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第四章

11 後片付けと整理

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 気を失い、全身が弛緩した結果色々汚れた不東を浄化魔法で綺麗にし、肩に担いで港町へ飛んだ。
 アオミ達には連絡済みだ。

「自分でやっといて何だけど、本当に良いのか?」
 僕がこの方法で不東を再起不能にした場合、不東を引き取ると申し出てくれたのはアオミだ。ジストとザクロも迷いなく同意した。
「この家、ジストが買い取ったんだ。俺は住まわせて貰う代わりに家事と、こいつの介護を引き受ける」
 今いる家は、ジストとザクロがスタグハッシュを出て冒険者業をはじめてから住み始めた元借家だ。中古とは言え、もう家を買えるほど稼いだのか。
「チートはやっぱりチートなんだよ。この世界の冒険者が苦労するようなクエストでも、ボクとザクロの二人ならあっさり達成できちゃうんだ」
 へへん、と胸を張るのはジストだ。冒険者ランクはCに達したと聞いている。
 僕が持ってきた不東をザクロがひょいと摘み、のしのしと別室へ運び、また戻ってきた。部屋も準備万端だったようだ。
「どうせ永くないだろ、あいつ」
 アオミが何の感情もない、事務的なことのように尋ねてくる。
「多分」
 僕も事務的に頷いた。
 ザクロの時は後々治すつもりで魔力の流れを壊したから、ジストの魔力で擬似的に持ち直すこともできた。
 しかし不東にやったのは、徹底的な破壊だ。
 他人が魔力を渡せば一時的に動けるが、量に対して動ける時間はかなり少ない。
 アオミ達が過剰な魔力を与えるわけがないし、たとえ僕が全ての魔力を渡しても治らない。
 もし不東が動ける範囲でアオミ達に歯向かおうとしても、魔力の供給を断たれたら何もできなくなる。
 ちゃんと理解して、大人しくしてくれれば良いのだけど。

 それにしても、復讐という名目があればここまでやれるのだ、僕という人間は。

 自嘲のあまり口元が歪み、顔を伏せた。アオミに肩を叩かれ、顔を上げると、心配そうな顔をしていた。
「なあ、お前は何も悪くないんだ。不東を放っておいたら被害者が増えただろうし、いつかどこかで破綻していた。お前は未来の被害者を救い、破滅するべき奴の破滅を早めただけだ」
「そうだよ。何ならアイツはまだ生きてる。これからいつ死ぬかは本人次第だろ?」
 ジストも勢いよく言い募る。
「直接の原因になりたくないのなら、おれが代わる。いつでも言ってくれ。何なら今からでも」
 そのジストの頭の上から、ザクロが重々しく覚悟を宣言する。
「ザクロに代わってもらうことはしないよ。でも、ありがとう」
 お礼は全員に向けて、頭を下げた。

 最初から全員、スタグハッシュではなく、別の場所で召喚されていたら。
 仕方のないことを考えてしまう程には、気持ちは軽くなっていた。



 転移魔法で自宅へ帰った。自室へ直に飛び、帰宅をモモに伝えて、皆に知らせてもらう。
 その上でエルドを呼んだ。


「だいたい終わったけど、数が合わない。教えてくれないか」
 声をかけると、エルドが姿を現した。
「数とは?」

 エルドと同じ時期に召喚されたのは、エルドを含めて七人。
 そのうちの一人は魔王に成り果て、勇者に斃された。
 残りの六人からエルド、アジャイル、タイヴェを引いて、三人。

「ザクロ、ジスト、アオミっていう仲間がいるんだ。彼らに憑いた連中を僕が倒したとして……アマダンの王に憑いたのは一体何だったんだ?」

 アマダン元王は地下牢で死んでいた。発見したのは、再度の尋問に向かった兵士たちと、アマダン元王の容態を確認するための魔法医だ。
 外傷がないため解剖した結果、心臓を直接握りつぶされていた。
 おそらくアジャイルがやったのだろうと、僕とエルドは結論付けた。

「ザクロ……? 三人の名に心当たりがない」
「えっと、本名は亜院、椿木、土之井だ」
「ああそれなら」

 亜院に憑いたやつは元々存在が希薄になっていて、亜院の魔力を断ち切った時、完全に消滅した。
 椿木の時も、僕が倒していた。

「土之井に憑いていた者は剥がされた後、アマダン王を乗っ取ったのだろう。アマダン王といえば、預言とは関係なしに幾度も召喚を行い、穢れを身に貯めていた。魔族化の原因はアマダン王、取り憑いた者、双方の相乗効果だ」
「召喚を何度も行うと穢れが貯まるのか?」
「ああ。何せ世界のことわりを跨いだ誘拐行為だ。世界そのものに嫌われる」
「世界そのものに……」
 スケールが大きくて、いまいちピンとこない。

「そうだな。神、と言い換えてもいいか。世界にはそれぞれ神がいて、世界を創り、秩序を創り、理を創る。だが、神も完璧ではない。一部の世界は創りが甘くて、創造物に秩序の隙を突かれ、理を壊される。その一例が、世界を跨いだ召喚だ」
「……へぇ」
 理解できたような、できないような。
 僕が曖昧に頷くと、エルドは「無理に理解しなくてもいいさ」と苦笑いした。

「それで、そいつはどうなったの?」
「まだ生きているが、もうこの世界に干渉できるほどの力は残っていない。消えゆくのを待つのみだ」
「安心してもいい?」
「どうやってもヨイチを脅かすようにはならぬが、気配には気をつけておけ」
「わかった。あと、アジャイルは?」
「アジャイルのことはもう心配いらぬ。俺が確実に滅した」
「そうか。ありがとう」
「礼を言うのはこちらだ。ヨイチが弱らせてくれなければ、手に負えなかった」
 エルドとアジャイルの関係については、なんとなく聞き出せなかった。

 話は終わったものと思いきや、エルドが「まだだ」と僕を呼び止めた。
「これからのことだが……先程、世界を神に例えて話したな。その延長線上で、少々厄介なことが起きる」
「厄介なこと?」
 エルドが苦々しい顔で頷いた。

「この世界の理では、あらゆる生き物の天敵として魔物が存在する。しかし魔王は別世界からやってきた者が変じた姿、つまり異物だ。世界は異物を嫌う。調律者が降臨するやもしれん」
「調律者?」
「神、つまり世界そのものの一部の化身だ」
「そいつが現れると、どうなる?」

「おそらく、異物の排除を試みる」
「!」

 この世界の異物は魔王だけじゃない。召喚された僕たちだって、異物と言える。
 排除の意味が元の世界に返してくれるということなら、僕はともかく他の皆は乗るかもしれない。
 だけど、もし別の意味だったら……。

「僕になんとかできるかな」
「未知数だ。そこで提案がある。ヨイチ、俺を取り込まないか?」


 エルドの話を詳しく聞き、僕はこの場では断った。
「まあ、本当に来るかどうかもわからぬからな。その気になったらいつでも言え。石の効力は、俺が存在する限り有効だ」
「そうするよ」

 今度こそ話を終え、エルドは音もなくかき消えた。



***



「ヨイチくん」
 時間はすっかり夜、というより深夜だ。
 なのに部屋を出ると、ヒスイが駆け寄ってきた。ずっと待っていたらしい。
「話は終わった?」
「うん。不東のことも、アマダンのこととかも、全部ちゃんと終わったよ」
「よかった。一安心ね」
 ヒスイの笑顔には一片の曇りもない。
 だから僕も笑顔を返してみせた。
 表情を偽るのは得意だからね。

 だけど聖獣たちには全て筒抜けなわけで。



「調律者……。存じ上げません」
「ぼくもわかんないや」
 落ち込む聖獣達に、気にしないでほしいと顔を上げてもらう。
 モモはいつものメイド姿だが、ヒイロも執事服を着た人の姿になっている。
 人の食べ物を食べる時はこの姿のほうが美味しく感じる、と気付いたそうだ。初めて聞いた時は「お、おう」としか返事できなかった。
「警戒するものは確実に減りましたから、警備しやすくなったのは確かです。家のことはお任せください」
「ぼくももっと強くなる」
「助かるよ」
 まだ見えないものを気にしていても仕方ない。



 ヒスイには「全て終わった」と伝えたが、もう少しだけやり残したことがある。
 貴族のセカンドハウスにあった死体のことだ。
 意識を取り戻した不東を尋問したところ、犯行を自供した。
 適当な屋敷を手に入れるためだけに、居合わせた人たちを殺したというのだ。
「じゃあ彼らがどこの誰かは知らないのか」
「ああ……。空き家は、掃除されてなくて、汚ねぇから、大きくて人がいるところを狙った」
 ここ数日で一気に五十年分くらい老け、皺と白髪に埋もれて緩慢に話す不東を見ても、憐憫の情は湧かない。

 不東から粗方聞き出した後、冒険者ギルドの統括に報告をし、遺体を引き上げてもらった。

 被害者はミネアーチ元伯爵と、傭兵業をしていた男達。全員、逃亡受刑者として指名手配されていた。

「皮肉なことだな。逃げ出さなければ、殺されずに済んだものを」
 伯爵は爵位を取り上げられ、険しい山脈を超えるルートの荷運びをする労働刑についていた。
 同じ刑に処されていた元傭兵たちに報酬をちらつかせて逃げ出し、屋敷に潜んでいたのではないか、と推察された。
「犯人はヨイチが捕らえた、ということでいいか?」
 統括に問われ、不東の現状について説明した。
「ふむ、逃走不可能どころか外にも出られぬ状況か。介護にヨイチの手が加わっているのは温情が過ぎる気がするが、まあ大丈夫だろう」
「温情ですかね」
 また自嘲してしまう。
 ところが統括は大真面目に頷いた。
「ヨイチも酷い目に遭ったのだろう? そんな状態にできるのなら、森にでも捨てればよかったではないか」
 この世界の刑法は、かなり大胆だ。正当な報復なら、今統括が言ったことをしても罪に問われない。
「捨てたら、あいつと同じに成り下がってしまいます」
「そうだったな」

 統括がモルイ自治隊やリートグルク国と話をつけてくれて、不東の処遇は現状でよいと正式な書面をもらった。
 やった時は全く考えていなかったのだけど、もしこれを元いた世界でやっていたら、過剰防衛、いや傷害罪か殺人未遂だよなぁ……。
 もう少しこの世界の常識について勉強しようと心に誓った。
 差し当たってはアオミの蔵書から、法関係の本を探してみよう。


 そんなわけで家の書庫に入ったら、ローズが上の方の本を取るためか、梯子に足をかけていた。
「どれ?」
「そこの、緑の背表紙の」
 天井ギリギリまで棚はあるが、僕なら一番上まで梯子なしで手が届く。身長伸びてよかった。
 手にとった本は薬草図鑑だ。この書庫を一番活用しているローズ曰く、アオミは本を選ぶセンスがかなり良いとのこと。
「ありがと、ヨイチ。ヨイチは何の本を読みに来たの?」
「えーと、法律?」
「弁護士にでもなるの?」
「無理だよ。もうちょっとこう、常識を知りたいというか」
「それなら――」


 翌日、僕は数冊の本を携えて、ローズと一緒に薬屋イネアルを訪ねた。
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