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第一章

7 掃除とクエストと素顔

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 四人暮らし最初の夜は、寝床をどうするかで大いに揉めた。
 最初にヒスイが言っていた通り、掃除はキッチンと寝室一部屋分しか行えなかったのだ。

「この家を購入したのはトウタでしょ。家の主を床に寝かすなんて」
「いや女性を床に寝かす方がギルティ」
「修道院からウチらが使ってた毛布借りてきてあるから平気だよ」
「とりあえずテーブルと椅子を隅に寄せましょうね。トウタくんは寝室へどうぞ」

 三対一で負け濃厚の話し合いに、僕は最後まで食らいつき……。

「じゃあもう、皆で床で寝よう!」

 言いました。確かに僕が、言いました。


「おやすみー」「おやすみ」「おやすみなさい」

 違う、そうじゃない。

 何故僕を真ん中にして寝ることになるんだ。

 ちなみに左にツキコ、右にローズとヒスイ。
 ローズは小さいから、僕とヒスイの間に当然のように収まっていた。
 狭い場所ではないはずなのに、全員のどこかしらが僕に触れている。



 一睡もできませんでした。



***



 女子三人はそれぞれ、修道院の外でも仕事を持っていた。
 ヒスイは食堂で給仕、ツキコは鍛冶屋見習い、ローズは薬屋の店番だ。

 ヒスイから、皆それぞれ仕事に行くから留守番は交代制になると伝えられた。
「皆仕事するの? 多分、僕ひとりで全員養えるよ?」
「そこまで甘えられないわ」
「僕も家事を」
「いいのいいの。私はランチタイムだけだし、ローズのお仕事は週に三日。ツキコは今少し忙しいみたいだけど、私とローズで家事くらい充分こなせるわ」

 冒険者の仕事は普通、毎日やらなくても生活できる。
 風雨がしのげる程度の安宿が一泊五百ゴルで、一日の食費の平均が五百ゴル。
 つまり、千ゴルあれば最低限のその日暮らしができる。
 Hランクのクエストの報酬が千五百ゴルだから、一日一回を二日続ければ三日おきに休んでも生活できる計算だ。
 僕は冒険者ランクCからのスタートだから、請けられるクエストのランクもC。
 報酬は最低五万ゴル。
 一回達成すれば、四人の食費二十五日分を稼げる。

 ……正しい報酬の額を知るたびに、詐欺神官への黒い感情が溢れて止まらないよ、僕は。


 二日目は寝不足なことと、僕も掃除に参加したのでクエストを請けるのはやめておいた。
 早く全員分の部屋をきちんとしないと、僕の睡眠時間がなくなる。
 僕の危機感を察してくれた女子たちは、僕にも仕事をあてがってくれた。
 主に家具移動とツキコの手伝いだ。
 お陰でこの日のうちに全員分の部屋が整い、僕は二日ぶりにぐっすり眠ることができた。


 三日目、クエストを請ける前にツキコの仕事場へ行った。
 狙って行ったわけではなく、適当に入った鍛冶屋さんにツキコがいた。

「ここで働いてたのか」
「トウタだ! どうしたの?」
 スタグハッシュで武器は何故か剣一択で、それ以外の武器は触らせてもらえなかった。
 レベルが上がったりスキルが増えたりしてから剣を持っても、やはりしっくり来ない。
 剣は向いていない気がするので、他の武器を試したくなったのだ。
 ツキコにその旨を話していると、いつの間にか僕の真横に背の低いおじさんがいた。僕の装備をしげしげと眺めている。
「!? ど、どちらさま?」
「この鍛冶屋の店主でウチの師匠のおやっさん。おやっさん、この人がトウタだよ」
 おやっさんはツキコに紹介されても、僕の装備を見つめたままだ。
 顎髭を撫でながら「むむう」とか「うーん」とか唸ってから、僕に声をかけてきた。
「この胸当て、どこで購った?」
 突然の質問に驚きつつも、正直に答える。
「イデリク村です」
「やっぱりか。そいつは俺の弟だ。元気だったか」
 兄弟!? 言われてみれば、雰囲気が似てるかも。
「はい。あの、大きく作りすぎて持て余してるからって、だいぶ安く譲ってくれたんです」
「……なるほど。で、ここには何の用だい?」
 武器を何種類か試したいと話すと、奥から庭へ通された。柵で囲ってあるだけのスペースに、木人形が設置してある。

「弟は客に合う防具を見定める目はあるんだが、武器はからっきしだからな。ちっと目ぇ見せてみろ」
「いや、目はその……」
 僕が戸惑っている隙に、おやっさんに前髪をめくられてしまい、慌てて目をギュッと閉じた。
「おい開けろ。閉じてちゃわかんねぇだろ」

 仕方なく恐る恐る瞼を上げると、ツキコと目が合った。
 ツキコにも見られた!

 また怖がられる、と思わず身体が強張る。

 ところが、悲鳴も罵声も聞こえてこなかった。
 ツキコはぽかんと開けていた口を閉じ、ニヤニヤしだした。一体どうした。

「ふむ。お前さんにゃ、これだな」
 しばらく見つめられてから渡されたのは、握り拳二つ分くらいの長さの、布が巻かれた棒だ。
 棒自体は布越しの感触からして、石か金属っぽい。
「これは?」
 前髪を直しながら、おやっさんに尋ねる。
「魔力を流してみろ」
 言われたとおりにすると、棒の両端から紫色にうっすらと光る棒が伸びてぐにゃりとしなり、その先端同士が細い線で結ばれた。
「弓?」
「コンポジットボウになるな」
「でも、弓なんて使ったことないです」
「お前さんならどうとでもなる。魔法は使えるか?」
「はい、一応」
 属性は持っているものの、治癒魔法以外使う場面がなくてまだ試していない。
 だけど、この状況で魔法のことを訊かれるということは……。

 弓の構え方も、じっくり見た記憶すらない。
 だけどコンポジットボウを手にしていると、自然と体が動いた。
 魔法で光の矢を創り出し、つがえて――。

「ま、待てっ!」
「えっ!? はい!」
 木人形に放とうとしたら止められてしまった。

「そんなおっかねぇもん、こんなところでやらんでくれ」
 構えを解いて、矢を見る。矢も自然と創れたのだけど、これ、そんなにヤバいのかな……。
「作ったはいいが、扱えるやつがいなくて腐らせてたモンだ。お前さんにやる。ツキコは俺がみっちり仕込んでおくから、何かあったらツキコに修理させろ」
「でも……」
「トウタ、貰っておきなよ。おやっさん、言い出したら引っ込めないんだ」
 魔道具は高価だ。しかも武器となると、高危険度クエスト数回分じゃ足りないくらいの価値があるはずだ。
 弟さんといい、この兄弟は気前が良すぎる。
「気になるってんなら、ロックマウスのクエストを請けてくれ。素材が市場に流れなくて困ってんだ」
「わかりました。ロックマウスですね。持ってきます」
「おい待て違う、わかってねぇだろ! 持ってこいって意味じゃ……」
 何か言ってたけど、聞かなかったことにして冒険者ギルドへ向かった。



 ロックマウスはランクEのクエストなのに、報酬が二割ほど高めに設定されていた。
 名前の通り岩のように頑丈な皮膚を持つ、大型犬くらいのサイズの短毛鼠で、毛皮は金属のような硬度を誇るのにしなやかで柔らかいという、武具にうってつけの人気素材だ。
 硬い上にサイズが小さいため、武器や魔法が通りづらく当てにくい。
 単体での強さはさほどではないのだけど、集団発生することが多い上に先述の通り倒し辛いので、請ける人が少ないのだそうだ。

 早速請けて、出現場所へ向かう。


 結果から言うと、楽勝だった。
 [心眼]の効果でロックマウスの位置を把握できさえすれば、[必中]の効果で矢は簡単かつ正確に急所へ命中する。
 光属性の魔法で創った矢は、ロックマウスまでの間にある障害物はスルーし、ロックマウスには物理攻撃として当たる。
 便利すぎる。
 矢を創り出すのもスムーズになり、複数本まとめて射出なんて芸当もできるようになった。

 弓は僕のスキルと相性が良い。
 鍛冶屋のおやっさんの見る目は確かだ。
 そのおやっさんに弟子入りして修行をつけてもらうというツキコの今後が楽しみだ。

 [魔眼]の効果で経験値も大量に入り、レベルは108になった。

 夕方になる前にはロックマウス70匹を討伐できた。
 そこらへんに生えている蔦を使ってマウスの足を縛り、一つにつなげて肩に担ぐ。
 小さな魔物とはいえ、これ以上は物理的に持てそうにないので、今日はここまでだ。
 明日からは荷車を用意したほうがいいかな。



「だから、違うと言っただろうが……」
 ロックマウス70匹を鍛冶屋に届けると、おやっさんは何故か頭を抱えた。
「多すぎだ。そもそも受け取る気はねぇぞ」
「魔力が無い時用に、普通の弓矢もください」
「お前さんに合うのは今はねぇから作っとく。が、それでも多すぎる」
「じゃあ弓代より多い分は、ツキコの練習用に」
「……お前さんも強情だなぁ。わーった、ありがたく使わせてもらう」
「こちらこそ、ありがとうございます」
 僕がお礼を言うとおやっさんはそっぽを向いた。
「ツキコ、今日はもう終いだ。上がれ」
「はーい」
 ツキコはニコニコしながら片付けを始めた。


 冒険者ギルドへ寄るという僕に、ツキコはついてきた。
「家まで遠回りになるよ?」
「冒険者ギルドって一度入ってみたいんだ」
 ツキコは自分に戦闘用のスキルがあったら、冒険者をやってみたかったと言う。
 せがまれたのでクエストの話をすると、楽しそうに聞いてくれた。

 ギルドでクエストの報告を終わらせて、家への帰路で、僕は気になってたことを聞いた。
「あの、鍛冶屋で僕の顔見た時、その……」
「あー! そうそう、トウタ前髪上げなよ。目に悪いよ、弓使うのに」
「いや、だから怖……」
 僕の台詞を遮るように、ツキコが僕の前に出た。
「ウチも噂は聞いてたから実は身構えたよ。でもさ、ぜんぜん怖くなかったよ」
 そしてニヤリと笑う。
「ヒスイとローズも、きっと怖がらないよ。ていうか誰よ、トウタの目つきが悪いなんて噂流したの」
「噂じゃなくて事実……」
「いやいや、悪くないよ! 若干吊り目で全体的に悪人面だけど、イケメンの部類じゃないかな?」
「やっぱり悪人面じゃん……イケメンではないでしょ」
「十分イケメン枠だって!」
「枠って何のだよ」
 思わず吹き出すと、ツキコも笑った。



「ただいまー!」
「ただいま……」
 ツキコは勢いよく扉を開け、僕はその後ろから恐る恐る家に入る。
 家につく寸前、僕はツキコが持っていたヘアピンで、前髪を上げられてしまったのだ。
 取ろうとしたら右手首をしっかり掴まれ、そのまま家へ。なにこれ、解けない。ツキコめっちゃ力強い。

「おかえり、ツキコ、ト……!」
 ローズが僕を見上げ、絶句する。
 ヒスイもキッチンから出てきて、ぴたりと立ち止まった。

 やっぱり駄目だ。
 なんとか取り返した自分の右手で前髪を撫でつけようとした時。

「はじめて顔みた……どうして隠してた?」
 ローズがぽつりとつぶやく。
「私も。ごめん、びっくりしちゃった。おかえりなさい」
 ヒスイは我に返ると、ぱたぱたとキッチンへ戻っていった。
「ヒスイ、顔赤くない? 熱でもある?」
 声をかけると、キッチンから「なんでもない!」とのお返事。
 治癒魔法って病気に効かないかな、と僕もキッチンへ向かおうとしたら、ツキコに肩を叩かれて止められた。

「ね。誰も怖いなんて言わないでしょ?」
「今はそれどころじゃ……」
「ヒスイは大丈夫。女の勘でわかる」
 僕には全くわからない。

「視界の邪魔にならないなら、前髪は下ろしたほうがいいよ」
 ツキコの意見が180度変わった意味も、全くわからない。
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