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第一章
3 変化と報酬
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目覚めると、森の外で僕に最初に話しかけてくれた村人さんと目が合った。
「ああ、よかった。ご気分はいかがです?」
「えっと、僕は?」
状況がわからなくて、プチ混乱する。
身体を起こそうとすると、村人さんが背に手をあてて手伝ってくれた。親切だ。
「まだ少し顔色が悪いですよ。水、飲みますか?」
きれいな水の入ったコップを手渡されて初めて、喉が乾いていることに気がついた。
水を飲み干すと、周囲の様子を観察する余裕が出てきた。
六畳くらいの部屋の、シングルベッドの上だ。寝かされていたらしい。
城で最近寝起きに使っていた一般兵士用のベッドより、少し硬い。
身体からは城で支給された革の胸当てや上着等が外されていて、アンダーシャツにハーフパンツの状態だ。
防具はベッドの脇の木箱の上に丁寧に揃えて置かれていた。
「ありがとうございます。あの、一体何が……」
どこから聞いて良いのかわからず、曖昧な物言いになってしまった。
「ここはイデリクという村の、私の家です。そういえば自己紹介がまだでしたね。私は村長のビイラと申します」
ビイラさん、村長さんだったのか。
「僕も名乗りもせずに失礼しました。トウタです」
こちらの世界では、家名呼びはあまり一般的ではない。僕とクラスメイトが名字で呼び合っていたのは、お互い気恥ずかしさが勝っていたからだ。
僕はクラスメイトたちに捨てられた。ならば、郷に入っては郷に従うほうがいいだろう。
「トウタさんですね。突然倒れてしまったので、勝手にここへ運ばせていただきました」
「すみません、ご迷惑を」
倒れた、と聞いて急に色々と思い出した。
レベルアップ連呼の最中、『神の声』が言っていたのだ。
<魔力が一定値を超えました。上位種族へ進化します。体組成変更と身体組織強化により、一時的に意識が遮断する場合があります。ご注意ください>
上位種族ってなんだろう。レベルアップしすぎて何かが変わりすぎたのだろうか。
それにしても、大事そうなことをレベルアップ連呼の間に挟まないで欲しい。神の声って仕事が雑すぎない?
言われたとしても、意識の暗転を防げたかどうかはわからないけど。
でも例えば安全な場所へ移動するとか予め横になっておくとか、対処はできるでしょうよ。
と、一人脳内愚痴大会を開催している場合じゃなかった。
「どうやらキラーベアを倒したせいでレベルアップが重なって、それで倒れちゃったみたいです」
『神の声』がいつものトーンで言うくらいだから、よくある現象なのだろうと思い込み、正直に伝えた。
だからもう大丈夫なので、と続けようとしたら、ビイラさんが不思議そうな顔をした。
「レベルアップが重なる?」
「キラーベアの経験値が多かったので」
「確かにキラーベアの二つ名持ちですから経験値は多いでしょうが……」
そういえば[経験値上昇×10]は、とても珍しいスキルだとスタグハッシュの人たちが騒いでたっけ。
更に[魔眼]のせいで合計1000倍になった経験値を一度に受け取るなんて、普通は体験しないのか。
「……いえ、えっと、思ったより消耗してたみたいです」
取って付けたような言い訳に、ビイラさんは納得してくれた。
ビイラさんは人を呼んで、僕のお世話を任せると出掛けてしまった。
キラーベアを倒した僕へのお礼の件や、キラーベアの買取についての話し合いがあるそうだ。
森にいた人たちの他に、キラーベアの被害に遭っていたいくつかの村の人が集まっているらしい。
「お礼を頂くつもりでは……」
「つもりじゃなくても、『隻眼』を討伐したのは事実です。ああ、トウタさんはお休みになっててください。食事もここに運ばせます」
ビイラさんの代わりに僕の面倒を見てくれたのは、奥さんのチエルさんだ。
倒れたとはいえ身体はなんともない。身の回りのことは自力でできると伝えた。
ただ少し空腹だと言うと、チエルさんはすぐに食事をもってきてくれた。予め用意してくれていたらしい。
とれたて野菜のサラダにポテトスープ、メインはこの村特産のイデリク牛のステーキ、更に籠いっぱいのフルーツの後はバターとシロップが乗ったパンケーキまで出てきた。
この世界の食事の多さにようやく慣れてきたと思っていたけど、それを倍にしたような恐ろしい量だった。
……なのに。
「ご馳走様でした」
パンケーキ3枚まで全て、ぺろりと完食してしまった。
しかもまだ物足りない。
キラーベアへの体当たりで、本当に自分でも気づかないほど消耗していたのかな。
「足りましたか?」
「はい。お腹いっぱいです」
これ以上甘えるのは良くないと自制した。
どうしても足りなかったら、持っていた携帯食料を後で食べよう。
「主人は遅くなると思いますから、先にお休みくださいね」
チエルさんは食事のあとを片付けて退出していった。
「もうこんな時間だったのか」
部屋の外は真っ暗になっていた。
森に入ったのが朝で、捨てられたのが昼前だったかな。
ああ、それでお腹が空いてたのか。
「そうだ、今のうちに」
仰向けに寝転びながら、視線の先にステータスを表示した。
レベル100
種族:魔人
「レベル100はともかく、いや、上がり過ぎだけど……。種族? 魔人?」
スキルや属性に変化はなく、種族の項目が増えて、そこにまたよくわからないものが現れた。
魔、とついてるから[魔眼]の仲間だろうか。それにしては、スキルじゃなく『種族』ってどういうことだろう。
[魔眼]のことも解ってないのに……。
「うーん……」
寝転がったまま、天井に片手の掌を向けて、握ったり開いたりを繰り返す。
と、何か違和感がある。
アンダーシャツの袖から見える手首が、妙に太い気がする。
袖を捲くろうとしたら、二の腕のあたりできつくなった。
前は肩まで余裕で捲れたのに。
足も太く、というか長くなっている気がする。ハーフパンツで隠れていた膝が半分程見えている。
腹のあたりに手を置くと、妙にゴツゴツした感触がある。食べすぎて腹が出てるのとは違う様子だ。
裾をめくると、腹筋がバキバキに割れていた。
「えっ!?」
戦闘訓練を積んでいたとはいえ、筋肉はここまでついていなかった。
むしろ、魔法使い組でもないのに筋肉が増えなくて、亜院や椿木にいじられていたのに。
「魔人って……そうか!」
僕はある結論に達した。
「筋肉魔人ってことだな!」
違うと知ったのは、だいぶ後になってからだった。
「食欲魔人かもしれない!」
このときは納得していた。
***
ビイラさんの帰宅は深夜になった。
起きているつもりだったのに、ステータスを見ながらあれこれ考えていたら、寝落ちしていた。
翌朝、目覚めるとビイラさん達は既に起きていて、僕が自分で起きるのを待ってくれていた。
「すみません、寝過ぎてしまって」
「『隻眼』を討伐したのですから、疲れて当然です。もう良いのですか?」
謝ると、逆に気遣われてしまった。
「はい。おかげさまでよく眠れました。それで……」
僕が促すと、キラーベアの報酬について村で決まったことを話してくれた。
まず、冒険者ギルドへ出していた依頼と同額の報酬金。
それと、キラーベアの買取金額全額。
更に、僕の冒険者ランク昇格推薦状を書いてくれることになった。
「このくらいしかできなくて、申し訳ない」
布袋と筒状に丸めた書状を、目の前のテーブルに置かれた。
キラーベアの危険度がBだから、報酬金は10万ゴルです、とビイラさんが説明してくれた。ゴルはこの世界の共通通貨だ。
キラーベアは毛皮や牙、内蔵などは道具や薬の素材になり、肉も食用になる。
尚且二つ名持ちの素材だから、希少価値がついて値段が跳ね上がる。
その場で競りのようなことをやった結果、20万ゴルで競り落とした商人さんがいたそうだ。
つまり布袋には、1万ゴル金貨30枚が入っている。
「……あの、つかぬことをお伺いしますが」
「何でしょう? やはり、少ないですよね」
「いえ、金額のことでは……いや、ある意味金額のことなのですが、少ないと言う話ではなくて」
まさか、という思いで混乱する頭を、どうにか整頓する。
「報酬金、桁が多すぎませんか?」
「はい?」
ビイラさんと話をしてわかったことがある。
どうやら僕は、スタグハッシュの神官さんに、騙されていたらしい。
***
「貴方がたにはひとまず、冒険者として経験を積んでいただきます。ギルドとの手続きはこちらでやっておきますので」
スタグハッシュ国の神官、サントナさんは召喚されて少しした頃の僕たちに、そう告げた。
サントナさんは僕たちの身の回りのことをしてくれる担当者さんのうちのひとりだ。
「冒険者とは?」
土之井が尋ねると、サントナさんは少し面倒くさそうに説明を始めた。
「クエスト……ギルドからの仕事依頼のことです。それをこなすのが冒険者の仕事です。クエスト内容は主に魔物討伐です。希少素材の採集や動物狩りもありますが、貴方がたがするような仕事ではないでしょう」
「俺たちがするような仕事ではない、とは何故ですか?」
「狩りや採集は、クエストのランクが低いのです。貴方がたは『チート』によって、既に十分お強い。その力で低ランクのクエストを根こそぎとられてしまっては、低ランク冒険者達に仕事が行き届かなくなります」
クエストのランクはS、A~Hとあり、冒険者も同じようにランク付けされる。
冒険者ランクのスタートは本来Hからのところを、召喚された者ということで特別にFからという扱いになった。
僕の現在のランクはE。亜院と不東がBで、土之井がC、椿木がDだったはずだ。
ランク昇格は、レベルで決まる。レベルを上げるために必要な経験値は、魔物を討伐する際の貢献度で受け取る量が変わる。
貢献度は与ダメージ量と言っても過言じゃない。
後方支援に回ることの多い土之井や椿木のランクが亜院と不東に劣るのはそのせいで、僕だけが一人、Eのままだった。
「仕事でしたら、報酬を頂けるはずですよね」
「……そのとおりです」
土之井の最後の質問に答える前、サントナさんが苛立たしげに小さく舌打ちした気がした。
あれは気のせいではなかったのだ。
***
命じられて魔物討伐して、僕たち五人に与えられた報酬は、ビイラさんに教えてもらった額のたったの十分の一だ。
魔物の死骸は処分に手間がかかるという理由で、更にそこから何割か減らされていた。
冒険者ランクの話も殆ど嘘だ。
昇格にレベルは関係ない。ランクに応じた危険度のクエストを一定数達成しなければならない。
ランクは手元に『冒険者カード』というものがないと上がらない仕組みになっているらしい。
そんなカードは受け取っていない。
カードは自分で所持していないと殆ど意味がない。
「ですから、この報酬は受け取れません」
お城でギルド経由ではなく別の人経由で冒険者の仕事を斡旋され、報酬をピンはねされていたことを話した。
騙されていたことに愕然としつつも、僕は改めて報酬の受け取りを拒否した。
城で貰ったお金は全て置いて出てきてしまったから現在一文無しだけれど、仕方ない。
しかしビイラさんも首を横に振る。
「これは『冒険者のトウタさん』ではなく、『キラーベアを討伐したトウタさん』が受け取るべき正当な報酬です」
ビイラさんは布袋と書状を手に取ると、僕の手に押し付けた。
「昇格推薦状とは別に、この村の長である私が一筆書きます。元のカードを取り戻すことが無理でも、ギルドで便宜を図ってもらえるはずです」
「……ありがとうございます」
布袋ごと僕の手を包んだビイラさんの手は、とても温かくて。
この世界ではじめて、ひとりの人間だと認められた気がした。
「ああ、よかった。ご気分はいかがです?」
「えっと、僕は?」
状況がわからなくて、プチ混乱する。
身体を起こそうとすると、村人さんが背に手をあてて手伝ってくれた。親切だ。
「まだ少し顔色が悪いですよ。水、飲みますか?」
きれいな水の入ったコップを手渡されて初めて、喉が乾いていることに気がついた。
水を飲み干すと、周囲の様子を観察する余裕が出てきた。
六畳くらいの部屋の、シングルベッドの上だ。寝かされていたらしい。
城で最近寝起きに使っていた一般兵士用のベッドより、少し硬い。
身体からは城で支給された革の胸当てや上着等が外されていて、アンダーシャツにハーフパンツの状態だ。
防具はベッドの脇の木箱の上に丁寧に揃えて置かれていた。
「ありがとうございます。あの、一体何が……」
どこから聞いて良いのかわからず、曖昧な物言いになってしまった。
「ここはイデリクという村の、私の家です。そういえば自己紹介がまだでしたね。私は村長のビイラと申します」
ビイラさん、村長さんだったのか。
「僕も名乗りもせずに失礼しました。トウタです」
こちらの世界では、家名呼びはあまり一般的ではない。僕とクラスメイトが名字で呼び合っていたのは、お互い気恥ずかしさが勝っていたからだ。
僕はクラスメイトたちに捨てられた。ならば、郷に入っては郷に従うほうがいいだろう。
「トウタさんですね。突然倒れてしまったので、勝手にここへ運ばせていただきました」
「すみません、ご迷惑を」
倒れた、と聞いて急に色々と思い出した。
レベルアップ連呼の最中、『神の声』が言っていたのだ。
<魔力が一定値を超えました。上位種族へ進化します。体組成変更と身体組織強化により、一時的に意識が遮断する場合があります。ご注意ください>
上位種族ってなんだろう。レベルアップしすぎて何かが変わりすぎたのだろうか。
それにしても、大事そうなことをレベルアップ連呼の間に挟まないで欲しい。神の声って仕事が雑すぎない?
言われたとしても、意識の暗転を防げたかどうかはわからないけど。
でも例えば安全な場所へ移動するとか予め横になっておくとか、対処はできるでしょうよ。
と、一人脳内愚痴大会を開催している場合じゃなかった。
「どうやらキラーベアを倒したせいでレベルアップが重なって、それで倒れちゃったみたいです」
『神の声』がいつものトーンで言うくらいだから、よくある現象なのだろうと思い込み、正直に伝えた。
だからもう大丈夫なので、と続けようとしたら、ビイラさんが不思議そうな顔をした。
「レベルアップが重なる?」
「キラーベアの経験値が多かったので」
「確かにキラーベアの二つ名持ちですから経験値は多いでしょうが……」
そういえば[経験値上昇×10]は、とても珍しいスキルだとスタグハッシュの人たちが騒いでたっけ。
更に[魔眼]のせいで合計1000倍になった経験値を一度に受け取るなんて、普通は体験しないのか。
「……いえ、えっと、思ったより消耗してたみたいです」
取って付けたような言い訳に、ビイラさんは納得してくれた。
ビイラさんは人を呼んで、僕のお世話を任せると出掛けてしまった。
キラーベアを倒した僕へのお礼の件や、キラーベアの買取についての話し合いがあるそうだ。
森にいた人たちの他に、キラーベアの被害に遭っていたいくつかの村の人が集まっているらしい。
「お礼を頂くつもりでは……」
「つもりじゃなくても、『隻眼』を討伐したのは事実です。ああ、トウタさんはお休みになっててください。食事もここに運ばせます」
ビイラさんの代わりに僕の面倒を見てくれたのは、奥さんのチエルさんだ。
倒れたとはいえ身体はなんともない。身の回りのことは自力でできると伝えた。
ただ少し空腹だと言うと、チエルさんはすぐに食事をもってきてくれた。予め用意してくれていたらしい。
とれたて野菜のサラダにポテトスープ、メインはこの村特産のイデリク牛のステーキ、更に籠いっぱいのフルーツの後はバターとシロップが乗ったパンケーキまで出てきた。
この世界の食事の多さにようやく慣れてきたと思っていたけど、それを倍にしたような恐ろしい量だった。
……なのに。
「ご馳走様でした」
パンケーキ3枚まで全て、ぺろりと完食してしまった。
しかもまだ物足りない。
キラーベアへの体当たりで、本当に自分でも気づかないほど消耗していたのかな。
「足りましたか?」
「はい。お腹いっぱいです」
これ以上甘えるのは良くないと自制した。
どうしても足りなかったら、持っていた携帯食料を後で食べよう。
「主人は遅くなると思いますから、先にお休みくださいね」
チエルさんは食事のあとを片付けて退出していった。
「もうこんな時間だったのか」
部屋の外は真っ暗になっていた。
森に入ったのが朝で、捨てられたのが昼前だったかな。
ああ、それでお腹が空いてたのか。
「そうだ、今のうちに」
仰向けに寝転びながら、視線の先にステータスを表示した。
レベル100
種族:魔人
「レベル100はともかく、いや、上がり過ぎだけど……。種族? 魔人?」
スキルや属性に変化はなく、種族の項目が増えて、そこにまたよくわからないものが現れた。
魔、とついてるから[魔眼]の仲間だろうか。それにしては、スキルじゃなく『種族』ってどういうことだろう。
[魔眼]のことも解ってないのに……。
「うーん……」
寝転がったまま、天井に片手の掌を向けて、握ったり開いたりを繰り返す。
と、何か違和感がある。
アンダーシャツの袖から見える手首が、妙に太い気がする。
袖を捲くろうとしたら、二の腕のあたりできつくなった。
前は肩まで余裕で捲れたのに。
足も太く、というか長くなっている気がする。ハーフパンツで隠れていた膝が半分程見えている。
腹のあたりに手を置くと、妙にゴツゴツした感触がある。食べすぎて腹が出てるのとは違う様子だ。
裾をめくると、腹筋がバキバキに割れていた。
「えっ!?」
戦闘訓練を積んでいたとはいえ、筋肉はここまでついていなかった。
むしろ、魔法使い組でもないのに筋肉が増えなくて、亜院や椿木にいじられていたのに。
「魔人って……そうか!」
僕はある結論に達した。
「筋肉魔人ってことだな!」
違うと知ったのは、だいぶ後になってからだった。
「食欲魔人かもしれない!」
このときは納得していた。
***
ビイラさんの帰宅は深夜になった。
起きているつもりだったのに、ステータスを見ながらあれこれ考えていたら、寝落ちしていた。
翌朝、目覚めるとビイラさん達は既に起きていて、僕が自分で起きるのを待ってくれていた。
「すみません、寝過ぎてしまって」
「『隻眼』を討伐したのですから、疲れて当然です。もう良いのですか?」
謝ると、逆に気遣われてしまった。
「はい。おかげさまでよく眠れました。それで……」
僕が促すと、キラーベアの報酬について村で決まったことを話してくれた。
まず、冒険者ギルドへ出していた依頼と同額の報酬金。
それと、キラーベアの買取金額全額。
更に、僕の冒険者ランク昇格推薦状を書いてくれることになった。
「このくらいしかできなくて、申し訳ない」
布袋と筒状に丸めた書状を、目の前のテーブルに置かれた。
キラーベアの危険度がBだから、報酬金は10万ゴルです、とビイラさんが説明してくれた。ゴルはこの世界の共通通貨だ。
キラーベアは毛皮や牙、内蔵などは道具や薬の素材になり、肉も食用になる。
尚且二つ名持ちの素材だから、希少価値がついて値段が跳ね上がる。
その場で競りのようなことをやった結果、20万ゴルで競り落とした商人さんがいたそうだ。
つまり布袋には、1万ゴル金貨30枚が入っている。
「……あの、つかぬことをお伺いしますが」
「何でしょう? やはり、少ないですよね」
「いえ、金額のことでは……いや、ある意味金額のことなのですが、少ないと言う話ではなくて」
まさか、という思いで混乱する頭を、どうにか整頓する。
「報酬金、桁が多すぎませんか?」
「はい?」
ビイラさんと話をしてわかったことがある。
どうやら僕は、スタグハッシュの神官さんに、騙されていたらしい。
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「貴方がたにはひとまず、冒険者として経験を積んでいただきます。ギルドとの手続きはこちらでやっておきますので」
スタグハッシュ国の神官、サントナさんは召喚されて少しした頃の僕たちに、そう告げた。
サントナさんは僕たちの身の回りのことをしてくれる担当者さんのうちのひとりだ。
「冒険者とは?」
土之井が尋ねると、サントナさんは少し面倒くさそうに説明を始めた。
「クエスト……ギルドからの仕事依頼のことです。それをこなすのが冒険者の仕事です。クエスト内容は主に魔物討伐です。希少素材の採集や動物狩りもありますが、貴方がたがするような仕事ではないでしょう」
「俺たちがするような仕事ではない、とは何故ですか?」
「狩りや採集は、クエストのランクが低いのです。貴方がたは『チート』によって、既に十分お強い。その力で低ランクのクエストを根こそぎとられてしまっては、低ランク冒険者達に仕事が行き届かなくなります」
クエストのランクはS、A~Hとあり、冒険者も同じようにランク付けされる。
冒険者ランクのスタートは本来Hからのところを、召喚された者ということで特別にFからという扱いになった。
僕の現在のランクはE。亜院と不東がBで、土之井がC、椿木がDだったはずだ。
ランク昇格は、レベルで決まる。レベルを上げるために必要な経験値は、魔物を討伐する際の貢献度で受け取る量が変わる。
貢献度は与ダメージ量と言っても過言じゃない。
後方支援に回ることの多い土之井や椿木のランクが亜院と不東に劣るのはそのせいで、僕だけが一人、Eのままだった。
「仕事でしたら、報酬を頂けるはずですよね」
「……そのとおりです」
土之井の最後の質問に答える前、サントナさんが苛立たしげに小さく舌打ちした気がした。
あれは気のせいではなかったのだ。
***
命じられて魔物討伐して、僕たち五人に与えられた報酬は、ビイラさんに教えてもらった額のたったの十分の一だ。
魔物の死骸は処分に手間がかかるという理由で、更にそこから何割か減らされていた。
冒険者ランクの話も殆ど嘘だ。
昇格にレベルは関係ない。ランクに応じた危険度のクエストを一定数達成しなければならない。
ランクは手元に『冒険者カード』というものがないと上がらない仕組みになっているらしい。
そんなカードは受け取っていない。
カードは自分で所持していないと殆ど意味がない。
「ですから、この報酬は受け取れません」
お城でギルド経由ではなく別の人経由で冒険者の仕事を斡旋され、報酬をピンはねされていたことを話した。
騙されていたことに愕然としつつも、僕は改めて報酬の受け取りを拒否した。
城で貰ったお金は全て置いて出てきてしまったから現在一文無しだけれど、仕方ない。
しかしビイラさんも首を横に振る。
「これは『冒険者のトウタさん』ではなく、『キラーベアを討伐したトウタさん』が受け取るべき正当な報酬です」
ビイラさんは布袋と書状を手に取ると、僕の手に押し付けた。
「昇格推薦状とは別に、この村の長である私が一筆書きます。元のカードを取り戻すことが無理でも、ギルドで便宜を図ってもらえるはずです」
「……ありがとうございます」
布袋ごと僕の手を包んだビイラさんの手は、とても温かくて。
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