
ルビーの味覚はこの数ヶ月でだいぶ発達した。
もう僕と同じ料理――ただし魔力製――を、美味しそうに食べる。
「美味しい」
料理を褒めると、ルビーははにかんだ。
ほんの数ヶ月前は僕の記憶があったりなかったり取り戻したり、親友のテビスが殺されかけたりと穏やかでない日々を過ごしていたが、今はとても平穏だ。
セリステリアという国名は、世界から消えた。
元王は投獄の後、インフィニオルの魔道士さんたちから強制的に知識と教養を脳に送り込まれてようやく自体を把握するだけの知恵を身に着けた。
それでも、自分が死刑になるのは嫌だと駄々をこね、囚人扱いに不満を言い、悔い改めもせず、被害者たちへの謝罪は一切無かった。
流石のテビスも情状酌量の余地なしと、刑を執行させたのが、ふた月程前だ。
セリステリアは元々気候の良い豊かな土地だから、残っていた民はそのまま住み続け、インフィニオル国が統治している。
人間の国に魔族が出入りするようになったが、元々、王族より賢い民の国だ。特に問題なく回っている。
僕の身の回りの変化は、農業をしなくなったことくらいか。
自分の糊口を凌げればいいやとはじめたものだが、近隣の人たちがしょっちゅう食材を持ってきてくれるので、自分で作った分すら余ってしまうことが多くなった。
かといって売るには少なすぎるし、作って腐らせるのももったいない。
農場はお隣のイザベルさんたちにお任せして、僕は別の仕事をはじめることにした。
魔力がたくさんあるので、魔道士として活動することにしたのだ。
これまでセリステリアのせいで魔道士に良い印象はなかったが、元々魔道士は魔力多めの人がよく就く職業だ。
魔物討伐の仕事はなくなったが、魔法が必要な場面は多々ある。
僕はお客さんが持ってきた依頼をこなす、雑用系魔道士として看板を掲げた。
「ごめんくださいー」
朝食を終えてくつろいでいると、早速お客さんがやってきた。
主なお客さんは村の人で、たいてい顔見知りだったりするが、今日は違った。
「このあたりの土地が豊かになったので、近くに交易用の拠点を作ろうと思いまして」
今日のお客さんは、わざわざ海を渡ってやってきたという商人さんだ。
「交易所に、厩舎、宿泊所……でしたらこれでどうでしょう」
お互いに取引内容を確認して、合意を得たら即、仕事にとりかかる。
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
ルビーに見送られて、商人さんと共に現地まで向かった。
仕事を終えて帰ってくると、家の中がなんだか静かだ。
また、嫌な予感がする。
「ただいま。ルビー?」
いつも僕が帰宅すると速攻で出迎えてくれるルビーの姿が見えない。
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