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第一章

10 薬屋イネアル

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「私も[鑑定]が使えるのでね。失礼ながら見させてもらったよ」
 『魔人』と聞いて身構えた僕に、イネアルさんはあくまで穏やかに話し始めた。
「ローズはね、君のことをよく話してくれるんだ。同い年なのにしっかりしていて頼りがいがある。でも最近少し悩みがあるようだ、とか」

 自分で「魔人」を鑑定してから、僕には不安がつきまとっていた。

 人間じゃなくなった僕は、この先どうしたらいいのか。
 人と同じ場所で生きていていいのか。

「やはり、そこか」
 イネアルさんは僕の様子を見て何かを察したらしく、頷いた。

「ローズはよく働いてくれる。これから先もローズには頑張ってもらいたい。ところが彼女は最近浮かない顔をしている。原因は、君だ」
「僕?」

 僕とローズたちが出会ったのは、ほんの数日前。それまで同じ高校に通っていただけで、接点はなかったはずだ。
 そんな僕が、彼女たちに何の影響を与えるというのだろう。

「友人を助けたそうじゃないか。十分、感謝に値する。もし君の恩人が悩んでいたら、どうする?」
 恩人と聞いて思い浮かんだのは、僕の母親代わりになってくれた伯母の顔だ。
 伯母さんが悩んでいたら……。
「話を聞きたい……です」
「そういうことだ。先程も言ったが、君たちの事情を大体は把握している。別の世界から来て……私のような人間・・・・・・・はいない世界だったそうだね」
「……」
 何と言っていいのかわからず黙ってしまった。しかしイネアルさんは気を悪くした様子も見せず、話を続けた。

「他の人に[鑑定]を使ったことは?」
 僕を[鑑定]で見たということは、僕のレベルや所持スキルを一通り知っているということだ。
「ありません」
 人の秘密を覗き見する趣味はない。一緒に暮らしてる三人に対しては勿論のこと、他の誰にも使ったことがない。

「そうだろうね。[鑑定]は、野次馬根性で使う人には得るのが難しいスキルなんだよ。スキルは時に、人を選ぶ」

 イネアルさんはいつの間にか用意されていた椅子に座っていた。僕も促されて、座る。

「種族はスキルとは別だ。望む望まないとは関係なしに、得た力で決まる。ところで、私は何に見える?」
「えっと……エルフ、ですか」
「ローズと同じことを言うね。その種族はこの世界には存在しないよ。私は『器人きじん』という種族なんだ。説明すると長くなりそうだから、私を[鑑定]してくれないかな」
 言われたとおりに、イネアルさんを[鑑定]した。



 イネアル
 レベル5
 種族:器人
 スキル:[道具作成][調合][鑑定]
 属性:火、水


 [種族:器人]
 道具の扱い、作成、薬の調合に長けた者。草木の声を聴く耳と、薬の効能を嗅ぎ分ける鼻を持つ。



「あの……」
 戸惑っていると、イネアルさんはクククと笑った。
「君の基準でいくと、私も『人外』かな」
「いえ、その」
「街中の人を鑑定してごらん……とは言えないが、結構いるのだよ。この世界には」
 ふっと肩の力が抜けた。
 目の前にはイネアルさんがいるし、他にもいると聞いて、安心したのだ。

 安心は束の間だった。

「まぁ、魔人なんてはじめて聞いたがね」

 がくりと項垂れる僕をみて、イネアルさんはまた笑う。
「ごめんごめん。でも、僕が知らないだけで、それこそ冒険者ギルドにいる人を片っ端から[鑑定]すれば、もうひとりくらいいるかもしれない。つまり、種族なんてそんなものなのだよ」

 種族のことは気にするな、と言ってくれているのだと思う。
 いいのだろうか。

「僕は……ちゃんと人間、なんですか」
 イネアルさんは目を細めて、しっかり頷いた。
「人間だよ。種族なんてステータスの神が区分けするためにつけた記号のようなものだ。気にすることはない」

 イネアルさんの言葉をしっかり噛み締め心に刻み、顔を上げた。
「ありがとうございます」
「従業員の憂いを取り除くのも雇い主の務めだからね。じゃ、本題に入ろうか」


 僕がマジックボックスからウォーマンモスを次々に取り出すと、二十頭めでイネアルさんが慌てだした。
「ま、待って!? 想像以上なんだけど!? まだあるの? え、六十!? 十六じゃなくて!?」
 さっきまで落ち着き払って僕に種族のことを説いていた人とは思えない慌てぶりに、僕は吹き出すのをこらえるのが大変だった。

 結局、イネアルさんは全て買い取ってくれたものの、ガラガラだった倉庫はウォーマンモスでいっぱいになってしまった。

「あの、マジックボックスのスペース空いてますし、少し預かりましょうか?」
「場所代を受け取ってくれるなら預かって欲しいところだね」
「場所代なんて頂けませんよ」
 マジックボックスにいくら荷物が詰まっていても、僕には何の影響もない。許容量を圧迫するかもしれないけれど……今の所、底が見えないし。
「そう言うと思ったよ。マジックボックスで貸倉庫業を営んでいる人もいるから、無料で貸すのはやめたほうがいいよ」
 なるほど。商売にしている人がいるのなら、無料でやってしまうのはよくない。
「すぐに捌けるだろうし、今回は遠慮しておく。でもその容量は魅力的だね。もしかしたらそのうち、相場価格でお願いするかもしれない」
「わかりました。いつでも言ってください」

 更にイネアルさんはその場でウォーマンモスを一頭捌いて、大量の肉を分けてくれた。美味しいらしい。
「いいんですか? これこそ代金を」
「これはいいの。肉はこんなにたくさん使わないから、ウォーマンモスをまるごと仕入れたときはいつも肉だけ肉屋さんに卸してるんだ」
 冒険者の仕事として仕留めた魔物は、市場を巡り巡っているようだ。

 地下から出てウォーマンモスの代金を受け取ると、すでに夕方になっていた。
「ローズ、今日は店じまいだよ。それと悪いんだけど、明日から何日か臨時に来てもらえる?」
「わかりました」
 多分ウォーマンモスの処理を手伝うのだろうな。家事は僕が代わろう。

 なんせ、今日一日でクエスト報酬とウォーマンモスの代金、合わせて三百九十万ゴルも手に入れたからね。
 これ、もう一年くらいクエスト請けなくてもいいんじゃないのか。

 冒険者って儲かるなぁ。

 と言う話を帰り道にローズに話すと、
「それができるのはトウタだけ」
 と言われた。むぅ。



 翌日は、ローズの代わりに家事を手伝った。ローズの担当は掃除と買い出しだ。
 まだモルイの地理に不案内だから、買い出しはヒスイと一緒に行くことになった。
「私一人で行けるよ?」
「町のどこにどんなお店があるか知っておきたいんだ」
 イネアルさんのお店は小さいけれど、町では知らない人が居ないほどの有名店なのだそうだ。
 そんなところで店番任されてるローズはいったい何者なんだ……じゃなくて、有名店すら知らなかった僕は流石に危機感を覚えたのだ。
「そういうことなら……でも、よく行くお店ばっかりになるよ?」
「むしろ好都合だよ。僕がいつでも買い出しに行けるからね」
 彼女たちは僕に家事をやらせたがらない。
 僕の家事のやり方が拙いわけではなく、彼女たちは自分たちを居候と認識しているらしく、家主である僕に家のことをさせるなんてとんでもない! などと考えている。
 居候どころか、僕はかなり助かっている、と伝えても妙に頑固なのだ。

「トウタくんがどうしてもやりたいっていうなら止められないなぁ。じゃあ、まずは……」
 ヒスイと一緒に、食料や日用品のお店を何軒か回る。
 どのお店でもヒスイは店主と雑談したり、ときに値切ったりとかなり頼もしい。
「凄いなぁ。買い出しは僕の出る幕はなさそうだ」
 なんせ僕はコミュ障陰キャ目隠れだからね。人見知りもばっちりだ。
「トウタくん、人見知りはしないでしょう? コミュ障ってこともないような……」
 ヒスイが首をかしげる。
「私とは初対面から……ああだったじゃない」
 伯爵の追手とやらからヒスイを助けたことを言っているのだと思うけれど、ヒスイの言い方は誤解を招く。
「あれは緊急事態だったからね?」
「そ、そうね」
「ヒスイ、この前からよく顔を赤くしてるけど、やっぱりどこか悪いんじゃ……」
 ツキコは「ヒスイの赤面は病気じゃない。女の勘でわかる」と言い張っていたけど、僕にはわからないから心配だ。
「大丈夫! なんともない! あ、あとあのお店でお魚が安かったら……あら?」

 ヒスイが指差した方には魚屋さんがあり、更に向こうには冒険者ギルドがある。
 ギルドの前で、誰かが大声を出しているのだ。

「緊急事態だ! 冒険者の知り合いが居たらギルドへ来るよう伝えてくれ! ……あっ! アンタはランクCの!」

 顔を見るなりランクを言い当てられたので、ヒスイに一言断ってからその人に近づいた。
「何かあったんですか?」
「例の魔物の巣だ! スタグハッシュの連中が失敗したせいで、魔物が溢れそうなんだよ! 旅の荷物はギルドの備蓄を使って構わないから、できるだけ早くひとりでも多く現場に向かってほしい」

 スタグハッシュの連中っていうのは、アイツラだ。
 失敗したってことは……。
「その、スタグハッシュの人たちは……」
「全員無事だが、ビビっちまって使い物にならねぇ」
 少し胸をなでおろす。

 しかし、あの連中が失敗するほどのダンジョンに、僕が行って何かできるとは思えない。
 僕が断ろうとしたとき、ヒスイが僕の手を握った。

「トウタくん、レベルいくつになったの?」
「え? えっと、139」
 ウォーマンモス討伐で、更に上がっていたレベルを小声でヒスイに伝える。
「スタグハッシュの人たちの平均レベルは?」
「……40くらい、だと思う」
「なら大丈夫じゃない? 少なくとも、スタグハッシュの人たちより、トウタくんの方が役に立てるよ」

 そうだ、僕はあいつらよりレベルが高い。つまり、それだけ強くなった。
 単純な話なのに、ヒスイに言われるまで気づかなかった。

「一旦家で準備してから、すぐに向かいます。詳細は……」
「冒険者カードに送っとく。応援も集めておくから、頼んだ」
 僕は勢い込んで巣に向かう意思を冒険者さんに伝えた。

「ヒスイ、急ぐから」
「えっ? わ!? ひゃああ!?」
 買い出しで増えた荷物をマジックボックスへ放り込み、ヒスイを五日ぶり二度目の横抱きにして家まで全力で走った。



「緊急事態はわかりますが、だったら私を置いていっても構わなかったんですよ!?」
 帰宅後、何故かパニックに陥ったヒスイをなだめるのに、少し時間がかかってしまった。
 ヒスイは混乱すると言葉遣いが丁寧になるなぁ。
「話きいてます!?」
「はい、すみません、もうしません」
 ヒスイは僕を叱りつけながらも、てきぱきと荷物の取り出しと旅の用意を手伝ってくれた。
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