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第三章

1 恋煩わしい

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 見たことのない紋章が捺された封蝋は、リートグルク国からのものだった。人と竜が見つめ合う絵柄は、王様直々の書状という意味だそうだ。
 この世界で王様に会ったことはない。スタグハッシュ城で召喚されたとき、一番偉そうにふんぞり返っていた人が王様だったかもしれないが、会話したことは皆無だ。
 当然、リートグルクの王様との面識などない。縁すらない。
「一体どういうことでしょうか」
 使者さんに尋ねると、一先ず書状を読んでくれと言われた。
 封蝋がされた巻物状の手紙なんてはじめて手にした。丁寧に開こうとしても封蝋を割ってしまいそうになる。オロオロしていると、ヒスイが「封蝋は割るものなのよ」と教えてくれた。
 安心して封蝋を割り手紙を開く。仰々しい文章を要約すると「話がしたいから来い」って。
「やっぱり意味がわからないのですが」
 仰々しい文章が理解できなかったわけじゃない。王様と話すべき事項に思い当たることが全く無い。
「こちらをどうぞ」
 次に手渡されたのは、見慣れたギルドの指令書だ。口頭や冒険者カードでの連絡のほうが多いとはいえ、記録を残すために書状の形でもやりとりする。
 指令書は統括からだ。

「リートグルク国周辺でクエストを請けるよう命ず。期間は三ヶ月」

 僕はますます困惑した。


 家の前で立ち話も何だから、使者さんを家の中に招いた。
 ヒスイが来客用のちょっと良いティーセットで紅茶とシフォンケーキを出してくれる。ティーセット、いつのまに準備してあったのだろう。
 僕も紅茶を飲んで一旦落ち着いてから、使者さんの話を聞くと、意外な名前が出てきた。

「アルダ様は王位継承権こそありませんが、王族であられます。修行と称してモルイで魔物討伐をされておりました。それが先日突然お戻りになられて……ランクも下がり、冒険者を休業すると仰せられたのです。話を聞けば、ヨイチという冒険者に思うところがあると……」
 アルダは五十階層もあった大きな魔物の巣で、ギルドの作戦や命令を全無視して好き勝手やってた人だ。
 僕の前に現れてスープを寄越せと強請り、断ると一方的に勝負を持ちかけきて、僕が剣で肩ペンしたら引き下がった。
 アルダとの接点と言えば、その肩ペンのみだ。
「はぁ」
 気の抜けた返事になったのは致し方無いと思う。
 僕の様子に使者さんは苦渋に満ちた顔になり、小声で「ですよね」と呟いた。間違いなく呟いた。

「有り体にいいますと、アルダ様はヨイチ殿に懸想しておられます」
「消そうとしてる?」
 あまり聞いたことのない単語が聞こえた気がして、聞き間違いかと思い確認した。
「消す、ではなく懸想です。つまりその……恋愛感情です」
「えー」
「ええっ!?」
 僕よりヒスイが驚いている。ってかヒスイ、どうして僕の座ってるソファーの後ろに立ってるの? 一緒に座ろう?
「僕にそういう気持ちは全くこれっぽっちも絶対に無いのですが」
「存じております。しかしアルダ様のお立場上、断るなら断るで色々と面倒くさい手順を踏まねばならず……」
 この使者さん、僕が庶民だから気を遣ってくれているのか、とてもわかり易く砕けた口調で話してくれる。アルダに様付けして「王族」を連呼してるのにその物言いで不敬に当たらないのか、こっちが心配になってくる。

「まとめますと、リートグルク王がその権限を以って冒険者ギルド統括からリートグルク周辺の魔物討伐の命を出させ、ヨイチ殿がリートグルクへ行かざるを得ない状況にしました。だからついでに話をつけましょう、ということです」
 本当に綺麗にまとめてくれた。この使者さんめっちゃいい人だ。
「つまり僕に拒否権は無いと」
「そうなります」
 この世界の王族嫌いかもしれない。最初がスタグハッシュだったし、ヒスイ達の方はもっと酷いし。権力乱用しすぎじゃないですかねぇ。
「ヨイチ、眼」
 嫌なことまで思い出してイラっとしたせいか、魔眼が発動したらしい。僕の足元で伏せの状態で大人しく控え……ていると見せかけてさっきまでシフォンケーキを貪っていたヒイロが教えてくれた。慌てて魔力を抑える。瞳の色変わったの見られちゃったかな。
「ヨイチ殿に無体を強いているのは申し訳なく思います。リートグルクに滞在中の費用その他必要なものは全てこちらでご用意させていただきますので……」
 使者さんは僕の反応を想定していたようで、何か遠い目をしながら話していた。よかった、目は見られていないようだ。
「どうしても三ヶ月ずっとリートグルクに住まないとダメですか?」
「実質そうなるかと……」
「転移魔法が使えるので、用事のある時だけ呼んでもらえればすぐ行けます」
「しかし、転移魔法は消費魔力量が多いと聞きますが」
「そんなことないですよ?」
「はい?」

 知っている人で転移魔法を使えるのは、マイルトと椿木。
 マイルトは一日に二度まで、と決めているらしい。椿木は知らない。
 マイルトの魔力量は冒険者の中でも多い方だ。それでも回数を制限するほどだから、確かに消費魔力量は多いのだろう。
 しかし僕は種族[魔人]だ。魔力は無尽蔵なほどある。回復に必要な食事や睡眠の量も少なくなってきた。
「一日に何往復しても平気です」
 だから宿泊関係の世話は不要、と暗に伝えた。背後でヒスイが安堵のため息をついている。
「それは……はい、承知しました。ですがこちらも体面がありますので、城に客室はご用意します。ヨイチ殿のお好きなようになさってください」
 使者さんは「信じられない」という顔をしつつも、了承してくれた。



***



 転移魔法で知らない土地へ行くのは危険らしい。
 使者さんが帰った後、早速リートグルクへ転移しようとしたら、ヒイロに止められた。
「ちゃんと自分の足で地を踏んで、景色を見ないと危険だよ。下手したら地面の下や山の中に埋まることがある」
 以前学校で誰かが話していたいにしえのゲームの凶悪トラップ『いしのなかにいる』が起こりうるのか。それは怖い。
 じゃあ馬車の旅でもするかと思考をシフトしていたら、ヒイロが目の前で馬サイズに大きくなった。
「行くんでしょ?」
「いいのか? 飛ぶの疲れないか?」
「大きくなるのと飛ぶのは息をするのと同じだよ。遠慮はいらない」
 ヒスイがここぞとばかりに大きなヒイロの毛並みを堪能してから、ヒイロに乗った僕を見上げた。
「夕飯までには戻れる?」
「ヒキュン!」
「必ず戻る、ってさ」

 リートグルクまで馬で丸一日掛かる距離を、ヒイロは十五分で飛びきってくれた。ヒスイのご飯を食べるために頑張ってくれたのだ。
 だから僕が落ちないよう保護魔法をかけるのを忘れていたことは黙っておくよ。あの高度から落ちたらさすがの僕も無事じゃ済まない。ヒイロにしがみつきながら、自力でなんとか魔法を編み出した。すごく焦った。

 すぐに帰るよりも、転移魔法の効果を確実にするためには目標地点周辺を散策したほうがいいとのことなので、リートグルク城下町に入った。
「次来る前に皆のお土産リクエスト聞いておかないとね」
「饅頭がいい」
「ヒイロはこれからしょっちゅう来るんだぞ?」
 トイプードルサイズになったヒイロは僕の少し後ろを、鼻をひくひくさせながら歩いている。
「ま、いいか。買って帰ろうか」
「こっち!」
 ヒイロが急に走り出した。キョロキョロしていたのは、饅頭の匂いを嗅ぎ分けてたのかな。執念を感じる。
 ちなみにリートグルク饅頭はモルイでも売っている。伊勢名物のこしあんの餅菓子が尾張でも売ってるみたいなものだ。
 ヒイロと僕はソウルリンクで繋がっているため、[心眼]の気配察知がなくともお互いの位置が把握できる。
 僕がゆっくりヒイロのいる方へ歩いていると、意思疎通で「早く!」と急かしてきた。
 甘味聖獣、甘味のために聖獣の能力フル活用してるなぁ。

 そしてヒイロは「蒸したてのリートグルク饅頭」の味を覚えてしまい、以降ここへ来るたびに強請るようになった。
 聖獣が欲望に忠実でいいのか。聖獣を神聖視するあまりヒイロと出会った当初は神の如く崇めてたアトワが見たら泣くぞ。
 確かに蒸したては格別だけども。

 散策がてらに適当なお土産を買い込み、お城の近くまで足を運んだ。
 町から城へ通じている一本道の前には大きな門があり、兵士が六人立っていた。門近くの建物の中にも六人。多いのか少ないのかは他を知らないからなんとも言えないが、雰囲気が物々しい。
 今日は城へ行くつもりはなかったので、そのまま立ち去ろうとしたら門番兵士さんのひとりに呼び止められてしまった。
「待て、そこの黒髪の」
「はい?」
 周辺に他の人はいない。黒髪の、とわざわざ身体的特徴を挙げられなくても、僕に声をかけてきたのは丸わかりだった。
 
「冒険者か? 名前は?」
 どうせ明日また来るし、名乗ってもいいか。
「ヨイチです」
「やはり、貴方か!」
 兵士さんが大きな声を上げると他の兵士さんまで集まってきた。
「転移魔法でお越しになると聞いておりました。お早いお着きで」
「いえ、今日はその転移魔法がちゃんとできるか実験で……」
「ヨイチ殿であれば、王はいつでもお会いしますよ。ささ、中へ」
「いや、だから今日は……」
 兵士さん達に押されそうになったのを流されずに済んだのは、日頃もっと押しの強いメイドさん達に鍛えられたお陰だろう。
「明日出直しますので!」
 押しには負けなかった、と思う。



「ヒヤヒヤしたよ。晩ごはん間に合わないかと思った」
 ヒイロがヒスイのご飯をばくばく食べながら、意思疎通で伝えてきた。
「間に合ったからいいじゃないか」
 僕も意思疎通でヒイロに返す。
 あの後、何故かしつこく追いすがる兵士さん達から逃げ切り、町の外で転移魔法を使って帰ってきた。
「どうしたの、ヨイチくん。口に合わない?」
 兵士さんたちの「逃がすものか」という必死の形相を思い出して、思わずフォークが止まっていた。
「美味しいよ。ちょっと考え事してた」
 ヒスイのご飯が不味かったことなど一度もない。今日もド安定の美味しさだ。

 ただ、明日のことを考えると憂鬱になってしまう。
 簡単には帰ってこられないかもしれないと、少し不安になった。
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