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第一章

16 ジェノサイダーの爪痕

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 グリオについていくと、「プラム食堂」というお店についた。
 ここは確か……。

「いらっしゃいませ! あら、ヨイチくんじゃない」
 ヒスイが働いているお店だ。
「お前ら知り合いか」
「一緒に住んでる」
「一緒に!?」
 そうだよね。それが普通の反応だよね。

 女の子三人とルームシェアしていると話すと、
「飯奢るのやめてもいいか」
 とグリオに真顔で言われた。
「多分グリオが考えてる関係じゃないよ」
 僕も真顔で答えると、今度は、
「それはそれでどうなんだ……」
 と、何故か同情の眼差しを向けられた。

 昼食は予定通り奢ってもらった。
 ひとりにつき一人前しか頼んでいないのに、多分三人前は盛られていたと思う。
「多くない?」
「冒険者さんには大盛りをサービスしてるの」
「いい店だって言っただろう?」
「確かに」

 グリオもぺろりと完食していた。冒険者は普通にこれくらい食べるものなのか。少し安心した。



 統括から号令がかかり、警備の仕事を一旦中断し、冒険者ランクD以上の人間で手の空いている人はギルドへ集まった。
 グリオを襲ったゴブリンの大群がどこから来たのか、目的は何だったのか、ある程度調べがついたので、それを聞かされた。

 ゴブリンは冒険者に「ゴのつくアレ」と呼ばれている。台所の黒いアイツと似たような扱いだ。
 繁殖力が強く、一匹見かけたら近くに三十匹はいる、雑草が一掴みあれば一週間は生き延びる、叩き潰せば死ぬが逆にそれ以外では死ににくい等々、つまり厄介で嫌われている。
 そんなゴブリンに囲まれたグリオには同情と労いと慰めが、ゴブリンを殲滅しグリオを助けた僕には勇気と健闘を称える賛辞が惜しみなく贈られたことは措いといて。

 ゴブリンの棲家は森の奥や洞穴など、人里から離れた場所に多い。
 僕とグリオがプラム食堂で食事をしている間に、馬の扱いに長けた冒険者が全力でゴブリンの巣がありそうな所をチェックして回ったところ、残らずもぬけの殻になっていたという。

 そして、その周辺では様々な魔物の死骸が、何の処理もされず大量に放置されていた。

「正規の冒険者の仕業ではない。素材の希少価値が高い魔物も放置してあったから、人がやったとしたら経験値目当ての素人だ。しかしその割には、危険度Aすら倒している」
 冒険者以外にも魔物を討伐する人はいる。主に城の兵士だとか、素材目当ての一般人とか。兵士は魔物の死体を放置する危険性を知っているはずだし、素材目当てなら死体をそのまま放置するのはおかしい。そもそも、危険度B以上は余程の腕がないと倒せないから、素人の仕業とは考えにくい。

「何者かが無差別に魔物を襲っている。それが人か魔物かは現状では不明だ。恐らくその何者かを恐れた魔物が避難した結果、町の近くに集まっているのだろう。今後の対策だが……」
 統括は一旦言葉を区切った。僕とグリオをちらりと見た気がする。

「町の警備は今後も続けるが、『何者か』の捜索にも人を募る。それと、現場の後片付けが必要だ。マジックボックスが使えるものは残ってくれ」

 マジックボックス持ちで今日の警備担当の僕はどちらを優先させるべきか。先程の統括の目配せが答えだろう。

 残ったのは三人。僕とグリオと、女性がひとり。女性はベティという名前で、グリオの知り合いだそうだ。
「一応残ったが、ゴブリンが二十匹程入ってるんだ。どこかで出してから向かってもいいか?」
 グリオがそう言うと、統括は尊敬の眼差しを向けた。
「構わない。本当に、ご苦労だった」
 統括の声には実感が込められていた。統括もゴブリンは嫌いらしい。
「私のマジックボックスがあれば大半は入ると思います」
 ベティはツキコと同じくらい背の高い気の強そうな人で、マジックボックスの容量に自信がある様子だ。
「ヨイチもゴブリン入れてきただろう。大丈夫か?」
「うん。まだ余裕あるからこのままいける」
「……お前、百匹以上入れてなかったか?」
「ゴブリンは157匹かな」
「157!?」
「嘘でしょう!?」
「それで余裕があるとは、本気か?」
「あと魔物の巣のときのやつ、まだほとんど残ってて……えっと、見ます?」
 口で説明しても伝わりづらいし、説明の仕方もわからないから、いっそ見てもらった。

 ベティ、統括、グリオの順で、僕のマジックボックスに頭を突っ込む。また異様な光景が出来上がってしまった。
「……私の出る幕はなさそうね」
「これほどの大容量は見たことがない……」
「凄いな、ヨイチ。俺は残って警備に専念するか」
「いえ、あの、魔物って一箇所で倒されてたわけじゃないんですよね? 僕一人で回収してたら時間がかかるというか」
 グリオとベティが帰りたそうにしはじめたのを、慌てて引き止めた。あと統括からはまた「マジパネェ」が出てた。何を翻訳したらこの台詞になるのだろう。
「ヨイチの言うとおり、複数人で回収に当たるべきだ」

 現地で容量がいっぱいになったら僕のところへ持ってくる、という作戦でいくことになった。



「これは……」
「想像以上にひどいわね」
 馬を使って荒らされている場所へ着いた時の、グリオとベティの第一声だ。

 冒険者の心得として、戦闘時に自然をなるべく傷つけないようにと教えられる。
 魔物を倒して死体を放置した何かは、それをガン無視していた。

 木々は無残に折れ、地は抉れ、水場は魔物の死骸や流れ込んだ土砂で濁り、嫌な臭いがする。
「こりゃ明らかに人の仕業だな」
 グリオが苦々しげに断言した。
「どうして解るの?」
「魔物が自然を壊すほど暴れるなら、辺り一帯が焦土になるくらい徹底的にやる。こんな中途半端なことはしない」
「なるほど」

 痛々しい光景を横目に、本来の目的のために行動を開始した。


 気配察知は生き物しか判別できないから、死体探しには使えない。
 広範囲を地道に歩き回り、収納していく。時間がかかる。
 生きている魔物とは遭遇しなかった。全て死体になったか、他所へ逃げたのだろう。

 日が暮れるまでに、三人で約三百体を回収することができた。


 グリオとベティは途中でマジックボックスの容量がいっぱいになると、予め決めておいた場所に積み上げていた。僕がそれを自分のマジックボックスに詰める。
 この魔物の死骸は冒険者ギルドの所有物になるが、欲しい魔物があったら数体くらいなら持ち帰っても良いと言われてきた。

「ダブルダイルはいなかった?」
「こいつ?」
「それ! 貰ってもいいかしら」
 二つ首の巨大なワニをベティが欲しがったので、僕のマジックボックスから取り出して渡した。
「毛足の長い魔物はないかな」
「ヒツジみたいな奴ならいたよ」
「どれだ? おお、ヘイズルーンか。貰うぞ」
「ヨイチは欲しい魔物ないの?」
「うーん。あ、そうだ。グリムラグーンていないかな」
 以前ツキコにキッチンワゴンを作れないかと訊いたら「グリムラグーンの皮があれば良いタイヤが作れる」と言われたのだ。残念ながら魔物の巣で倒した魔物の中にはいなかった。
「それなら三匹くらいいたわ」
「こっちにもあるぞ」
「ありがとう、助かる」

 全員が満足する形で魔物を交換しあい、帰路についた。



 ギルドで報告がてら、死骸を改めて調べる。
 魔物は全て致命傷は剣で与えられていたのと、グリオが報告した現地の惨状から、人の仕業とほぼ断定された。

 魔物が討伐されるなら、それに越したことはない。しかし、その後の処理をちゃんと済ませた場合に限る。
 死骸を放置すると他の魔物が食料にして結果的に魔物の数が増えたり、瘴気が発生して魔物の巣ができる一因になりうる。

「犯人は何考えてやがる」
 グリオが憤る。
「こういうことって、以前にもあった?」
「俺の知る限りはじめてだ」
「そっか……」
 僕の嫌な予感は、多分当たっている。



 家に帰り、ツキコにグリムラグーンを渡し、ヒスイが作ってくれた夕食を食べ、疲れたと言って早々に部屋に引きこもった。
 ベッドで仰向けになり天井を見つめていると、扉をノックされた。気配はローズだ。

 部屋に招き入れると、深刻そうな顔をしている。
「どうしたの?」
「こっちの台詞。皆心配してる」
「ちょっと疲れただけ……いや、うん、話しておいたほうがいいか」
 どうやら三人の目は誤魔化せないらしい。
 それによく考えたら、三人も他人事じゃないかもしれない。

「ここから北東のあたりで、魔物が大量に倒されてて、死体がそのままだったんだ」
 ローズ達も魔物の死体を放置することがどれだけ危険なことか理解している。

「それでその、魔物のやられ方に、僕は見覚えがある」

 一連の犯人は……。

「イデリク村で亜院と土之井って人を見かけたって、言ってたね。どちらか?」
「うん」

 魔物の急所は考えず、ただ力任せに、絶命するまで斬りつけるやり方。

「亜院だと、思う」

 あいつは一体、何がしたいのだろう。


「それでどうして、ヨイチが悩む?」
「同郷だし、一時的とはいえ仲間だったし。もしかしたら僕が生きてることが関係してるかもしれないから」
 亜院と土之井がイデリク村にいた理由だって、僕を探していると考えてもおかしくない。

「仮にヨイチを探している過程でやったとしても、ヨイチの責任じゃない。亜院って人が悪い」

 ローズはきっぱりと言い切った。

「ヨイチ、亜院より弱い?」
「……どうだろう」
 イデリク村では気配を感じただけだから、強さは把握できていない。
 魔物を沢山倒して経験値を稼いだだろうし、もしかしたら、僕のように何かのチートで突然強くなっているかもしれない。
「ヨイチも魔物をたくさん倒してきた。[魔眼]の効果ぶん、ヨイチのほうが強いに決まってる」
 ローズがまた言い切る。
 どうしてこんなに、僕を信頼してくれるのか。
「ありがとう」
「ううん。それと、ちょっと気になる」
「何が?」

「ここから北東って、この家の敷地より少し広いくらいの泉なかった?」
「泉? ああ、水場があったかな。そこも荒らされてて濁ってたよ」
「……困る」
「えっ?」
 ローズが眉間にシワを寄せた。



 翌朝、僕はローズに連れられて、イネアルさんを尋ねた。
 イネアルさんも泉のことを耳にして「困る」と昨夜のローズと同じように眉間にシワを寄せた。

「ヨイチ。頼みというか、試してもらいたいことがある。一緒に泉のところまで行ってくれないかな」


 二時間後、僕とローズは、イネアルさんが御者を務める荷馬車で昨日の水場へ到着した。
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