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第二章
27 トレーニングと民族衣装
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船は予定通りにアブシットのある大陸へ到着した。
海にも魔物はいるはずなのだが、やはり遭遇しなかった。
船員さん達から「魔物が全く出ないなんて幸運な航海だったな」なんて会話が聞こえてくるから、普段は魔物に襲われることも少なくないのだろう。
海の魔物の強さはよく知らないが、僕の魔物避けが効いていたのかもしれない。
遭遇しない方が良いに決まっているのだから、何よりだ。
「フェリチ、セレ、大丈夫か?」
セレも酔い止めの薬のおかげで、初日以降船酔いはしなかったが、なにせ初めての船旅で、しかも二十日間も船上の人だったのだ。
僕ですら揺れない地面に少々戸惑った。
「大丈夫です」
「揺れないはずなのにぐらぐらするー」
フェリチに強がっている様子はない。セレは発言通りにヨロヨロしながら歩いている。
「ディールさんこそなんともないのですか?」
僕は元々乗り物酔いをしない性質だ。今回の船旅も、独特の揺れには徐々に慣れ、酔い止めを飲まずとも一切酔わなかった。
「平気」
「よかったです」
フェリチがほっと息を吐く。
「ディール殿、皆様、こちらです」
ウィリディスからついてきた騎士さんのひとりが、僕たちを手招きしている。
素直に従うと、宿屋に案内された。部屋は既にとってあるという。
ウィリディスでお世話になりはじめてからというもの、こういう待遇が増えて、有り難いとともに危機感を覚える。
僕の力の根底は、生まれつきのものだ。
鍛錬を積んで得たものではない。
ドラゴンの力にしたって、どうにも意図がつかめず気まぐれなものの様子だから、いつどうなるかわからない。
ある日突然、どちらの力も消えてしまってもおかしくないのだ。
あの国王陛下ならば、僕が力を失っても待遇を変えずにいてくれるかもしれないが、スルカスでは第二王子というよくわからない人物が突然、僕を追放しようとした。
陛下は良しとしても、別の人物が僕を放り出す可能性はある。
なにせこれまで、顔と名前の一致しない他人が大勢、僕をさんざん攻撃してきたのだ。
いつどこで、何が起きても、ひとりで何でもできるようになっておきたい。
「どうしました? お疲れなのでは」
僕の顔を、フェリチが見上げていた。
ひとりで何でもできるようになるのはいいけど、フェリチとは離れたくないな。……って、何を考えているんだ、僕は。
「ちょっと考え事してただけ。不調はないよ」
「そうですか。出発は明日だそうですから、今日はもうゆっくり……えっと、ディールさんが寝込まない程度にゆっくりしましょう」
「ははは、そうするよ」
船上では甲板の上で剣を振ることができたので、身体は十分に動かせている。
宿で一晩過ごし、翌朝、アブシット王都へ向かう馬車に乗った。
この大陸にはまだウィリディスの揺れない馬車は入ってきていない。ガタゴトと揺れることに、懐かしさを覚えた。
フェリチとセレは酔い止めを摂取済みだ。
「ひいいー、こんなに揺れるんだねぇー」
セレは揺れる馬車に何かしらの感銘を受けている。
「揺れない馬車ってセレが作ったんじゃないのか? 作る前は普通の馬車に乗ってたんだろう?」
「あれはー、振動を制御する装置を作っただけー。馬車に取り付けたのは別の人ー。馬車って殆ど乗ったことなかったからー、揺れない馬車がどれだけありがたいか、いま身に沁みたー」
セレは三人掛けの椅子を占領し、端に座ったり真ん中に座ったり、立ち上がって僕とフェリチに「危ないからやめなさい」と窘められたり、狭い馬車の中でよくそれだけ動けるなと驚くくらい馬車を調べ尽くした。
「……うん、うん。もうちょっと改良できそうだねぇー」
「揺れない馬車をですか? もう十分揺れませんよ」
「たまにガッタンってなるのってー、大きな石とかに乗り上げたときでしょー? あれもなんとかできそうー」
確かに、揺れないと言っても限度がある。
でも僕もフェリチと同意見で、あれだけ揺れないならもう完璧ではないかと思う。
「まー、今は馬車の研究してる暇あんまりないけどねー。時間ができたらー、もっと普通の馬車に乗ってみるー」
そう言って、セレは座って足と腕を組み、目を閉じてしまった。
どうやら考えをまとめているらしい。
僕とフェリチは邪魔にならないよう、なるべく静かに過ごした。
馬車で三日の道中もまた、魔物に遭遇しなかった。
これは珍しいことではなく、魔溶液のお陰で、もう人里周辺に魔物は滅多に現れないそうだ。
ここまではウィリディスと似たような雰囲気、空気で、別の大陸に来たという実感がなかった。
しかし、馬車を降りた瞬間、異国の地に来たのだなと痛感した。
ウィリディスの王城は一階建てだが建物自体が高く作られていて、威圧感がある。
街にある民家や店は逆に二階建て以上の建物が多い。
一方、アブシットの王都の町並みは、一階建ての建物で統一されていた。
道幅は大通りでもウィリディスの普通の道ほどで、人と物の距離が近い。
その中を僕たちの乗った馬車が通ろうとすると、人々が一斉に道を開けてくれた。
「王城行きの馬車ですからね」
と、御者さんが説明してくれた。
客車に付けている国章が、その証だそうだ。
道を開けてくれた人の中には、僕たちに手を振る人までいる。
ただドラゴン倒しに来ただけの、一般人なんだけどな。
なんだか申し訳ない。
王城につくと、まず賓客室へ案内された。
「長旅お疲れ様でした。明日の朝、我が国の国王陛下からお話がございます。それまでごゆっくりお寛ぎください」
街の様子はたしかに異国だったが、王城内の雰囲気はウィリディスにそっくりだった。王城は皆こうなのかもしれない。
僕自身は疲れていなかったが、フェリチとセレは「話は明日」と聞いてから、こころなしかほっとしている。
お言葉に甘えてゆっくりさせてもらうことにした。
とはいえ、僕は例の体質のせいで適度に体を動かさないといけないわけで。
部屋へ案内してくれた執事さんに「剣が振れる場所はないか」と尋ねたら、騎士団の練習場を教えてくれた。
「フェリチは休んでていいんだよ」
「見学するだけですから」
と、フェリチがついてきた。
多分、僕が怪我でもすれば治してくれるのだろう。
騎士団の練習場では、当然のことながらこの国の騎士たちが訓練を行っている最中だった。
ここまで連れてきてくれた執事さんが騎士の一人を捕まえて何事か話すと、騎士は僕を見て、それからどこかへ走り去り、別の人を連れてきた。
「お初にお目にかかります。貴方がディール殿で間違いないですか?」
ウィリディスの冒険者ギルドのときのように近くにリオさんはいないから、その人は僕の目を真っ直ぐ見て問うてきた。
「はい」
「私はアジマ・トラルと申します。騎士団長を努めております。ここで修練がしたいとのことですが、もしよければ我が騎士団の騎士たちと手合わせ願えませんか?」
唐突な申し出だったが、騎士団の力が見たかったので了承した。
僕が「構いませんよ」と返事をすると、アジマさんが片手をさっと上げた。
それだけで、騎士たちは一斉に壁際に整列し、練習場の真ん中が広く空いた。
「では、ブルガス。英雄殿の胸を借りてこい」
なんだか「英雄殿」の言い方に嫌味を感じる。
騎士たちの空気も妙、というより、僕はこの空気をよく知っている。
僕を「下級貴族出身」の「生意気なやつ」と見下してる連中が出す空気だ。
ブルガスは、不思議な形の剣を両手で正面に構え、やや腰を落とした。後で聞いたら「カタナ」という、この大陸独特の武器らしい。
僕はいつもの剣を抜き、片手で構えた。
「初めっ! ええっ!?」
開始の合図と同時に、僕は即座に距離を詰め、ブルガスの手を剣の柄で殴り、カタナを落とさせた。
そのまま切っ先をブルガスの喉元に突きつけると、ブルガスは信じられないという目で僕を見つつ、両手を上げた。あっさり降参してくれるのは有り難い。
これまで、この空気の中での手合わせは、相手がなかなか諦めなかったり、口撃してきたり、別の人が割り込んできたりしてたからね。
「そ、それまで!」
アジマさんの合図とともに僕が剣を引くと、ブルガスは頭をかきながらカタナを拾い上げ、壁際に引っ込んだ。
そして今度はアジマさんが自ら僕の前に出てきた。
……先程までの慣れた空気が霧散している。
「今相手をさせたブルガスは、我が騎士団で一番の強者です。それが手も足も出ないとなると、もう相手できるものはおりません。……申し訳ない、ディール殿。貴公を侮っていた」
侮られるのも悪意を向けられるのも慣れているからもう気にしないが……。
「侮っていたとは、どういうことでしょうか」
理由だけは聞いておきたかった。
「実は、ドラゴン退治は元々我が騎士団の仕事でした。ところが、貴公の噂を聞いた陛下が『ドラゴン退治はウィリディスのディールという者に任せる』と仰るので……。恥ずかしながら、嫉妬で目が曇っておりました。貴公であれば、間違いなくドラゴン討伐を果たされるでしょう」
僕は知らない間に騎士団のお株を奪っていたらしい。
「そういうことでしたら、お気持ちわからないでもありませんので、お気になさらず。ところで、向こうの隅の方でいいので、場所を貸してもらえませんか? 身体を動かさないと調子が悪くて」
「どうぞこの練習場をお好きにお使いください。ご入用のものがありましたら、用意します」
僕が隅のほうで素振りを始めると、騎士たちが遠巻きに見物しはじめた。
フェリチが居心地悪そうにしている。
僕のほうも、とてもじゃないが落ち着かない。
早々に切り上げて、貴賓室へ戻った。
「おかえりー。早かったねー」
貴賓室のリビングのテーブルの上には、所狭しとお菓子やケーキ、そしていくつかの空いた皿が乗っていた。
セレは大の甘いもの好きだ。執事さんあたりに頼んで用意してもらったのだろう。
「ただいま。うーん、動かし足りない気がする」
「何かあったのー?」
セレに一部始終を話すと、セレは眉をしかめた。
「どーしてディールはいつもそういう目に遭うんだろうねぇー。こんなに強いのにー」
「強いだけじゃどうしようもないことくらい、いくらでもあるよ」
「その諦めの姿勢も良くないよぉー」
「動かし足りないのも心配ですね。他に場所はないか、聞いてきましょうか」
「いいよ、自分で……」
「ディール、筋トレはしないの?」
「筋トレ?」
フェリチがいまにも部屋から出ていこうとするのを止めている時に、セレが妙なことを言い出した。
「筋肉鍛錬。広い場所で剣振るだけじゃなくてー、今この場でもできるよー。例えばー」
セレは寝転がって腹の力だけで上半身を起こそうとしたり、手を頭の後ろに当てて膝を屈伸させて身体を上下させたりと、奇妙な動きを色々と始めた。
どれも一回から数回やっただけでセレは酷く息を切らせてしまい、フェリチの治癒魔法のお世話になった。
「はーっ、はーっ……こういうのー。ほかにもー、あるんだけどー、またこんどー……」
僕はその場で、セレの動きの真似をした。
どれも、狭い場所で動くにしては身体に負荷がかかる。こんなやり方があったとは。
「でぃ、ディールくん? まだやれるの?」
腹筋とやらを千回ほどこなしたとき、セレに止められた。
「え、うん」
「普通は十回を五セットとかから始めるもんなんだけど……冒険者だしディールだから、そんなものかなぁー……」
「私もやってみますね」
僕のとなりでフェリチが寝そべって腹筋を始めようとすると、セレが「膝曲げて、そう、そのくらい」と言いながら、フェリチの足を抑えた。
「本当はこれが初心者向けー。……フェリちゃんも、体力あるねぇ」
「は、はぁー……。疲れますね、これ……。十回でも大変です……」
女性二人がぐったりしてしまったので、僕は執事さんを呼び、水と軽い食事をお願いした。
その後はセレの指導の元、筋トレの内容を充実させた。
これでこれから、自室でも十分に体を動かせる。
「助かったよ、セレ」
「お安い御用ー」
セレは本当になんでもないふうに、手を振ってみせた。
そして翌日の朝。
早い時間に起こされて朝食を取ると、執事さんや侍女さん達に着替えを渡された。
謁見するにはこれを着てほしいとのことだったのだが……。
「どうやって着れば……」
前開きの長いローブのようだが、釦や留め具が見当たらない。
幅広の長い布を渡されたが、もしやこれで縛り付けるのだろうか。
「では着付けさせていただきます」
執事さんの手で着せられたそれは、アブシットの民族衣装だそうだ。
不思議な着方をしたので、自分で着ろと言われたら難しい。
フェリチとセレは僕のより華やかな柄のものを着て、髪をゆるく結い上げられていた。
「ディールさん、お似合いです」
「フェリチとセレも似合うよ」
「皆さんとてもお似合いです。それでは、謁見室へどうぞ」
執事さんに連れられて、僕たちはいよいよ謁見室へと向かった。
海にも魔物はいるはずなのだが、やはり遭遇しなかった。
船員さん達から「魔物が全く出ないなんて幸運な航海だったな」なんて会話が聞こえてくるから、普段は魔物に襲われることも少なくないのだろう。
海の魔物の強さはよく知らないが、僕の魔物避けが効いていたのかもしれない。
遭遇しない方が良いに決まっているのだから、何よりだ。
「フェリチ、セレ、大丈夫か?」
セレも酔い止めの薬のおかげで、初日以降船酔いはしなかったが、なにせ初めての船旅で、しかも二十日間も船上の人だったのだ。
僕ですら揺れない地面に少々戸惑った。
「大丈夫です」
「揺れないはずなのにぐらぐらするー」
フェリチに強がっている様子はない。セレは発言通りにヨロヨロしながら歩いている。
「ディールさんこそなんともないのですか?」
僕は元々乗り物酔いをしない性質だ。今回の船旅も、独特の揺れには徐々に慣れ、酔い止めを飲まずとも一切酔わなかった。
「平気」
「よかったです」
フェリチがほっと息を吐く。
「ディール殿、皆様、こちらです」
ウィリディスからついてきた騎士さんのひとりが、僕たちを手招きしている。
素直に従うと、宿屋に案内された。部屋は既にとってあるという。
ウィリディスでお世話になりはじめてからというもの、こういう待遇が増えて、有り難いとともに危機感を覚える。
僕の力の根底は、生まれつきのものだ。
鍛錬を積んで得たものではない。
ドラゴンの力にしたって、どうにも意図がつかめず気まぐれなものの様子だから、いつどうなるかわからない。
ある日突然、どちらの力も消えてしまってもおかしくないのだ。
あの国王陛下ならば、僕が力を失っても待遇を変えずにいてくれるかもしれないが、スルカスでは第二王子というよくわからない人物が突然、僕を追放しようとした。
陛下は良しとしても、別の人物が僕を放り出す可能性はある。
なにせこれまで、顔と名前の一致しない他人が大勢、僕をさんざん攻撃してきたのだ。
いつどこで、何が起きても、ひとりで何でもできるようになっておきたい。
「どうしました? お疲れなのでは」
僕の顔を、フェリチが見上げていた。
ひとりで何でもできるようになるのはいいけど、フェリチとは離れたくないな。……って、何を考えているんだ、僕は。
「ちょっと考え事してただけ。不調はないよ」
「そうですか。出発は明日だそうですから、今日はもうゆっくり……えっと、ディールさんが寝込まない程度にゆっくりしましょう」
「ははは、そうするよ」
船上では甲板の上で剣を振ることができたので、身体は十分に動かせている。
宿で一晩過ごし、翌朝、アブシット王都へ向かう馬車に乗った。
この大陸にはまだウィリディスの揺れない馬車は入ってきていない。ガタゴトと揺れることに、懐かしさを覚えた。
フェリチとセレは酔い止めを摂取済みだ。
「ひいいー、こんなに揺れるんだねぇー」
セレは揺れる馬車に何かしらの感銘を受けている。
「揺れない馬車ってセレが作ったんじゃないのか? 作る前は普通の馬車に乗ってたんだろう?」
「あれはー、振動を制御する装置を作っただけー。馬車に取り付けたのは別の人ー。馬車って殆ど乗ったことなかったからー、揺れない馬車がどれだけありがたいか、いま身に沁みたー」
セレは三人掛けの椅子を占領し、端に座ったり真ん中に座ったり、立ち上がって僕とフェリチに「危ないからやめなさい」と窘められたり、狭い馬車の中でよくそれだけ動けるなと驚くくらい馬車を調べ尽くした。
「……うん、うん。もうちょっと改良できそうだねぇー」
「揺れない馬車をですか? もう十分揺れませんよ」
「たまにガッタンってなるのってー、大きな石とかに乗り上げたときでしょー? あれもなんとかできそうー」
確かに、揺れないと言っても限度がある。
でも僕もフェリチと同意見で、あれだけ揺れないならもう完璧ではないかと思う。
「まー、今は馬車の研究してる暇あんまりないけどねー。時間ができたらー、もっと普通の馬車に乗ってみるー」
そう言って、セレは座って足と腕を組み、目を閉じてしまった。
どうやら考えをまとめているらしい。
僕とフェリチは邪魔にならないよう、なるべく静かに過ごした。
馬車で三日の道中もまた、魔物に遭遇しなかった。
これは珍しいことではなく、魔溶液のお陰で、もう人里周辺に魔物は滅多に現れないそうだ。
ここまではウィリディスと似たような雰囲気、空気で、別の大陸に来たという実感がなかった。
しかし、馬車を降りた瞬間、異国の地に来たのだなと痛感した。
ウィリディスの王城は一階建てだが建物自体が高く作られていて、威圧感がある。
街にある民家や店は逆に二階建て以上の建物が多い。
一方、アブシットの王都の町並みは、一階建ての建物で統一されていた。
道幅は大通りでもウィリディスの普通の道ほどで、人と物の距離が近い。
その中を僕たちの乗った馬車が通ろうとすると、人々が一斉に道を開けてくれた。
「王城行きの馬車ですからね」
と、御者さんが説明してくれた。
客車に付けている国章が、その証だそうだ。
道を開けてくれた人の中には、僕たちに手を振る人までいる。
ただドラゴン倒しに来ただけの、一般人なんだけどな。
なんだか申し訳ない。
王城につくと、まず賓客室へ案内された。
「長旅お疲れ様でした。明日の朝、我が国の国王陛下からお話がございます。それまでごゆっくりお寛ぎください」
街の様子はたしかに異国だったが、王城内の雰囲気はウィリディスにそっくりだった。王城は皆こうなのかもしれない。
僕自身は疲れていなかったが、フェリチとセレは「話は明日」と聞いてから、こころなしかほっとしている。
お言葉に甘えてゆっくりさせてもらうことにした。
とはいえ、僕は例の体質のせいで適度に体を動かさないといけないわけで。
部屋へ案内してくれた執事さんに「剣が振れる場所はないか」と尋ねたら、騎士団の練習場を教えてくれた。
「フェリチは休んでていいんだよ」
「見学するだけですから」
と、フェリチがついてきた。
多分、僕が怪我でもすれば治してくれるのだろう。
騎士団の練習場では、当然のことながらこの国の騎士たちが訓練を行っている最中だった。
ここまで連れてきてくれた執事さんが騎士の一人を捕まえて何事か話すと、騎士は僕を見て、それからどこかへ走り去り、別の人を連れてきた。
「お初にお目にかかります。貴方がディール殿で間違いないですか?」
ウィリディスの冒険者ギルドのときのように近くにリオさんはいないから、その人は僕の目を真っ直ぐ見て問うてきた。
「はい」
「私はアジマ・トラルと申します。騎士団長を努めております。ここで修練がしたいとのことですが、もしよければ我が騎士団の騎士たちと手合わせ願えませんか?」
唐突な申し出だったが、騎士団の力が見たかったので了承した。
僕が「構いませんよ」と返事をすると、アジマさんが片手をさっと上げた。
それだけで、騎士たちは一斉に壁際に整列し、練習場の真ん中が広く空いた。
「では、ブルガス。英雄殿の胸を借りてこい」
なんだか「英雄殿」の言い方に嫌味を感じる。
騎士たちの空気も妙、というより、僕はこの空気をよく知っている。
僕を「下級貴族出身」の「生意気なやつ」と見下してる連中が出す空気だ。
ブルガスは、不思議な形の剣を両手で正面に構え、やや腰を落とした。後で聞いたら「カタナ」という、この大陸独特の武器らしい。
僕はいつもの剣を抜き、片手で構えた。
「初めっ! ええっ!?」
開始の合図と同時に、僕は即座に距離を詰め、ブルガスの手を剣の柄で殴り、カタナを落とさせた。
そのまま切っ先をブルガスの喉元に突きつけると、ブルガスは信じられないという目で僕を見つつ、両手を上げた。あっさり降参してくれるのは有り難い。
これまで、この空気の中での手合わせは、相手がなかなか諦めなかったり、口撃してきたり、別の人が割り込んできたりしてたからね。
「そ、それまで!」
アジマさんの合図とともに僕が剣を引くと、ブルガスは頭をかきながらカタナを拾い上げ、壁際に引っ込んだ。
そして今度はアジマさんが自ら僕の前に出てきた。
……先程までの慣れた空気が霧散している。
「今相手をさせたブルガスは、我が騎士団で一番の強者です。それが手も足も出ないとなると、もう相手できるものはおりません。……申し訳ない、ディール殿。貴公を侮っていた」
侮られるのも悪意を向けられるのも慣れているからもう気にしないが……。
「侮っていたとは、どういうことでしょうか」
理由だけは聞いておきたかった。
「実は、ドラゴン退治は元々我が騎士団の仕事でした。ところが、貴公の噂を聞いた陛下が『ドラゴン退治はウィリディスのディールという者に任せる』と仰るので……。恥ずかしながら、嫉妬で目が曇っておりました。貴公であれば、間違いなくドラゴン討伐を果たされるでしょう」
僕は知らない間に騎士団のお株を奪っていたらしい。
「そういうことでしたら、お気持ちわからないでもありませんので、お気になさらず。ところで、向こうの隅の方でいいので、場所を貸してもらえませんか? 身体を動かさないと調子が悪くて」
「どうぞこの練習場をお好きにお使いください。ご入用のものがありましたら、用意します」
僕が隅のほうで素振りを始めると、騎士たちが遠巻きに見物しはじめた。
フェリチが居心地悪そうにしている。
僕のほうも、とてもじゃないが落ち着かない。
早々に切り上げて、貴賓室へ戻った。
「おかえりー。早かったねー」
貴賓室のリビングのテーブルの上には、所狭しとお菓子やケーキ、そしていくつかの空いた皿が乗っていた。
セレは大の甘いもの好きだ。執事さんあたりに頼んで用意してもらったのだろう。
「ただいま。うーん、動かし足りない気がする」
「何かあったのー?」
セレに一部始終を話すと、セレは眉をしかめた。
「どーしてディールはいつもそういう目に遭うんだろうねぇー。こんなに強いのにー」
「強いだけじゃどうしようもないことくらい、いくらでもあるよ」
「その諦めの姿勢も良くないよぉー」
「動かし足りないのも心配ですね。他に場所はないか、聞いてきましょうか」
「いいよ、自分で……」
「ディール、筋トレはしないの?」
「筋トレ?」
フェリチがいまにも部屋から出ていこうとするのを止めている時に、セレが妙なことを言い出した。
「筋肉鍛錬。広い場所で剣振るだけじゃなくてー、今この場でもできるよー。例えばー」
セレは寝転がって腹の力だけで上半身を起こそうとしたり、手を頭の後ろに当てて膝を屈伸させて身体を上下させたりと、奇妙な動きを色々と始めた。
どれも一回から数回やっただけでセレは酷く息を切らせてしまい、フェリチの治癒魔法のお世話になった。
「はーっ、はーっ……こういうのー。ほかにもー、あるんだけどー、またこんどー……」
僕はその場で、セレの動きの真似をした。
どれも、狭い場所で動くにしては身体に負荷がかかる。こんなやり方があったとは。
「でぃ、ディールくん? まだやれるの?」
腹筋とやらを千回ほどこなしたとき、セレに止められた。
「え、うん」
「普通は十回を五セットとかから始めるもんなんだけど……冒険者だしディールだから、そんなものかなぁー……」
「私もやってみますね」
僕のとなりでフェリチが寝そべって腹筋を始めようとすると、セレが「膝曲げて、そう、そのくらい」と言いながら、フェリチの足を抑えた。
「本当はこれが初心者向けー。……フェリちゃんも、体力あるねぇ」
「は、はぁー……。疲れますね、これ……。十回でも大変です……」
女性二人がぐったりしてしまったので、僕は執事さんを呼び、水と軽い食事をお願いした。
その後はセレの指導の元、筋トレの内容を充実させた。
これでこれから、自室でも十分に体を動かせる。
「助かったよ、セレ」
「お安い御用ー」
セレは本当になんでもないふうに、手を振ってみせた。
そして翌日の朝。
早い時間に起こされて朝食を取ると、執事さんや侍女さん達に着替えを渡された。
謁見するにはこれを着てほしいとのことだったのだが……。
「どうやって着れば……」
前開きの長いローブのようだが、釦や留め具が見当たらない。
幅広の長い布を渡されたが、もしやこれで縛り付けるのだろうか。
「では着付けさせていただきます」
執事さんの手で着せられたそれは、アブシットの民族衣装だそうだ。
不思議な着方をしたので、自分で着ろと言われたら難しい。
フェリチとセレは僕のより華やかな柄のものを着て、髪をゆるく結い上げられていた。
「ディールさん、お似合いです」
「フェリチとセレも似合うよ」
「皆さんとてもお似合いです。それでは、謁見室へどうぞ」
執事さんに連れられて、僕たちはいよいよ謁見室へと向かった。
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偶然にもクロムは亡霊の剣士に出会い、そして弟子入りすることになる。
それを契機にクロムの剣士としての才能が目覚め、見る見るうちに腕を上げていった。
しかしこの世界は剣士すらも魔術の才が求められる世界。
故にいつまでたってもクロムはジーヴェスト家の恥扱いが変わることはなかった。
そしてついに――
「クロム。貴様をこの家に置いておくわけにはいかなくなった。今すぐ出て行ってもらおう」
魔術師として最高の適性をもって生まれた優秀な兄とこの国の王女が婚約を結ぶことになり、王族にクロムの存在がバレることを恐れた父によって家を追い出されてしまった。
しかも持ち主を呪い殺すと恐れられている妖刀を持たされて……
だが……
「……あれ、生きてる?」
何故か妖刀はクロムを呪い殺せず、しかも妖刀の力を引き出して今まで斬ることが出来なかったモノを斬る力を得るに至った。
そして始まる、クロムの逆転劇。妖刀の力があれば、もう誰にも負けない。
魔術師になれなかった少年が、最強剣士として成り上がる物語が今、幕を開ける。
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