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第四章

22 調律者の独善

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 僕たちのことを何度も「人間の分際で」と言ってくれたので、僕はマグを人間として扱わないことに決めた。

「この程度で、調子に乗るなっ!」
 マグは地を転がって僕から距離を取ると、ばさりと羽根を広げて空に浮かび、瞬時に無数の光の玉を創り出し周囲に展開した。

「貫け!」
 光の玉から槍のような光線が幾筋も向かってきた。
 その殆どを躱し、弾き、最後の一本は敢えて素手で受け止め、握りつぶしてみせる。
 光線は僕の皮膚すら焼かなかった。

「そんな、ここまでとは……」
 マグが愕然としている。

 怪我はしていないが、熱かった。光線を受けた手をぷらぷらと振って、熱を誤魔化す。
 手で受けた感じは、聖属性に似ていた。

 僕も真似をして、周囲に光の玉を浮かべる。そこから光線を放った。

「小賢しい真似を……っ!? がああああ!」

 マグが創り出した光の玉は光線を放つ毎に消えていたが、僕のは何発でも打てる。無限の魔力がなせる業だ。
 最初は僕と同じ様に避けたり弾いたりしていたマグは、次第に光線を捌ききれなくなり、遂には幾筋かの光線が身体のあちこちを貫いた。

 地面にぐしゃっと落ちたマグだったが、すぐに立ち上がり、自力で怪我を癒した。
 治癒魔法は僕と同じくらいの技量を持っているようだ。

 しかし僕の光の玉は、いつまでも無限に撃てる。

「やっ、やめ……あああああああ!!」

 休ませるつもりはない。
 地上のマグに照準を合わせ、再び光線の雨を降らせる。

「ぁっ……!!」
 喉が潰れてもマグは声を上げようとしていたが、最早悲鳴になっていない。

 マグはほとんど原型を留めなくなった。かろうじて、頭の一部と、首から肩にかけてローブの残骸が引っかかっている。残っているパーツはそれだけだ。
 なのに死んだ気配はしない。これ以上は無駄だと光線を止めたら、次の瞬間にはマグはローブも含めて元の姿に戻っていた。
 但し、肩で息をしている。何かしら消耗はしているみたいだ。

「糞が……。しかし魔法で身体を滅した程度では、わたくしは死にませんよっ!」
「わかったー」
 台詞が終わると同時に直接殴りに来たマグの拳を片足の裏で受け止めて、そのまま足先のひねりだけでマグの体のバランスを崩した。
 ザクロから柔道技を少し教わっておいてよかった。人と同じ身体のつくりをしているなら、同じ要領で簡単に倒せる。
「べぶっ!」
 汚い言葉と優雅っぽい言葉を織り交ぜて使うマグが、情けない声を上げて顔から地面に突っ込む。

 魔法が駄目なら物理でいこう。マグもちょうど、肉弾戦をお望みのようだし。

 マグの片足を掴んで上に跳躍し、そのままマグを地面に叩き落とす。
 白く澄んだ地面は土や岩なんかと違って、壊れるどころか罅一つ入らない。
 つまり、衝撃を全く吸収しない。

「がはっ!」

 マグが肺の空気を全て絞り出すような声を出す。
 人間じゃないはずなのに、肺はあるのか。

 着地した僕はもう一度マグの足首を掴み、今度は高く放り投げた。

「っ! 馬鹿が!」
 そのまま羽根を使って飛んで逃げようとした。
 そうだった。あいつ飛べるんだった。
「飛ぶな」
 言葉に魔力を乗せて命じると、マグの羽根はぴたりと止まり、そのまま地面へ落下した。

 叩きつけたときより高度が高いから、結局似たようなダメージを受けている。

 落とす、叩きつけるをそれぞれ六回繰り返した。

「あ……め……」
 背中の羽根はとっくに捥げていて、骨という骨は砕け、手足や背中、腰に至るまで妙な方向に曲がっている。顔は腫れ上がり、右眼は眼球が破裂してこぼれ落ち、眼窩は虚ろだ。
 こんな状態なのに、まだ声が出せるのか。
「頑丈にも程があるだろ……」
 原型を留めない状態からの復活といい、もしかして、死ねないのかな。

 マグを遠くへ放り投げて、魔力を使わない方の弓矢をアイテムボックスから取り出した。矢は三本まとめて番える。
 放った矢は、落ちてくるマグの額、喉、人なら心臓のあるあたりを射抜いた。

 ぼとりと落ちたマグは、ピクリとも動かなくなった。

「おい、死んだふりなんかするなよ」
 人間と同じ身体の造りなら何度も死んでいるはずだが、マグから死んだ気配はしない。
 僕が声をかけると、マグは呼吸を再開した。
「ぉ……ぁ……」
「何だ?」
 理屈はわからないが、物理攻撃で受けた負傷は簡単に治せないようだ。
 かろうじて開けた口の中は、歯が殆ど残っていない。舌もズタズタに切り裂かれている。
 喉は無事だから音は出せるだろうが、話すのは無理そうだ。
「聖獣との意思疎通みたいに、思念で話したりはできないか?」
「……」
 これだけ色々とできて、それは出来ないのか。
 本当に掴めないヤツだ。
 しかし、僕が「思念で会話しろ」と発すると、マグの思考が怒涛のごとく流れ込んできた。

『痛い痛い痛い痛い痛いもうやめろどうしてこんなことをするんだお前がわたくしにこんなことをする権利はないお前もお前は死ぬから死ねば終わるがわたしは死なないから終わらないんだもうやめろ痛いイタイいたい』
「うるさっ」
 一旦切った。

 思考の中に、自分が僕やヒスイ達に対してやったことへの謝罪や反省が全く無い。
 僕たちに危害を加えたという自覚が微塵もなさそうだが、一縷の望みを掛けて、思念での会話を再開した。

「謝ろうって気持ちはないのか?」
『謝ればいいのかごめんなさいごめんなさいごめんなさいもういいだろうさっさと』
 ああ、これは駄目だ。

 そもそも、初めから意思の疎通なんて出来てなかったな。
 マグが一方的に要求を押し付けてきて、突っぱねたら囚われて。

 あの時点での力の差は歴然だったから、モモやアオミ達の助けがなければ、僕は今ここに立っていなかっただろう。

 そして僕が言うことを聞かずに逃げたら、大事な人達を傷つけようとして。実際に傷つけて。

 こんな感情になったのは、不東以来だ。

 とはいえ、不東と同じ様にはできそうもない。
 どうしたものか。

 一先ず本人から情報を搾り取ろう。
 どうやって聞き出して、何から質問しようか。

 助言をくれたのは、消えずにいてくれているエルドだ。

「魔力を乗せた言葉に強制力があるというのは、面白いな」
「ローズもやってたよ。エルドにも出来るのでは?」
「ローズに出来たのは、ヨイチの聖女だからだろうな。俺には無理だ」
 どうやら便利なチート能力だったらしい。
 だったら尚更、召喚された側のエルドなら、できそうなのに。
「俺は元々魔力が存在する世界から来た。この世界とは、物理的な意味ではないが、距離が近い。ヨイチ達はもっと遠くから来ているからな」
 だそうだ。
「そんなことより、こう使うのはどうだ」
 エルドの案を採用させてもらうことにした。


「僕の質問に一言で答えろ」
 こう言うことで、マグの思考を限定しようと試みた。

「お前の上にいるのは誰だ」
『創造主』

 成功したようだ。
 それにしても、創造主か。
 ずっと昔から魔物や異世界召喚を放置していたこの世界の神様が、今更異物の排除なんてどういう風の吹き回しだろう。
 次の質問は自然と口から出ていた。

「創造主はお前に、この世界の魔物を殲滅しろと命令したのか?」
『魔物の殲滅命令はされていない』
「お前の独断か」
『はい』
「じゃあ僕をお前の手足として使おうとしたのも独断か」
『はい』
「創造主は何がしたかったんだ?」
『何も……』
「どういうことだ。要点を絞って話せ」
『わたくしは創造主の聖なる下僕。世界に異物が紛れ込むのは創造主の汚点。創造主の汚点は下僕が濯ぐもの』
「そういうことを、命令されたのか」
『いいえ』
「創造主は魔物を……いや、僕たち召喚された者たちを汚点だと言っていたのか」
『言って……いない』

 うわあ。
 今回の件、完璧にコイツの独善じゃん。

「僕は創造主に会えるか?」
 何も命令していないらしいとはいえ、責任者には責任とってもらわないとね。
『創造主は創造主が望んだ者としか会われない』
 マグは突然口からごぽごぽと赤い液体を吐き出すと、かひゅーかひゅーと妙な呼吸をしはじめた。
 不死の身体にようやく限界がきたのか。
 人間とは次元の違う存在のはずなのに、行動や身体の造りが妙に人間臭い。
 魔物とも違うし、エルドのように意識だけの存在でもない。

「お前は一体、何なんだ」
 最後の質問には、強制力が働かなかった。

 代わりに、頭の中に声が響いた。


<調律者・マグより異世界の因子が検出されました>
<調律者・マグに越権行為が認められました>
<調律者・マグは横伏藤太によって鎮圧、無力化されました>
<創造主による調律者の浄化が行われます>
<調律者・マグは重大規律違反により存在を抹消します>


 マグと同じ声が、無機質に伝えてくる。
 ボロボロのマグがふわっと浮いたかと思うと、耳を塞ぎたくなるような金属音がして、マグの身体が消滅し、何かがこぼれ落ちた。
 それは、エルド達と同じように意識だけの存在に成り果てた人だ。禿頭に白い髭を蓄えた、とても高齢の男性に見える。
「イヴリス!?」
 叫んだのはエルドだ。
「誰?」
「その昔、俺たちと同じ世界から喚ばれた魔道士だ。アオミに憑き、アマダン王を操った者だ。執念深い奴だと思ってはいたが、まさか調律者に取り憑くとは……」
 話している間に、イヴリスと呼ばれた半透明の男性は、突然吹いた風によって荒っぽく掻き消えた。
「注意しろって言われてたけど、あんな希薄な気配はわからないよ」
「だな。しかしこれで正真正銘、生き残りは俺だけか」
「……」

 少し前まで、エルドは完全な味方ではないと思い込んでいた。
 アジャイルのことや勇者と聖女の関係を教えてくれたのは、アジャイルの始末が目的だったし、僕に全ての力を渡したいと願った時は、自身が終わることを望んでいた。
 全て見返りを求めての行動……の、はずだった。

 エルドの過去を強制的に見た後、僕は疑問を一つ投げた。
「誰かを憎んだり、恨んだりしなかったの?」
 エルドの生涯が幸せだったとは言い難い。
 生きる道を限定され、理不尽な召喚に巻き込まれ、実験動物扱いされた挙げ句に人であることを辞めさせられ。

 エルドの答えは単純だった。
「憎む、恨むが何になる? 俺は非生産的なことはしない主義だ」

 強い人だ。
 僕の目の前で消えてしまうのが惜しい。

「なあヨイチ。約束は守ってくれよ?」
 僕の考えを見透かしたように、エルドがおどけた口調で釘を差してきた。

 返事をする前に、再び「神の声」が鳴った。


<これより創造主との会話が発生します>
<五秒以内に準備してください>


 五秒以内って、早……!


 会話と言っていた割に、それは「声」ですらなかった。

 エルド曰く「時間にして一瞬だった」という〝創造主との邂逅〟で、僕は色々なことを知らされた。
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