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インフィニオル王城から南の元荒野に住み始めて、四ヶ月ほど経った。
隣人さんは徐々に増え、僕の家の周囲には二十軒ほどの家が建ち、住人は五十人くらいになった。
「村を名乗ってもよかろう。村名は好きに付けよ」
「そんな事言われても」
相変わらず僕の家に昼飯をたかりにくるテビスが唐突に言いだした。
最近の食事は専らルビーが作ってくれる。
「花嫁修業!」
とのたまってイザベルさんに弟子入りし、グライソンさんやダミアンさんまでノリノリで手を貸してくれるので、ルビーの料理の腕はめきめき上がった。
今や僕の知らなかった料理もささっと作ってくれる。
テビスははじめ、ルビーが作ったと言うとぎゅっと眉をひそめたが、口にしたら何も言わずに完食した。
間違いなく美味しいもんね。
じゃなくて、村とか名とか。
「おかしい、僕は静かにゆっくり暮らしたかったんだけど?」
「何か困り事でもあるのか」
「ないよ」
「ならば良いではないか。別にお前に村長をやれなどとは言わぬ」
「あ、そうなの?」
村名を付けたからには長をやれとか言われるのかと思いこんでた。
「リョーバ、わたしには名前くれた」
「ルビーはいいんだよ。でも村の名前は荷が重いな」
「そうか。ではこちらで適当に付けよう」
「村になることは確定なの?」
「元々、人間の里を作るつもりでここにセリステリアからの移民を送り込んだからな」
確かに、そう言っていた気がする。
「では……リョーバ村と」
「却下あ!」
僕の名前にちなんだ名称は全て却下させてもらった結果、村の名前は「ディバステラ」に決まった。豊かな土地、という意味だそうだ。
「村長は必要になったら城の誰かを適当に任命して送り込むぞ」
「そうしてくれ」
「うむ。さて帰る」
テビスは立ち上がると、魔法を使って食器の後片付けをしてくれた。これはテビスが自主的に始めたことで、こちらとしても楽だからやってもらっている。
先程の「帰る」宣言と後片付けのあとは手をぷらぷらと振ってすぐに転移魔法で消えるまでが、テビスの突撃僕んちの昼ごはんなのだが、今日はちょっと違った。
「ルビー」
テビスがルビーの名前を呼ぶなんて、珍しいことがおきた。
名前を教えてからどうしても必要な時以外「そやつ」とか「あやつ」って呼んでたのに。
ルビーの方は、素直にテビスの手招きに従って、テビスに近寄った。
「美味かった。リョーバのために今後もよく励むといい」
「うん」
大国の王が威厳をもって褒めたというのに、ルビーの方は塩対応だ。
普段から、僕のやることなすことには可愛い反応をくれるのだが、他の人に対しては素っ気ない。テビスも例外ではなかったようだ。
「ふふん。では、またな」
しかしテビスは気を悪くした様子もせず、今度こそ手をぷらぷらと振って転移魔法で消えた。
◇
「戻った」
「おかえりなさいませ、陛下」
テビスが城へ戻ると、使用人たちが一斉に寄ってきて世話を焼き始めた。
羽織っていた外套を受け取り、わずかに乱れた黒髪を櫛でさっと整え、椅子を引き、目の前に茶を用意する。
一連の流れはテビスが数歩歩いている間に完了していた。
「何ぞ変わったことはなかったか」
テビスはお茶を一口飲んでから、側近に尋ねた。
「はい。北に魔物が出ましたが、討伐済みです。数は五十。オーガやオークといった人型ばかりでした」
「また人型か……。発生源は突き止めたか」
「今回も掴めませんでした」
「そうか。調査は」
「続行中です」
「ならば良い。ああ、そうだ。リョーバがいるあたりを正式に村としてきた。名は『ディバステラ』だ」
「はい。登録しておきます」
大きな案件から些細な決め事まで、その場で次々と決断、判断がなされてゆく。
テビスは王として、為政者としてたしかに有能ではあるが、他の魔族も勤勉で誠実だ。
何よりテビスを王として認め、敬意を払い、仕えることに誇りを持っている。
「では、そのように」
「よろしく頼む」
更にいくつもの政務や雑務をこなす頃には、日が暮れていた。
「他に喫緊の案件は無いか?」
「今のところは」
「では暫し休むが、何かあったらすぐに呼べ」
「畏まりました」
夕食を摂るために椅子から立ち上がった時、執務室と廊下をつなぐ扉の向こう側がばたばたと騒がしくなった。
「何事ですか?」
側近が扉を開けると、セリステリアに潜伏していた密偵が、治癒魔法を掛けられていた。
「どうしたっ!」
テビスが駆け寄り、自ら治癒魔法を使う。この国で誰よりも魔力量の多いテビスは、魔法を使うことを全く躊躇わないし、周囲も止めない。
「陛下、申し訳ありません。しくじりました」
「何があった?」
テビスの治癒魔法で瞬時に回復した密偵は、侍女が持ってきた水を飲み干してからその場に立て膝の姿勢になり、報告を始めた。
「数日前から、セリステリアの魔道士たちの一部が、我らと同じように魔法を使うようになりました。彼らに隠形を見破られ、攻撃魔法を浴びせられて……」
密偵は悔しそうに唇を噛んでいる。
「よく無事で戻った。今は休んで、あとは任せろ」
「私の失態はそれだけではなく、記憶玉が、勇者殿の元へ」
さっと顔色を変えたテビスは、最低限の指示だけ残すと、リョーバの元へ飛んだ。
◇
招かれざる客の気配に、夕食後の一服をしていた僕は立ち上がった。
「リョーバ」
「ルビーはここに」
「いや。ついてく」
僕のお嫁さん宣言をしてからのルビーは、前にも増して僕についてくるようになった。
この土地――ディバステラに住み始めて二ヶ月ほど過ぎた頃に魔物と対峙して以来、近くにも魔物が現れるようになった。
北側はインフィニオルの皆さんが対処してくれているが、南側は僕が倒している。
ルビーは魔法が使えず、治癒魔法が効きづらい。僕の魔法は全く通らない。
戦う力は無いかと思いきや、万が一のときのためにと護身用に持たせた軽量のナイフで、巨大なリザードマンの首を一閃して倒してみせた。
意外と力はあるのだ。それと、すばしっこい。
とはいえ、今回の相手は魔物ではない。
正体がわからないから、危険である可能性が高い。
と、言い聞かせてもルビーは断固として僕の服の裾から手を離さず、僕も振りほどけなかった。
転移魔法で招かれざる客の眼の前に到着すると、間髪入れずに攻撃魔法が飛んできた。
それを防御結界で打ち消しながら、相手の様子を探る。
「その格好、セリステリアの魔道士?」
返事の代わりに再び攻撃魔法が飛んでくる。
爆発系の殺傷力の高い魔法だ。
転移魔法で突然現れた僕を狙ってくるというのは、僕がここへくると確信してのことが、それとも、自国の人間以外はなんとも思っていないのか。
理由は両方だったようだ。
「貴様は、リョーバか!?」
何度か攻撃魔法を放っておいてようやく、相手がこちらを認識した。
「僕に用事なら……」
「喰らえっ!」
攻撃魔法は地面に向かって放たれ、辺りを土煙が立ち込める。
「うえっ、ゲホッ! 面倒くさいことを……」
「リョーバ!」
横からルビーがタックルしてきて、僕は地面を転がった。
ルビーほんと力強いな。
ダークドラゴンの強打ですら受け止められる僕なのに、あっさり転んでしまった。
さっと立ち上がると、ルビーの首元にナイフを、もう片方の手に虹色の玉を持った男がいた。
「大人しくしろ! この玉を受け取らなければ、この娘を」
「ルビーをどうするって?」
この世界で気がついたときから、僕はなにかに怒りを覚えるということが無かった。
理不尽な目に遭っても、僕に記憶がないから仕方ない、僕が勇者に選ばれたのだから仕方ない、そういう考えだった。
ルビーの首元に刃が添えられた光景は、僕が頭に血を上らせるのに十分だった。
「リョーバ、ダメッ!」
視線の先で発動させた魔法は、忌々しい刃を一瞬でボロボロに朽ちさせた。
更に発動した魔法は、男の命をギリギリ奪わない程度に攻撃した。
男が手に持っていた虹色の玉が、硬い地面でヒビが入り、魔法の余波で粉々に砕け散った。
「リョーバっ! くそっ、遅かったか」
「リョーバ! リョーバ!!」
「う……?」
目を覚ますと、ガタイの良い、角の生えた男と、真っ赤な髪の女の子が僕を見下ろしていた。
「えっと、あれ? ここ、どこ?」
「気づいたか。どこか痛みはないか?」
「リョーバ、大丈夫?」
二人はやたらと心配そうに僕を見つめている。
だけど……。
「あなた達は、誰?」
隣人さんは徐々に増え、僕の家の周囲には二十軒ほどの家が建ち、住人は五十人くらいになった。
「村を名乗ってもよかろう。村名は好きに付けよ」
「そんな事言われても」
相変わらず僕の家に昼飯をたかりにくるテビスが唐突に言いだした。
最近の食事は専らルビーが作ってくれる。
「花嫁修業!」
とのたまってイザベルさんに弟子入りし、グライソンさんやダミアンさんまでノリノリで手を貸してくれるので、ルビーの料理の腕はめきめき上がった。
今や僕の知らなかった料理もささっと作ってくれる。
テビスははじめ、ルビーが作ったと言うとぎゅっと眉をひそめたが、口にしたら何も言わずに完食した。
間違いなく美味しいもんね。
じゃなくて、村とか名とか。
「おかしい、僕は静かにゆっくり暮らしたかったんだけど?」
「何か困り事でもあるのか」
「ないよ」
「ならば良いではないか。別にお前に村長をやれなどとは言わぬ」
「あ、そうなの?」
村名を付けたからには長をやれとか言われるのかと思いこんでた。
「リョーバ、わたしには名前くれた」
「ルビーはいいんだよ。でも村の名前は荷が重いな」
「そうか。ではこちらで適当に付けよう」
「村になることは確定なの?」
「元々、人間の里を作るつもりでここにセリステリアからの移民を送り込んだからな」
確かに、そう言っていた気がする。
「では……リョーバ村と」
「却下あ!」
僕の名前にちなんだ名称は全て却下させてもらった結果、村の名前は「ディバステラ」に決まった。豊かな土地、という意味だそうだ。
「村長は必要になったら城の誰かを適当に任命して送り込むぞ」
「そうしてくれ」
「うむ。さて帰る」
テビスは立ち上がると、魔法を使って食器の後片付けをしてくれた。これはテビスが自主的に始めたことで、こちらとしても楽だからやってもらっている。
先程の「帰る」宣言と後片付けのあとは手をぷらぷらと振ってすぐに転移魔法で消えるまでが、テビスの突撃僕んちの昼ごはんなのだが、今日はちょっと違った。
「ルビー」
テビスがルビーの名前を呼ぶなんて、珍しいことがおきた。
名前を教えてからどうしても必要な時以外「そやつ」とか「あやつ」って呼んでたのに。
ルビーの方は、素直にテビスの手招きに従って、テビスに近寄った。
「美味かった。リョーバのために今後もよく励むといい」
「うん」
大国の王が威厳をもって褒めたというのに、ルビーの方は塩対応だ。
普段から、僕のやることなすことには可愛い反応をくれるのだが、他の人に対しては素っ気ない。テビスも例外ではなかったようだ。
「ふふん。では、またな」
しかしテビスは気を悪くした様子もせず、今度こそ手をぷらぷらと振って転移魔法で消えた。
◇
「戻った」
「おかえりなさいませ、陛下」
テビスが城へ戻ると、使用人たちが一斉に寄ってきて世話を焼き始めた。
羽織っていた外套を受け取り、わずかに乱れた黒髪を櫛でさっと整え、椅子を引き、目の前に茶を用意する。
一連の流れはテビスが数歩歩いている間に完了していた。
「何ぞ変わったことはなかったか」
テビスはお茶を一口飲んでから、側近に尋ねた。
「はい。北に魔物が出ましたが、討伐済みです。数は五十。オーガやオークといった人型ばかりでした」
「また人型か……。発生源は突き止めたか」
「今回も掴めませんでした」
「そうか。調査は」
「続行中です」
「ならば良い。ああ、そうだ。リョーバがいるあたりを正式に村としてきた。名は『ディバステラ』だ」
「はい。登録しておきます」
大きな案件から些細な決め事まで、その場で次々と決断、判断がなされてゆく。
テビスは王として、為政者としてたしかに有能ではあるが、他の魔族も勤勉で誠実だ。
何よりテビスを王として認め、敬意を払い、仕えることに誇りを持っている。
「では、そのように」
「よろしく頼む」
更にいくつもの政務や雑務をこなす頃には、日が暮れていた。
「他に喫緊の案件は無いか?」
「今のところは」
「では暫し休むが、何かあったらすぐに呼べ」
「畏まりました」
夕食を摂るために椅子から立ち上がった時、執務室と廊下をつなぐ扉の向こう側がばたばたと騒がしくなった。
「何事ですか?」
側近が扉を開けると、セリステリアに潜伏していた密偵が、治癒魔法を掛けられていた。
「どうしたっ!」
テビスが駆け寄り、自ら治癒魔法を使う。この国で誰よりも魔力量の多いテビスは、魔法を使うことを全く躊躇わないし、周囲も止めない。
「陛下、申し訳ありません。しくじりました」
「何があった?」
テビスの治癒魔法で瞬時に回復した密偵は、侍女が持ってきた水を飲み干してからその場に立て膝の姿勢になり、報告を始めた。
「数日前から、セリステリアの魔道士たちの一部が、我らと同じように魔法を使うようになりました。彼らに隠形を見破られ、攻撃魔法を浴びせられて……」
密偵は悔しそうに唇を噛んでいる。
「よく無事で戻った。今は休んで、あとは任せろ」
「私の失態はそれだけではなく、記憶玉が、勇者殿の元へ」
さっと顔色を変えたテビスは、最低限の指示だけ残すと、リョーバの元へ飛んだ。
◇
招かれざる客の気配に、夕食後の一服をしていた僕は立ち上がった。
「リョーバ」
「ルビーはここに」
「いや。ついてく」
僕のお嫁さん宣言をしてからのルビーは、前にも増して僕についてくるようになった。
この土地――ディバステラに住み始めて二ヶ月ほど過ぎた頃に魔物と対峙して以来、近くにも魔物が現れるようになった。
北側はインフィニオルの皆さんが対処してくれているが、南側は僕が倒している。
ルビーは魔法が使えず、治癒魔法が効きづらい。僕の魔法は全く通らない。
戦う力は無いかと思いきや、万が一のときのためにと護身用に持たせた軽量のナイフで、巨大なリザードマンの首を一閃して倒してみせた。
意外と力はあるのだ。それと、すばしっこい。
とはいえ、今回の相手は魔物ではない。
正体がわからないから、危険である可能性が高い。
と、言い聞かせてもルビーは断固として僕の服の裾から手を離さず、僕も振りほどけなかった。
転移魔法で招かれざる客の眼の前に到着すると、間髪入れずに攻撃魔法が飛んできた。
それを防御結界で打ち消しながら、相手の様子を探る。
「その格好、セリステリアの魔道士?」
返事の代わりに再び攻撃魔法が飛んでくる。
爆発系の殺傷力の高い魔法だ。
転移魔法で突然現れた僕を狙ってくるというのは、僕がここへくると確信してのことが、それとも、自国の人間以外はなんとも思っていないのか。
理由は両方だったようだ。
「貴様は、リョーバか!?」
何度か攻撃魔法を放っておいてようやく、相手がこちらを認識した。
「僕に用事なら……」
「喰らえっ!」
攻撃魔法は地面に向かって放たれ、辺りを土煙が立ち込める。
「うえっ、ゲホッ! 面倒くさいことを……」
「リョーバ!」
横からルビーがタックルしてきて、僕は地面を転がった。
ルビーほんと力強いな。
ダークドラゴンの強打ですら受け止められる僕なのに、あっさり転んでしまった。
さっと立ち上がると、ルビーの首元にナイフを、もう片方の手に虹色の玉を持った男がいた。
「大人しくしろ! この玉を受け取らなければ、この娘を」
「ルビーをどうするって?」
この世界で気がついたときから、僕はなにかに怒りを覚えるということが無かった。
理不尽な目に遭っても、僕に記憶がないから仕方ない、僕が勇者に選ばれたのだから仕方ない、そういう考えだった。
ルビーの首元に刃が添えられた光景は、僕が頭に血を上らせるのに十分だった。
「リョーバ、ダメッ!」
視線の先で発動させた魔法は、忌々しい刃を一瞬でボロボロに朽ちさせた。
更に発動した魔法は、男の命をギリギリ奪わない程度に攻撃した。
男が手に持っていた虹色の玉が、硬い地面でヒビが入り、魔法の余波で粉々に砕け散った。
「リョーバっ! くそっ、遅かったか」
「リョーバ! リョーバ!!」
「う……?」
目を覚ますと、ガタイの良い、角の生えた男と、真っ赤な髪の女の子が僕を見下ろしていた。
「えっと、あれ? ここ、どこ?」
「気づいたか。どこか痛みはないか?」
「リョーバ、大丈夫?」
二人はやたらと心配そうに僕を見つめている。
だけど……。
「あなた達は、誰?」
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