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第四章

25 世界は続く

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 僕がヒスイに指輪を渡してからほどなくして、ツキコとローズは家を出た。
 それぞれイネアルさん、ロガルドと一緒に暮らしている。
 どちらも同じ町にいるし、何なら待ち合わせてもいないのに町中でばったり出会う。
 月に二、三回はどこかの家で一緒にご飯を食べたりもする。
 僕が魔物の巣の討伐等で長期間家を空ける時は、ツキコかローズが家に泊まりに来る。

 ヒスイの指輪には、イネアルさんやおやっさん、ジストがお世話になったという魔道具屋さんから「異常」「あり得ない」「神話級」等のお言葉を頂くほど、ありったけの魔法と魔力を込めてある。ヒスイに何かあれば創造主くらいしか破れないような防護結界が出現するし、誰かがヒスイに悪意を向けようものなら、そいつは死ぬまで後悔するレベルの悪夢を見るような目に遭うことになる……ってのは、流石にやりすぎたかな。

 家にはラフィネとアネット、クエスト内容によってはモモが残るから防犯の心配はいらない、とツキコたちに伝えても、「でも心配でしょ?」「只の口実だから」と言って、泊まってくれるのだ。
 二人は家に来ると何故かメイド服に身を包み、家を出る前と同じように過ごしている。
 自宅でメイド服は着ないらしい。
 本人たちが楽しそうならいいか、と、僕と他二名は思考を放棄した。



***



「久しぶりだな」
 冒険者ギルドから「クエスト出動要請ではないが緊急の用件がある」と呼び出されて赴くと、以前スタグハッシュ城下町で一緒にクエストを請けたファウラが待っていた。
「久しぶり……って、その格好は?」
「似合わないのは承知の上だが、致し方ないのだ。我慢してくれ」
「似合わないとは思わないし、我慢することでもないよ」
 ファウラは冒険者の格好ではなく、貴族令嬢が着るような豪奢なドレスを着ていた。
 実は王城の姫でしたと言われても納得できるほど、高貴な品が漂っている。

「実はな……っと、その前に、その、指輪は? もしや……」
 僕の左手の薬指には、銀色のシンプルな指輪が嵌まっている。
 この世界でも、左手薬指の指輪には「婚約中」「既婚者」の意味がある。
 ヒスイとおそろいも考えたけれど、僕に防護魔法付きの指輪は必要ないし、装飾のついた指輪は仕事に差し支えるため、これで十分だ。
「お察しの通りの意味だよ」
 あのプロポーズを受け入れてくれたヒスイも、贈った指輪を同じ位置に着けている。職場のプラム食堂では密かにヒスイを狙っていた男性客がぱたりと来なくなったと、おかみさんが嘆いていた。
 お互いに結婚はまだ早いと考えているので、婚約中が一番近い、と思う。

「そうか、そうだったか……。いや、少し考えれば、ヨイチほどの男を世の女性が放っておかないか……」
 ファウラは何事かをブツブツ呟きながら、がくりと項垂れた。
「えっと、どうしたの?」
 何の話もしていないのに、ファウラは既に終わったような雰囲気を醸し出しているのだ。
「すまない。呼んだ理由は、ヨイチに私のところへ婿入りしないかと打診しにきたのだ」
「ムコイリ?」
 意外な単語が聞こえて、思わずカタカナで聞き返した。

「私はこう見えてもスタグハッシュ王の血族でな。王権復古などは考えていないが、王族の血は絶やしたくない。ヨイチ程、王族に相応しい人間もいないと考えてこうして会いに来たのだ」
「ああ、だからレッドキャップの巣で王冠見てすぐに『スタグハッシュ王の』って……ええええええ!?」
 思わず大きな声が出てしまい、せっかく人払いしてあったのに統括や他の人達が集まってきてしまった。
「すみません、なんでもないです」
「こちらが驚かせるようなことを言ってしまってな」
 二人で弁明すると、統括たちは納得して去っていった。

「急に呼び出し騒がせてすまなかったな。後日、詫びの品を届ける」
「いいよそんなことしなくても」
 正真正銘の姫君だというのに、ファウラの態度は冒険者の時のままだ。
 だから僕もつい、いつもの口調で受け答えしてしまった。
 僕が「しまった」という顔をしたのに気付いたファウラが、姫らしからぬ表情でクククと笑う。
「王の血を継いでいることは事実だが、それ以前に私は冒険者のファウラだ。何より、今更スタグハッシュの王族と言っても権威も威光もない。今後も冒険者として接してくれると助かる」
「わかった」

 長いドレスの裾を優雅に揺らして去っていく後ろ姿は、姫であることに疑う余地を挟む必要がないほど、凛としていた。



***



「修羅場らなかったの?」
「修羅場るって何だよ」
 帰宅すると、ツキコとローズが家に来ていた。
 緊急の用事と聞いて出掛けたため、モモが気を利かせて二人を呼んでおいてくれたのだ。
 事の次第を話して最初に出たのが、ツキコの先程の台詞だ。

「本当にヨイチにふさわしい相手かどうか見極めようぞ! とか」
「姫であるワタクシを袖にするのですか!? とか」
「ヨイチくん、お姫様のほうが良くなかった?」
「ほらもう、ヒスイが不安になってるでしょ!?」
 ツキコとローズが口々に言うものだから、ヒスイの顔が悄気返っている。
「ごめんごめん。でも、そうね。ヨイチの恋路を邪魔したら馬どころか狼とベヒーモスに蹴られるものね」
「ヒキュン」
「蹴るより噛むほうが得意……って、そういう話じゃないよ、ヒイロ」
「ヒイロ達よりヨイチが自分で蹴散らしそう」
 否定できない。

「ていうか二人共、来てくれるのは嬉しいし有り難いけど、こんなに入り浸ってて、お相手方はいいの?」
「イネアルさんはヨイチに全幅の信頼を寄せてる」
「ロガルドも同じね」
「そういうことじゃなくて、寂しがらない?」
 もしヒスイがしょっちゅう家を空けていたら、僕は寂しい。
「ヨイチはヒスイにべったりだもんねぇ。ロガルドは割りとさっぱりしてるから、平気よ」
「イネアルさんも」
 寂しがり屋は僕だけなのか……。
「ていうかヒスイが寂しがるから来てるんだけどね」
「ね」
「ちょ、ちょっとそれは……!」
 ツキコが小声で真実を暴露し、ローズが同意するとヒスイが立ち上がって狼狽えていた。
「何? どうしたの?」
「なんでもないっ」
 聞こえないふりをして尋ねると、ヒスイは耳まで真っ赤にして「絶対何でもないから!」としらを切った。



***



 ザクロはジストと一緒に海上の魔物討伐クエストを請けた際、船上での待機時間の暇つぶしに挑戦した釣りにハマった。
 何せチート持ちな上に、魔力を使わない純粋な腕力なら僕と同じくらい強いザクロだ。どんな大物でも簡単に釣り上げることができる。
 元々向いていたのだろう。今では冒険者と漁師どちらが本業かわからないほど、海に出ている時間が長い。
 時折、例の鮪を釣り上げると家に持ってきてくれる。
 売れば一儲けできるだろうに、いいのかと問えば、
「キャッチアンドイートがおれの信条だ」
 と言って憚らない。
 実際釣った魚は、食べきれないものや頼まれて釣ったもの以外、全て自分や周囲で消費している。


 ザクロとパーティを組んでいたジストも、冒険者業より魔道具屋での仕事時間が長くなりつつある。
 闇属性一辺倒では仕事の幅が狭い、という理由で、光、水の属性を新たに習得した。
 光はアオミに教わり、水は僕に教えを請いに来た。
 授業料を断ると、便利な魔道具をいくつか置いていった。
 中でも魔力を込めたインクと万年筆は、属性持ちが特定の文字列を書くと、書いた内容と同じ効果が一回限り発動するインスタント魔道具になる。
 これがものすごく便利で、例えばツキコに治癒魔法効果のある紙をもたせておくと、職場で怪我をした時にその場で簡単な応急処置ができてしまう。
 インクを買い足そうとしたら、ジストがお代を受け取ってくれなかった。
「文字書くのに使う微量のインクにそんな強烈な治癒魔法が籠められるの、ヨイチだけだよ。普通は精々マッチ代わりだからね」
 だそうだけど、出来るのだから仕方ない。
 最近は僕やヒスイ達の好みの色のインクにわざわざ魔力を込めてくれる。文具好きのヒスイから好評だ。


 アオミはジスト達のパーティに入り時折冒険者の仕事をしつつ、ジストのアルバイト先へ正式に就職した。
 仕事の量と比例して収入が増え、本がたくさん買えると嬉しそうに話していたが、行きつけの本屋さんの店員さんに言い寄られて困り果て、最近はモルイにある男の店員しかいない本屋を懇意にしている。
 モテるイケメンは異世界でもモテる。
 イケメンが顔を晒して歩いているのだから、道端で逆ナンにも遭う。
 しかし誰かと付き合う気配はなかった。
 ところがある日、僕がクエストでスタシュの町――元スタグハッシュ城下町へ出掛けたときだ。
 偶然会ったファウラと雑貨屋の前で話し込んでいたら、アオミが通りがかった。
 アオミは雑貨屋が時折仕入れる本を目当てに、スタシュへ来ていた。
「ヨイチ、その方は?」
 妙に熱っぽい視線に気圧されてファウラを紹介すると、ファウラの方もアオミをひと目見た時から挙動不審になっていた。
 数年後にこの二人の結婚式に呼ばれるのだから、縁って不思議だ。
 ファウラは宣言通り王権復古を主張せず、アオミも「王様なんて嫌だ」とのこと。



 不東は……意外と長く生きた。



***



 夕食の後、例によって僕とヒスイはリビングで二人きりになった。
 僕は「お茶はリビングでどうぞ」とラフィネに誘導され、ヒスイは「片付けは私達でやっておきます」とアネットにここへ押し込まれた。
 うん、その押しの強さを仕込んだのはヒスイ達だからね。

 お茶を淹れてくれたヒスイが僕に寄り添うように座り、胸元に頭をあずけてくる。
 最近こうして甘えてくれるようになった。ヒスイの柔らかい髪が首筋にあたってくすぐったい。だけど、温かい。

 いつもはこのまま、他愛のない話をしたり、無言でくっついてたりという時間を、どちらかが眠くなるまで過ごす。
 ……おやすみを言う時に、キスができるようになったのは、僕としては大躍進だ。

 時間的に、ヒスイが眠くなる頃合いだろうか。
 そんな風にぼんやりしていたら、ヒスイが僕をじっと見上げていた。

「ずっと考えてたことがあるの」
 ヒスイはそう切り出した。

「この世界に来たからヨイチくんとこうして過ごすことができるのかなって。もし元の世界にいたままだったら、ヨイチくんとは接点を持てなかったかな」
「それってつまり、この世界に来てよかったってこと?」
 ヒスイは肯定も否定もせず、首を傾げた。
「こっちは魔物がいるから気軽に遠出できないし、元の世界と違う物事がたくさんあるわ。でも嫌いじゃないの。前に〝創造主〟とお話したときに、私が真っ先に『帰りたくない』って言っちゃったから……」
「そんなこと気にしてたの? 皆同意してたじゃない」
「そうだけど……」
 創造主の凡ミスのせいで生きる世界を勝手に変えられたことは、今でも根に持ってる。
 僕が元の世界であまり良いとは言えない人生だったことと、話は別だ。

「どこの世界にいたって、良いことも悪いことも起きる。あの創造主は腹立たしいから全肯定はできないけど……。あと僕は、元の世界にいてもヒスイと、こうなってたと思うよ」
 確信はない。ただ、ヒスイが元の世界にいたときから僕のことを気にしていた話は聞いた。
 僕は前髪を伸ばし自分の目つきを悪いものと信じ続けていたかもしれないが、ヒスイとは出会うのではないかな。

 陳腐な言葉だけど、運命ってやつで。

「だといいね。ううん、たらればの話をしても仕方なかったわね。忘れて」
「ヒスイとの会話は全部覚えてるから無理」
「ええっ!?」
 真っ赤になって驚くヒスイが可愛い。


 僕はそのままヒスイを抱きしめて、しばらく離さなかった。




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これにて本編完結です。
ご愛読ありがとうございました!

後日、番外編と後日譚を少しだけ更新します。
もう少しお付き合いいただけましたら幸いです。
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