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第二章

13 束の間でしたが

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 転移魔法に半分失敗して辿り着いた先で天使に出会い、ここはモルイという町だと教えてもらった。

 城を出る前にサガートに持たされた荷物を改めて調べると、なんとお金が入っていた。十万ゴルも。
 城では衣食住に困らなかったからこっちの世界の金銭感覚は把握してない。
 簡単に調べるためと、空腹を満たすために、町の大衆食堂みたいなお店に入った。

「いらっしゃいませ」
 店員の接客は、日本にいた頃のファミレスより少し愛想が悪いといったところか。
 適当に座り……メニューが見当たらないので店員さんを呼んで尋ねてみる。
 おまかせセットがあるというので、それを頼んだ。

 出てきたのは、焼いた分厚い肉塊――ステーキと言い張るには塊感がすごい――に、サラダとスープとパン。
 城での食事より多い。というか、城での食事はボクが少食だと伝えてあったし、半ビュッフェ形式だったから自分で量を調節できた。
 残すだろうなと少々申し訳ない気分になりながら、取り掛かった。
 サラダとスープは程よい量で、肉塊に取り掛かる前にそれほど腹は膨れなかった。
 塊は以外にも柔らかく、ソースも絶妙に美味しい。
 思わずがっついて、そういえば生き返ってからあまり食べてなかったことを思い出す。
 そして、完食した。パンもソースにつけて食べた。
 これだけの量と味で、値段はたったの五百ゴル。
 しかも会計を済ませたら「店で余りそうだから」という理由で紙袋を押し付けられた。
 中身はさっき食べたのと同じ、丸いパンが三つ。
 思わずお礼を言って店を出た。
 ……いつぶりだろう。暖かい場所で温かい食事をして、料理人にお礼を言えたのは。

 更にその後、なるべく安い宿を探した。
 あまり安すぎると治安や設備が不安だから、宿泊費用や何がついてくるかが書いてあるのを何軒か比べて、一泊千ゴルの宿に入った。

 宿帳に名前の記載を求められて、内心慌てた。
 ここで本名の「シスイ」なんて書こうものなら、不東たちにボクの足跡を教えることになってしまう。
 ペンを持ったまま、数秒。なかなか名前を書かないボクを訝しんだ宿のご主人に顔を覗き込まれる寸前、偽名を書いた。

 ジスト、と。

 本名である「紫水」からの連想ゲームで、紫色の宝石、アメジストから取ったものだ。
 ネトゲやソシャゲでよく使っていて、この名前でオフ会やコミケに出たことがあるから、多少は呼ばれ慣れている。
 本名は天使とボクだけの秘密にしてもらおう。

 看板の謳い文句どおりに、部屋にはシャワーとトイレが個別についていて、ベッドはふかふかで清潔感があった。そして、朝食付き。食堂で貰ったパンは明日の昼ごはんに取っておこうとマジックボックスの中に入れた。

 ベッドに座り、マジックボックスからペンと紙を取り出す。
「ええと、夕食が五百ゴルで、朝はここの朝食でいいとして……」
 パソコンも電卓もないから、紙に書き出して自分の現状を計算してみる。
 食費と宿泊費で一日二千ゴル。単純計算で、手持ちで五十日はこうして生きていける。
「もっと城の外に出ておくんだったな」
 不東はしょっちゅう城の外へ抜け出して、バイトしたり遊んだりしている。
 あれについて行けば、この世界のことをもっとよく知れたかもしれない。
 ……いや、無いな。
 不東のことを思い出すと不快感がこみ上げてくる。
「自分の目で見て確認していくしかないか……差し当たって、十万ゴルじゃ心許無いよな」
 高校生の時に小遣いとして渡されたら、すぐにゲームの課金で解かしていただろうな。
 今はゲームなんて無いし、ボクが生きる上での全財産だ。無駄遣いは出来ない。
 荷物の中身は着替えや旅の道具、回復ポーションがいくつか等、宿ではなく野営して森で食べ物を探せばお金が浮くような内容だった。
「サバイバル生活かぁ……。それもちょっと……」
 スタグハッシュで魔物討伐がてら、キャンプみたいなことは何度もしてきた。
 いつも城の兵士が一緒で大抵のことはやってもらっていたし、居ない時は不東以外のやつらが食事や寝床の支度を整えてくれていた。
 ボクも多少は手伝うようにしていたけど……ぶっちゃけ、苦手だ。
 となると、別の手段でお金を稼いで食費や宿代を捻出しないといけない。
 天使のお願いがあるから、最低一週間はここにとどまるつもりだ。
 その後は、天使と離れるのは寂しいけれど、この町を出て城からもっと離れたい。
「何か、バイト、探すか……」
 ベッドに寝転がっていろいろ考えているうちに、眠ってしまった。


 朝食の後、宿のご主人に延泊を頼んだついでに、バイトを募集しているようなところに心当たりはないかと尋ねてみた。
「仕事探すんならギルドへ行きなぁ。冒険者ギルド、商人ギルド、傭兵ギルド……。おまえさん、何ができるんだい?」
 ギルドを複数挙げられても首をかしげるボクを見かねたのか、宿のご主人から質問を返された。
「魔法が使えます」
 結局、ボクの手元に残ったスキルは[魔力:大]のみ。大して珍しいスキルではない上、ボクが持つ属性は[闇]。魔物と戦うには便利な属性だけれど、日常的には使いづらい。
 しかしご主人は明るい表情になった。
「なんだ。それなら引く手数多だぞ。魔物とやりあうのに抵抗なけりゃ冒険者ギルド、魔道具製作なら商人ギルドを勧める」
 魔法が使えるだけでイージーモードなのか。よかった。
 それぞれのギルドへの道を教えてもらい、ご主人に礼を言って宿を出た。

 魔物を討伐したところで、報酬は大したことがない。それに元々戦闘は気が乗らなかった。
 念の為冒険者ギルドへの道も訊いたけど、商人ギルド一択だ。

 ギルドの建物の中に入ると、掲示板に求人広告がびっしり貼られていた。それを眺める人の数も多い。
 押しのけるような真似はできなくて後ろの方でオロオロしていると、ギルドの職員さんに声をかけられた。
「失礼、お見かけしたことのない方のようですが……ここへは初めてで?」
「昨日この町についたばかりなんです」
 しどろもどろになりながらも、転移魔法の暴発で意図せずこの町へ来たこと、当面の生活費を稼ぐ仕事がしたいこと、魔法が使えることをなんとか話した。
「まあ、魔法が。でしたら幾つかご紹介したいお仕事がございます」
 職員さんはボクをカウンターへ連れていき、そこで求人広告を何枚か提示してきた。
 全て魔道具製作の仕事で、適正属性も書いてある。条件は細かい部分に違いはあれど、似たりよったりだ。
 唯一[闇]が条件にあったものを手にとった。
「御健闘をお祈りします」
 職員さんに違う意味でお祈りされて、求人にあった場所へ向かった。


 ドルシェス魔道具店は、寂れた裏通りに面した場所にあった。店はこの世界で見てきた道具屋さんと似たような規模かな。
 アルバイトもしたことがないから、緊張してきた。
 店の前で何度か深呼吸していると、後ろから声をかけられて叫びそうになった。
「うちに何か用かい? ん? それは求人広告じゃないか」
 振り返ると、夜明けの空のような髪に星のような銀色の瞳をした、やけに整った顔立ちの男性が立っていた。
 この二日で、一生分の初対面の人と喋った気がする。
 闇魔法が使える、魔道具製作の経験は無いが雇ってもらえないかと尋ねれば、男性の表情はみるみる明るくなった。
「魔法が使えれば十分だ。いつから働ける? ……っとと、悪い。挨拶がまだだったな」

 男性は店と同じ「ドルシェス」だと名乗った。
 早速店に入れてもらい、雇用条件を取り決める。雇用テストだと言われて手渡された小さな箱に、言われたとおりに闇魔法を発動させると、箱が開いた。中は空だ。
「おお、一発で開けるとは、筋がいいじゃないか。魔力量は追々見ていくとして、今日から仕事できるかい?」
「はい。あの、ボク夕方から一時間はどうしても行かなくてはいけない場所があって」
「仕事なんて夕暮れ前に終わるぞ? 残業を頼むかもしれんが、しばらくは無いさ」
「えっ!?」
 勤務時間は六時間、週休二日、祝祭日は休みで時給五百ゴル。作る魔道具によっては特別手当付き。しかも、空き部屋があるとかで住む場所まで提供してくれた。
 ボクの感覚からしたら、時給は若干安いけど高校生相手に破格の待遇だ。
「よろしくお願いします!」
 ジャパニーズ深々とお辞儀で、僕の仕事が決まった。


 夕方、ボクは天使の言いつけどおり、あの暗い道の脇に潜んでいた。
 ドルシェスさんのところではあのあと早速仕事だと言って、幾つかの魔道具に闇魔法を籠めた。ボクが製作を手伝っているのはアンチマジック系のアイテムが多く、攻撃魔法から身を守る装飾具ばかりだった。
 そのうちの一つを、ドルシェスさんが就職祝いだと言ってボクに一つ譲ってくれた。
 紫色の……アメジストのような石が嵌ったブローチだ。
 天使が来たら、これを渡そう。
 決意して暗い道を油断なく警戒していたが、その日天使は通らなかった。


 それから、天使とは二度逢えた。
 ブローチの贈り物は受け取ってもらえた。
 ボクは約束の一週間を過ぎても、ドルシェスさんのところでお世話になっていた。
 この世界に来てから初めて、普通の人間らしい生活を送り、ボクは充実していた。
 仕事で魔力を枯渇させることもないし、お昼はドルシェスさんがご馳走してくれる。安い出来合いの物とパンで食費を浮かす術も覚えた。

 楽しかった。

 そんな日々は、わずか九日で終わりを迎えた。



 ある日の昼下がり、ボクはドルシェスさんのお遣いで町を歩いていた。
 荷物を届け、帰りに美味しそうな匂いのする串揚げをお土産に何本か買い、一本は食べながら店へ帰っていた。
 ふと、あのプラチナブロンドが見えた気がして立ち止まる。
 思えば、真っ昼間に天使を見かけるのは初めてだ。
 白い肌を惜しげもなく陽光の下に出している。
 あの肌が陽に焼けるのはもったいない。次はつば広の帽子でも送ろうか。声をかけるために一歩踏み出し、ボクはその場で固まった。

「……嘘、だろ」

 天使の横を、黒髪の女と……横伏が歩いていた。
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