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第一章

14 土之井青海は見ていた

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 横伏を森で見捨ててから二日後、まだ陽の登りきらないうちに城を抜け出した。

 俺たちを城から出さないよう、外の世界に興味を持たないように情報操作はするくせに、城のセキュリティはガバガバだ。
 この世界に来て数日で覚えた巡回のパターンは、俺が城に連れ戻されてからも変わらなかった。


 森に横伏はいなかった。しかし、死んだという確証もない。
 大怪我を負ってはいたが、どうにかして森を出たかもしれない。
 よって俺は森を抜け、近隣の村を尋ねた。

 横伏の消息を探るのが本来の目的ではあるが、城の外で情報収集するというのが、もう一つの目的でもあった。



 城の中の奴らは全員、信用できない。
 まず俺たちを召喚してからというもの、「帰り」の話は一切出なかった。
 魔王とやらを倒した後の俺たちをどうするつもりかと訊けば、
「生涯、城で何不自由ない暮らしを約束する」
 とだけ。

 不東はそれで満足していた様子だったが、冗談じゃない。

 生涯、とは、人が死ぬまでだ。
 城の兵士に生涯を終わらせられる可能性だってある。

 大体、魔王についての詳しい話すら、教えてもらえない。
 北に棲んでいて、この世界の人間では太刀打ちできない。故に異世界からきた者たちに倒してもらう必要がある。
 この一点張りだ。
 魔王の容姿やどういう力があるのか、配下はいるのか、棲家とは建物なのか自然洞穴なのか。
 詳細は「わからぬ」と重々しく言われて、何故か椿木は「さもありなん」と頷いていた。

 何一つわからない相手を、魔王と言い切り、断罪し葬り去らねばならない相手だと何故解るのか。

 教えてもらえないなら、学ぶまでだ。
 手始めに城の書物庫の本を片っ端から読み漁った。

 得られた情報は、異世界人が帰ったという記述がどこにもないことと、この城のどうでもよい歴史のみだったが。

 ここまで適当に扱われ、魔王を倒す気になどなれない。
 城のやつらの言いなりにはならない。
 衣食住に関しては、無いと生きていけないので、癪だが甘んじて受けている。
 それすらも、勝手に召喚された俺たちが得られるべき当然の権利であって、城のやつらに感謝する必要はない。


 俺の癒やしは、この世界に来てチートらしいチートを得られなかった横伏だけだった。
 彼は見てるこちらが辛くなるほど、虚しい努力を重ね、それでいて一つも泣き言を言わなかった。

 同じ高校に通っていて存在は知っていたが、これほど根性のあるやつだとは思わなかった。
 怪我を癒やせば礼をくれるのも、彼だけだ。

 それを、仲間だと思っていた連中は、こともあろうに。



 書き置きはあえて日本語で残してきた。
 どうせ奴らのことだ、適当にごまかして伝えるだろう。

 死んだはずの横伏を探す行為は愚かに見えるだろうし、愚かなことをする俺を連れ戻そうなどと考えないだろう。
 この点については、俺の見込みが甘かった。



 村には城のような検問などない。出入りは自由にできた。
 人の良さそうな村人に人を探していると言えば、すぐに村長のところへ連れて行かれた。
 横伏の特徴を伝えると、彼の友人かと問われた。

 俺も、横伏を見捨てた奴らと同罪だ。友人を名乗ることはできない。
 だが話が進まないので、友人の代理、ということにしておいた。

 横伏らしき人間の目撃情報は、拍子抜けするほどあっさりと得られた。
 しかし、本人かどうかの確証が持てない。

 彼は『隻眼のキラーベア』という、二つ名持ちの凶暴な魔物をひとりで倒し、周辺の村では英雄扱いになっているという。

 横伏とて召喚されてチートを得た人間だ。もしかしたら、土壇場で持っていたスキル[魔眼]が発動し、想像を超える強さを手にしたのかもしれない。

 更に、怪我をしていたはずだと言うと、そんなものはなかったという証言が得られた。
 だから俺は、今回の目撃情報が横伏である確率は半々と考えることにした。


 村長はそのまま俺を家に泊めてくれた上、食事の世話までしてくれた。
 代金を渡そうとすれば断られたが、せめて何かの役に立てばと治癒魔法が使えることを話すと、怪我人の家に案内され、治せば大袈裟に思えるほど感謝された。

 俺は自分が異世界から召喚されたとは言っていない。そのような素振りを見せた覚えさえない。
 もしかしたら気づかないうちに、異世界人らしい行動をしていたかもしれないが、そういったことを気にしている様子はなかった。
 この世界の住人は、こんなに優しかったのか。

 やはり城を出て正解だった。
 少なくとも、この世界にも優しさがあるということが解っただけ、収穫だった。


 村を出て、横伏らしき人物が向かったという村へ行こうとしたとき、俺の前に亜院が現れた。
 わざわざ俺を捕まえにきたのだという。

「見逃してはもらえないか」
「駄目だ。戻るぞ」
 亜院は恐らく何も考えていない。俺は城で皆と共にいるべき、というところで思考が止まっている。
 思考を動かしたところで、「一旦帰る」以外の選択肢は思いつかないだろう。
 今は諦めて、従うことにした。


 城に戻れば、胡散臭さ極まる自称神官サントナが、俺に説教を垂れてきた。
 曰く、城を出られては困る。召喚されたのなら、召喚者に付き従うべきと。
 俺は召喚を頼んだ覚えはないというのに、こいつの中では被召喚者は召喚者の言いなりになるものだと信じて疑わないのだ。
 だったら何故横伏は探さないのかと問えば、不東の野郎、最悪の嘘をついていた。

 横伏は魔物に食われ蘇生不可能だったため、火葬した、だと。

 こんな嘘をつかれてしまっては、横伏はもう城に戻れないではないか。

 不東は勇者ということになっている。勇者は嘘などつかない清廉潔白な存在だ。勇者が白と言えば黒も白になる。
 つまり、横伏が生きているはずがないのだ。
 最悪、見つかれば殺されてしまう恐れすらある。

 俺は作戦を練るために、討伐への参加を拒否して充てがわれた部屋に閉じこもった。

 閉じこもり期間はほんの数日で一旦打ち切られた。
 魔物の巣とやらが発生したという。
 俺は回復要員として駆り出された。


「やべーよ、二層目! 魔物がうじゃうじゃいてさー! 生きて帰れたのがミラクル! マジヤベェ!」
 興奮している不東は元気そうだったので、亜院の骨折だけ治しておいた。

 なおもブツブツと文句を垂れ流していた不東が、何かに驚き、亜院と椿木にもステータスの閲覧を強制した。
 それはすぐに俺のところにもまわってきた。

 俺たちのチートをチートたらしめていると言っても過言ではない重要スキル、[経験値上昇×10]が、消えて失くなっている。

 不東は意気消沈し、椿木は心当たりがあるような顔をし、亜院は「魔物を今までの十倍討伐すればよいだけ」とある意味一番建設的な考えを示した。

 俺は、横伏がいなくなったせいに違いないと、確信があった。

 俺たちの中で唯一、正体不明のスキルを得ていたのだ。[魔眼]が全員に[経験値上昇×10]を与えるスキルだと言われても不思議ではない。

 やはり横伏を探そう。
 横伏がこの城に戻れないのなら、横伏のところへ行こう。


 そのためには……。



 数日後、俺と亜院はイデリクという村に来ていた。
 神官サントナに横伏の生存を匂わせ、スタグハッシュに都合のいいようにしてきてやる、と説き伏せたのだ。
 しかし単独行動は許されず、亜院が付き添うことになってしまった。
 そのうちどこかで適当に撒くつもりだったが、結局イデリクまでその機会がなかった。

 以前と同じように村人に話しかけ、村長の元へ案内してもらう。

 村人の後ろを着いて歩いている途中、亜院が突然立ち止まった。

「どうした?」
「なあ、土之井」
 いつでも大きな声を出す亜院にしては珍しく、ささやくような音量だった。

「おれたち以外にも、この世界に召喚されてる可能性はあるのか?」

 何を今更、何故今その話を、という二つの疑問が頭の中でぶつかる。
 亜院を見上げると、視線が一点を見つめて固定されていた。
 視線の先には、黒髪の男女が二人。
 女の方はショートカットで、背が高くモデルのようなスタイルに快活そうな顔をしている。日本人に見えなくもないが、この世界でも見かけるような顔立ちだ。
 もう一人、男の方は亜院より背が高いのではないだろうか。体格も良い。こちらに背を向けているため、顔は見えない。
 装備を見る限り冒険者で、背に矢を背負っているから弓使いといったところだろう。

 あの二人を見て、他にも日本人がこの世界に紛れ込んでいるという考えにでも至ったのだろうか。

 亜院が見つめる先で、男が慌てたように女の腕をとり、走ってどこかへ行ってしまった。
 亜院は二人が消えた方向を、じっと見ていた。

「どうされましたか?」
 立ち止まった俺たちを心配して、村人がこちらへ戻ってくる。
「すみません。亜院、その話は後だ。行くぞ」
「あ、ああ……」


 イデリク村の村長によれば、二つ名キラーベアを討伐した冒険者は、名乗りもせずに立ち去ってしまったのだという。
 容姿について尋ねたが、ずっとフードを被っていたため、顔も見せなかったというのだ。

 おかしい。
 以前の村では、イデリク村で英雄扱いされ盛大な歓待を受けているはずと聞いた。
 容姿についても、フードを被っていた話はなかった。
 この村長はおそらく、何かを隠している。

 ……もしかしたら、横伏は自分が捨てられたことを話したのかもしれない。
 ならば、俺たちは横伏の敵だ。
 村長が恩人である横伏を守るつもりで嘘をついているのだったら、俺に責めることはできない。

 ここではもう何も聞き出せないだろう。

 村長に礼を言って、立ち去った。


「土之井、さっきの話だ」
 村長の家を出ると、亜院が早速促してきた。
「他に日本人がいる可能性なら、ある」
 日本や他の世界から人間を召喚する術が確かに存在するのだから、過去にスタグハッシュで、今も他の国で行われていてもおかしくない。

「同じ世界の、同じ日本から、別ルートで召喚されることもあるということだな」
「そうだな。……どうしたんだよ」
 亜院の様子がおかしい。

「確認してくる」

 亜院はそう言って駆け出し、俺の視界から消えた。
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