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第一章

11 ダンジョン初見攻略

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 森の中央へたどり着くと、そこには不自然に大きな洞穴の入口があった。
 森を雑に切り取って穴を作り、穴の周囲にぐるりと岩を積み上げたようなものだ。

 周囲に他の冒険者は見当たらない。途中で追い抜かした気がしないでもない。

 待つべきだろうか。
 でも、入口から今にも魔物が這い出してきそうな気配がする。

 一瞬だけ躊躇ったのち、僕は単身で魔物の巣へ乗り込んだ。



 外から読んだ気配とは裏腹に、一層目はほとんど魔物と遭遇することがなかった。
 冒険者カードに配信されたダンジョンマップを見ると、二層目はほんの少ししか地図が出来上がっていない。
 マッピングはカードが勝手にやってくれるから、地図が無いということは二層目は少し足を踏み入れただけで引き返したということだ。
 そんなに手強かったのかと、気を引き締めて二層目へ進む。


 降りてすぐの大広間に、危険度E前後くらいの魔物が、数百匹ほどひしめき合っていた。
 全部が僕を見るなり、襲いかかってくる。

 僕は落ち着いて、飛んでくる攻撃を射落とし、魔物は手前から順に射殺した。

 矢を三本創り、つがえて、放つ。
 この一連の動作を、一秒間に数十回できるようになった。

 つまり数百匹の魔物といえど、一分もあれば全滅させられる。事実そうなった。

「ふぅ……」
 静かになったところで、無意識に詰めていた息を吐く。
 体力、魔力共にまだまだ余裕はあるけれど、休憩できるならするに越したことはない。
 水筒の水で喉を潤し、マジックボックスに魔物の死体を収めた。


<取得経験値15067×100×10>
<レベルアップしました!>
<レベルアップしました!>
<レベルアップしました!>……


 うるさいのが始まってしまった。
「もうちょっと小さくできる? できたらまとめてもらえる?」
 長くなりそうだったのでお願いしてみると、一瞬黙った後。


<音量調整の要求は却下されます。現在最低音量です>

 これで最低音量なの!?

<報告簡略化の要求を承認しました>
<レベルアップ報告7回分を撤回します>
<25レベルアップしました!>

 レベルアップ一行で済むのかよ!
 意外と柔軟に対応してくれるなぁ、神の声。言ってみるもんだ。



 目を閉じて意識を集中させ、気配察知してみる。足元、床の更に下に魔物の気配がする。二層目にはもういないようだ。

 念の為に歩き回ってみたら、二層目はこの大広間一つだけだった。
 だから魔物が集まっていたのか。
 僕はそう結論して、三層目へ降りた。


 三層目では危険度D前後、四層目では危険度C前後の魔物と遭遇した。
 全部を倒さなくとも、核さえ壊せば魔物は巣ごと消滅する。
 全部倒せる気もするけど、二層目みたいに一箇所にまとまっていないから時間がかかってしまう。

 目の前に出てきた魔物だけを討伐し、先へ進むことを優先した結果、一時間程で五層目へ降りることができた。

 そういえば、何層あるのだろう。
 改めて冒険者カードのFAQを読むと、過去には百階層の巣ができたこともあったらしい。
 その巣はランクAやSの冒険者たち数十人が交代で挑み、一年がかりで攻略したとか。
 ……ここも、そんなところだったらどうしよう。
 水と食料は一週間分しか持ってこなかった。これでも多めに見積もったつもりだった。
 半分消費して核にたどり着けなかったら、一旦戻ることにしよう。

 巣に降りてはじめての不安に苛まれながらも、五層目を進む。


 更に一時間後、カードを見ると、マッピングは粗方終わっているように思えた。
 残るは今いる細い通路と、その先に見えている扉の向こう。

 下へ降りる通路があるとしたら、そこだろう。

 扉を開けると、目前に黒い炎が迫ってきた。

「わ……っ!?」
 慌てて扉から飛び退いても、黒炎は追ってくる。
「消えろっ!」
 風属性の魔法で、黒炎を消し飛ばすことに成功した。
 扉の向こうからは「ゴロロロロ……」と地鳴りのような音がする。
 気配を読むと、何か大きいのがいる。
 再び攻撃される前に、大きいのに向かって光の矢を射た。

「ゴガアアアアアッ!」

 巨大な何かの断末魔。スキル[必中]と[心眼]が仕事してくれた。

 扉から中を覗き込むと、部屋の真ん中にウォーマンモスより大きな黒い蜥蜴が額を矢に貫かれて倒れていた。生きている気配はしない。
 近づいて、蜥蜴の死体をマジックボックスへ放り込んだ。


<取得経験値15000×100×10>
<20レベルアップしました!>


 綺麗に最適化された神の声を受け取る。
 いまのでレベルは200になった。

「また意識が暗転したりしない?」
 レベル100になったときのことを思い出して、聞いてみる。返事はなかった。
 身体に変化はなさそうだし、大丈夫かな。

 それにしても、迂闊だった。
 次から扉の前では、先に気配察知して中に何がいるかを確認してから開けよう。
 今回はたまたま炎を避けられたから無事で済んだけど、反応が一瞬でも遅かったら今頃僕の丸焼きが出来上がっていた。

 ……考えるだけで、寒気がしてきた。

 頭を振って嫌な想像を遠ざけ、あたりを見回してみる。他の部屋への扉や通路は見当たらない。
 どこか見落としたか、上の階層から別ルートがあったのか。

 一旦戻ろうと振り返ると、開いた状態の扉の裏側がうっすら光っているのに気づいた。
 扉を締めると、扉で隠れていた壁に棚のような窪みがあって、そこにキラキラと輝くバレーボールくらいの大きさの珠が浮いている。

「もしかして、これか?」

 念の為に聞いてみようと、冒険者カードの通話機能を立ち上げた。

「トウタ、無事か?」
 相手はギルド前で僕に声をかけてきた冒険者だ。彼はグリオという名前で、僕のことは「目を隠してるのに弓を使う変なやつ」として覚えていたらしい。……突っ込みは後回しだ。
「無事だ。今五階層で、核らしきものを発見した。核を見たことがないから判別できない」
 核(推定)の姿形を口頭で説明した。
「その核らしきものがあった場所に、強い魔物はいなかったか?」
「黒くて、ウォーマンモスより大きな蜥蜴がいた」
「ならば、状況からして核で間違いない」
「状況からして?」
「核は巣ごとに形が異なる。共通点は、光っていることと、扉付きの部屋に出現すること、核を守る魔物が飛び抜けて強いということだ」
「なるほど。じゃあ壊しても?」
「ああ。やってくれ」

 一旦通話を終了し、核から少し距離を取って、光の矢で核を射た。

 核は砕ける瞬間、思わず目を覆うほどのまばゆい光を放った。

 光が収まり、目を開けた頃には、僕は他の冒険者達と一緒に森の中に立っていた。



「本当だ。核を壊しても人は平気なんだ」
 実体験って大事だ。
 僕が実感を噛み締めていると、他の冒険者たちが僕に集まってきた。

「なあ、もしかして核を壊したのか?」
「うん。って、どうしてわかるの?」
「核を壊した奴は、理屈は不明だがしばらく光るんだ。自分で見てみろよ」
 言われて自分の手や腕、足元を見ると、確かに柔らかく光っていた。この後十分くらいで消えた。
「仲間は?」
「いない。僕ひとりだ」
「本当かよ!? 凄いな、偉業達成じゃないか!」
 次々に質問されて正直に答えていると、どんどん騒ぎが大きくなった。

 遂には胴上げまでされた。
 巣が五階層だと言ったせいか、五回も宙に舞う羽目になった。
 何せ冒険者という力勝負の人たちの胴上げだ。重いはずの僕が高々と飛ばされた。割と怖い。

 ひとしきり騒いだ後、ほとんどの冒険者が今夜はこの場でキャンプすると言い、あちこちで野営の準備を始めた。

「トウタは残らないのか? 食料なら分ける程あるし、酒も馳走するぞ?」
「ありがたいけど、ギルドに報告が必要だろうから」
「それもそうか。じゃあ、道中気をつけて!」

 ギルドに報告が必要なのは本当だ。
 それ以上に、スタグハッシュに近いこの場所には長居したくない。
 見送ってくれる冒険者達に手を振って、僕はその場を後にした。



 道中でグリオに「核の破壊に成功したから帰還する」と伝えておいたから、冒険者ギルドは深夜だというのに人が大勢いた。
 森のときより大きな騒ぎの中、僕の冒険者カードをチェックする。
 受付さんが結果を見て、ヒュッと息を呑んだ。
 そのまま、レシートを見ながら固まってしまったので、訝しんだ統括が受付さんの上からレシートを覗き込む。
 統括さんも固まった。

「あの?」
 騒ぎは、受付さんと統括さんのフリーズによって徐々に静まりつつあった。
 色んな方向からの色んな圧力に耐えきれず、僕が声をかけると、統括がフリーズから復活した。

「魔物の巣は冒険者トウタが核を破壊し、無事消滅した!」

 統括の宣言に、その場にいる人達が快哉を叫ぶ。
 しばらくして統括が手を挙げると、一斉に静まった。

「詳しいことは明朝発表する。今宵は遅くまでご苦労だった。解散!」
 その場にいた人は口々に「お疲れ!」「やったな!」と好意的な言葉をかけてくれて、ギルドハウスから出たり、あるいはハウス内の宿泊施設に引き上げていった。
 僕は、統括からアイコンタクトを受けて、その場に残った。

「すまないが、もうしばらく残ってくれ」
「かまいませんが、一旦帰ってもいいですか? 家で待ってる人がいるので」
 ヒスイには、僕が帰ってこないようなら先に寝てと言ってある。
 でも彼女たちのことだから、まだ起きてる気がする。
「家には使者を送ろうか」
 僕が直接行って事の次第を説明したり、元気な姿を見せたいのだけど、統括、明朝には発表するって言っちゃったからね……。
「お願いします」
 一時帰宅を諦めた。


 冒険者カードの精密チェックや、聞き取り調査を経て、僕がマジックボックスから「核」のところにいた蜥蜴の魔物を出すと、統括は「マジか……パネェ」と呟いた。チートによる自動翻訳機能でそう聞こえただけであって……似たニュアンスのスラングには違いないのだろうけど。

「これは危険度Sの、インフェルノドラゴンだ。もう一度聞くが、弓矢で倒したのだな?」
「はい」
 ドラゴンだったのか、これ。


 聞き取り調査は徐々に尋問じみてきて、何度も同じことを答えさせられた。
 僕は空腹と眠気で限界が近づいてきている。
 そっと欠伸を噛み殺しているところを、受付さんに見られた。

「統括、そろそろ……」
 受付さんが統括に何か耳打ちすると、統括は僕に向き直った。

「いや、疲れているのに遅くまですまなかった。つい興奮してしまって。ギルドの宿泊施設を一室用意してある。今日はもう休んでくれ」
「ふぁい」
 身体は平気だけれど、人とたくさん喋ったせいで妙に疲れていて、気の抜けた返事をしてしまった。


 苦笑いの統括に見送られ、受付さんに案内された部屋で防具だけべりべりと脱ぎ散らかし、ベッドに倒れ込むと、そのまま意識を手放した。
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