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第一章
17 いざドラゴンの元へ
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まずは馬車で三日掛けて北へ進み、その後は登山となった。
ドラゴンというのはどうも、高い山のてっぺんか深い谷の一番下、巨大な洞窟の最奥にいるものらしい。
ドラゴンだからその気になれば人里までひとっ飛びだし、事実ドラゴンの気まぐれで、ある日突然人里がひとつふたつ壊滅していた、なんてこともある。
今回の標的は、灰色の鱗と強欲の名を持つ、クヒディタスドラゴン。
凶悪な七匹につく強欲とか傲慢などの二つ名は、過去の伝承に由来する。
大昔、魔物は人の欲望から生まれるとされていて、その中でも特に強い七匹のドラゴンにそれぞれ、人の持つ欲望から名を付けたのだそうだ。
現在では魔物は人がいない場所にも生息していることが判明しているし、欲望から生まれるという証明もされていない。
セレの仮説によれば「草木のように魔物は種から芽吹き、種は魔物から発生する」だそうだ。
「初耳だ。あの国では魔物の存在を『当然のもの』だとするところで思考停止していた」
セレから聞いた話をリオさんに話すと、自嘲気味にそうこぼした。
「僕は疑問にすら思いませんでしたよ。魔物はそこにいて当然って感じで」
リオさんは息ひとつ切らさず山の急斜面をずんずんと登っている。
僕も疲れてはいないが、フェリチがそろそろ限界だ。
どこか休めるところは……。
「あの辺りで野営しましょうか」
丁度良く、平たくなっている場所を見つけた。大きな人がひとりいるが、三人くらいなら余裕で横になれるだろう。
もし斜面が続くようなら、僕が力ずくで山を削るつもりだったから、運が良かった。
「フェリチ、休んで」
「はい」
食事の支度をしようとするフェリチに命令すると、フェリチは素直に従い、僕が用意した焚き火の前の毛布にちょこんと座った。
最近、僕の言うことをよく聞いてくれる。
でも僕が言う前に休んでほしいのが本音だ。
「お城でディールさん達と鍛錬して、体力つければよかったです。つい、勉強が楽しくて……」
「勉強だって立派な鍛錬だよ。お陰で魔法の威力も上がったんでしょ? 助かるよ」
フェリチは以前と比べて、少ない魔力で効率的に効果を発揮する術を身に着けていた。
魔力の使用量が少なくなれば、使用回数が増える。
僕とリオさんでピンチに陥ることはこれまでなかったが、不測の事態やいざという時への備えはいくらあっても困らない。
「ディールの言う通りだ。ディールに気を遣わせるのではなく、自分から言えるようになるといい」
「仰る通りですね。気をつけます」
リオさんはこういうことをビシっと言ってくれる。
そして、料理もしてくれるので本当に頼もしい。
登山五日目。順調に進んでいる。
標高が高くなるにつれ、空気が薄くなる。
休憩の頻度を増やし、少しずつ進むしかない。
フェリチは限界が来る前に申告してくれるようになったので、僕とリオさんは考えることがひとつ減った。
そして相変わらず、魔物は出ない。
「ここまで一匹も気配すら無いとはな」
何度目かの休憩でリオさんが僕をじっと見てきた。
「本当に不調はないのか」
「ないですよ。体力有り余ってますし」
リオさんとルルムさんには、セレに言われたことを共有した。
僕の瞳に人の器ではありえないほどの魔力が入っていると聞いて、青ざめたのはリオさんだ。
リオさん自身、魔力が少しだけある。
氷の魔法が少し使える程度で、戦い向きではないが。
「以前、うっかり魔力回復薬を飲んでしまったら、三日は吐き気が止まらなくなってな」
人の身体に魔力が入りすぎると、そんなことになるのか。
「うええ、それはどう対処したんですか?」
「魔力が自然と抜けるまで待つしかなかったよ」
リオさんはその時のことを思い出したかのように、気分悪そうに口に手を当てた。
「ディールさんの場合は瞳にだけ魔力が溜まっていますからね。回復薬みたいに経口摂取して内蔵から吸収したわけではないので、リオさんが心配なさるようなことは無いと思います」
城での勉強ですっかり魔力に詳しくなったフェリチが解説してくれた。
「なるほどな。だがまあ、ディールは昔から体調の悪さを我慢する傾向がある。先日のフェリチのことを言えんのだよ」
「そうだったんですか」
「フェリチに変なこと吹き込まないでくださいっ」
僕の場合は我慢したくてしたのではない、我慢するしかなかったんだ。
「あの頃は環境がそうさせていたが、今は違う。不調はすぐに言うんだぞ」
リオさんに言われて、はっと気づいた。
そうだった。今は、我慢しなくていい。体調が悪いときはちゃんと言わないと、余計に迷惑をかけてしまう。
「重々承知しました」
僕が返事をすると、リオさんは納得したように頷いた。
とはいえ、本当に不調はない。
山登りも、七日目を越えた頃からリオさんですら疲れを見せるようになってきた。
僕一人が疲れもなく元気だ。
「……妙だな」
鞘ごとの剣を杖代わりに歩くリオさんが、ふと呟いた。
僕も、そのことに気づく。
「ドラゴンの気配、ないですね」
アロガンティアドラゴンのときは耐え難い悪臭が漂っていた。
今は、何も臭わない。
それに、凶悪なドラゴンのことだ。山を登る人間を見つけたら、襲ってきても良さそうなのに。
「ディールさんの『魔物避け』が、ドラゴンにも効いてる……とか」
フェリチが本気とも戯言ともつかない意見を述べる。
「凶悪な七匹って、七匹とも大体同じくらいの強さなんですよね?」
「伝承ではそうらしいが、実際のところはわからん。複数匹倒した人間など、伝説と化しているからな」
自然と、全員の足が止まる。
八日間かけて登ってきた山は、まだ山頂が見えない。
「あの、多分ですね」
僕は思い切って、二人に切り出した。
「どうした?」
「僕ひとりなら、山頂まですぐに行って帰ってこれます」
これまで二人に合わせ、普通の人間の速度で山登りしてきた。
でも今の、どうやら瞳にドラゴンの魔力を宿した僕なら、この山を数時間で駆け登れるという、謎の自信があるのだ。
リオさんとフェリチが顔を見合わせた。
「危険です、とお止めしたいところですが……ドラゴンの気配がないのならば、それも手ですね」
「最悪の場合を考えると、それが最善かもしれん」
リオさんの言う最悪の場合というのは、ドラゴンが拠を移した可能性だ。
もしくは、僕の接近を察して他の魔物のように他所へ逃げてしまったか。
どちらにせよ、山頂にドラゴンがいない場合は、探し直しが発生する。
それと、僕はもうドラゴンに遭えず、討伐の仕事が請けられないという意味にもなる。
「今日は野営地を見つけたら、すぐに休みましょう。それで明日の朝、フェリチは結界を張ってリオさんと待機して欲しい」
「わかりました」
「リオさん、フェリチをお願いします」
「任せておけ」
ざっくりとした作戦を決めて、僕たちは早めに休息を取ることを選んだ。
翌朝は日の出とともに行動を開始した。
「はっ!」
フェリチが気合とともに杖で地面を突くと、野営地の周りに頑丈な結界が張られた。
僕でも本気で殴らないと壊れないくらい強固なものだ。
「すごいな、ここまでの結界は見たことがない」
リオさんも驚いている。
「これなら安心だ。助かるよ、フェリチ」
「お役に立てて何よりです。お気をつけて、ディールさん」
「くれぐれも無理はするなよ」
「はい。行ってきます」
フェリチに強化魔法を掛けてもらうと、僕は二人に背を向け、山頂へ向かって駆け出した。
急な斜面でも指に力を入れれば岩肌に穴が開き、とっかかりができる。
空気の薄さも問題にならない。
やがて――三十分くらい全力で走り続けただろうか。
山頂にたどり着いた。
山は中腹あたりから木は全く生えず、草も乏しかった。
それなのに、山頂の巨大な窪みには藁のようなものが敷き詰められている。
ここに巨大な何かがいたのは間違いなさそうだ。
でも、巨大な何かは、どこにもいない。
最悪の事態が起きてしまっていた。
それを確認し、今度は山を滑るように降りた。
「――戻りましたっ!」
帰りは十分ほどで済んだ。フェリチが疲労回復の治癒魔法を掛けてくれたが、特に何かが回復した気はしない。
「早いな! どうだった?」
「いませんでした」
山頂の様子を簡単に話すと、リオさんの顔が曇った。
「最悪の事態が起きていたか。いつから居ないか、分からなかったか」
「流石にそこまでは。なるべく急いで戻りましょう」
「そうしたいところだが、俺とフェリチはお前の足手まといになる。先に帰ってこのことを伝えてくれ」
二人を足手まといだと感じたことはない。
フェリチの魔法と料理はいつも僕を元気づけてくれたし、リオさんがいてくれるお陰で不寝番の時間が減り、余裕が持てた。
と言っても、今はそれを説明している場合ではない。
「わかりました。ふたりとも、気をつけて」
「ディールもな」
「はい!」
フェリチの強化魔法はまだ効いていたが、重ねがけをしてもらった。
八日間かけて登った山を三時間ほどで降りた。
更に、馬車で三日の距離を走り続け、半日ほどで皇都へ帰還した。
……フェリチの強化魔法もあるとはいえ、自分の体力と足の速さにちょっと引く。
そのまま皇城へ向かうと、僕を視認した城門の門番さんが駆け寄ってきた。
「ディール様、ご無事で何よりです! 実は只今ただならぬ事態が起きておりまして」
「もしかしてドラゴンですか? 山頂にいなかったんです」
「その通りです! ……えっ、山頂からここまでもう帰ってきて……?」
「今は気にしてる場合じゃないです! ドラゴンはどこですか?」
「それが、スルカス国の上空を旋回して、無差別に攻撃を繰り返している模様です」
スルカス国と聞いて、僕は一瞬気が抜けた。
いやいや、アニスさんや病で臥せりながらも僕を気にかけてくれた国王陛下、それに、貴族以外の人たちは基本的に罪はない。
と言っても、箱馬車で二十日の距離は、さすがの僕でもすぐに向かうのは無理だ。
「ディール様が戻り次第、研究所へ、という命令が下っております。すぐに向かってください」
「研究所?」
どうして、と問う間も惜しい。
「わかりました、すぐ向かいます」
僕は門番さんにそれだけ言うと、城門を抜けて研究所へ向かった。
「ディールー! もう来てくれたのー」
研究所の外に、箱馬車を金属で厳つくしたような物体がそびえ立っていた。
その前で研究員達に指示を飛ばしていたセレが僕に気づき、白衣の袖を振っている。
「はい。これは一体?」
「ディールをスルカスへ送る装置ー。って言っても試作品だから安全の保証ができないのとー魔力たくさんつかうー」
「スルカスへ送るって、そんなものが……」
「あのねー、大昔には転移魔法っていうのが存在してたらしいのー。文献を紐解いてー……って、説明してる場合じゃないね」
セレが間延びした口調をぴたりと止めた。それだけで、今が緊急事態だということがひしひしと伝わる。
「スルカスはここから遠い。でもドラゴンにとっては、ちょっと散歩くらいの距離しかない。元々この国にいたドラゴンだから、何故もっと早く討伐しなかったのかと、難癖つけられる恐れもある」
真面目で早口のセレには違和感しかないが、黙っておく。
「何より、スルカスにだって無辜の民はいる。とはいえ、ディールはあの国で散々な目に遭ったって聞いてるし、一度は追放処分を受けたディールがあの国を救う理由は無い。だから、断っても――」
「行くよ。あの国にもお世話になった人はいるんだ」
セレの言葉を遮って決意表明すると、セレは左目を見開いてから、すぐにあの不安になる笑みを浮かべた。
「さっきも言ったけど安全性は保証できないのと、ディールの魔力をたくさん使わせてもらう」
「わかってる」
「じゃあ入って。すぐ飛ばすわ」
見た目箱馬車の魔改造だから、入り口も箱馬車に似ている。
中に座席はなく、外見とは裏腹にかなり狭い。僕一人が立っているのがやっとだ。
『いくよー。3、2、1――』
通信魔道具越しみたいな音になったセレの声が響いたあと、爆発音。
思わず目と耳を塞ぎ……そっと目を開けると、見覚えのある城壁の前に立っていた。
腰の物入れから振動がする。通信魔道具が震えていた。
『どうかな?』
セレだ。
「多分スルカス王城の前だと思う」
『よかった、成功したんだね。魔物の臭いはどうかな』
「する。あんまり臭わないのはどんどん遠ざかってるけど……一番気持ち悪いのはすぐ近くにいる」
『じゃあ、あとは好きに暴れて頂戴。でも無理だけはしないでね。魔力は減ってるはずだから』
言われて自分の身体を意識すると、フェリチの強化魔法は切れていて、力もいつもの半分くらいしか入らない。
アロガンティアドラゴンを倒す前の僕でもアロガンティアドラゴンは倒せたのだから、問題ないだろう。
「大丈夫。じゃあ、行ってくる」
通信を切ると、僕は一番酷い臭いのもとへ駆け出した。
ドラゴンというのはどうも、高い山のてっぺんか深い谷の一番下、巨大な洞窟の最奥にいるものらしい。
ドラゴンだからその気になれば人里までひとっ飛びだし、事実ドラゴンの気まぐれで、ある日突然人里がひとつふたつ壊滅していた、なんてこともある。
今回の標的は、灰色の鱗と強欲の名を持つ、クヒディタスドラゴン。
凶悪な七匹につく強欲とか傲慢などの二つ名は、過去の伝承に由来する。
大昔、魔物は人の欲望から生まれるとされていて、その中でも特に強い七匹のドラゴンにそれぞれ、人の持つ欲望から名を付けたのだそうだ。
現在では魔物は人がいない場所にも生息していることが判明しているし、欲望から生まれるという証明もされていない。
セレの仮説によれば「草木のように魔物は種から芽吹き、種は魔物から発生する」だそうだ。
「初耳だ。あの国では魔物の存在を『当然のもの』だとするところで思考停止していた」
セレから聞いた話をリオさんに話すと、自嘲気味にそうこぼした。
「僕は疑問にすら思いませんでしたよ。魔物はそこにいて当然って感じで」
リオさんは息ひとつ切らさず山の急斜面をずんずんと登っている。
僕も疲れてはいないが、フェリチがそろそろ限界だ。
どこか休めるところは……。
「あの辺りで野営しましょうか」
丁度良く、平たくなっている場所を見つけた。大きな人がひとりいるが、三人くらいなら余裕で横になれるだろう。
もし斜面が続くようなら、僕が力ずくで山を削るつもりだったから、運が良かった。
「フェリチ、休んで」
「はい」
食事の支度をしようとするフェリチに命令すると、フェリチは素直に従い、僕が用意した焚き火の前の毛布にちょこんと座った。
最近、僕の言うことをよく聞いてくれる。
でも僕が言う前に休んでほしいのが本音だ。
「お城でディールさん達と鍛錬して、体力つければよかったです。つい、勉強が楽しくて……」
「勉強だって立派な鍛錬だよ。お陰で魔法の威力も上がったんでしょ? 助かるよ」
フェリチは以前と比べて、少ない魔力で効率的に効果を発揮する術を身に着けていた。
魔力の使用量が少なくなれば、使用回数が増える。
僕とリオさんでピンチに陥ることはこれまでなかったが、不測の事態やいざという時への備えはいくらあっても困らない。
「ディールの言う通りだ。ディールに気を遣わせるのではなく、自分から言えるようになるといい」
「仰る通りですね。気をつけます」
リオさんはこういうことをビシっと言ってくれる。
そして、料理もしてくれるので本当に頼もしい。
登山五日目。順調に進んでいる。
標高が高くなるにつれ、空気が薄くなる。
休憩の頻度を増やし、少しずつ進むしかない。
フェリチは限界が来る前に申告してくれるようになったので、僕とリオさんは考えることがひとつ減った。
そして相変わらず、魔物は出ない。
「ここまで一匹も気配すら無いとはな」
何度目かの休憩でリオさんが僕をじっと見てきた。
「本当に不調はないのか」
「ないですよ。体力有り余ってますし」
リオさんとルルムさんには、セレに言われたことを共有した。
僕の瞳に人の器ではありえないほどの魔力が入っていると聞いて、青ざめたのはリオさんだ。
リオさん自身、魔力が少しだけある。
氷の魔法が少し使える程度で、戦い向きではないが。
「以前、うっかり魔力回復薬を飲んでしまったら、三日は吐き気が止まらなくなってな」
人の身体に魔力が入りすぎると、そんなことになるのか。
「うええ、それはどう対処したんですか?」
「魔力が自然と抜けるまで待つしかなかったよ」
リオさんはその時のことを思い出したかのように、気分悪そうに口に手を当てた。
「ディールさんの場合は瞳にだけ魔力が溜まっていますからね。回復薬みたいに経口摂取して内蔵から吸収したわけではないので、リオさんが心配なさるようなことは無いと思います」
城での勉強ですっかり魔力に詳しくなったフェリチが解説してくれた。
「なるほどな。だがまあ、ディールは昔から体調の悪さを我慢する傾向がある。先日のフェリチのことを言えんのだよ」
「そうだったんですか」
「フェリチに変なこと吹き込まないでくださいっ」
僕の場合は我慢したくてしたのではない、我慢するしかなかったんだ。
「あの頃は環境がそうさせていたが、今は違う。不調はすぐに言うんだぞ」
リオさんに言われて、はっと気づいた。
そうだった。今は、我慢しなくていい。体調が悪いときはちゃんと言わないと、余計に迷惑をかけてしまう。
「重々承知しました」
僕が返事をすると、リオさんは納得したように頷いた。
とはいえ、本当に不調はない。
山登りも、七日目を越えた頃からリオさんですら疲れを見せるようになってきた。
僕一人が疲れもなく元気だ。
「……妙だな」
鞘ごとの剣を杖代わりに歩くリオさんが、ふと呟いた。
僕も、そのことに気づく。
「ドラゴンの気配、ないですね」
アロガンティアドラゴンのときは耐え難い悪臭が漂っていた。
今は、何も臭わない。
それに、凶悪なドラゴンのことだ。山を登る人間を見つけたら、襲ってきても良さそうなのに。
「ディールさんの『魔物避け』が、ドラゴンにも効いてる……とか」
フェリチが本気とも戯言ともつかない意見を述べる。
「凶悪な七匹って、七匹とも大体同じくらいの強さなんですよね?」
「伝承ではそうらしいが、実際のところはわからん。複数匹倒した人間など、伝説と化しているからな」
自然と、全員の足が止まる。
八日間かけて登ってきた山は、まだ山頂が見えない。
「あの、多分ですね」
僕は思い切って、二人に切り出した。
「どうした?」
「僕ひとりなら、山頂まですぐに行って帰ってこれます」
これまで二人に合わせ、普通の人間の速度で山登りしてきた。
でも今の、どうやら瞳にドラゴンの魔力を宿した僕なら、この山を数時間で駆け登れるという、謎の自信があるのだ。
リオさんとフェリチが顔を見合わせた。
「危険です、とお止めしたいところですが……ドラゴンの気配がないのならば、それも手ですね」
「最悪の場合を考えると、それが最善かもしれん」
リオさんの言う最悪の場合というのは、ドラゴンが拠を移した可能性だ。
もしくは、僕の接近を察して他の魔物のように他所へ逃げてしまったか。
どちらにせよ、山頂にドラゴンがいない場合は、探し直しが発生する。
それと、僕はもうドラゴンに遭えず、討伐の仕事が請けられないという意味にもなる。
「今日は野営地を見つけたら、すぐに休みましょう。それで明日の朝、フェリチは結界を張ってリオさんと待機して欲しい」
「わかりました」
「リオさん、フェリチをお願いします」
「任せておけ」
ざっくりとした作戦を決めて、僕たちは早めに休息を取ることを選んだ。
翌朝は日の出とともに行動を開始した。
「はっ!」
フェリチが気合とともに杖で地面を突くと、野営地の周りに頑丈な結界が張られた。
僕でも本気で殴らないと壊れないくらい強固なものだ。
「すごいな、ここまでの結界は見たことがない」
リオさんも驚いている。
「これなら安心だ。助かるよ、フェリチ」
「お役に立てて何よりです。お気をつけて、ディールさん」
「くれぐれも無理はするなよ」
「はい。行ってきます」
フェリチに強化魔法を掛けてもらうと、僕は二人に背を向け、山頂へ向かって駆け出した。
急な斜面でも指に力を入れれば岩肌に穴が開き、とっかかりができる。
空気の薄さも問題にならない。
やがて――三十分くらい全力で走り続けただろうか。
山頂にたどり着いた。
山は中腹あたりから木は全く生えず、草も乏しかった。
それなのに、山頂の巨大な窪みには藁のようなものが敷き詰められている。
ここに巨大な何かがいたのは間違いなさそうだ。
でも、巨大な何かは、どこにもいない。
最悪の事態が起きてしまっていた。
それを確認し、今度は山を滑るように降りた。
「――戻りましたっ!」
帰りは十分ほどで済んだ。フェリチが疲労回復の治癒魔法を掛けてくれたが、特に何かが回復した気はしない。
「早いな! どうだった?」
「いませんでした」
山頂の様子を簡単に話すと、リオさんの顔が曇った。
「最悪の事態が起きていたか。いつから居ないか、分からなかったか」
「流石にそこまでは。なるべく急いで戻りましょう」
「そうしたいところだが、俺とフェリチはお前の足手まといになる。先に帰ってこのことを伝えてくれ」
二人を足手まといだと感じたことはない。
フェリチの魔法と料理はいつも僕を元気づけてくれたし、リオさんがいてくれるお陰で不寝番の時間が減り、余裕が持てた。
と言っても、今はそれを説明している場合ではない。
「わかりました。ふたりとも、気をつけて」
「ディールもな」
「はい!」
フェリチの強化魔法はまだ効いていたが、重ねがけをしてもらった。
八日間かけて登った山を三時間ほどで降りた。
更に、馬車で三日の距離を走り続け、半日ほどで皇都へ帰還した。
……フェリチの強化魔法もあるとはいえ、自分の体力と足の速さにちょっと引く。
そのまま皇城へ向かうと、僕を視認した城門の門番さんが駆け寄ってきた。
「ディール様、ご無事で何よりです! 実は只今ただならぬ事態が起きておりまして」
「もしかしてドラゴンですか? 山頂にいなかったんです」
「その通りです! ……えっ、山頂からここまでもう帰ってきて……?」
「今は気にしてる場合じゃないです! ドラゴンはどこですか?」
「それが、スルカス国の上空を旋回して、無差別に攻撃を繰り返している模様です」
スルカス国と聞いて、僕は一瞬気が抜けた。
いやいや、アニスさんや病で臥せりながらも僕を気にかけてくれた国王陛下、それに、貴族以外の人たちは基本的に罪はない。
と言っても、箱馬車で二十日の距離は、さすがの僕でもすぐに向かうのは無理だ。
「ディール様が戻り次第、研究所へ、という命令が下っております。すぐに向かってください」
「研究所?」
どうして、と問う間も惜しい。
「わかりました、すぐ向かいます」
僕は門番さんにそれだけ言うと、城門を抜けて研究所へ向かった。
「ディールー! もう来てくれたのー」
研究所の外に、箱馬車を金属で厳つくしたような物体がそびえ立っていた。
その前で研究員達に指示を飛ばしていたセレが僕に気づき、白衣の袖を振っている。
「はい。これは一体?」
「ディールをスルカスへ送る装置ー。って言っても試作品だから安全の保証ができないのとー魔力たくさんつかうー」
「スルカスへ送るって、そんなものが……」
「あのねー、大昔には転移魔法っていうのが存在してたらしいのー。文献を紐解いてー……って、説明してる場合じゃないね」
セレが間延びした口調をぴたりと止めた。それだけで、今が緊急事態だということがひしひしと伝わる。
「スルカスはここから遠い。でもドラゴンにとっては、ちょっと散歩くらいの距離しかない。元々この国にいたドラゴンだから、何故もっと早く討伐しなかったのかと、難癖つけられる恐れもある」
真面目で早口のセレには違和感しかないが、黙っておく。
「何より、スルカスにだって無辜の民はいる。とはいえ、ディールはあの国で散々な目に遭ったって聞いてるし、一度は追放処分を受けたディールがあの国を救う理由は無い。だから、断っても――」
「行くよ。あの国にもお世話になった人はいるんだ」
セレの言葉を遮って決意表明すると、セレは左目を見開いてから、すぐにあの不安になる笑みを浮かべた。
「さっきも言ったけど安全性は保証できないのと、ディールの魔力をたくさん使わせてもらう」
「わかってる」
「じゃあ入って。すぐ飛ばすわ」
見た目箱馬車の魔改造だから、入り口も箱馬車に似ている。
中に座席はなく、外見とは裏腹にかなり狭い。僕一人が立っているのがやっとだ。
『いくよー。3、2、1――』
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思わず目と耳を塞ぎ……そっと目を開けると、見覚えのある城壁の前に立っていた。
腰の物入れから振動がする。通信魔道具が震えていた。
『どうかな?』
セレだ。
「多分スルカス王城の前だと思う」
『よかった、成功したんだね。魔物の臭いはどうかな』
「する。あんまり臭わないのはどんどん遠ざかってるけど……一番気持ち悪いのはすぐ近くにいる」
『じゃあ、あとは好きに暴れて頂戴。でも無理だけはしないでね。魔力は減ってるはずだから』
言われて自分の身体を意識すると、フェリチの強化魔法は切れていて、力もいつもの半分くらいしか入らない。
アロガンティアドラゴンを倒す前の僕でもアロガンティアドラゴンは倒せたのだから、問題ないだろう。
「大丈夫。じゃあ、行ってくる」
通信を切ると、僕は一番酷い臭いのもとへ駆け出した。
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クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。
S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります
内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品]
冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた!
物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。
職人ギルドから追放された美少女ソフィア。
逃亡中の魔法使いノエル。
騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。
彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。
カクヨムにて完結済み。
( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )
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