目つきが悪いと仲間に捨てられてから、魔眼で全てを射貫くまで。

桐山じゃろ

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第四章

15 ジストの泥酔

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 ヨイチを家で一番大きいザクロのベッドに寝かせてすぐ。

「何かおかしな奴がいて、ヨイチがこの状態だ。ヨイチの家が危ない」
 ボクも同じ考えに至った。
「差し出がましいお願いだとは承知の上ですが」
 人間にしか見えない聖獣モモさんが、おずおずと、しかし慌てた様子で発言する。
「大丈夫。すぐ向かおう。転移魔法は任せても?」
「はいっ!」
 やっぱりこの世界の女性、というか美形はレベルが高い。まさか天使と同じくらい美しい人がもうひとりいるなんて……二人ともヨイチの家の住人かぁ……。
 と、余計なことを考えている間に、ヨイチの自宅に到着した。

 早速家へどうぞと促すモモさんを、ボクが制した。
「彼女たちに合わせる顔が無いんだ。アオミ、ここからでもいけるよね?」
「構わないが、別に気にしないと思うぞ」
「ボクの初恋と失恋の傷を抉るつもりか」
 思わずこみ上げてきた涙をこらえていると、アオミが「仕方ないな」とため息をついた。
「また魔力を貰ってもいいか? こんなことならレベルを上げておくべきだった」
「こんなの仕方ないよ。じゃ、いくよ」
 再びボクとモモさんでアオミに魔力を送る。魔力量だけならモモさんだけで足りるのだけど、モモさんの属性はどうやら[聖]だ。[暗黒]とは相性が悪いから、[闇]と[邪]属性のボクが調節して、ちょうどよくなる。

 アオミは額に汗を浮かべながらも、屋敷を含めた敷地全体を防護魔法で覆った。
「ふう……、けほっ、げほっ」
 魔法の発動を終えた途端、咳き込みだした。
「大丈夫か?」
「けほ……ふたりの魔力の圧が、げほっ、強くて、身体が驚いただけ……けほっ、げほっ」
 胸を抑えて前のめりになるアオミの背中を擦っていると、アオミの身体をふわりとした光が包んだ。モモさんの治癒魔法だ。
「どうですか?」
「……ああ、楽になった、ありがとう。すごいな、治癒魔法でここまでできるのか」
 青褪めかけていた顔色も元通りになってる。
 アオミが感心してモモさんにお礼を言うと、モモさんは「恐れ入ります。主様ならこうすると考えましたので」と答えた。
「聖獣が何なのか、ヨイチのことを主様呼びすることも気になるが、他の場所はいいのか?」
「他?」

「ヨイチなら、住人がそれぞれ大事にしている者たちも守ろうとするだろう。あれ・・が、そこを見逃すとは思えない」
「ですが……」
 アオミの言うことは尤もだ。しかしモモさんの戸惑いも分かる。

 アオミは今かなり無理している。魔力残量がほぼゼロだ。
 治癒魔法は魔力枯渇状態というデバフに対して体力回復のバフをかけただけの、応急処置に過ぎない。
 いくら他人の魔力を補充できても、アオミという身体を通さないと属性が有効にならないから、アオミ自身に負担がかかる。
 モモさんもそれを見抜き、これ以上無理をさせるのを渋った。
「俺のことを気にしている場合か。もう少しだけなら大丈夫だ」
「だったらさ、その人達にこの屋敷に来てもらおうよ」
 見るたびに大きくなってるヨイチの自宅は、今なら百人くらい収容できそうに見える。
 咄嗟に出たアイディアだったが、アオミとモモは目を見開いてボクを見つめた。
「素晴らしいお考えです、ジスト様」
「それでいこう。ナイスだジスト」
「あ、ほんとにイケるんだ……へへ、よかった」
 二人に褒められて照れた。

 そこからは、流石に住人たちと顔を合わせることになった。

「アオミ、と、ジスト……」
 天使、ローズがボクを見るなり、別の女の子の後ろに隠れた。
「ええっと……」
 女の子、たしかヒスイだったかな。ヒスイが後ろのローズとボクを見比べて、どうしたものかと困っている。
「あ、お気になさらず。ボクらは皆さんの安全が確認できたらすぐ帰りますから」


 ローズがイネアルという薬屋さんと付き合ってることはヨイチから聞いた。



***



 その日の晩はヨイチもうちの家に来て、酒に付き合ってくれた。
 ずっと飲んでたのはヨイチとザクロだけで、酒にあまり強くないボクは途中からめそめそするだけして眠ってしまったが。

 ぼんやりした意識の中で、アオミ達の会話が聞こえた。

「すまん、コイツが自分で飲むと言って大量に買ってきてしまったんだ。料理酒につかえるものはともかく、ほかはなるべく消費してくれると助かるのだが……」
「いいよ、なんか僕お酒強いっぽいし」
「おれも飲む」

 ※未成年の飲酒は法律で禁じられていますがこの世界では飲酒に年齢制限はありません。

「酒豪、いやウワバミって、ああいうのを言うんだな……」
 翌朝、全く飲めないアオミが遠い目をしながら出してくれた二枚貝入り味噌汁が、二日酔いの体に沁みた。
 ヨイチは顔色ひとつ変えずに樽一つを空にし、ボクが起きる前に「元気出せよ。あと飲みすぎ注意だ」と伝言を残して帰っていったそうだ。
 ザクロは途中泣き上戸が入りつつも、似たような量を飲み、まだ寝ている。
「え、ヨイチは寝てないの?」
「そうらしい。なのに元気で、後片付けまでやってくれたよ」
「すごいな、あいつ……」
「ああ……」



***



 苦い思い出を頭から振り払い、ツキコから重要人物リストを貰った。
 ……町全体に結界張ったほうが効率いいのでは、と思うくらい、ヨイチは大勢の人たちと交流があった。
 しかしそんなことをすればアオミの身体が保たないし、ボクやモモさんの魔力も足りない。
 それに、この町以外にターゲットを移されてしまったらお手上げだ。
 この町にしか重要人物がいないと思い込ませないと。

「鍛冶屋、薬屋、食堂の人たちはこの屋敷に移ってもらうとして、問題は修道院と孤児院だな」
 ヨイチの屋敷は確かに百人くらいなら寝泊まりできる広さを持っていた。しかし、修道院と孤児院だけで百人はいる。詰めればいけるかもしれないが、そんな粗末な扱いはしたくない。

「修道院と孤児院には個別に結界を張ろう」
「でもアオミは」
「しばらく休憩すれば、俺の体調も回復する。結界自体はジストやモモの魔力に頼ってしまうが」
「ボクの魔力に関しては問題ないよ」

 ヨイチをノックアウトするようなヤツを相手に、休憩する時間は残されているのか。
 巨大な結界を三つも維持することになるアオミは本当に無事で済むのか。
 懸念はこの二点だ。

「あの」
 ローズがヒスイの後ろからぴょこりと顔を出して手を挙げた。天使かわいい。
「回復ポーションなら、各種あります。その、身体への負担の軽減くらいには、なる、かと」
「ポーションか、存在を忘れていたな」
「普段使わないもんね」

 ローズは自分の部屋から、大量のポーションを運んできて通されたリビングの隅に積み上げた。
 途中からモモさんに似た美少年が手伝っていた。誰だろう。
「これ、ポーションとしての性能が良すぎてお店に出せなくて余らせてるの。だから、存分に使って」
「助かる。ありがとう」
 アオミが丁寧にお礼を言い、早速、魔力回復ポーションをぐいっとやった。
「意外と美味いな。もっとこう、エナジードリンク的なものかと思ってた。ジストはいいのか?」
「ボクはまだ大丈夫」
「ジストも、飲んでいい」
 ローズの声がした方を向くと、ヒスイの後ろに隠れる瞬間だけを確認できた。
「……ごめんね、ありがとう」
 ボクは一生許されなくていい。だから、ローズも気にしないでほしいな。


 まず孤児院に結界を張った。
 想像より小規模なところに、子供が四十人と大人が十人。
「子供たちだけでもヨイチのところへ……」
 言いかけたら、院長先生が首を横に振った。
「普段からお世話になりっぱなしなのです。これ以上、甘えるわけにはいきません」
「でも、最悪のことも考えられる状況で」
「それは、その時です。我々にも矜持があります」
 子供たちの方を見渡すと、全員、強い意思を宿した瞳でボクらを見つめ返してきた。
「ヨイチにいちゃん、これくれたの」
 子供のひとりがボクに向かって小石を見せてくれた。
 ただの小石なのに、防護魔法が二つも掛かっている。
 魔道具作成で一番厄介なのは、含有魔力の少ない宝石に魔法をいくつも込めてくれという依頼だった。
 安物の宝石ですら難しいのに、こんな普通の石に二つも。
「これ、ヨイチが魔法を?」
「うん。好きな石選んでって言われて、渡した」
 なんてやつだ。魔道具屋さんの商売あがったりじゃないか。
 しかも子供たちどころか大人も全員がこれを持っている。詳しく話を聞いたら、たった一日ですべての護りの石を作ったそうだ。
 聖人か、あいつ。

「ねえ、ヨイチにいちゃんは?」
 一番小さい子供が、ボクの服を引っ張った。
 この子の首にも、紐で包むように編みこんだ石のペンダントがぶら下がっている。
 ボクが返答に窮していると、アオミが助け舟を出してくれた。
「いま忙しくて、ここにはこれないんだ。今度来るよう言っておくよ」
 アオミが優しく言い聞かせると、子供は大きく頷いて、手を離した。



 次は修道院だ。
 ここはローズたちがお世話になっていた。
 当時は十数人しかいなかったそうだが、今は孤児院と同じくらいの人数が生活していた。
 男子禁制の場所なため、ヒスイからシスターに事態の説明をしてもらい、その間に屋内には入らず外から結界だけ張る。

 無事に張り終えた頃、建物の扉からヒスイと、壮年の女性が出てきてこちらへ向かってきた。

「この度はありがとうございます」
 女性はシスターで、優雅な仕草でボクたちに頭を下げた。
「当然のことをしてるだけです。あと礼ならヨイチに」
「ええ、わかっております。ですがここに護りを授けてくださったのはあなた方で間違いありませんから」
 シスターは柔和な笑みを浮かべて、ボクらに何度も礼を口にした。

「照れくさいもんだな」
 修道院を辞した後、アオミはどこか居心地悪そうに頭を掻いていた。



 自宅へ戻ると、ヨイチが消えていた。
 ザクロに話をまとめると、事態収束のためにどこかへ行ってしまったという。
「俺たちの7日分というと、二十人前以上は食べたということか」
 ナチュラルに不東の分が計算に入っていないことは措いといて。
「あ、不東は?」
「寝たままだ。渡せる魔力は残っているか?」
「うーん……。しばらく渡せないって言ってくるよ」
 ボクにはまだ余裕があったが、ヨイチを倒すほどの相手がうろついているのだ。
 余力は残しておくに限る。

 不東の部屋に入ると、不東は目をあけて天井を見つめていた。

「……というわけで、しばらく魔力はナシか、最低限だ。いいな?」
 説明すると、不東は天井を見つめたまま「ああ」と答えた。
 それで終わったと立ち去ろうとしたら、不東が視線をこちらへよこしてきた。

「横伏なら別の世界にいる」
「えっ?」

 不東はそれだけ言うと眠ってしまい、声をかけても揺すっても、目を覚まさなかった。
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