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第一章
10 チャラ男の乱
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三日後、武器屋へ行くと剣が出来上がっていた。
柄頭から切っ先まで真っ黒の、両手剣だ。
店長さんは新人店員さんと二人がかりで台の上に運んできた。
「ふう……。どうぞ、お試しください」
いくらなんでも重すぎやしないかと不安だったが、片手で簡単に持ち上がった。
しかも、両手で持ってもしっくりと手に馴染む。片手の時は自分の腕の延長かと思うくらい、思い通りに扱えた。
「いい剣ですね。ありがとうございます」
剣を讃えると、店長さんはうんうんと頷き、店員さんは驚愕に目を見開いていた。
「こちらも貴重な鉱物を扱えて光栄でしたよ」
「よくそんな重たい剣を軽々と……」
店長さんから手入れや扱いの諸注意の説明を軽く受け、代金を支払って店を出た。
「ディールさんが持つと軽そうですね」
「実際軽いよ。持ってみる?」
「遠慮しておきます」
フェリチと雑談しているうちに、今度は冒険者ギルドに到着した。
「こちらが見届人です」
ギルド長に紹介されたのは、優男という言葉がしっくりくる、細身で長身の若い男だ。僕と同い年くらいだろう。
「宜しく……」
握手しようと差し出した僕の手はスルーされ、見届人はフェリチの前に片膝をついた。
「えっ?」
「お初にお目にかかります。モリスと申します。貴方のような可憐なお嬢さんとご一緒できるとは、光栄の極みです」
「こらモリス!」
困惑するフェリチと、平然と笑顔を浮かべるモリスに、怒り出すギルド長。
僕は呆気にとられて動けなかった。
「英雄殿はこちらだぞ、失礼にもほどがある」
「こんな華奢なお嬢さんを魔物討伐に連れ歩く人が英雄だなんて、信じられませんね」
「モリスっ! 申し訳ない、英雄殿。他の者が出払っていて……」
「見届人の仕事さえしてくれれば、問題ありませんよ」
無視されるのも、悪意を向けられるのも慣れている。どちらも、こちらが気にしなければいいだけの話だ。
「魔物が逃げるって? ちゃんと見届けますよ、嘘でしたってね」
僕を肯定してくれる人の前で、ここまで失礼な奴は珍しい。
「いい加減にしろ、モリス。これ以上英雄殿に失礼を働くなら、資格剥奪だぞ」
温厚そうなギルド長がついにキレた。
それでもモリスは平然としていた。
「構いませんよ。どうせ冒険者なんて片手間でやってる暇つぶしですし」
「あの、私達時間はありますので、他の方の手が空くのを待てます」
フェリチは先程からモリスが伸ばしてくる手を避け続け、とうとう僕の背後に周り、僕の服の裾を掴みつつ杖でモリスを威嚇している。
僕は構わなくとも、フェリチが嫌がるのなら他の人を待つのもいいかな。
ところが、ギルド長に何を言われても動じなかったモリスが、突然慌てた。
「失礼しました。是非わたくしめをお連れください」
そう言って再び片膝を付き、両手を大袈裟に広げて謝罪の意を表した。
「僕のことはいいけど、フェリチが嫌がることだけは絶対しないで欲しい」
「ディールさんに失礼なことしないでください」
「はい、仰せのままに」
急に大人しくなったモリスを連れて、早速王都を出た。
徒歩で半日掛けて、魔物が営巣しているという場所までやってきた。
地面に穴が開いていたり木や岩を使って屋根らしきものを建築していた痕跡はあるのに、魔物は全くいない。
道中も、微かに魔物の臭いはしたがやはり出てこなかった。
尚モリスはというと、出発前のあの態度は何だったのかというくらい、静かについてきている。
「何も居ませんね。場所は間違いなくここなのですが」
フェリチは地図と自分の居場所を調べる魔道具を見比べている。
「一晩様子を見よう。モリス、このあたりの魔物なら倒せるんだよな?」
「ええ、当然です」
魔物が出なかったため、モリスの腕を見る機会がなかった。
「じゃあちょっと周辺を探索してくる。フェリチは……」
ここにモリスと残ってて貰うつもりだったのに。
「一緒に行こう」
何故だかそれが不快に思えて、ついそう言っていた。
「はい」
フェリチはこころなしかホッとしたような表情をした。
一時間ほど、野営地からあまり離れないように気をつけながら周辺を探索した。
魔物の臭いは少しも感じない。
冒険者が寄り付いていないのに折角作りかけた巣を放棄して逃げ出すなんて、魔物らしくない。
すると、やはり僕のせいだろうか。
「いませんね。戻りましょうか」
「うん」
あまり居ないのも困る。
魔物が僕を目の前にして逃げたとか、決定的な証拠を見せないと、モリスは納得しないに違いない。
野営地に戻ると、モリスがぼんやりとした表情で、焚き火を小枝でつついていた。
「魔物出た?」
「いえ全く」
モリスは眠たげだ。
冒険者なら一晩二晩くらい徹夜しても平気なはずなのに。フェリチだって一晩くらいなら余裕で起きていられる。
出来て当然という話であって、完徹が良いという訳では無いが。
眠れるなら眠るに越したことはない。
「フェリチも先に寝なよ。不寝番は僕がする」
「お言葉に甘えて。おやすみなさい」
フェリチは返事をしてくれたが、モリスは無言で自分の毛布にくるまった。
二時間くらいして、モリスがごそりと起き出した。
「よく寝ました。不寝番、代わりますよ」
眠る前とは打って変わって、しっかりしている。
その姿に妙な違和感を覚えたが、気にしても仕方がないだろう。
「じゃあよろしく。おやすみ」
眠ってすぐ、嫌な予感がして身体を起こした。
「何をしている?」
モリスが、僕の剣を持ち上げようと四苦八苦していた。
「ど、どうして起きて……」
僕はわざとゆっくり起き上がり、剣を取り返した。
「もう一度聞く。何をしている?」
今度は大きめの声を出し、フェリチに起きてもらった。
フェリチは静かに身を起こし、腰をぺたりと地面につけたモリスと立ち上がって鞘のままの剣をモリスに突きつけている僕を交互に見た。
「どうなさったのですか?」
「こいつが僕の剣を持とうとしていたんだ。その理由を尋ねてる」
「違うんです! 別に盗もうとかそういうことを考えていたわけではなくて! え、英雄が使う剣を持ってみたくて!」
「なら僕が起きてる時に言えばいいだろう。どうして僕が寝てる間に?」
モリスはぐっと押し黙ると、突然身を翻して立ち上がり、自分の剣を取って、鞘から抜いた。
そしてあろうことか、フェリチの首に剣の切っ先を向けた。
「はっはは! 英雄だかなんだか知らないが、所詮田舎の男爵のガキだろう! その剣で自分の首を掻っ切れ! さもなければこいつの……」
最後まで言わせなかった。
というか喋りが長い。
僕は剣を抜き、モリスの剣を持った方の腕の肘から下を斬り落とすという動きをするだけで済んだ。
ぼとり、と剣ごと落ちた腕を、モリス本人が呆然と見つめ……それから耳障りな悲鳴があがった。
「ぎゃあああああ!!」
「フェリチ、こっちへ」
フェリチも、自分に剣を向けた相手の腕など気にも留めず、僕の横へ素早くやってきた。
「怪我は?」
「ありません。すみません、油断を」
初対面でフェリチにあんな態度を取ったのは、このときのために「フェリチには危害を加えない」という先入観を植え付けるためだったか。
「無事ならいいんだ。拘束魔法とかって使える?」
魔力がない僕は、魔法に疎い。世間には様々な魔法があるということだけ知っているから、訊いてみた。
「使ったことはありませんが、知っています。やってみますね」
フェリチはゆっくりと自分の毛布のところへ戻り、杖を手にとって、両膝をついて斬られた腕を押さえているモリスに杖を向けた。
緑色の風が巻き起こり、モリスの全身に絡みつく。そのまま、モリスはガッチリと固まった。
「一応腕も治してやって。失血死されたら面倒だ」
「はい」
いつものフェリチなら治癒魔法を率先して使ってくれる。
だけど今は、すべての動作にわざと時間を掛けている。
モリスのことが許せないのだろう。
治癒魔法の光も、いつもより弱々しい。
腕が完全にくっつくまで、十分近く要した。
「お前、貴族か? それとも騎士団にいたとか」
腕がくっついたモリスに話しかけるが、返事はない。
「まあいいか。ギルドに戻ってギルド長に話を聞こう」
「ふん、無駄だ」
モリスは僕と目を合わせないように必死に顔を背けながら、吐き捨てた。
「お前、自分が何をやったか分かってるか? 見届人の腕を斬り落とし、拘束しているんだぞ。誰がどう見たって、お前が悪い」
「私が証言します」
「はん、偽聖女も同罪だ。お前みたいな小娘に演技でも傅くなんてしなきゃよかった」
フェリチの事情まで知っていたのか。
僕は鞘に収めていた剣をもう一度抜き、モリスの顎の下に切っ先を当てた。
なんだか、ものすごく苛々する。
「僕のことはいいと言った。でも、フェリチに危害を加えようとしたことと、今の暴言は許せない」
「ディールさん、私のこともどうでもいいです。でもディールさんに……」
「フェリチ、一旦黙ってて」
剣の柄を握る手に、力が入る。
苛々が募って、腹の底のほうがぐるぐるする。
昔から人に悪意や嫌悪感を向けられ、様々な嫌がらせをされてきた僕は、「怒り」という感情を忘れていた。
怒っても状況が変わるわけじゃないし、疲れるだけだから、怒るより先に諦めてきたのだ。
今、僕が抱いているのは「怒り」で間違いないだろう。
自分に向けられる悪意は別に構わない。
だけどそれがフェリチにも向けられたと思うと……どうしても、我慢できない。
びきり、と自分から音がして、右眼がヒリヒリしてきた。
頬を恐ろしく冷たい何かが流れていく。
「ひっ!? な、何なんだお前っ」
モリスが酷く怯えている。
「何なんだろうな。自分でもよくわからない」
頬を伝った何かが、地面にぽたぽたと落ちた。どうやら黒い液体が、右眼から流れ出ているようだ。
ふいに魔物の臭いがした。
はっきりと、かなりの悪臭を漂わせているのに、実体の気配はない。
「フェリチ、念のため結界を。ああ、もう喋っていいよ、ごめん」
「いえ。わかりました」
フェリチが杖を地面に何度か突くと、清々しい空気があたりを包む。
でも魔物の臭いは消えない。
これは……右眼のアロガンティアドラゴンの魔力か気配のようなものが、僕から漏れ出したのだろうか。
漏れ出したとしたら、切掛は何だ。
考えを巡らせて、すぐにそれに思い至る。
久しぶりに露わにした感情。
僕はモリスから剣を離して鞘に納め、眼を閉じて深呼吸した。
眼を伝う液体は蒸発するように消え、魔物の臭いもしなくなった。
「フェリチ、僕はこのまま不寝番するから、少しでも寝てて」
「でも」
「大丈夫。日が昇ったら起こす」
「わかりました」
僕たちはモリスを縛り上げたまま夜を明かし、日の出とともに帰路に着いた。
モリスはずっと、細かく震えていた。
ギルドに戻ってギルド長に事の次第を説明した。
モリスは何に怯えているのか、僕の言う事を全て肯定し、自ら冒険者資格の剥奪を受け入れ、ギルドにある地下牢に連行された。
「大変申し訳ありませんでした。まさかモリスがここまで愚か者だったとは」
「彼が僕を恨む理由だけわかりません。なにか心当たりは?」
「私にもさっぱりで……。後ほど尋問して聞き出しておきましょう」
「いえ、もういいです。わかったところでどうしようもないですし」
「仰るとおりですが……」
「私は知りたいです」
それまでずっと黙っていたフェリチが、突然発言した。
「フェリチ?」
「ディールさんはご自分のことをどうでもいいなんて仰いますが、私は我慢なりません。モリスには厳罰を望みます」
フェリチがこんなにもはっきり自分の意見を言うのは珍しいし、あのモリス相手とはいえ厳罰を望むだなんて、普段のフェリチからは考えられない。
「僕は本当に……」
「こればかりはディールさんの言うことを聞けません。ディールさんは、私に危害を加えようとしたことが許せないと仰っていたじゃないですか。私だって、ディールさんが不快な目に遭うことが許せないんですっ!」
フェリチの瞳に涙が溜まる。
そうだ、フェリチはいつも、僕になにかあると、こうして怒ったり悲しんだりしてくれる。
「わかった。……そういうことですので、モリスには相応の罰を与えてください。それと、やはり理由を聞き出してもらえますか」
「承知しました」
モリスが僕を憎む理由はなんてことはなかった。
田舎の男爵の息子風情が英雄になったことが気に食わなかったらしい。
「ならばお前も凶悪な七匹を倒してこい」
とギルド長が恫喝したら黙ったそうだ。
「ほらね、怒っても無駄でしょ?」
僕が何をしても気に食わない連中は、どうしても一定数いるのだ。
「いいえ、私は怒り続けますよ。ディールさんの分も」
フェリチはフェリチで言い出したら聞かなかった。
「……ありがとう。でも、程々にね」
僕がお礼を言うと、フェリチはちいさく「はい」と返事をした。
柄頭から切っ先まで真っ黒の、両手剣だ。
店長さんは新人店員さんと二人がかりで台の上に運んできた。
「ふう……。どうぞ、お試しください」
いくらなんでも重すぎやしないかと不安だったが、片手で簡単に持ち上がった。
しかも、両手で持ってもしっくりと手に馴染む。片手の時は自分の腕の延長かと思うくらい、思い通りに扱えた。
「いい剣ですね。ありがとうございます」
剣を讃えると、店長さんはうんうんと頷き、店員さんは驚愕に目を見開いていた。
「こちらも貴重な鉱物を扱えて光栄でしたよ」
「よくそんな重たい剣を軽々と……」
店長さんから手入れや扱いの諸注意の説明を軽く受け、代金を支払って店を出た。
「ディールさんが持つと軽そうですね」
「実際軽いよ。持ってみる?」
「遠慮しておきます」
フェリチと雑談しているうちに、今度は冒険者ギルドに到着した。
「こちらが見届人です」
ギルド長に紹介されたのは、優男という言葉がしっくりくる、細身で長身の若い男だ。僕と同い年くらいだろう。
「宜しく……」
握手しようと差し出した僕の手はスルーされ、見届人はフェリチの前に片膝をついた。
「えっ?」
「お初にお目にかかります。モリスと申します。貴方のような可憐なお嬢さんとご一緒できるとは、光栄の極みです」
「こらモリス!」
困惑するフェリチと、平然と笑顔を浮かべるモリスに、怒り出すギルド長。
僕は呆気にとられて動けなかった。
「英雄殿はこちらだぞ、失礼にもほどがある」
「こんな華奢なお嬢さんを魔物討伐に連れ歩く人が英雄だなんて、信じられませんね」
「モリスっ! 申し訳ない、英雄殿。他の者が出払っていて……」
「見届人の仕事さえしてくれれば、問題ありませんよ」
無視されるのも、悪意を向けられるのも慣れている。どちらも、こちらが気にしなければいいだけの話だ。
「魔物が逃げるって? ちゃんと見届けますよ、嘘でしたってね」
僕を肯定してくれる人の前で、ここまで失礼な奴は珍しい。
「いい加減にしろ、モリス。これ以上英雄殿に失礼を働くなら、資格剥奪だぞ」
温厚そうなギルド長がついにキレた。
それでもモリスは平然としていた。
「構いませんよ。どうせ冒険者なんて片手間でやってる暇つぶしですし」
「あの、私達時間はありますので、他の方の手が空くのを待てます」
フェリチは先程からモリスが伸ばしてくる手を避け続け、とうとう僕の背後に周り、僕の服の裾を掴みつつ杖でモリスを威嚇している。
僕は構わなくとも、フェリチが嫌がるのなら他の人を待つのもいいかな。
ところが、ギルド長に何を言われても動じなかったモリスが、突然慌てた。
「失礼しました。是非わたくしめをお連れください」
そう言って再び片膝を付き、両手を大袈裟に広げて謝罪の意を表した。
「僕のことはいいけど、フェリチが嫌がることだけは絶対しないで欲しい」
「ディールさんに失礼なことしないでください」
「はい、仰せのままに」
急に大人しくなったモリスを連れて、早速王都を出た。
徒歩で半日掛けて、魔物が営巣しているという場所までやってきた。
地面に穴が開いていたり木や岩を使って屋根らしきものを建築していた痕跡はあるのに、魔物は全くいない。
道中も、微かに魔物の臭いはしたがやはり出てこなかった。
尚モリスはというと、出発前のあの態度は何だったのかというくらい、静かについてきている。
「何も居ませんね。場所は間違いなくここなのですが」
フェリチは地図と自分の居場所を調べる魔道具を見比べている。
「一晩様子を見よう。モリス、このあたりの魔物なら倒せるんだよな?」
「ええ、当然です」
魔物が出なかったため、モリスの腕を見る機会がなかった。
「じゃあちょっと周辺を探索してくる。フェリチは……」
ここにモリスと残ってて貰うつもりだったのに。
「一緒に行こう」
何故だかそれが不快に思えて、ついそう言っていた。
「はい」
フェリチはこころなしかホッとしたような表情をした。
一時間ほど、野営地からあまり離れないように気をつけながら周辺を探索した。
魔物の臭いは少しも感じない。
冒険者が寄り付いていないのに折角作りかけた巣を放棄して逃げ出すなんて、魔物らしくない。
すると、やはり僕のせいだろうか。
「いませんね。戻りましょうか」
「うん」
あまり居ないのも困る。
魔物が僕を目の前にして逃げたとか、決定的な証拠を見せないと、モリスは納得しないに違いない。
野営地に戻ると、モリスがぼんやりとした表情で、焚き火を小枝でつついていた。
「魔物出た?」
「いえ全く」
モリスは眠たげだ。
冒険者なら一晩二晩くらい徹夜しても平気なはずなのに。フェリチだって一晩くらいなら余裕で起きていられる。
出来て当然という話であって、完徹が良いという訳では無いが。
眠れるなら眠るに越したことはない。
「フェリチも先に寝なよ。不寝番は僕がする」
「お言葉に甘えて。おやすみなさい」
フェリチは返事をしてくれたが、モリスは無言で自分の毛布にくるまった。
二時間くらいして、モリスがごそりと起き出した。
「よく寝ました。不寝番、代わりますよ」
眠る前とは打って変わって、しっかりしている。
その姿に妙な違和感を覚えたが、気にしても仕方がないだろう。
「じゃあよろしく。おやすみ」
眠ってすぐ、嫌な予感がして身体を起こした。
「何をしている?」
モリスが、僕の剣を持ち上げようと四苦八苦していた。
「ど、どうして起きて……」
僕はわざとゆっくり起き上がり、剣を取り返した。
「もう一度聞く。何をしている?」
今度は大きめの声を出し、フェリチに起きてもらった。
フェリチは静かに身を起こし、腰をぺたりと地面につけたモリスと立ち上がって鞘のままの剣をモリスに突きつけている僕を交互に見た。
「どうなさったのですか?」
「こいつが僕の剣を持とうとしていたんだ。その理由を尋ねてる」
「違うんです! 別に盗もうとかそういうことを考えていたわけではなくて! え、英雄が使う剣を持ってみたくて!」
「なら僕が起きてる時に言えばいいだろう。どうして僕が寝てる間に?」
モリスはぐっと押し黙ると、突然身を翻して立ち上がり、自分の剣を取って、鞘から抜いた。
そしてあろうことか、フェリチの首に剣の切っ先を向けた。
「はっはは! 英雄だかなんだか知らないが、所詮田舎の男爵のガキだろう! その剣で自分の首を掻っ切れ! さもなければこいつの……」
最後まで言わせなかった。
というか喋りが長い。
僕は剣を抜き、モリスの剣を持った方の腕の肘から下を斬り落とすという動きをするだけで済んだ。
ぼとり、と剣ごと落ちた腕を、モリス本人が呆然と見つめ……それから耳障りな悲鳴があがった。
「ぎゃあああああ!!」
「フェリチ、こっちへ」
フェリチも、自分に剣を向けた相手の腕など気にも留めず、僕の横へ素早くやってきた。
「怪我は?」
「ありません。すみません、油断を」
初対面でフェリチにあんな態度を取ったのは、このときのために「フェリチには危害を加えない」という先入観を植え付けるためだったか。
「無事ならいいんだ。拘束魔法とかって使える?」
魔力がない僕は、魔法に疎い。世間には様々な魔法があるということだけ知っているから、訊いてみた。
「使ったことはありませんが、知っています。やってみますね」
フェリチはゆっくりと自分の毛布のところへ戻り、杖を手にとって、両膝をついて斬られた腕を押さえているモリスに杖を向けた。
緑色の風が巻き起こり、モリスの全身に絡みつく。そのまま、モリスはガッチリと固まった。
「一応腕も治してやって。失血死されたら面倒だ」
「はい」
いつものフェリチなら治癒魔法を率先して使ってくれる。
だけど今は、すべての動作にわざと時間を掛けている。
モリスのことが許せないのだろう。
治癒魔法の光も、いつもより弱々しい。
腕が完全にくっつくまで、十分近く要した。
「お前、貴族か? それとも騎士団にいたとか」
腕がくっついたモリスに話しかけるが、返事はない。
「まあいいか。ギルドに戻ってギルド長に話を聞こう」
「ふん、無駄だ」
モリスは僕と目を合わせないように必死に顔を背けながら、吐き捨てた。
「お前、自分が何をやったか分かってるか? 見届人の腕を斬り落とし、拘束しているんだぞ。誰がどう見たって、お前が悪い」
「私が証言します」
「はん、偽聖女も同罪だ。お前みたいな小娘に演技でも傅くなんてしなきゃよかった」
フェリチの事情まで知っていたのか。
僕は鞘に収めていた剣をもう一度抜き、モリスの顎の下に切っ先を当てた。
なんだか、ものすごく苛々する。
「僕のことはいいと言った。でも、フェリチに危害を加えようとしたことと、今の暴言は許せない」
「ディールさん、私のこともどうでもいいです。でもディールさんに……」
「フェリチ、一旦黙ってて」
剣の柄を握る手に、力が入る。
苛々が募って、腹の底のほうがぐるぐるする。
昔から人に悪意や嫌悪感を向けられ、様々な嫌がらせをされてきた僕は、「怒り」という感情を忘れていた。
怒っても状況が変わるわけじゃないし、疲れるだけだから、怒るより先に諦めてきたのだ。
今、僕が抱いているのは「怒り」で間違いないだろう。
自分に向けられる悪意は別に構わない。
だけどそれがフェリチにも向けられたと思うと……どうしても、我慢できない。
びきり、と自分から音がして、右眼がヒリヒリしてきた。
頬を恐ろしく冷たい何かが流れていく。
「ひっ!? な、何なんだお前っ」
モリスが酷く怯えている。
「何なんだろうな。自分でもよくわからない」
頬を伝った何かが、地面にぽたぽたと落ちた。どうやら黒い液体が、右眼から流れ出ているようだ。
ふいに魔物の臭いがした。
はっきりと、かなりの悪臭を漂わせているのに、実体の気配はない。
「フェリチ、念のため結界を。ああ、もう喋っていいよ、ごめん」
「いえ。わかりました」
フェリチが杖を地面に何度か突くと、清々しい空気があたりを包む。
でも魔物の臭いは消えない。
これは……右眼のアロガンティアドラゴンの魔力か気配のようなものが、僕から漏れ出したのだろうか。
漏れ出したとしたら、切掛は何だ。
考えを巡らせて、すぐにそれに思い至る。
久しぶりに露わにした感情。
僕はモリスから剣を離して鞘に納め、眼を閉じて深呼吸した。
眼を伝う液体は蒸発するように消え、魔物の臭いもしなくなった。
「フェリチ、僕はこのまま不寝番するから、少しでも寝てて」
「でも」
「大丈夫。日が昇ったら起こす」
「わかりました」
僕たちはモリスを縛り上げたまま夜を明かし、日の出とともに帰路に着いた。
モリスはずっと、細かく震えていた。
ギルドに戻ってギルド長に事の次第を説明した。
モリスは何に怯えているのか、僕の言う事を全て肯定し、自ら冒険者資格の剥奪を受け入れ、ギルドにある地下牢に連行された。
「大変申し訳ありませんでした。まさかモリスがここまで愚か者だったとは」
「彼が僕を恨む理由だけわかりません。なにか心当たりは?」
「私にもさっぱりで……。後ほど尋問して聞き出しておきましょう」
「いえ、もういいです。わかったところでどうしようもないですし」
「仰るとおりですが……」
「私は知りたいです」
それまでずっと黙っていたフェリチが、突然発言した。
「フェリチ?」
「ディールさんはご自分のことをどうでもいいなんて仰いますが、私は我慢なりません。モリスには厳罰を望みます」
フェリチがこんなにもはっきり自分の意見を言うのは珍しいし、あのモリス相手とはいえ厳罰を望むだなんて、普段のフェリチからは考えられない。
「僕は本当に……」
「こればかりはディールさんの言うことを聞けません。ディールさんは、私に危害を加えようとしたことが許せないと仰っていたじゃないですか。私だって、ディールさんが不快な目に遭うことが許せないんですっ!」
フェリチの瞳に涙が溜まる。
そうだ、フェリチはいつも、僕になにかあると、こうして怒ったり悲しんだりしてくれる。
「わかった。……そういうことですので、モリスには相応の罰を与えてください。それと、やはり理由を聞き出してもらえますか」
「承知しました」
モリスが僕を憎む理由はなんてことはなかった。
田舎の男爵の息子風情が英雄になったことが気に食わなかったらしい。
「ならばお前も凶悪な七匹を倒してこい」
とギルド長が恫喝したら黙ったそうだ。
「ほらね、怒っても無駄でしょ?」
僕が何をしても気に食わない連中は、どうしても一定数いるのだ。
「いいえ、私は怒り続けますよ。ディールさんの分も」
フェリチはフェリチで言い出したら聞かなかった。
「……ありがとう。でも、程々にね」
僕がお礼を言うと、フェリチはちいさく「はい」と返事をした。
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これは、理不尽に追放された青年が最強のチートスキルを手に入れて、復讐を果たし、世界と己を救う物語である。

ダンジョン配信スタッフやります!〜ぼっちだった俺だけど、二次覚醒したのでカリスマ配信者を陰ながら支える黒子的な存在になろうと思います〜
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神様に与えられたのは≪ゴミ≫スキル。家の恥だと勘当されたけど、ゴミなら何でも再生出来て自由に使えて……ゴミ扱いされてた古代兵器に懐かれました
向原 行人
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僕、カーティスは由緒正しき賢者の家系に生まれたんだけど、十六歳のスキル授与の儀で授かったスキルは、まさかのゴミスキルだった。
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僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
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※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
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