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第一章
21 過去の想いと現在と
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僕は昔から、家族というものに縁がなかった。
産みの母は僕を産んで力尽き、父親はひとりで僕を小学生まで育てると、無理をしていたのか病気で死んでしまった。
それから数年は親戚をたらい回しにされ、僕が小学五年生の時に、なかなか居場所の定まらない僕に業を煮やした伯母が名乗り出て、引き取ってくれた。
伯母とは血の繋がりがない。父の兄の、元奥さんだ。
伯父と伯母はうまくいっていなかったらしく、僕を引き取る前から別居しており、伯母と僕が一緒に住みはじめてすぐ正式に離婚した。
赤の他人の僕を引き取った理由は、お金目当てか家事労働担当か。
完全に擦れていた僕は当初、伯母に嫌悪むき出しで接した。
しかし伯母は僕に少しの家事を手伝わせるだけで、他には何も求めなかった。
悪いことをすれば叱り、良いことをすれば褒めてくれた。
学校で友人を睨み喧嘩をふっかけたと身に覚えのない問題行動で呼び出されたときも、僕の味方をしてくれた。
家事の苦手な人だったけど料理だけは得意で、僕の好物を聞き出してはよく作ってくれた。
温かさに満ちた生活は、高校一年の時に突然終わった。
伯母は通勤途中で車に轢かれそうな子供を庇い、あっけなくこの世を去った。
葬儀の後、学校に中退を申し出たけれど、教師たちは僕に全面的に同情し、あちこちに手を回して僕が学生を続けられるよう、全力でバックアップしてくれた。
伯母が助けた子供の両親が、僕に慰謝料が渡るよう手配してくれたから、贅沢をしなければお金にも困らなかった。
そこまでされて、中退の意思を押し通すことは出来なかった。
異世界に飛ばされ、森に捨てられた時は「ここまでか」とも思った。
これまでが、運が良すぎたのだ。
どうせ死ぬなら、父が逝った時、親戚をたらい回しにされた時、伯母を亡くした時の絶望を知らないうちに死にたかった。
しかし僕は足掻いた。絶望しか知らずに死ぬのが嫌だった。
足掻いた結果、生き延びた。
運の良さは続き、僕は今、自分の家を持ち、素敵な女の子たちに囲まれて暮らしている。
この世界では、魔物を倒せば強くなれる。
強さがあれば、お金を手に入れられる。
強さとお金があれば、大抵のことはなんとかなる。
全てはチートが前提だけれど、異世界から勝手に召喚されたのだから、このくらいのハンデは頂いておきたい。
僕が家族と認識していた人は、幼い頃の父と伯母だけだ。
家に二人きりで、仕事や学校で殆ど顔を合わせることもない。最小限のものだった。
一家団欒って言葉をつけるには、足りないと感じていた。
今は、朝起きれば朝食を四人で囲み、家に帰れば夕食を囲む。
にぎやかで、楽しい。
もう誰一人、失いたくない。
***
イデリク村は中途半端に壊されていた。
壊れている家は酷くて半壊、大抵は塀、壁、窓や扉の一部や一箇所だけが壊れていて、そのどれにも人がぶつけられた跡があった。
グリオが「魔物なら辺りが焦土と化すぐらい徹底的にやる」と言っていたのが人里にも適用されるなら、この破壊は人為的なものだ。
動いている人影はなく、気配察知を発動させると倒れている人が何人もいる。
気配察知は死体には効かない。
全員の無事を祈りつつ、手近な重傷者から順に治癒魔法を使って回り、途中で村長のビイラさんを助け起こした。
「……はっ! トウタさん!? どうしてここに」
そういえばビイラさんには僕の偽名を伝えていなかった。
しばらく会っていなかったのに、髪型と装備を変え悪い目つきを出した僕をひと目で見抜いてくれるのか。
「村が襲われたとギルドに連絡があったので、救援に来ました。他の人も助けてきますから、休んでいてください」
傷は癒せても体力までは戻せない。全員をベッドまで運ぶ暇はないから、申し訳ないけど皆その場で横になってもらっている。
ビイラさんにもそうしてもらおうとしたら、彼は僕の手助けを断り、自力で立ち上がった。
「無理はしないでください」
「元々の怪我も大したことがないので。手伝います」
ビイラさんと、後から駆けつけた冒険者たちが手分けして、怪我人の救助と治療、建物の仮補修がどんどん進む。
途中で日が暮れたので、誰かがあちこちに魔法の灯りを置いて回ってくれた。
幸い死者はいなかった。村民は全員いる、とビイラさんは胸をなでおろしていた。
だけどツキコはいなかった。
はじめからここには来ていなかったか、僕と入れ違いで既にモルイへ帰ったのだろうか。
僕が辺りを見回していると、十代前半くらいの少年が僕に駆け寄ってきた。
「あんたもしかして、ヨイチか?」
言い当てられて、驚く。身体的特徴で当たりをつけて、それらしい人に声を掛けて回っていたらしい。
「うん。君は?」
「やっと見つけた! 俺はロガルド。アルマーシュの鍛冶屋で働いてる。今日はここへツキコと来たんだが、ツキコが」
胸の奥に、じりじりとなにかがこみ上げてくる。血が上った頭をなんとか押さえつけて、話を聞いた。
「ツキコに何があった?」
「男に……短い黒髪のやつが、ツキコを気絶させて、肩に担いで森の方へ……!」
***
「う……」
体中が痛い。上半身ががくんがくんと揺れて、お腹の辺りに硬いものが何度もぶち当たる。
目をこじ開けると、暗い場所で、誰かの肩に物のように担がれていた。
誰かはこの場所を熟知しているみたいに、灯りもなしに迷いなく進む。
「手荒な真似をしてすまない。もうじきだ」
「お腹っ、押さっ、吐くっ」
とぎれとぎれに腹部の圧迫感に伴う 吐き気を訴えると、男は歩みを止めて私をそっと降ろした。
吐き気なんてなかったけれど、意味のわからない状況と急におさまった揺れのせいで本当に吐いた。
「うっ、えっ……」
「す、すまん……」
謝るくらいなら手荒に扱わないで欲しい。
背中にゴツい手が触れる。撫でさすろうとしたのだろう。
嫌悪感から、思い切り体をひねると、何かにぶつかった。木だ。ここは森らしい。
足元の感触が草や土だとわかるくらいには、頭が冷えてきた。
「なんなの、あんた」
「おれは……貴女をずっと想っていた」
「は?」
わずかな月明かりしかない暗さに目が慣れてきた。
目の前には、ヨイチと同じくらいでかい、黒髪の男。
体格に似合わないつぶらな瞳が、私を熱っぽく見ている。
想うって、恋心ってこと? それよりはなんていうか……崇拝されている気分だ。
どうして私が、見ず知らずの人に崇拝されるのだろう。気味が悪い。
「だから、誰?」
「名乗るのも烏滸がましいが、貴女に問われたなら答えるのが筋だろう。おれは亜院紅という。良槃高校二年……だった」
「あっ!」
こいつが、ヨイチを捨てた奴のひとりだ!
私の反応を何か勘違いした亜院が、ほっとしたような顔になる。
「そうだ、同じ高校の……」
「近寄らないで! 人間のクズ!」
私の罵声に、亜院はぴたりと静止した。
「人でなし! 変態! 腐れ外道! 魔物より酷い! 二度と触らないで!!」
思いつく限りの暴言を吐いた。
亜院は固まったまま動かなかったが、私の罵詈雑言が尽きると徐々に動き出した。
「手荒な真似をしたのは悪かった。だが、話を聞いてくれ」
「聞いてるわよ! あんたがヨ……横伏君を捨てたってことを!」
亜院は再び固まり、一瞬俯いた。顔を上げたときには、怒りながら笑っているという奇妙な表情になっていた。
「どうして、横伏を知っている?」
「一緒に住んでるもの。横伏君は私の友達を助けてくれたの。あんた達と違って、横伏君は誰も見捨てないし裏切らないわ!」
「これ以上、他の男の名を呼んでくれるな」
今度は泣きそうな顔で懇願してくる。本当に気持ち悪い。
「大体、ウチはあんたのことなんか一ミリも知らないのに、どうしてあんたはウチを知ってるのよ!? そこからキモいわ!!」
「それは……声を掛けるのも恐れ多かったから……見ていただけで……」
「ストーカーじゃん! ああもう近寄らないで! こっちこないで! どっか行って!!」
正直、真夜中の森にひとりで放り出されたら、間違いなく死ぬ。死ぬ気で歩き続ければ魔物からは逃げられるかもしれないけれど、可能性は低い。
だけどこれ以上、このストーカーに面倒を見てもらうくらいなら、死んだほうがマシだ。
「貴女をここに置き去りには出来ない。おれが嫌なら、代わりの人間を呼ぶ。だからそれまで……」
「大きなお世話よっ! 大体、どこへ連れて行こうとしてるのよ!? それにロガルドのことだって……」
ここでやっと色々と思い出した。
イデリク村はどうなったのだろう。
ロガルドは無事なのか。
誰か助けに来てくれただろうか。
「……人殺しじゃない……」
「殺してない」
「嘘よっ! 皆、あんたが斬ってた! 殴ってた! 横伏君より強いチート持ってる人間がそんなことして、相手が無事なわけないじゃない!」
ロガルドが、イデリク村の人たちが。
視界が歪み、思考も混濁する。
「この世界には治癒魔法があって」
「間に合わなかったら死ぬのよ!?」
「それは、本人の運が……」
「あんたが、殺してるのよ!!」
叫びすぎて噎せた。ゲホゲホやっていると、また亜院が近寄ってくる。手には水筒を持っている。
「来な……ゲホッ、来ないでっ!」
喉が痛い。
本当は水がほしい。
だけど、亜院からは絶対貰うものか。
「不本意だろうが、飲んでくれ。貴女が苦しそうなのは耐えられない」
逃げ切れず、口元に水筒を持ってこられる。断固として口は開けなかった。
最後の力を振り絞って水筒を振り払う。水筒は吹っ飛んで転がり、撒き散った中身は地面に吸い込まれた。
「もうやだ……あんたがウチをどう捉えてるか知らないけど、ウチはあんたを絶対受け入れない。これ以上視界に入れたくない。消えて」
身体をまるめて、目や耳をふさぎ、何もかも拒絶することをアピールする。
これで諦めてくれたら良かったのに。
「せめて安全な場所まで運ばせてくれ。……暴れるなら、仕方ない」
頭を掴まれ、無理やり立たされる。
私の顔より大きな拳がどこを殴ろうとしたのか。多分鳩尾とかだろうけど。
「ぐっ!?」
亜院の拳を光の矢が貫き、私は殴られずに済んだ。
産みの母は僕を産んで力尽き、父親はひとりで僕を小学生まで育てると、無理をしていたのか病気で死んでしまった。
それから数年は親戚をたらい回しにされ、僕が小学五年生の時に、なかなか居場所の定まらない僕に業を煮やした伯母が名乗り出て、引き取ってくれた。
伯母とは血の繋がりがない。父の兄の、元奥さんだ。
伯父と伯母はうまくいっていなかったらしく、僕を引き取る前から別居しており、伯母と僕が一緒に住みはじめてすぐ正式に離婚した。
赤の他人の僕を引き取った理由は、お金目当てか家事労働担当か。
完全に擦れていた僕は当初、伯母に嫌悪むき出しで接した。
しかし伯母は僕に少しの家事を手伝わせるだけで、他には何も求めなかった。
悪いことをすれば叱り、良いことをすれば褒めてくれた。
学校で友人を睨み喧嘩をふっかけたと身に覚えのない問題行動で呼び出されたときも、僕の味方をしてくれた。
家事の苦手な人だったけど料理だけは得意で、僕の好物を聞き出してはよく作ってくれた。
温かさに満ちた生活は、高校一年の時に突然終わった。
伯母は通勤途中で車に轢かれそうな子供を庇い、あっけなくこの世を去った。
葬儀の後、学校に中退を申し出たけれど、教師たちは僕に全面的に同情し、あちこちに手を回して僕が学生を続けられるよう、全力でバックアップしてくれた。
伯母が助けた子供の両親が、僕に慰謝料が渡るよう手配してくれたから、贅沢をしなければお金にも困らなかった。
そこまでされて、中退の意思を押し通すことは出来なかった。
異世界に飛ばされ、森に捨てられた時は「ここまでか」とも思った。
これまでが、運が良すぎたのだ。
どうせ死ぬなら、父が逝った時、親戚をたらい回しにされた時、伯母を亡くした時の絶望を知らないうちに死にたかった。
しかし僕は足掻いた。絶望しか知らずに死ぬのが嫌だった。
足掻いた結果、生き延びた。
運の良さは続き、僕は今、自分の家を持ち、素敵な女の子たちに囲まれて暮らしている。
この世界では、魔物を倒せば強くなれる。
強さがあれば、お金を手に入れられる。
強さとお金があれば、大抵のことはなんとかなる。
全てはチートが前提だけれど、異世界から勝手に召喚されたのだから、このくらいのハンデは頂いておきたい。
僕が家族と認識していた人は、幼い頃の父と伯母だけだ。
家に二人きりで、仕事や学校で殆ど顔を合わせることもない。最小限のものだった。
一家団欒って言葉をつけるには、足りないと感じていた。
今は、朝起きれば朝食を四人で囲み、家に帰れば夕食を囲む。
にぎやかで、楽しい。
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***
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グリオが「魔物なら辺りが焦土と化すぐらい徹底的にやる」と言っていたのが人里にも適用されるなら、この破壊は人為的なものだ。
動いている人影はなく、気配察知を発動させると倒れている人が何人もいる。
気配察知は死体には効かない。
全員の無事を祈りつつ、手近な重傷者から順に治癒魔法を使って回り、途中で村長のビイラさんを助け起こした。
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「村が襲われたとギルドに連絡があったので、救援に来ました。他の人も助けてきますから、休んでいてください」
傷は癒せても体力までは戻せない。全員をベッドまで運ぶ暇はないから、申し訳ないけど皆その場で横になってもらっている。
ビイラさんにもそうしてもらおうとしたら、彼は僕の手助けを断り、自力で立ち上がった。
「無理はしないでください」
「元々の怪我も大したことがないので。手伝います」
ビイラさんと、後から駆けつけた冒険者たちが手分けして、怪我人の救助と治療、建物の仮補修がどんどん進む。
途中で日が暮れたので、誰かがあちこちに魔法の灯りを置いて回ってくれた。
幸い死者はいなかった。村民は全員いる、とビイラさんは胸をなでおろしていた。
だけどツキコはいなかった。
はじめからここには来ていなかったか、僕と入れ違いで既にモルイへ帰ったのだろうか。
僕が辺りを見回していると、十代前半くらいの少年が僕に駆け寄ってきた。
「あんたもしかして、ヨイチか?」
言い当てられて、驚く。身体的特徴で当たりをつけて、それらしい人に声を掛けて回っていたらしい。
「うん。君は?」
「やっと見つけた! 俺はロガルド。アルマーシュの鍛冶屋で働いてる。今日はここへツキコと来たんだが、ツキコが」
胸の奥に、じりじりとなにかがこみ上げてくる。血が上った頭をなんとか押さえつけて、話を聞いた。
「ツキコに何があった?」
「男に……短い黒髪のやつが、ツキコを気絶させて、肩に担いで森の方へ……!」
***
「う……」
体中が痛い。上半身ががくんがくんと揺れて、お腹の辺りに硬いものが何度もぶち当たる。
目をこじ開けると、暗い場所で、誰かの肩に物のように担がれていた。
誰かはこの場所を熟知しているみたいに、灯りもなしに迷いなく進む。
「手荒な真似をしてすまない。もうじきだ」
「お腹っ、押さっ、吐くっ」
とぎれとぎれに腹部の圧迫感に伴う 吐き気を訴えると、男は歩みを止めて私をそっと降ろした。
吐き気なんてなかったけれど、意味のわからない状況と急におさまった揺れのせいで本当に吐いた。
「うっ、えっ……」
「す、すまん……」
謝るくらいなら手荒に扱わないで欲しい。
背中にゴツい手が触れる。撫でさすろうとしたのだろう。
嫌悪感から、思い切り体をひねると、何かにぶつかった。木だ。ここは森らしい。
足元の感触が草や土だとわかるくらいには、頭が冷えてきた。
「なんなの、あんた」
「おれは……貴女をずっと想っていた」
「は?」
わずかな月明かりしかない暗さに目が慣れてきた。
目の前には、ヨイチと同じくらいでかい、黒髪の男。
体格に似合わないつぶらな瞳が、私を熱っぽく見ている。
想うって、恋心ってこと? それよりはなんていうか……崇拝されている気分だ。
どうして私が、見ず知らずの人に崇拝されるのだろう。気味が悪い。
「だから、誰?」
「名乗るのも烏滸がましいが、貴女に問われたなら答えるのが筋だろう。おれは亜院紅という。良槃高校二年……だった」
「あっ!」
こいつが、ヨイチを捨てた奴のひとりだ!
私の反応を何か勘違いした亜院が、ほっとしたような顔になる。
「そうだ、同じ高校の……」
「近寄らないで! 人間のクズ!」
私の罵声に、亜院はぴたりと静止した。
「人でなし! 変態! 腐れ外道! 魔物より酷い! 二度と触らないで!!」
思いつく限りの暴言を吐いた。
亜院は固まったまま動かなかったが、私の罵詈雑言が尽きると徐々に動き出した。
「手荒な真似をしたのは悪かった。だが、話を聞いてくれ」
「聞いてるわよ! あんたがヨ……横伏君を捨てたってことを!」
亜院は再び固まり、一瞬俯いた。顔を上げたときには、怒りながら笑っているという奇妙な表情になっていた。
「どうして、横伏を知っている?」
「一緒に住んでるもの。横伏君は私の友達を助けてくれたの。あんた達と違って、横伏君は誰も見捨てないし裏切らないわ!」
「これ以上、他の男の名を呼んでくれるな」
今度は泣きそうな顔で懇願してくる。本当に気持ち悪い。
「大体、ウチはあんたのことなんか一ミリも知らないのに、どうしてあんたはウチを知ってるのよ!? そこからキモいわ!!」
「それは……声を掛けるのも恐れ多かったから……見ていただけで……」
「ストーカーじゃん! ああもう近寄らないで! こっちこないで! どっか行って!!」
正直、真夜中の森にひとりで放り出されたら、間違いなく死ぬ。死ぬ気で歩き続ければ魔物からは逃げられるかもしれないけれど、可能性は低い。
だけどこれ以上、このストーカーに面倒を見てもらうくらいなら、死んだほうがマシだ。
「貴女をここに置き去りには出来ない。おれが嫌なら、代わりの人間を呼ぶ。だからそれまで……」
「大きなお世話よっ! 大体、どこへ連れて行こうとしてるのよ!? それにロガルドのことだって……」
ここでやっと色々と思い出した。
イデリク村はどうなったのだろう。
ロガルドは無事なのか。
誰か助けに来てくれただろうか。
「……人殺しじゃない……」
「殺してない」
「嘘よっ! 皆、あんたが斬ってた! 殴ってた! 横伏君より強いチート持ってる人間がそんなことして、相手が無事なわけないじゃない!」
ロガルドが、イデリク村の人たちが。
視界が歪み、思考も混濁する。
「この世界には治癒魔法があって」
「間に合わなかったら死ぬのよ!?」
「それは、本人の運が……」
「あんたが、殺してるのよ!!」
叫びすぎて噎せた。ゲホゲホやっていると、また亜院が近寄ってくる。手には水筒を持っている。
「来な……ゲホッ、来ないでっ!」
喉が痛い。
本当は水がほしい。
だけど、亜院からは絶対貰うものか。
「不本意だろうが、飲んでくれ。貴女が苦しそうなのは耐えられない」
逃げ切れず、口元に水筒を持ってこられる。断固として口は開けなかった。
最後の力を振り絞って水筒を振り払う。水筒は吹っ飛んで転がり、撒き散った中身は地面に吸い込まれた。
「もうやだ……あんたがウチをどう捉えてるか知らないけど、ウチはあんたを絶対受け入れない。これ以上視界に入れたくない。消えて」
身体をまるめて、目や耳をふさぎ、何もかも拒絶することをアピールする。
これで諦めてくれたら良かったのに。
「せめて安全な場所まで運ばせてくれ。……暴れるなら、仕方ない」
頭を掴まれ、無理やり立たされる。
私の顔より大きな拳がどこを殴ろうとしたのか。多分鳩尾とかだろうけど。
「ぐっ!?」
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