10 / 41
第一章
10 チャラ男の乱
しおりを挟む
三日後、武器屋へ行くと剣が出来上がっていた。
柄頭から切っ先まで真っ黒の、両手剣だ。
店長さんは新人店員さんと二人がかりで台の上に運んできた。
「ふう……。どうぞ、お試しください」
いくらなんでも重すぎやしないかと不安だったが、片手で簡単に持ち上がった。
しかも、両手で持ってもしっくりと手に馴染む。片手の時は自分の腕の延長かと思うくらい、思い通りに扱えた。
「いい剣ですね。ありがとうございます」
剣を讃えると、店長さんはうんうんと頷き、店員さんは驚愕に目を見開いていた。
「こちらも貴重な鉱物を扱えて光栄でしたよ」
「よくそんな重たい剣を軽々と……」
店長さんから手入れや扱いの諸注意の説明を軽く受け、代金を支払って店を出た。
「ディールさんが持つと軽そうですね」
「実際軽いよ。持ってみる?」
「遠慮しておきます」
フェリチと雑談しているうちに、今度は冒険者ギルドに到着した。
「こちらが見届人です」
ギルド長に紹介されたのは、優男という言葉がしっくりくる、細身で長身の若い男だ。僕と同い年くらいだろう。
「宜しく……」
握手しようと差し出した僕の手はスルーされ、見届人はフェリチの前に片膝をついた。
「えっ?」
「お初にお目にかかります。モリスと申します。貴方のような可憐なお嬢さんとご一緒できるとは、光栄の極みです」
「こらモリス!」
困惑するフェリチと、平然と笑顔を浮かべるモリスに、怒り出すギルド長。
僕は呆気にとられて動けなかった。
「英雄殿はこちらだぞ、失礼にもほどがある」
「こんな華奢なお嬢さんを魔物討伐に連れ歩く人が英雄だなんて、信じられませんね」
「モリスっ! 申し訳ない、英雄殿。他の者が出払っていて……」
「見届人の仕事さえしてくれれば、問題ありませんよ」
無視されるのも、悪意を向けられるのも慣れている。どちらも、こちらが気にしなければいいだけの話だ。
「魔物が逃げるって? ちゃんと見届けますよ、嘘でしたってね」
僕を肯定してくれる人の前で、ここまで失礼な奴は珍しい。
「いい加減にしろ、モリス。これ以上英雄殿に失礼を働くなら、資格剥奪だぞ」
温厚そうなギルド長がついにキレた。
それでもモリスは平然としていた。
「構いませんよ。どうせ冒険者なんて片手間でやってる暇つぶしですし」
「あの、私達時間はありますので、他の方の手が空くのを待てます」
フェリチは先程からモリスが伸ばしてくる手を避け続け、とうとう僕の背後に周り、僕の服の裾を掴みつつ杖でモリスを威嚇している。
僕は構わなくとも、フェリチが嫌がるのなら他の人を待つのもいいかな。
ところが、ギルド長に何を言われても動じなかったモリスが、突然慌てた。
「失礼しました。是非わたくしめをお連れください」
そう言って再び片膝を付き、両手を大袈裟に広げて謝罪の意を表した。
「僕のことはいいけど、フェリチが嫌がることだけは絶対しないで欲しい」
「ディールさんに失礼なことしないでください」
「はい、仰せのままに」
急に大人しくなったモリスを連れて、早速王都を出た。
徒歩で半日掛けて、魔物が営巣しているという場所までやってきた。
地面に穴が開いていたり木や岩を使って屋根らしきものを建築していた痕跡はあるのに、魔物は全くいない。
道中も、微かに魔物の臭いはしたがやはり出てこなかった。
尚モリスはというと、出発前のあの態度は何だったのかというくらい、静かについてきている。
「何も居ませんね。場所は間違いなくここなのですが」
フェリチは地図と自分の居場所を調べる魔道具を見比べている。
「一晩様子を見よう。モリス、このあたりの魔物なら倒せるんだよな?」
「ええ、当然です」
魔物が出なかったため、モリスの腕を見る機会がなかった。
「じゃあちょっと周辺を探索してくる。フェリチは……」
ここにモリスと残ってて貰うつもりだったのに。
「一緒に行こう」
何故だかそれが不快に思えて、ついそう言っていた。
「はい」
フェリチはこころなしかホッとしたような表情をした。
一時間ほど、野営地からあまり離れないように気をつけながら周辺を探索した。
魔物の臭いは少しも感じない。
冒険者が寄り付いていないのに折角作りかけた巣を放棄して逃げ出すなんて、魔物らしくない。
すると、やはり僕のせいだろうか。
「いませんね。戻りましょうか」
「うん」
あまり居ないのも困る。
魔物が僕を目の前にして逃げたとか、決定的な証拠を見せないと、モリスは納得しないに違いない。
野営地に戻ると、モリスがぼんやりとした表情で、焚き火を小枝でつついていた。
「魔物出た?」
「いえ全く」
モリスは眠たげだ。
冒険者なら一晩二晩くらい徹夜しても平気なはずなのに。フェリチだって一晩くらいなら余裕で起きていられる。
出来て当然という話であって、完徹が良いという訳では無いが。
眠れるなら眠るに越したことはない。
「フェリチも先に寝なよ。不寝番は僕がする」
「お言葉に甘えて。おやすみなさい」
フェリチは返事をしてくれたが、モリスは無言で自分の毛布にくるまった。
二時間くらいして、モリスがごそりと起き出した。
「よく寝ました。不寝番、代わりますよ」
眠る前とは打って変わって、しっかりしている。
その姿に妙な違和感を覚えたが、気にしても仕方がないだろう。
「じゃあよろしく。おやすみ」
眠ってすぐ、嫌な予感がして身体を起こした。
「何をしている?」
モリスが、僕の剣を持ち上げようと四苦八苦していた。
「ど、どうして起きて……」
僕はわざとゆっくり起き上がり、剣を取り返した。
「もう一度聞く。何をしている?」
今度は大きめの声を出し、フェリチに起きてもらった。
フェリチは静かに身を起こし、腰をぺたりと地面につけたモリスと立ち上がって鞘のままの剣をモリスに突きつけている僕を交互に見た。
「どうなさったのですか?」
「こいつが僕の剣を持とうとしていたんだ。その理由を尋ねてる」
「違うんです! 別に盗もうとかそういうことを考えていたわけではなくて! え、英雄が使う剣を持ってみたくて!」
「なら僕が起きてる時に言えばいいだろう。どうして僕が寝てる間に?」
モリスはぐっと押し黙ると、突然身を翻して立ち上がり、自分の剣を取って、鞘から抜いた。
そしてあろうことか、フェリチの首に剣の切っ先を向けた。
「はっはは! 英雄だかなんだか知らないが、所詮田舎の男爵のガキだろう! その剣で自分の首を掻っ切れ! さもなければこいつの……」
最後まで言わせなかった。
というか喋りが長い。
僕は剣を抜き、モリスの剣を持った方の腕の肘から下を斬り落とすという動きをするだけで済んだ。
ぼとり、と剣ごと落ちた腕を、モリス本人が呆然と見つめ……それから耳障りな悲鳴があがった。
「ぎゃあああああ!!」
「フェリチ、こっちへ」
フェリチも、自分に剣を向けた相手の腕など気にも留めず、僕の横へ素早くやってきた。
「怪我は?」
「ありません。すみません、油断を」
初対面でフェリチにあんな態度を取ったのは、このときのために「フェリチには危害を加えない」という先入観を植え付けるためだったか。
「無事ならいいんだ。拘束魔法とかって使える?」
魔力がない僕は、魔法に疎い。世間には様々な魔法があるということだけ知っているから、訊いてみた。
「使ったことはありませんが、知っています。やってみますね」
フェリチはゆっくりと自分の毛布のところへ戻り、杖を手にとって、両膝をついて斬られた腕を押さえているモリスに杖を向けた。
緑色の風が巻き起こり、モリスの全身に絡みつく。そのまま、モリスはガッチリと固まった。
「一応腕も治してやって。失血死されたら面倒だ」
「はい」
いつものフェリチなら治癒魔法を率先して使ってくれる。
だけど今は、すべての動作にわざと時間を掛けている。
モリスのことが許せないのだろう。
治癒魔法の光も、いつもより弱々しい。
腕が完全にくっつくまで、十分近く要した。
「お前、貴族か? それとも騎士団にいたとか」
腕がくっついたモリスに話しかけるが、返事はない。
「まあいいか。ギルドに戻ってギルド長に話を聞こう」
「ふん、無駄だ」
モリスは僕と目を合わせないように必死に顔を背けながら、吐き捨てた。
「お前、自分が何をやったか分かってるか? 見届人の腕を斬り落とし、拘束しているんだぞ。誰がどう見たって、お前が悪い」
「私が証言します」
「はん、偽聖女も同罪だ。お前みたいな小娘に演技でも傅くなんてしなきゃよかった」
フェリチの事情まで知っていたのか。
僕は鞘に収めていた剣をもう一度抜き、モリスの顎の下に切っ先を当てた。
なんだか、ものすごく苛々する。
「僕のことはいいと言った。でも、フェリチに危害を加えようとしたことと、今の暴言は許せない」
「ディールさん、私のこともどうでもいいです。でもディールさんに……」
「フェリチ、一旦黙ってて」
剣の柄を握る手に、力が入る。
苛々が募って、腹の底のほうがぐるぐるする。
昔から人に悪意や嫌悪感を向けられ、様々な嫌がらせをされてきた僕は、「怒り」という感情を忘れていた。
怒っても状況が変わるわけじゃないし、疲れるだけだから、怒るより先に諦めてきたのだ。
今、僕が抱いているのは「怒り」で間違いないだろう。
自分に向けられる悪意は別に構わない。
だけどそれがフェリチにも向けられたと思うと……どうしても、我慢できない。
びきり、と自分から音がして、右眼がヒリヒリしてきた。
頬を恐ろしく冷たい何かが流れていく。
「ひっ!? な、何なんだお前っ」
モリスが酷く怯えている。
「何なんだろうな。自分でもよくわからない」
頬を伝った何かが、地面にぽたぽたと落ちた。どうやら黒い液体が、右眼から流れ出ているようだ。
ふいに魔物の臭いがした。
はっきりと、かなりの悪臭を漂わせているのに、実体の気配はない。
「フェリチ、念のため結界を。ああ、もう喋っていいよ、ごめん」
「いえ。わかりました」
フェリチが杖を地面に何度か突くと、清々しい空気があたりを包む。
でも魔物の臭いは消えない。
これは……右眼のアロガンティアドラゴンの魔力か気配のようなものが、僕から漏れ出したのだろうか。
漏れ出したとしたら、切掛は何だ。
考えを巡らせて、すぐにそれに思い至る。
久しぶりに露わにした感情。
僕はモリスから剣を離して鞘に納め、眼を閉じて深呼吸した。
眼を伝う液体は蒸発するように消え、魔物の臭いもしなくなった。
「フェリチ、僕はこのまま不寝番するから、少しでも寝てて」
「でも」
「大丈夫。日が昇ったら起こす」
「わかりました」
僕たちはモリスを縛り上げたまま夜を明かし、日の出とともに帰路に着いた。
モリスはずっと、細かく震えていた。
ギルドに戻ってギルド長に事の次第を説明した。
モリスは何に怯えているのか、僕の言う事を全て肯定し、自ら冒険者資格の剥奪を受け入れ、ギルドにある地下牢に連行された。
「大変申し訳ありませんでした。まさかモリスがここまで愚か者だったとは」
「彼が僕を恨む理由だけわかりません。なにか心当たりは?」
「私にもさっぱりで……。後ほど尋問して聞き出しておきましょう」
「いえ、もういいです。わかったところでどうしようもないですし」
「仰るとおりですが……」
「私は知りたいです」
それまでずっと黙っていたフェリチが、突然発言した。
「フェリチ?」
「ディールさんはご自分のことをどうでもいいなんて仰いますが、私は我慢なりません。モリスには厳罰を望みます」
フェリチがこんなにもはっきり自分の意見を言うのは珍しいし、あのモリス相手とはいえ厳罰を望むだなんて、普段のフェリチからは考えられない。
「僕は本当に……」
「こればかりはディールさんの言うことを聞けません。ディールさんは、私に危害を加えようとしたことが許せないと仰っていたじゃないですか。私だって、ディールさんが不快な目に遭うことが許せないんですっ!」
フェリチの瞳に涙が溜まる。
そうだ、フェリチはいつも、僕になにかあると、こうして怒ったり悲しんだりしてくれる。
「わかった。……そういうことですので、モリスには相応の罰を与えてください。それと、やはり理由を聞き出してもらえますか」
「承知しました」
モリスが僕を憎む理由はなんてことはなかった。
田舎の男爵の息子風情が英雄になったことが気に食わなかったらしい。
「ならばお前も凶悪な七匹を倒してこい」
とギルド長が恫喝したら黙ったそうだ。
「ほらね、怒っても無駄でしょ?」
僕が何をしても気に食わない連中は、どうしても一定数いるのだ。
「いいえ、私は怒り続けますよ。ディールさんの分も」
フェリチはフェリチで言い出したら聞かなかった。
「……ありがとう。でも、程々にね」
僕がお礼を言うと、フェリチはちいさく「はい」と返事をした。
柄頭から切っ先まで真っ黒の、両手剣だ。
店長さんは新人店員さんと二人がかりで台の上に運んできた。
「ふう……。どうぞ、お試しください」
いくらなんでも重すぎやしないかと不安だったが、片手で簡単に持ち上がった。
しかも、両手で持ってもしっくりと手に馴染む。片手の時は自分の腕の延長かと思うくらい、思い通りに扱えた。
「いい剣ですね。ありがとうございます」
剣を讃えると、店長さんはうんうんと頷き、店員さんは驚愕に目を見開いていた。
「こちらも貴重な鉱物を扱えて光栄でしたよ」
「よくそんな重たい剣を軽々と……」
店長さんから手入れや扱いの諸注意の説明を軽く受け、代金を支払って店を出た。
「ディールさんが持つと軽そうですね」
「実際軽いよ。持ってみる?」
「遠慮しておきます」
フェリチと雑談しているうちに、今度は冒険者ギルドに到着した。
「こちらが見届人です」
ギルド長に紹介されたのは、優男という言葉がしっくりくる、細身で長身の若い男だ。僕と同い年くらいだろう。
「宜しく……」
握手しようと差し出した僕の手はスルーされ、見届人はフェリチの前に片膝をついた。
「えっ?」
「お初にお目にかかります。モリスと申します。貴方のような可憐なお嬢さんとご一緒できるとは、光栄の極みです」
「こらモリス!」
困惑するフェリチと、平然と笑顔を浮かべるモリスに、怒り出すギルド長。
僕は呆気にとられて動けなかった。
「英雄殿はこちらだぞ、失礼にもほどがある」
「こんな華奢なお嬢さんを魔物討伐に連れ歩く人が英雄だなんて、信じられませんね」
「モリスっ! 申し訳ない、英雄殿。他の者が出払っていて……」
「見届人の仕事さえしてくれれば、問題ありませんよ」
無視されるのも、悪意を向けられるのも慣れている。どちらも、こちらが気にしなければいいだけの話だ。
「魔物が逃げるって? ちゃんと見届けますよ、嘘でしたってね」
僕を肯定してくれる人の前で、ここまで失礼な奴は珍しい。
「いい加減にしろ、モリス。これ以上英雄殿に失礼を働くなら、資格剥奪だぞ」
温厚そうなギルド長がついにキレた。
それでもモリスは平然としていた。
「構いませんよ。どうせ冒険者なんて片手間でやってる暇つぶしですし」
「あの、私達時間はありますので、他の方の手が空くのを待てます」
フェリチは先程からモリスが伸ばしてくる手を避け続け、とうとう僕の背後に周り、僕の服の裾を掴みつつ杖でモリスを威嚇している。
僕は構わなくとも、フェリチが嫌がるのなら他の人を待つのもいいかな。
ところが、ギルド長に何を言われても動じなかったモリスが、突然慌てた。
「失礼しました。是非わたくしめをお連れください」
そう言って再び片膝を付き、両手を大袈裟に広げて謝罪の意を表した。
「僕のことはいいけど、フェリチが嫌がることだけは絶対しないで欲しい」
「ディールさんに失礼なことしないでください」
「はい、仰せのままに」
急に大人しくなったモリスを連れて、早速王都を出た。
徒歩で半日掛けて、魔物が営巣しているという場所までやってきた。
地面に穴が開いていたり木や岩を使って屋根らしきものを建築していた痕跡はあるのに、魔物は全くいない。
道中も、微かに魔物の臭いはしたがやはり出てこなかった。
尚モリスはというと、出発前のあの態度は何だったのかというくらい、静かについてきている。
「何も居ませんね。場所は間違いなくここなのですが」
フェリチは地図と自分の居場所を調べる魔道具を見比べている。
「一晩様子を見よう。モリス、このあたりの魔物なら倒せるんだよな?」
「ええ、当然です」
魔物が出なかったため、モリスの腕を見る機会がなかった。
「じゃあちょっと周辺を探索してくる。フェリチは……」
ここにモリスと残ってて貰うつもりだったのに。
「一緒に行こう」
何故だかそれが不快に思えて、ついそう言っていた。
「はい」
フェリチはこころなしかホッとしたような表情をした。
一時間ほど、野営地からあまり離れないように気をつけながら周辺を探索した。
魔物の臭いは少しも感じない。
冒険者が寄り付いていないのに折角作りかけた巣を放棄して逃げ出すなんて、魔物らしくない。
すると、やはり僕のせいだろうか。
「いませんね。戻りましょうか」
「うん」
あまり居ないのも困る。
魔物が僕を目の前にして逃げたとか、決定的な証拠を見せないと、モリスは納得しないに違いない。
野営地に戻ると、モリスがぼんやりとした表情で、焚き火を小枝でつついていた。
「魔物出た?」
「いえ全く」
モリスは眠たげだ。
冒険者なら一晩二晩くらい徹夜しても平気なはずなのに。フェリチだって一晩くらいなら余裕で起きていられる。
出来て当然という話であって、完徹が良いという訳では無いが。
眠れるなら眠るに越したことはない。
「フェリチも先に寝なよ。不寝番は僕がする」
「お言葉に甘えて。おやすみなさい」
フェリチは返事をしてくれたが、モリスは無言で自分の毛布にくるまった。
二時間くらいして、モリスがごそりと起き出した。
「よく寝ました。不寝番、代わりますよ」
眠る前とは打って変わって、しっかりしている。
その姿に妙な違和感を覚えたが、気にしても仕方がないだろう。
「じゃあよろしく。おやすみ」
眠ってすぐ、嫌な予感がして身体を起こした。
「何をしている?」
モリスが、僕の剣を持ち上げようと四苦八苦していた。
「ど、どうして起きて……」
僕はわざとゆっくり起き上がり、剣を取り返した。
「もう一度聞く。何をしている?」
今度は大きめの声を出し、フェリチに起きてもらった。
フェリチは静かに身を起こし、腰をぺたりと地面につけたモリスと立ち上がって鞘のままの剣をモリスに突きつけている僕を交互に見た。
「どうなさったのですか?」
「こいつが僕の剣を持とうとしていたんだ。その理由を尋ねてる」
「違うんです! 別に盗もうとかそういうことを考えていたわけではなくて! え、英雄が使う剣を持ってみたくて!」
「なら僕が起きてる時に言えばいいだろう。どうして僕が寝てる間に?」
モリスはぐっと押し黙ると、突然身を翻して立ち上がり、自分の剣を取って、鞘から抜いた。
そしてあろうことか、フェリチの首に剣の切っ先を向けた。
「はっはは! 英雄だかなんだか知らないが、所詮田舎の男爵のガキだろう! その剣で自分の首を掻っ切れ! さもなければこいつの……」
最後まで言わせなかった。
というか喋りが長い。
僕は剣を抜き、モリスの剣を持った方の腕の肘から下を斬り落とすという動きをするだけで済んだ。
ぼとり、と剣ごと落ちた腕を、モリス本人が呆然と見つめ……それから耳障りな悲鳴があがった。
「ぎゃあああああ!!」
「フェリチ、こっちへ」
フェリチも、自分に剣を向けた相手の腕など気にも留めず、僕の横へ素早くやってきた。
「怪我は?」
「ありません。すみません、油断を」
初対面でフェリチにあんな態度を取ったのは、このときのために「フェリチには危害を加えない」という先入観を植え付けるためだったか。
「無事ならいいんだ。拘束魔法とかって使える?」
魔力がない僕は、魔法に疎い。世間には様々な魔法があるということだけ知っているから、訊いてみた。
「使ったことはありませんが、知っています。やってみますね」
フェリチはゆっくりと自分の毛布のところへ戻り、杖を手にとって、両膝をついて斬られた腕を押さえているモリスに杖を向けた。
緑色の風が巻き起こり、モリスの全身に絡みつく。そのまま、モリスはガッチリと固まった。
「一応腕も治してやって。失血死されたら面倒だ」
「はい」
いつものフェリチなら治癒魔法を率先して使ってくれる。
だけど今は、すべての動作にわざと時間を掛けている。
モリスのことが許せないのだろう。
治癒魔法の光も、いつもより弱々しい。
腕が完全にくっつくまで、十分近く要した。
「お前、貴族か? それとも騎士団にいたとか」
腕がくっついたモリスに話しかけるが、返事はない。
「まあいいか。ギルドに戻ってギルド長に話を聞こう」
「ふん、無駄だ」
モリスは僕と目を合わせないように必死に顔を背けながら、吐き捨てた。
「お前、自分が何をやったか分かってるか? 見届人の腕を斬り落とし、拘束しているんだぞ。誰がどう見たって、お前が悪い」
「私が証言します」
「はん、偽聖女も同罪だ。お前みたいな小娘に演技でも傅くなんてしなきゃよかった」
フェリチの事情まで知っていたのか。
僕は鞘に収めていた剣をもう一度抜き、モリスの顎の下に切っ先を当てた。
なんだか、ものすごく苛々する。
「僕のことはいいと言った。でも、フェリチに危害を加えようとしたことと、今の暴言は許せない」
「ディールさん、私のこともどうでもいいです。でもディールさんに……」
「フェリチ、一旦黙ってて」
剣の柄を握る手に、力が入る。
苛々が募って、腹の底のほうがぐるぐるする。
昔から人に悪意や嫌悪感を向けられ、様々な嫌がらせをされてきた僕は、「怒り」という感情を忘れていた。
怒っても状況が変わるわけじゃないし、疲れるだけだから、怒るより先に諦めてきたのだ。
今、僕が抱いているのは「怒り」で間違いないだろう。
自分に向けられる悪意は別に構わない。
だけどそれがフェリチにも向けられたと思うと……どうしても、我慢できない。
びきり、と自分から音がして、右眼がヒリヒリしてきた。
頬を恐ろしく冷たい何かが流れていく。
「ひっ!? な、何なんだお前っ」
モリスが酷く怯えている。
「何なんだろうな。自分でもよくわからない」
頬を伝った何かが、地面にぽたぽたと落ちた。どうやら黒い液体が、右眼から流れ出ているようだ。
ふいに魔物の臭いがした。
はっきりと、かなりの悪臭を漂わせているのに、実体の気配はない。
「フェリチ、念のため結界を。ああ、もう喋っていいよ、ごめん」
「いえ。わかりました」
フェリチが杖を地面に何度か突くと、清々しい空気があたりを包む。
でも魔物の臭いは消えない。
これは……右眼のアロガンティアドラゴンの魔力か気配のようなものが、僕から漏れ出したのだろうか。
漏れ出したとしたら、切掛は何だ。
考えを巡らせて、すぐにそれに思い至る。
久しぶりに露わにした感情。
僕はモリスから剣を離して鞘に納め、眼を閉じて深呼吸した。
眼を伝う液体は蒸発するように消え、魔物の臭いもしなくなった。
「フェリチ、僕はこのまま不寝番するから、少しでも寝てて」
「でも」
「大丈夫。日が昇ったら起こす」
「わかりました」
僕たちはモリスを縛り上げたまま夜を明かし、日の出とともに帰路に着いた。
モリスはずっと、細かく震えていた。
ギルドに戻ってギルド長に事の次第を説明した。
モリスは何に怯えているのか、僕の言う事を全て肯定し、自ら冒険者資格の剥奪を受け入れ、ギルドにある地下牢に連行された。
「大変申し訳ありませんでした。まさかモリスがここまで愚か者だったとは」
「彼が僕を恨む理由だけわかりません。なにか心当たりは?」
「私にもさっぱりで……。後ほど尋問して聞き出しておきましょう」
「いえ、もういいです。わかったところでどうしようもないですし」
「仰るとおりですが……」
「私は知りたいです」
それまでずっと黙っていたフェリチが、突然発言した。
「フェリチ?」
「ディールさんはご自分のことをどうでもいいなんて仰いますが、私は我慢なりません。モリスには厳罰を望みます」
フェリチがこんなにもはっきり自分の意見を言うのは珍しいし、あのモリス相手とはいえ厳罰を望むだなんて、普段のフェリチからは考えられない。
「僕は本当に……」
「こればかりはディールさんの言うことを聞けません。ディールさんは、私に危害を加えようとしたことが許せないと仰っていたじゃないですか。私だって、ディールさんが不快な目に遭うことが許せないんですっ!」
フェリチの瞳に涙が溜まる。
そうだ、フェリチはいつも、僕になにかあると、こうして怒ったり悲しんだりしてくれる。
「わかった。……そういうことですので、モリスには相応の罰を与えてください。それと、やはり理由を聞き出してもらえますか」
「承知しました」
モリスが僕を憎む理由はなんてことはなかった。
田舎の男爵の息子風情が英雄になったことが気に食わなかったらしい。
「ならばお前も凶悪な七匹を倒してこい」
とギルド長が恫喝したら黙ったそうだ。
「ほらね、怒っても無駄でしょ?」
僕が何をしても気に食わない連中は、どうしても一定数いるのだ。
「いいえ、私は怒り続けますよ。ディールさんの分も」
フェリチはフェリチで言い出したら聞かなかった。
「……ありがとう。でも、程々にね」
僕がお礼を言うと、フェリチはちいさく「はい」と返事をした。
14
お気に入りに追加
566
あなたにおすすめの小説

幼馴染パーティーから追放された冒険者~所持していたユニークスキルは限界突破でした~レベル1から始まる成り上がりストーリー
すもも太郎
ファンタジー
この世界は個人ごとにレベルの上限が決まっていて、それが本人の資質として死ぬまで変えられません。(伝説の勇者でレベル65)
主人公テイジンは能力を封印されて生まれた。それはレベルキャップ1という特大のハンデだったが、それ故に幼馴染パーティーとの冒険によって莫大な経験値を積み上げる事が出来ていた。(ギャップボーナス最大化状態)
しかし、レベルは1から一切上がらないまま、免許の更新期限が過ぎてギルドを首になり絶望する。
命を投げ出す決意で訪れた死と再生の洞窟でテイジンの封印が解け、ユニークスキル”限界突破”を手にする。その後、自分の力を知らず知らずに発揮していき、周囲を驚かせながらも一人旅をつづけようとするが‥‥
※1話1500文字くらいで書いております

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。

召喚されたら無能力だと追放されたが、俺の力はヘルプ機能とチュートリアルモードだった。世界の全てを事前に予習してイージーモードで活躍します
あけちともあき
ファンタジー
異世界召喚されたコトマエ・マナビ。
異世界パルメディアは、大魔法文明時代。
だが、その時代は崩壊寸前だった。
なのに人類同志は争いをやめず、異世界召喚した特殊能力を持つ人間同士を戦わせて覇を競っている。
マナビは魔力も闘気もゼロということで無能と断じられ、彼を召喚したハーフエルフ巫女のルミイとともに追放される。
追放先は、魔法文明人の娯楽にして公開処刑装置、滅びの塔。
ここで命運尽きるかと思われたが、マナビの能力、ヘルプ機能とチュートリアルシステムが発動する。
世界のすべてを事前に調べ、起こる出来事を予習する。
無理ゲーだって軽々くぐり抜け、デスゲームもヌルゲーに変わる。
化け物だって天変地異だって、事前の予習でサクサククリア。
そして自分を舐めてきた相手を、さんざん煽り倒す。
当座の目的は、ハーフエルフ巫女のルミイを実家に帰すこと。
ディストピアから、ポストアポカリプスへと崩壊していくこの世界で、マナビとルミイのどこか呑気な旅が続く。

最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様
コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」
ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。
幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。
早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると――
「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」
やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。
一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、
「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」
悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。
なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?
でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。
というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!

パワハラ騎士団長に追放されたけど、君らが最強だったのは僕が全ステータスを10倍にしてたからだよ。外れスキル《バフ・マスター》で世界最強
こはるんるん
ファンタジー
「アベル、貴様のような軟弱者は、我が栄光の騎士団には不要。追放処分とする!」
騎士団長バランに呼び出された僕――アベルはクビを宣言された。
この世界では8歳になると、女神から特別な能力であるスキルを与えられる。
ボクのスキルは【バフ・マスター】という、他人のステータスを数%アップする力だった。
これを授かった時、外れスキルだと、みんなからバカにされた。
だけど、スキルは使い続けることで、スキルLvが上昇し、強力になっていく。
僕は自分を信じて、8年間、毎日スキルを使い続けた。
「……本当によろしいのですか? 僕のスキルは、バフ(強化)の対象人数3000人に増えただけでなく、効果も全ステータス10倍アップに進化しています。これが無くなってしまえば、大きな戦力ダウンに……」
「アッハッハッハッハッハッハ! 見苦しい言い訳だ! 全ステータス10倍アップだと? バカバカしい。そんな嘘八百を並べ立ててまで、この俺の最強騎士団に残りたいのか!?」
そうして追放された僕であったが――
自分にバフを重ねがけした場合、能力値が100倍にアップすることに気づいた。
その力で、敵国の刺客に襲われた王女様を助けて、新設された魔法騎士団の団長に任命される。
一方で、僕のバフを失ったバラン団長の最強騎士団には暗雲がたれこめていた。
「騎士団が最強だったのは、アベル様のお力があったればこそです!」
これは外れスキル持ちとバカにされ続けた少年が、その力で成り上がって王女に溺愛され、国の英雄となる物語。

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす
黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。
4年前に書いたものをリライトして載せてみます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる