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第四章
5 気づかない
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「おはよう、ヨイチくん」
「おっ、おはよ……」
そういえばヒスイだけ最近、僕のことをご主人さまって呼ばなくなった。
呼んで欲しいわけじゃないのだけど、何か心境の変化でもあったのかと心配になる。
心配というか、実際に何かあったのだろう。
でなければ、あんな寝言を言うわけがない。
三日ほどドギマギ過ごしたのは僕だけで、ヒスイは通常営業だ。
ヒスイがあまりにも普通だから、僕も「寝言は寝言だ」と割り切って過ごすことにした。
それでもモヤモヤは晴れないのだけど。
「ヨイチっ!」
「あっ」
久しぶりにチェスタ達とクエストを請けた。
僕としたことが死角への注意を怠り、鳥の魔物から一撃貰ってしまった。
特にダメージはなく身体が傾ぐこともなかったので、そのまま風魔法で反撃を繰り出し、魔物を倒した。
「どうした、今日はおかしいぞ」
「ごめん」
戦闘中にぼんやりしてしまうなんて、冒険者失格だ。
残りの魔物を倒し、怪我人の治療をした後、報酬受け取りを辞退した。
「今日の僕は受け取る資格がない。ちょっと、頭冷やしてくるよ」
「……わかった」
ギルドハウスへ行く前に別方向へ行こうとする僕を、チェスタ達は何も言わずに見送ってくれた。
転移魔法で飛んだのは、モルイ東の森だ。
以前、イネアルさんやローズと一緒に来て、浄化に成功した泉の前に座り込んだ。
イネアルさんが水を汲みに来るついでに手入れをしているから、相変わらず澄んでいる。
きれいな水で、物理的に頭を冷やしたかった。
マジックボックスから水汲み用の桶を取り出し、泉の水を目一杯掬っては、何度も頭から被る。
頭どころか身体の芯まで冷えた。
「風邪ひくよ」
ヒイロに心配されるほどずぶ濡れになった自分を、火と風の魔法で一気に乾かす。
すこしさっぱりしたかもしれない。
「大丈夫。帰ろうか」
「帰る前に、お菓子買って」
甘味聖獣は相変わらずだが、こんな風に何の脈絡もなくねだるのは珍しい。
了承して、一旦モルイの町中へ入った。
ヒイロのリクエストで、クリームがたっぷり挟まったパンを二つ買うと、ヒイロに「ヨイチも食べたら?」と勧められた。
「どうしたヒイロ、どこか具合悪いのか?」
ヒイロが自分の甘味を他人に譲るなんて、天変地異の前触れの恐れもある。
「ぼくじゃなくてヨイチだよ、具合が悪そうなのは」
「……」
ソウルリンクなんてしてる間柄だから、僕の体調はヒイロに筒抜けだ。
つまり、僕がヒスイのことをどう思っているかも丸わかりなわけで。
何故躊躇しているのかも、理解しているはずだ。
「いまのヨイチは、元の世界にいた時と違うでしょ?」
ヒイロはクリームパンを大きなひとくちでぱくん、ぱくんと噛みながら、僕に意思疎通で話しかけてくる。
「そりゃあ……強さとかは、そうだけど。僕は変わらないよ」
レベルや魔力の概念がある分しか、変わっていない。
内面や考え方、生来のものは同じだ。
僕の特別な人は、皆僕の前から消えてしまう。
だから、特別な人を作りたくない。
「消えた理由は全部、ヨイチのせいじゃないよ」
「わかってるよ」
これ以上失うのが怖いんだ。
ヒイロは突然、人の姿になると、僕が手にしたままのクリームパンを奪い取り、僕の口に押し付けた。
「んがっ!?」
「これすごく美味しかった。皆のぶんも買って帰ろうよ」
「んぐぐ……自分で食べるから」
確かに美味しい。塩バターパンに、甘さ控えめのクリームがよく合う。僕には少し甘すぎるから、お茶かコーヒーが欲しい。
「ねえヨイチ。ヨイチはぼくやヒスイを守る自信がないの?」
口の中のパンを飲み下し、唇についたクリームを舐めてから答えた。
「物理的な問題だったら解決してみせるさ」
「それで十分だよ」
まるで単純明快だと言わんばかりだ。
「他のことは、陳腐な言い方だけど運命だよ」
「運命かぁ……」
できれば覆して欲しい人ばかりを、なくしてきたからなぁ。
日が暮れる前に家に帰った。
「おかえりなさいませ、ご主人さま」
皆に出迎えられる時は、ヒスイも揃って「ご主人さま」呼びだ。
「ただいま」
いつものように、一旦自室に引っ込もうとして……それに気付いた。
どうしていままで気付かなかったのか。
この三日、ヒスイのことをまともに見てなかったせいだ。
「ヒスイ、ちょっと」
「はい」
「皆も一緒に来て」
「?」
皆で僕の部屋へ行く。
扉を閉めて、その前はヒイロに陣取ってもらった。
ヒスイ以外のメイドさん達は壁際に並んでもらって、モモがその前に立つ。
「一体どうしたの?」
「全員、僕がいいって言うまで目を閉じてて」
妙な命令だというのに。真剣に言ったからか、皆言うことを聞いてくれた。
自分が出せる最大光量の光の玉を、部屋中にいくつも魔法で出現させた。
「っ!?」
部屋の明かりでわずかにあったヒスイの影が消え、人の形をした黒いものが小さく悲鳴を上げて部屋に出現する。
そいつは慌てて窓についているカーテン――あえてノーマークにしていた――めがけて飛び込むようにして姿を消した。
僕はアオミだけが持つ暗黒以外の、知る限りすべての属性を持っている。
魔物との戦闘でよく使うのは火と風、治癒魔法と矢は光と聖、時折使うのが土と水属性。
竜属性は威力の調整が難しくて、目下修行中。
闇と邪属性は、他人の精神に作用したり、いま出現したヤツがやったように影の世界というところへ出入りするといった特殊な性質を持つ魔法を得意とするため、使い所を見出だせなくてほとんど放置状態だった。
それを心底悔やんでいる。
カーテンの裏側に発生したわずかな影から、そいつを取り逃がしてしまった。
闇魔法に慣れていないせいで、影の中に魔力の手を伸ばしても、思うように動かせなかったのだ。
「くそっ……」
小さく悪態をついてしまった。
「大丈夫?」
ヒスイが目を閉じたまま、僕に手を伸ばす。
「ごめん、もういいよ」
「はぁぁ……目を閉じてても眩しかったよー」
ツキコが恐る恐る目を開けて何度も瞬きをし、ため息をつくと、他の皆も同じように目を開けた。
「何があったの?」
ローズの疑問は尤もだ。
「ヒスイの影の中に何かが隠れてたんだ。ごめん、多分三日は気付かなかったと思う」
「えっ、ストーカー?」
ツキコがドン引く。今回は正しくストーカーだろうから、フォローのしようがない。
「ヒスイ、ちょっとペンダント貸して」
ヒスイが素直に差し出したペンダントを手に取り、魔法をチェック。影の中まで警戒できる魔法は付けていなかったからつけようとしたのだが……。
「だめだ、キャパオーバーか」
ペンダントに魔法を込めた時、既にギリギリだったことを思い出した。
更に言うと、即席の対処魔法が大雑把すぎて魔力量を食うのだ。
「いらなそうなのを外したら?」
「これがあったから影からしか侵入できなかったんだよ、きっと。だからどれかを外すのはナシ」
「じゃあペンダントトップを二つにしようか」
「頼むよ。あ、石はこの中から選んで」
マジックボックスから、ペンダントトップに良さそうな小ぶりの石をまとめて取り出し、近くのテーブルに並べた。
魔物を倒した時のドロップアイテムのうち、宝石の一部を売らずにとってあった。
全部を一度に現金に換えると総額が大変なことになって気が引けたのと、宝石に魔法を籠められると知ってからはそのうち使うかもしれないと考えたからだ。
「ラフィネとアネットも、遠慮しないで選んで」
皆から一歩引いたところにいた二人に手招きする。
「ま、また増えるんですか?」
「あわわわわ」
二人が挙動不審になった。
「今つけてるのもそうだけど、紛失防止の魔法も使うから気負わなくても平気だよ」
「うう、はい……」
「慣れるようにがんばります……」
そんな二人を、モモ以外のメイドさん達が穏やかな瞳で見つめている。
なんだろう、この光景。
それぞれが選んだ石の色は、ローズが翠でツキコが琥珀、ヒスイは前と同じ青だ。ラフィネとアネットも初めに青を選び、今回は赤をチョイスしている。
「それが二人の好きな色?」
「ええと、はい」
「そうです」
「前はどうして青を選んだの?」
最初のペンダントを作る時、他のメイドさん達が全員青を選んで買ってきた理由は結局教えてもらっていない。
二人からなら聞けるかな、と軽い気持ちで尋ねた。
「ヨイチ様、瞳が時折、きれいな青色になりますから」
「いつもの黒も素敵なのですが、黒い宝石ってなかなか見当たらないので」
この二人にも目が青くなってるのをバッチリ見られていたのか。
「でもどうして僕の目の色に合わせ……んがっ」
ツキコに後ろから口を抑えられた。
「それ以上は自分で調べなさいな。書庫にもそういう本がちょっとだけあったわよ」
「???」
それがどんな本なのかすら教えてもらえず、その場は石に魔法を込める作業が済んだら解散になってしまった。
ヒスイだけは部屋に残ってもらった。
「本当にごめん、気付かなくて。何か変なことはなかった?」
体調に変化は無さそうだが、相手は闇魔法だ。何をやろうとしていたのか、不気味すぎる。
「なんともないわ。ヨイチくん、よく気付いてくれたわね。私ぜんぜん分からなかったのに」
「スキルのお陰だよ。それにしても気付くのが遅すぎた。ごめん」
絶対守ると決めた人たちなのに。
情けなさと悔しさで無意識に握りしめていた拳に、細い指がそっと触れた。
白くて綺麗な、だけど水仕事で少しカサカサした、ヒスイの手だ。
「思い詰めないで。私は無事よ」
「でも……」
「ヨイチくんが守ってくれるのでしょう? だから大丈夫。こんな口約束じゃ気休め程度かしら?」
「そういう意味じゃないっ」
ヒスイの手を握り返した瞬間だった。
***
「……何だ? ここ……。ヒスイ、大丈夫か?」
繋いだままの手を強く握り返された。
「え、ええ。ヨイチくんが転移魔法を使ったんじゃないの?」
「僕は何もしてない」
いつの間にか、僕とヒスイは不思議な空間に立っていた。
以前ヒイロが創った空間に雰囲気が似ている。
辺りは暗いが、自分たちの姿はよく見える。
「ようやく揃ったな。待ち草臥れたぞ」
上から声が降ってきた。何の気配も感じなかった。
ヒスイを後ろに庇い、見上げるとそこには、魔族化したアマダン王に似た奴が、浮いていた。
敵意はなさそうだが、僕は警戒していると表現するために、結界魔法を使おうとした。
「魔法が……魔力が使えない!?」
「ここでは皆そうだ。案ずるな、悪いようにはしない」
そいつは、腰まである髪の色は銀で、毛先へ行くほど炎のような橙色のグラデーションがかかっている。
瞳の色は金。瞳孔は円ではなく、線のように細い。
青い肌に、頭には捻じくれた角が二本、長い耳の上から生えている。
明らかに人外な姿の奴に対して、警戒するなと言う方が無理な話だ。
「おっ、おはよ……」
そういえばヒスイだけ最近、僕のことをご主人さまって呼ばなくなった。
呼んで欲しいわけじゃないのだけど、何か心境の変化でもあったのかと心配になる。
心配というか、実際に何かあったのだろう。
でなければ、あんな寝言を言うわけがない。
三日ほどドギマギ過ごしたのは僕だけで、ヒスイは通常営業だ。
ヒスイがあまりにも普通だから、僕も「寝言は寝言だ」と割り切って過ごすことにした。
それでもモヤモヤは晴れないのだけど。
「ヨイチっ!」
「あっ」
久しぶりにチェスタ達とクエストを請けた。
僕としたことが死角への注意を怠り、鳥の魔物から一撃貰ってしまった。
特にダメージはなく身体が傾ぐこともなかったので、そのまま風魔法で反撃を繰り出し、魔物を倒した。
「どうした、今日はおかしいぞ」
「ごめん」
戦闘中にぼんやりしてしまうなんて、冒険者失格だ。
残りの魔物を倒し、怪我人の治療をした後、報酬受け取りを辞退した。
「今日の僕は受け取る資格がない。ちょっと、頭冷やしてくるよ」
「……わかった」
ギルドハウスへ行く前に別方向へ行こうとする僕を、チェスタ達は何も言わずに見送ってくれた。
転移魔法で飛んだのは、モルイ東の森だ。
以前、イネアルさんやローズと一緒に来て、浄化に成功した泉の前に座り込んだ。
イネアルさんが水を汲みに来るついでに手入れをしているから、相変わらず澄んでいる。
きれいな水で、物理的に頭を冷やしたかった。
マジックボックスから水汲み用の桶を取り出し、泉の水を目一杯掬っては、何度も頭から被る。
頭どころか身体の芯まで冷えた。
「風邪ひくよ」
ヒイロに心配されるほどずぶ濡れになった自分を、火と風の魔法で一気に乾かす。
すこしさっぱりしたかもしれない。
「大丈夫。帰ろうか」
「帰る前に、お菓子買って」
甘味聖獣は相変わらずだが、こんな風に何の脈絡もなくねだるのは珍しい。
了承して、一旦モルイの町中へ入った。
ヒイロのリクエストで、クリームがたっぷり挟まったパンを二つ買うと、ヒイロに「ヨイチも食べたら?」と勧められた。
「どうしたヒイロ、どこか具合悪いのか?」
ヒイロが自分の甘味を他人に譲るなんて、天変地異の前触れの恐れもある。
「ぼくじゃなくてヨイチだよ、具合が悪そうなのは」
「……」
ソウルリンクなんてしてる間柄だから、僕の体調はヒイロに筒抜けだ。
つまり、僕がヒスイのことをどう思っているかも丸わかりなわけで。
何故躊躇しているのかも、理解しているはずだ。
「いまのヨイチは、元の世界にいた時と違うでしょ?」
ヒイロはクリームパンを大きなひとくちでぱくん、ぱくんと噛みながら、僕に意思疎通で話しかけてくる。
「そりゃあ……強さとかは、そうだけど。僕は変わらないよ」
レベルや魔力の概念がある分しか、変わっていない。
内面や考え方、生来のものは同じだ。
僕の特別な人は、皆僕の前から消えてしまう。
だから、特別な人を作りたくない。
「消えた理由は全部、ヨイチのせいじゃないよ」
「わかってるよ」
これ以上失うのが怖いんだ。
ヒイロは突然、人の姿になると、僕が手にしたままのクリームパンを奪い取り、僕の口に押し付けた。
「んがっ!?」
「これすごく美味しかった。皆のぶんも買って帰ろうよ」
「んぐぐ……自分で食べるから」
確かに美味しい。塩バターパンに、甘さ控えめのクリームがよく合う。僕には少し甘すぎるから、お茶かコーヒーが欲しい。
「ねえヨイチ。ヨイチはぼくやヒスイを守る自信がないの?」
口の中のパンを飲み下し、唇についたクリームを舐めてから答えた。
「物理的な問題だったら解決してみせるさ」
「それで十分だよ」
まるで単純明快だと言わんばかりだ。
「他のことは、陳腐な言い方だけど運命だよ」
「運命かぁ……」
できれば覆して欲しい人ばかりを、なくしてきたからなぁ。
日が暮れる前に家に帰った。
「おかえりなさいませ、ご主人さま」
皆に出迎えられる時は、ヒスイも揃って「ご主人さま」呼びだ。
「ただいま」
いつものように、一旦自室に引っ込もうとして……それに気付いた。
どうしていままで気付かなかったのか。
この三日、ヒスイのことをまともに見てなかったせいだ。
「ヒスイ、ちょっと」
「はい」
「皆も一緒に来て」
「?」
皆で僕の部屋へ行く。
扉を閉めて、その前はヒイロに陣取ってもらった。
ヒスイ以外のメイドさん達は壁際に並んでもらって、モモがその前に立つ。
「一体どうしたの?」
「全員、僕がいいって言うまで目を閉じてて」
妙な命令だというのに。真剣に言ったからか、皆言うことを聞いてくれた。
自分が出せる最大光量の光の玉を、部屋中にいくつも魔法で出現させた。
「っ!?」
部屋の明かりでわずかにあったヒスイの影が消え、人の形をした黒いものが小さく悲鳴を上げて部屋に出現する。
そいつは慌てて窓についているカーテン――あえてノーマークにしていた――めがけて飛び込むようにして姿を消した。
僕はアオミだけが持つ暗黒以外の、知る限りすべての属性を持っている。
魔物との戦闘でよく使うのは火と風、治癒魔法と矢は光と聖、時折使うのが土と水属性。
竜属性は威力の調整が難しくて、目下修行中。
闇と邪属性は、他人の精神に作用したり、いま出現したヤツがやったように影の世界というところへ出入りするといった特殊な性質を持つ魔法を得意とするため、使い所を見出だせなくてほとんど放置状態だった。
それを心底悔やんでいる。
カーテンの裏側に発生したわずかな影から、そいつを取り逃がしてしまった。
闇魔法に慣れていないせいで、影の中に魔力の手を伸ばしても、思うように動かせなかったのだ。
「くそっ……」
小さく悪態をついてしまった。
「大丈夫?」
ヒスイが目を閉じたまま、僕に手を伸ばす。
「ごめん、もういいよ」
「はぁぁ……目を閉じてても眩しかったよー」
ツキコが恐る恐る目を開けて何度も瞬きをし、ため息をつくと、他の皆も同じように目を開けた。
「何があったの?」
ローズの疑問は尤もだ。
「ヒスイの影の中に何かが隠れてたんだ。ごめん、多分三日は気付かなかったと思う」
「えっ、ストーカー?」
ツキコがドン引く。今回は正しくストーカーだろうから、フォローのしようがない。
「ヒスイ、ちょっとペンダント貸して」
ヒスイが素直に差し出したペンダントを手に取り、魔法をチェック。影の中まで警戒できる魔法は付けていなかったからつけようとしたのだが……。
「だめだ、キャパオーバーか」
ペンダントに魔法を込めた時、既にギリギリだったことを思い出した。
更に言うと、即席の対処魔法が大雑把すぎて魔力量を食うのだ。
「いらなそうなのを外したら?」
「これがあったから影からしか侵入できなかったんだよ、きっと。だからどれかを外すのはナシ」
「じゃあペンダントトップを二つにしようか」
「頼むよ。あ、石はこの中から選んで」
マジックボックスから、ペンダントトップに良さそうな小ぶりの石をまとめて取り出し、近くのテーブルに並べた。
魔物を倒した時のドロップアイテムのうち、宝石の一部を売らずにとってあった。
全部を一度に現金に換えると総額が大変なことになって気が引けたのと、宝石に魔法を籠められると知ってからはそのうち使うかもしれないと考えたからだ。
「ラフィネとアネットも、遠慮しないで選んで」
皆から一歩引いたところにいた二人に手招きする。
「ま、また増えるんですか?」
「あわわわわ」
二人が挙動不審になった。
「今つけてるのもそうだけど、紛失防止の魔法も使うから気負わなくても平気だよ」
「うう、はい……」
「慣れるようにがんばります……」
そんな二人を、モモ以外のメイドさん達が穏やかな瞳で見つめている。
なんだろう、この光景。
それぞれが選んだ石の色は、ローズが翠でツキコが琥珀、ヒスイは前と同じ青だ。ラフィネとアネットも初めに青を選び、今回は赤をチョイスしている。
「それが二人の好きな色?」
「ええと、はい」
「そうです」
「前はどうして青を選んだの?」
最初のペンダントを作る時、他のメイドさん達が全員青を選んで買ってきた理由は結局教えてもらっていない。
二人からなら聞けるかな、と軽い気持ちで尋ねた。
「ヨイチ様、瞳が時折、きれいな青色になりますから」
「いつもの黒も素敵なのですが、黒い宝石ってなかなか見当たらないので」
この二人にも目が青くなってるのをバッチリ見られていたのか。
「でもどうして僕の目の色に合わせ……んがっ」
ツキコに後ろから口を抑えられた。
「それ以上は自分で調べなさいな。書庫にもそういう本がちょっとだけあったわよ」
「???」
それがどんな本なのかすら教えてもらえず、その場は石に魔法を込める作業が済んだら解散になってしまった。
ヒスイだけは部屋に残ってもらった。
「本当にごめん、気付かなくて。何か変なことはなかった?」
体調に変化は無さそうだが、相手は闇魔法だ。何をやろうとしていたのか、不気味すぎる。
「なんともないわ。ヨイチくん、よく気付いてくれたわね。私ぜんぜん分からなかったのに」
「スキルのお陰だよ。それにしても気付くのが遅すぎた。ごめん」
絶対守ると決めた人たちなのに。
情けなさと悔しさで無意識に握りしめていた拳に、細い指がそっと触れた。
白くて綺麗な、だけど水仕事で少しカサカサした、ヒスイの手だ。
「思い詰めないで。私は無事よ」
「でも……」
「ヨイチくんが守ってくれるのでしょう? だから大丈夫。こんな口約束じゃ気休め程度かしら?」
「そういう意味じゃないっ」
ヒスイの手を握り返した瞬間だった。
***
「……何だ? ここ……。ヒスイ、大丈夫か?」
繋いだままの手を強く握り返された。
「え、ええ。ヨイチくんが転移魔法を使ったんじゃないの?」
「僕は何もしてない」
いつの間にか、僕とヒスイは不思議な空間に立っていた。
以前ヒイロが創った空間に雰囲気が似ている。
辺りは暗いが、自分たちの姿はよく見える。
「ようやく揃ったな。待ち草臥れたぞ」
上から声が降ってきた。何の気配も感じなかった。
ヒスイを後ろに庇い、見上げるとそこには、魔族化したアマダン王に似た奴が、浮いていた。
敵意はなさそうだが、僕は警戒していると表現するために、結界魔法を使おうとした。
「魔法が……魔力が使えない!?」
「ここでは皆そうだ。案ずるな、悪いようにはしない」
そいつは、腰まである髪の色は銀で、毛先へ行くほど炎のような橙色のグラデーションがかかっている。
瞳の色は金。瞳孔は円ではなく、線のように細い。
青い肌に、頭には捻じくれた角が二本、長い耳の上から生えている。
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