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第二章

24 聖属性と邪属性

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 ヒイロが空を飛んだことに驚く間もなく、ローズたちの真上までやってきた。
 すぐにでも飛び降りたいのに、ヒイロが僕を包む魔法を解いてくれない。
「ヒイロ」
「待ってヨイチ。あれは『邪獣じゃじゅう』になりかけてる」
「邪獣?」
「人が瘴気に晒され続けると生まれるんだ。でもうつわが不完全だから、今は浄化魔法が効かない」
「どうしたら?」
「ちゃんとした器に入ってくれたら、浄化魔法が効く。その時、器がどうなるかはわからない」
「……」

 ローズが落とされて椿木の腹に落ちたときは、少しだけ風魔法を使って落下の衝撃を和らげておいた。再び捕らえられたときは、我慢した。拳を握りしめすぎて、爪で手のひらを傷つけ血が滲んでいた。
 椿木がローズの命と引換えに器になることを了承して……ローズに手を出そうとするから、椿木の腕を斬り落とした。


「がああああああああっ!」
 絶叫する椿木を見張っている間に、ヒイロがローズに治癒魔法を施した。
「ヨイチ、ぼくは犬じゃなくて狼だって、後でローズに伝えておいてくれる?」
「? うん」
 何を気にしているのか、わざわざ意思疎通を使って僕に伝えてきた。
「ヒキュン」
「ローズ、ヒイロに乗ってくれ」
 まずはここからローズを逃さなければ。
「乗るって、乗馬もできないのに」
「大丈夫。ヒイロが魔法で支えてくれるから」
 ヒイロがその場に伏せた。ローズが恐る恐る背中に跨ってしがみつく。
 そして、僕の足元に転がっている椿木の腕に気付いてしまった。
「あ、あの、ヨイチ、あのね」
 ローズはこの後、椿木をどうするのか気にしている。
 結局、皆お人好しだ。
 たとえ恨みのある相手でも、目の前で傷つこうとしていたら、手を差し伸べようとする。

 椿木は身を挺してローズを守ろうとしてくれた。
 そこだけは報いなくては、スタグハッシュの連中と同じに成り下がってしまう。

「わかってる。ヒイロ、頼む」
「ヒキュン!」
 ヒイロは高々と舞い上がり、家へ向かってくれた。

「おのれ、我が腕をよくも」
「お前のじゃないだろう」
 痛がっていたのに、腕の切断面からは血の一滴も流れていない。
 顔が青ざめているのは、怪我のせいじゃなさそうだ。
「この身体を壊せば元の人間も……」
「そいつ僕を殺そうとしたことがあるんだよ」
 椿木の身体が人質にならないことを理解した椿木の顔が、更に引き攣る。
 勝手に喋って時間を作ってくれたから、こっちは余裕で準備ができた。

 周囲に張り巡らせた魔力の糸を引き絞るように、右手を握りしめて、引く。視界に青い燐光が散った。
「!? 何をした!」
 更に、魔力の糸で邪獣をぐるぐる巻きにして固定する。邪獣がもがくたびに糸が少しずつ切れる。こちらも負けじと糸を追加していたら、繭のようになってしまった。息はできてるかな。
 そこへ、ローズを家へ送ったヒイロが戻ってきた。
「今どうなってるの?」
 一ミリも動けない邪獣を見て、ヒイロが疑問を呈す。
 魔力が視えないということは、邪獣は何もされていないのにその場に固定されているように見えるのか。
「繭みたいになってる。向こうが勝手に時間作ってくれたんだよ」
「[魔眼]って便利だね」
 [魔眼]は魔力を直接視ることができる。[魔眼]の持つ視線に魔力を乗せる能力の、副次効果だ。
「どのあたりに繋げればいい?」
「心臓。魔力の一番太いところ」
 亜院を壊した時と同じ所だ。
 椿木の心臓に、魔力の糸を繋げた。糸の先を左手で摘んで、ヒイロの鼻先に差し出す。
「これ」
「……みえない。光らせたりできない?」
 ヒイロは僕の指に鼻を押し付けて、ふんふんと嗅いでいる。視えないから、やりようが無いらしい。
「属性通してもいいのかな」
「聖属性なら大丈夫だと思う」
 聖属性で明かりをつくる魔法を応用して、魔力の糸を光らせた。
 ヒイロが糸の端をそっと咥える。
「ヨイチ、手を離さないでね」
「わかった」
 魔力の糸は普通の糸みたいに、視えなくても手を離したくらいで落ちたりしない。ヒイロが不安げに念を押すから、手を添えてやった。

 聖獣が野生の獣のように自然の摂理の中で生まれるのに対し、邪獣は人の意思が生み出した世界の異物だ。
 ヒイロ曰く、「邪獣を見た瞬間に、あれはぼくが消さないといけないって思った」と。
 聖獣の本能が、邪獣を「敵」と認識したそうだ。
「異物って、僕たちは?」
 異世界から召喚された、この世界のイレギュラー。しかもチートつき。
「召喚者の動機はどうあれ、ヨイチたちはこの世界を壊したいって考えていないでしょう?」
「つまり邪獣は、世界を壊したがっているのか」
「そう。それが邪獣の本能。魔物が他の動物や人間を本能で襲うように、邪獣は世界を喰らい尽くそうとする」
「そんな危ないものを、あいつらが……」
「人間が意図的に作ろうとしたわけじゃないよ。どうして生まれちゃったかは、わからないけど」

 邪獣を倒すには、器ごと破壊するのが一番手っ取り早い。
 しかし、器は椿木だ。
 方法があるのなら椿木は解放してやりたいとヒイロに話すと、ヒイロはフッと溜め息をついた。
「ヒスイ達がヨイチをお人好しって言うの、よくわかる」
「違うよ」
 口では否定してみせたが、反論はできなかった。

 仮に、スタグハッシュで別れたままの椿木だったら、どうなってもよかった。
 でも目の前で、ローズのために身体を、命を張った。
 だから、一度くらいなら救ってやってもいい。我ながら上から目線な理由だ。

「いくよ」
 ヒイロが魔力の糸を通して、聖属性の魔法を送り込む。
 僕が使う浄化魔法に似た、邪獣にのみ効果のある清邪せいじゃ魔法だ。
 純白の光がヒイロから発せられた。

「オゴおオオオオオオおおおオオ!!」

 繭の中から、苦痛の叫びが聞こえてくる。
 椿木から黒い靄が少しずつ吹き出していく。
 身体を捩って、抗おうとしている。
「ヒキュ……」
 ヒイロが苦しそうな声をあげた。僕の魔力を分けているのに、消耗が激しい。
 僕の魔力は無尽蔵だ。ただし魔法として行使する際、身体に負担がかかる。
 亜院を壊した後、何日も寝込んでしまったのはそのせいだ。
 僕の魔力とはいえ使っているのはヒイロだ。
「ヒイロ、無理そうなら限界になる前に……」
「あと、ちょっと、いける」
 ヒイロは意外と頑固だ。魔力を分けるのとは別に、聖属性の治癒魔法でヒイロの体力を回復してやった。
「ありがと、ヨイチ!」
 気休め程度のつもりが、十分に効いたらしい。
 ヒイロがひときわ大きく光った。

「オオオオオオ……」

 叫び声と動きが完全に止まった。魔力の糸を解除すると、椿木が前のめりに倒れた。
「終わったか」
「うん」
 ヒイロは水浴びの後のように体を震わせてから、僕と一緒に椿木の元へ近寄った。



 椿木に聖属性の治癒魔法を使うこと一時間余り。斬り落とした腕も繋いでおいた。
「うう……痛たたた……痛い!?」
 痛いと呻いて、思い切り飛び起きるからあやうく頭をぶつけるところだった。
「元気そうだな」
 ちょっと安心してしまう。椿木なのに。
「あ、ああ。えっと、ボクどうなってた?」
 邪獣の説明からはじめて、椿木が乗っ取られていたことと、ヒイロが邪獣だけを消したこと等を掻い摘んで話した。
「じゃあ天使……その、彼女は無事なの?」
「もう家にいる。今頃、過保護な同居人たちがベッドに寝かしつけてるんじゃないかな」
 僕の予想が当たっていたことは、この後証明された。
「同居人……あの家、まだ他に誰かいるのか……」
 椿木が僕をジト目で見つめる。
「なんだよ」
 僕が睨み返すと、椿木は少し驚いた顔をして、次に首を横に振った。
「いや、横伏は命の恩人だもんな。ったく、一番縁遠そうなやつがハーレム状態とか……」
 後半はちょっと何言ってるかわからなかった。

「人が濃い瘴気に触れすぎると、危ない奴が生まれるんだな? わかった」
 立ち上がり、服のホコリをはらった椿木は、どこかさっぱりとした表情だ。
「これからどうするんだ?」
「この町から遠く離れて暮らそうと思ってたけど、やめるよ。スタグハッシュに戻る」
「えっ」
 椿木は空間に指を滑らせる。ステータスを確認しているらしい。
「レベルは60のままだし、属性も戻って……なんだこりゃ、『邪』属性?」
「!」
 僕が身構えようとすると、ヒイロが僕の服の端を咥えて引いた。
「人が邪属性を持つのは有り得るよ。ヨイチの聖属性と同じで、闇属性の上位互換」
「害はない?」
「使う人次第」
 それなら他の属性と一緒か。
「闇属性の上位互換らしいぞ。使い方は知らない」
「へぇ、詳しいな。ありがとう」
 普通にお礼を言われた。なんだか素直な椿木になってるな。
「スタグハッシュに戻ったら、瘴気溜まりの原因は片付けるよ。レベル60もあれば、不東に遅れを取らないだろうし。もう二度と瘴気溜まりや人の命でレベリングさせない」
 何の奇跡か今までのやりとりで少しも壊れることのなかったメガネをクイッとあげて、椿木は言い切った。
「……それと、横伏や、彼女とはもう二度と会わないようにするよ。本当に、悪かった」
 更に頭まで下げてきた。
「急に別人みたいになったな」
 思わず素直な感想が口から出た。それでも椿木は気を悪くした様子も見せない。
「これまでがおかしかったんだ。自分でも不思議なくらい……憑き物でも落ちたのかな」
 確かに邪獣が憑いていたが、つい先程までの短時間だ。異世界に来てしばらく経ってからの椿木とはぜんぜん違う。
「謝罪は受け取る。でも、僕より僕の同居人達がお前らを許せないらしくてな」
 しつこいようだが、僕も完全に許したわけじゃない。森に置き去りにされて、まだ数ヶ月と経っていないのだ。許すには時間が短すぎる。
「わかってる。……じゃあ、元気で」
 椿木はそれだけ言い残すと、転移魔法を使って目の前から消えた。


「ヒキュン」
 椿木を見送ると、ヒイロが力なく鳴いた。姿がトイプードルサイズに戻っている。
「大丈夫……じゃないな。無理するなって言ってるのに」
「ごめん、寝る……」
 あっという間にクウクウと寝息を立てはじめたヒイロを抱きかかえて、僕も転移魔法で家へ帰った。
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