目つきが悪いと仲間に捨てられてから、魔眼で全てを射貫くまで。

桐山じゃろ

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第四章

8 ゆるゆる意趣返し

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 いつもどおり過ごすと決めたものの、自主的にクエストへ行く回数は週一に減らした。
 僕が突然途中離脱してもクエストが続行できるよう、近場で、チェストや他の誰かとパーティを組んだ状態でしか請けない。
 モルイにいる限り、待機日の呼び出しは月に一度か二度ほど。
 つまり僕が仕事をするのは月に三日。
 これまでの貯金のお陰で、よっぽど贅沢をしなければ働かなくとも生きていけるだけ稼いである。
 貯金しといてよかった。

 かといって、クエストを請けていない時に家に引きこもっているわけではない。
 なるべく町中を散策しているように見せかけてあちこち歩き回り、怪しい気配や痕跡が無いか、チェックして回っている。

 散策のお供はヒイロだ。
 意思疎通で異常が無いことを確認しながら、時に甘味屋へ寄りながら歩く。
「なあヒイロ。甘味屋のある道しか歩かないなら、僕一人でいいぞ」
「ヒキュン!?」
 動揺してる。気づかないとでも思ったのか。
 ほぼ毎回、買い与えてしまう僕も悪いのだけど。



「ヨイチ! 見回りお疲れさん!」
 鍛冶屋アルマーシュの軒先を、ツキコが箒で掃除していた。
 特にゴミは落ちていないが、掃き清める行為に意味があるらしい。
「何か変わったことはない?」
「特にないかなー。あ、そうそうさっきロガルドがね……」
 とりとめのない話をしていると、店からロガルドが出てきた。
「遅いと思ったらヨイチさん来てたのか、こんちは」
「こんにちは……ふっ」
 さっきのロガルドの話を思い出してしまい、横を向いて吹いた。
「何だよ、人の顔見て……ツキコ、まさか」
「ごめん、話しちゃった」
「ロガルドがそんなことする人だとは……フフフッ、ごめん、駄目だ」
 ロガルドの名誉のために、何があったかは伏せておこうと思う。
「話すなっつったのに! ったく、昼はカツ丼な!」
「わかったわかった」
 お茶を飲んでいかないかと誘われて、店の中へ。ヒイロもついてきて、早速アルマーシュさんにお煎餅を貰っていた。さっきまで菓子パンをもりもり食べてたはずなんだけどなぁ。

 お茶を頂いている間にも、お客さんはやってくる。
「俺が相手してくらぁ。ゆっくりしていけ」
 素早く立ち上がったツキコを制して、おやっさんが応対に向かう。
「最近、前にもましてウチに甘いのよね、おやっさん」
 そりゃそうだろう。息子同然のロガルドの嫁になるのだから。

 ロガルドとおやっさんに血の繋がりはない。
 おやっさんの亡くなった姉の、元夫が別の女との間にもうけたのがロガルドだ。
 初めて聞いた時は、ロガルドに親近感を覚えたっけ。
 会ったばかりの頃はツキコより背が低く、幼い感じがしていたのに、ここ半年ほどで背が伸びて、ツキコと変わらないくらいになった。

「ロガルド、ちょっと来てくれ」
 おやっさんの声に、ロガルドがカウンターへ行く。そのままお客さんと話し始めた。
 残念ながら鍛冶の腕には恵まれなかったが、物覚えがよく、事務仕事をやらせたら一つも間違えない。

 ロガルドの仕事する背中を、ツキコが慈愛の眼差しで見つめていた。

「それで、二人はどういうことになってるの?」
 僕とヒスイの時に散々色々言われたことへの意趣返しとばかりに尋ねてみる。
 赤面するか慌てるか。予想に反してツキコは真剣な面持ちで僕と視線を合わせた。
「ロガルドってさ、まだ十六になったばかりなんだ。この世界じゃ十五歳で結婚も珍しくないって言われたけど……ウチの方はなんかこう、抵抗があってさ」
 元いた世界じゃ男は十八歳からしか結婚できなかったからね。
「だから、悪いけど待って、って言ってある」
「ロガルドなら待ってくれるさ」
「……うん」

 別のお客さんが来る前に、お茶のお礼を言って店を出た。



 次にお邪魔したのは、薬屋イネアルだ。ツキコとロガルドのことを考えていたら、足が自然とこちらへ向いていた。
 イネアルさんは二十八歳。ローズとは十も離れているが、誰も気にしていない。
 唯一の疑問は、あれだけ美形で自分の店を持つほど甲斐性のあるイネアルさんが、これまで未婚だったことだ。

 ローズは仕事が休みの日でも、家の仕事が終わるとお店でイネアルさんと過ごすことが多い。
 お店で二人に歓迎されて、お茶を頂いた。お菓子はすでにヒイロの腹の中だ。

 僕が先程の疑問を口にすると、イネアルさんは困ったように笑った。

「自分で言うのも何だが、とてもモテてね。故郷から逃げ出したのだよ」

 イネアルさんの故郷は、ここから遥か西にある別の国の、小さな村だそうだ。
 人の数はイデリクの五分の一ほどの狭い環境で、イネアルさんは村中の女性はもとより、男性からも言い寄られたそうだ。
「心中お察しします……」
「ありがとう」
 僕はノーマルなので、同性から言い寄られるのは無理だ。イネアルさんは女性であるローズに求婚したのだから、同じだろう。
 イネアルさんが結婚適齢期になった頃には諍いが大きくなり、ついには刃傷沙汰にまで発展した。
 幸い死者はでなかったが、イネアルさんは我慢の限界だった。
 誰にも、両親にすら行き先を告げず、夜逃げのように村から逃げ出した。

「旅中で必要に迫られて薬やポーションに詳しくなり、器人に成った頃、ここへ着いたんだ」

 イネアルさんはさらっと言ってのけたが、薬に詳しくなるにはかなりの勉強や実体験が必要だ。
 元々あまり強くなかった身体を、薬で保たせて旅をしたのだろう。

「ここは居心地のいい町だよね。私なんて目じゃないほど、美男美女で溢れている」
 これも言いすぎだ。全体的にレベルが高いのは確かだが、イネアルさん程の美形は今の所お目にかかったことがない。
「狭い村だったから、私のことくらいしか娯楽がなかったのだろうよ、あの村は」
 イネアルさんがお茶を飲み、空になったカップにローズがおかわりを注いだ。
「ありがとう、ローズ。……まあ、お陰でローズに出会えたからね」
 僕の目の前だというのに、イネアルさんはローズの肩を抱き寄せた。
 このいちゃつきっぷりにはもう慣れた、というか二人がいちゃつかないと落ち着かないレベルにまで達している。
 何より、美男美女カップルだから絵になるし、全く嫌味がない。
「イネアルさん、お茶がこぼれます」
 ローズの方はまだ羞恥心が残っているらしい。いつも理由をつけていちゃつきタイムを短くしようとする。
 現実問題としてまだたっぷりお茶の入ったポットが危ない。僕が立ち上がってローズの手からポットを受け取った。
「はい、これで思う存分どうぞ」
「ありがとうヨイチ」
 危険のなくなったローズを、イネアルさんが笑顔で抱きしめる。ローズは諦めたような無表情を浮かべていると見せかけて、実際には頬を赤らめて喜んでいる。



 薬屋イネアルを出た後、再び町を歩いた。今度は甘味屋のあまり無い場所を選んでいる。

 見覚えのある道に出たと思ったら、初めてヒスイに会った通りだった。
 相変わらず怪しい雰囲気な上に、日が暮れかかっているからあの時と雰囲気は変わらず、むしろより一層不気味さが増している。
「それにしても物騒すぎる。ヒイロ、どうだ?」
「血の臭いがするけど、昨日今日の話じゃなさそう」
 道には千切れた衣類や武器で擦った痕がそこかしこに落ちていて、建物の扉や壁にも亀裂が入ったり、砕けている場所まである。
 血の跡は無いが、ヒイロの鼻は残り香だけで十分に追跡できる。
「ひとまず追おう」
「ヒキュン」
 会話を意思疎通のみで済ませ、何食わぬ顔で物騒な通りを抜けると、ヒイロと共に隠蔽魔法で姿を消した。

 それからヒイロに大きくなって飛んでもらう。町を走るより、空からのほうが早い。
「あの建物が一番臭う」
 ヒイロが示したのは、町の真ん中あたりにある、高級住宅街だ。
 所謂貴族のセカンドハウスが建ち並んでいて、普段はあまり人通りがない。
 セカンドハウスだから貴族たちが常に住んでいるわけではなく、モルイやスタグハッシュに用のある人が時折、数人の使用人と一ヶ月程度滞在するのみだ。

 貴族は冒険者を「汚れ仕事をする下級の人間」と見下していることが多々あるため、町の見回りでもあまり立ち寄らなかった場所だ。
「迂闊だったなぁ。隠蔽魔法を使ってでも見回りするべきだった」
「ここはいつも嫌な匂いがするから、気づかなかったよ」
 灯台下暗しというか、何かありそうすぎて逆に気にしなかったということか。

 下には降りず、空から[魔眼]と[心眼]を同時に発動して、怪しい家をじっと見る。
 中には……ヒイロの推測通り、殺されてから数日経った人間の死体があった。
「三人」
「匂いも三人だ」
「関係あるかな」
 物騒な路地で起きた、僕とは無関係の殺人事件の可能性もある。
 それならそれで警備兵に報告しなければ。
「わからないな。しばらく様子を見ようか。警備兵にはどう説明しようかな……」
「黙っておいたら?」
「見つけた以上、そうはいかない。……統括に相談してみるか」
 ジストに教わった魔法で影人形を作り見張りに置くと、僕とヒイロはギルドハウスの近くへ降りた。



「なんだそのくらい。ヨイチ、自分のランクを自覚しているか? 事件の一つや二つ、自分預かりにできるぞ」
 統括に一連の出来事を相談すると、統括がなんでもないように言ってのけた。
「そうなんですか……」
 ランクS冒険者にそこまでの権限があるとは知らなかった。
「スタグハッシュの瘴気溜まりの時にもやっただろう」
「あれはてっきり、アンドリューが無理やりねじ込んだのかと」
「確かにアンドリューの意見だったがな。同じランクのヨイチに出来ないわけがないだろう」
「はは……」
 乾いた笑いしか出なかった。



 貴族の屋敷の死体はしばらく放置してもいいことになった。
 念の為、屋敷に腐敗防止の結界を張っておいた。
「その結界、食料庫に使えない?」
「発酵食品も作ってるからなぁ。一部だけならできるかも。ヒスイに聞いてみようか」
 食欲聖獣はこんなときまで食べ物の心配をしていた。
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