魔王倒したのに追放されたので、魔族の王と仲良くなって謎の少女と一緒に暮らします

桐山じゃろ

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 僕の名前は涌良わくら涼葉りょうば。二十七歳会社員。
 昔から祖父母や両親、その他親戚一族が子供の頃から何度も語って聞かせてくれたところによれば、僕の家系は大昔に殿様やってたそうで、僕は時代が時代なら一国一城の主だったらしい。
 由緒正しい家系と言えば聞こえは良いが、全部大昔の話だ。
 現代社会で影響があるとすれば、時折、貴方の家臣になるはずだった者ですって人が会いに来て話をする程度。
 僕自身には殿様になれるようなカリスマはないし、会社じゃ最近ようやくチームリーダーの役職を押し付けられたような、至って普通の人間。

 で、ある日残業で日付が変わる直前に家への帰路を急いでいて……そこで一旦記憶が途絶えている。

「ここどこですか?」
 気づいたときには僕は妙な服を着て、土の地面に寝転がっているところを、ガタイの良い角生え男と真っ赤な髪の女の子に囲まれていた。
 僕が「あなた達、誰?」と尋ねると、すぐさまガタイの良い男に抱き抱えられた。
 自慢じゃないが僕は身長が高い。百八十センチは越えている。
 その僕を軽々と抱き上げた男はかなりの力持ちだ。
 それはいいとして、抱き上げ方がお姫様抱っこなのが恥ずかしい。
「ちょっ!? あのっ?」
 僕が抗議するかしないかという時には、景色が変わっていた。何が起きた?
 今時珍しい木の壁と柱でできたログハウスみたいな部屋にいて、僕はベッドへそっと寝かされた。
 寝かされたが、僕はすぐさま上半身を起こした。
「一体何なんですか?」
 僕は意外と冷静だった。
 男や女の子に敵意を感じない、むしろ心配されているのがひしひしと伝わってくるせいだろう。
 あくまで穏やかに問いかけただけなのだが、ベッドの横に呆然と立っていた女の子の綺麗な金色の瞳から、ぽろぽろと涙が溢れ出した。
「えっ、だ、大丈夫?」
「リョーバ……」
 涙を拭おうともしない女の子の頭を、ガタイの良い男が慰めるように手を置いた。よく見たら、男の手は爪が硬く頑丈そうで、先が尖っている。この人本当に人間だろうか。
「本当に、俺とこやつのことを覚えておらぬのだな。では、一から説明しよう」
 男は腕を組み、立ったまま、僕に色々と話しをしてくれた。



 まず、ここは僕が元々いた世界ではないらしい。
 この世界のとある国が、僕を勇者として召喚し、記憶を奪う代わりに力を与え、魔王を倒させたのだとか。

 ゲームはよくやる方だし漫画もそこそこ嗜んできた。
 まさか、あの流行りの異世界召喚モノに僕が巻き込まれていたなんて。

 魔王を倒した僕は、僕を召喚したセリステリアという国から国外追放処分を受ける。僕はその場で、旅の途中で出会ったガタイのいい男ことテビスの元へ転移魔法で飛び、魔法でここに家を建てて暮らし始めた。
 女の子ことルビーの話も聞いた。魔王城にいた少女で、正体不明。だけど、僕がその……溺愛していたそうだ。

 たしかにかわいい女の子だけど、こんな年端もいかないような子と結婚の約束してたって……記憶のなかった僕は頭のネジも飛んでたんじゃないか?
 とはいえ、目の前でそのルビーが無言で涙をぽろぽろさせているのを見続けるのは落ち着かないわけで。

「じゃあ、記憶が戻ったせいで、この世界に来たときの記憶が失くなっちゃったんですかね」
 一通り説明を受けたところで、僕は確認の意味も込めてテビスに尋ねた。
 テビスはこのあたりの土地を治めているインフィニオルという国の王様で、人間ではなく魔族という種族だそうだ。
 僕も遠い祖先が殿様だったから、王様相手にビビらずにいられるのかな。だとしたら、先祖に感謝だ。
「恐らくな。この事態を避けるために密偵を放って記憶玉を見張らせていたのだが、向こうの動きが想定外だった」
「記憶が、ええっと、元の世界に居た頃の記憶が無かったときの僕は、記憶に関してなんて言ってました?」
「戻らぬとも良い、と」
 だろうなと、僕は頷いた。

 元いた世界に居たまま記憶喪失になったら僕も周囲も困るが、ここは異世界だ。記憶どころか常識すら通用しない世界で、半端な記憶や知識は邪魔にもなりうる。
 記憶がないお陰でこの世界に馴染んでいたのならば、無理に取り戻そうとしなかったはずだ。

「僕が元の世界へ帰る方法なんてのは……」
「残念ながら無い。召喚自体が一か八かの賭けのようなものでな。別の世界へ行くことは可能だが、リョーバが元いた世界へ帰るとなると、数千万分の一の確率といったところだろう」
 ここまで話を聞いていて、テビスは僕に嘘を吐くようには見えなかった。
 全部本当のことだろう。
 僕は腹を括った。

「わかった。じゃあ迷惑ついでにお願いしてもいいかな。この世界で暮らすための知識を改めて教えて欲しい」

 テビスは目を見開き、ルビーは顔を上げた。
 なにか変なこと、言ったかな。
「良いのか?」
「良いも何も、ここで生きてくしかないなら、そうするしかないし。忘れちゃってごめんね」
 僕がルビーの頭をそっと撫でると、それまで涙をこぼす以外は無表情だったルビーの顔がくしゃくしゃになった。

 そして僕に抱きついてきた。

「ふっ、ふぇぇ……うわあああん!!」
 声を上げずに泣いていたのに、声を上げて激しく泣き出した。
「ちょっ、ど、どうしたの!? あの、痛い痛い! キミ、意外と力あるね!?」
「落ち着け。こやつに以前のような力はない。絞め殺しかねんぞ」
 テビスが言ってくれたお陰で力は緩まったが、ルビーは僕の胸に顔を埋めたまま泣くのも抱きしめるのも止めない。
 しばらく背中や頭を撫でていると、声は徐々に小さくなった。

「りょ、ば、は、りょー、だった」
「ん?」
「リョーバ、は、リョーバの、まま、だった」
「う、うん?」

 ルビーが完全に泣き止むまで、不可抗力でルビーを抱きしめたままだった。
 小さくて、あたたかくて……心地よかった。



「では、ゆくぞ」
「お願いします」

 テビスは、僕に知識を送り込む魔法が使える。
 以前の僕に突然やって、抗議されたというので今回は事前に承諾を得てきた。

 教えてもらう時間は省けるし、なにより自分に魔法が掛かるという未知の体験にわくわくする。
 ベッドに腰掛けた状態の僕の額に、テビスの人差し指がこつんと当たった。
 見た目通り、尖っていてちょっと痛い。

魔法はすぐ済んだらしいが、以前の僕が「事前了承」を必須とした理由がわかった。

「うあっ、うえぇ……」
 頭がぐわんぐわんする。吐き気を堪えていると、テビスが別の魔法を掛けてくれた。
 多分、治癒魔法とか状態異常回復魔法だと思う。脳震盪直前のような脳の揺れはスッと治まった。
「どうだ?」
「気持ち悪かったけど、大丈夫」
「魔族の角の数は何本だ?」
「テビスは二本だけど、顔や身体つきと一緒でそれぞれ違うでしょ……あっ」
「うむ、知識は定着したようだな」
 頭の中のもやもやした感覚は、テビスの質問に答えることで真っ直ぐに整った。
 元の世界の記憶はちゃんとある上で、この世界の常識や基礎知識が、自然と僕の中にある。
「ありがとう、魔法ってすごいな」
 僕が素直な感想を述べると、テビスは顔をしかめてしまった。

 以前の僕は、ここや周辺にある家をほいほいと建てられるほどの膨大な魔力と魔法を有していたらしい。

 今現在、僕には何の力もない。
 試しにテビスが魔法で創り出した剣を握ってみたが、重くて思うように振り回すことすらできなかった。

「力のことは今は仕方ない。村の連中には、適当に説明しておく。しばらくは何も考えず、好きなことだけして、ゆっくりしておれ」

 テビスの言葉に甘えることにした。



 僕が気がついたのが深夜で、それから一晩中話を聞いたりルビーに抱きつかれたり知識を貰ったりしていたら、陽が登る時間になっていた。
「俺は一旦、城へ戻る。また様子を見に来る」
 テビスはそう言って眼の前からパッと消えた。転移魔法だろう。

 部屋に、ルビーと二人きりになった。

「リョーバ」
 ルビーはとっくに泣き止んでいたが、目元がまだ赤い。それと、僕に抱きついたままだ。
 剣は重くて振り回せなかったが、ルビーはとても軽い。
「ん?」
 僕が返事をすると、ルビーは僕から身体を離した。
「わたしのことは、どれだけ知った?」
 記憶を探ると、ルビーは人間でも魔族でも魔物でもなく正体不明で本人も覚えておらず、名前を付けたのは僕で、僕のことが大好き、と出てきた。
 魔力が主食で、僕と魔力で繋がっていた、とも。
「どうしてそんなに僕のことが好きなの?」
 テビスから見たルビーは要警戒人物のようで、あまりいい知識がない。
 でも、目の前の女の子が、なにか悪いことをするような気はしなかった。
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