倒した魔物が消えるのは、僕だけのスキルらしいです

桐山じゃろ

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第一章

4 少し過去の話

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 フェリチと組んでから二ヶ月ほど経った。
 先月から、冒険者ギルドの宿泊施設を出て、町で小さな家を借りて拠点にしている。
 個室二部屋にキッチンと居間という、二人暮らしに丁度いいサイズの部屋だ。
 ギルドからは「宿泊施設に居座ってもらっても構わない」と言われたが、元々ギルドの施設は冒険者になにかあったときのために空けておくべき場所で、健康体の冒険者が二人で二部屋も長期間住み着いていいところではない。
「尤もですね。では拠点の手配は任せてください」
 納得してくれたギルド長は、僕が断る隙なく迅速に手配を完了してしまった。
 どうして魔物が消せるくらいでこうも厚遇してくれるのか甚だ疑問だが、いい借家を探してくれるだけならと承諾した結果、今の場所に落ち着いた。
 ギルドから近いし、何より手配したのがギルドだから僕の居場所や動向が筒抜けだが、もう慣れた。
「悪いね、巻き込んじゃって」
 僕は諦めているが、フェリチは違う。
 そういう意味で謝罪したのに、フェリチは首を横に振った。
「私も教会で似たような扱いをうけてましたから、お気になさらず」
 魔滅魔法が使えない聖女も、稀有な存在としては僕と同じということか。

「あ」
 仕事に出かける準備の最中、フェリチが僕を見上げて一言発し、手で口をふさいだ。
「どうした?」
「すみません、初めて見たもので」
 フェリチが自身の顔、右眼のあたりに手をやる。
 どうやら僕の右眼がまた真っ黒になっていたらしい。
「いつなるのか、どうしてこうなるのか自分でもわからないんだ。慣れてくれ」
「はい。すみません、驚いたりして」
「そんなに謝らなくていいよ。僕だってもしフェリチの瞳の色が変わったら驚く」
「あの、実は……」
 フェリチは一旦言い淀み、すぐに意を決したように顔を上げた。

「先程、初めて見たと言いましたが……魔物を倒した直後に時折、ほんの少しだけ、黒みがかってます」
「黒みがかってた!?」
「はい。本当にほんの少しで、私の気のせいかもしれませんが」
 今まで誰からも、そんな指摘はされなかった。
 それに、今は魔物を倒しているわけではないのに、フェリチが驚いてしまうほど黒くなっている。
 でも、これまで何の手がかりもない状態だったのだから、助かる。
「出かける前に手鏡を手に入れたいな。持ってない?」
「あります。持ってきますね」
 フェリチは一旦自室へ戻ると、しばらくして小さな包みを持って出てきた。
「割れてしまうといけませんから」
 フェリチの小さな両手にすっぽり収まる程度の布の包みの中に、手鏡が入っているらしい。
「借りるよ、ありがとう。ごめんね、貴重なものを」
「いえ、安物なんです。でも覗く時に割れていては不吉ですので」
「ああ、聞いたことあるよ」
 割れ鏡に自分の姿を映すと、鏡の罅の部分に映った箇所に怪我をする、なんて言い伝えがあったっけ。
「じゃあ行こうか」
「はい」


 この二ヶ月、フェリチの様子見を兼ねて危険度低めの魔物ばかり相手にしていた。
 ところが、何故か日を追うごとに僕の調子が上がり、フェリチが魔物相手に立ち回ったり、魔法を使う場面が殆どなかった。
 そこで今日は僕のほうの適正危険度でやってみようということになったのだ。

 適正危険度は、冒険者カードに溜まった経験値で決まる。
 僕は現在一万七千と少しだから、危険度Cの討伐が認められている。
 ちなみにフェリチは魔物を倒しておらず、戦闘介入もほぼないため、経験値はまだ十。駆け出しの冒険者よりも少ない。
 しかし、パーティ内で一番経験値の多い冒険者の経験値で請けられる危険度が決まるので、問題ない。

 支度を終えて鞄を背負うと、隣のフェリチはトネリコの杖を両手で握りしめて、小さく震えていた。
「怖い?」
 声をかけると、フェリチははっと顔を上げて、首を横に振った。
「怖いのはいつもです。でも今日は、き、緊張しています」
 いつも怖かったのか。フェリチもアニスさんと同じく、冒険者は向いていないかもしれない。
 僕は腰を落として、フェリチと目線を合わせた。

「恐怖や緊張で動けない人間を庇う余裕はないんだ。もし無理だったら……」
 ここまでフェリチがどうしても必要な場面はなかった。
 僕一人で魔物討伐から死骸の消滅までこなせるのだ。

 ついてこなくていい、と言いかけた時だった。
 フェリチが、先程よりも激しく首を横に振った。

「いいえっ! ディールさんをお一人にはできませんっ!」
 ギルドや国から言われているから、という理由かと思いきや、様子がおかしい。

「ディールさんはとてもお強くて……これまでどんな魔物が相手でも余裕で倒しておられましたが……わ、私には、ディールさんがなんだか……投げやりに見えてっ! し、失礼を承知で申し上げますとっ! お一人で魔物の前に出したら、無謀な行動をして、い、命を粗末にするのではと……!」

 フェリチと組んで、まだたったの二ヶ月。
 こうも見破られていたとは。

 僕は確かに、いつ魔物に殺されてもいい、という気持ちで仕事をしていた。

 いくら貧乏男爵家でも貴族は貴族。
 貴族出身で冒険者になるのは聖女くらいで、男子が冒険者になるのは稀だ。
 色々あるとはいえ、僕が冒険者になるだなんて現状は、世間一般の常識では考えられない。

 僕の実家は、僕の右眼が黒くなるからという理由で、国から手厚い庇護を受けた。
 具体的に言えば「僕のために使うこと」という条件での資金援助だ。
 しかし、常に金に困っていた父は、資金を着服して借金返済や領民にいい顔をするために使い、僕と母は平民よりも貧素な生活を強いられた。
 まあ、父の行為は僕が貴族学院へ進学する際、全て国にバレて、家は取り潰し、僕の身柄は国の騎士団預かりとなった。

 冒険者になる貴族令息は少ないが、騎士団員になる男爵令息も殆どいない。
 男爵令息ならば名誉ある近衛兵にも選ばれる騎士ではなく、身分の劣る兵士になるべきだったんだ。
 国王直々の命令により騎士団に所属することになった僕は、他の騎士たちから疎まれ、散々な目に遭った。
 私物や支給品を隠されたり壊されたり、食事を取り上げられたりはまだマシな方で、重要な命令を僕だけ伝えられないことが何度もあり、規律違反の罰として牢に入れられたこともあった。

 騎士団を出て冒険者をやれと命令された時、僕はただ瞳の色が変わるだけの珍しい人間、その程度の価値しか無いということを、嫌というほど思い知らされた。

 消えたい。
 無価値な僕は生きている意味がない。


 ――改めて自問自答したが、僕は首を横に振った。
「そんなことはしない」
 というか、できない。
 僕を殺せそうな魔物に遭ったことがない。
 ソロでの冒険者活動を禁止されていたし、仲間が……僕を追い出す前のコーヴスたちでさえ、僕が少しでも危なくなると体を張ってでも僕を助けてくれた。
 国とギルドからの命令が効いていたのだ。
「ほ、本当ですか?」
 フェリチは目にたっぷりと涙を浮かべて僕を見上げている。
「ああ。だから、命令のことは気にしなくていい。僕一人で……」
「めっ、命令とか関係ないんですっ! わた、私は、ディールさんが心配なんですっ!」
「心配?」
「い、いま言ったじゃないですかっ! ディールさん、む、無茶ばかりでっ!」
「じゃあ無茶しないから。約束する」
「無茶しないのは当然です! 私っ、つ、ついていきますからっ!」
「わかった、わかったよ」
 とうとうフェリチの両目から涙がこぼれだした。フェリチが泣くのを見るのはこれで二度目だが、僕は泣いている女性が苦手なようだ。処置に困る。
「フェリチは連れて行く、僕は無茶をしない。これでいいだろう?」
「ぐすっ、は、はい……すみません、取り乱しました……」
 なんとか泣き止んでくれたフェリチは「顔を洗ってきます」と一度部屋に引っ込んだ。



 今日の討伐目標は、バジリスクという巨大な毒蛇だ。
 大きいものでは森の木に巻き付いてへし折ってしまうと言われている。

「あっちに知らない臭いがある。ここからは静かに」
 フェリチは黙って頷き、静かに僕の後ろをついてくる。

 僕が魔物を臭いで察知することを、フェリチは当然のように受け入れてくれた。
「とても鼻が良いのですね」
 だそうだが、日常生活で臭いに困ったことや助けられたことはないから、嗅覚とはまた別の感覚だと思う。

 数刻ほど静かに、ゆっくりと歩いて、臭いの元に辿り着いた。

 幾何学模様の鱗をもつ胴は、そこらの木よりも太い。
 胴の持ち主は僕の身長の倍の位置に平たい頭をもたげ、先の割れた舌を出し入れしながらシュウシュウと唸っている。
 はじめてみたが、こいつがバジリスクだろう。
 さすが危険度C、これまで出会った魔物より手強そうだ。

 とはいえ、グーラドラゴンを倒した冒険者を圧倒した僕の相手にはならないわけで。

 フェリチに合図して近くの茂みに隠れてもらい、僕は一瞬だけ両目を閉じて精神統一し、足に力を込める。
 思い切り踏み込み、同時に抜剣して振りかぶったときには、バジリスクの頭上にいた。

「ふっ!」

 全身に力を入れるから、口からどうしても呼吸が漏れる。
 バジリスクが僕の方を振り返る前に、僕の剣がバジリスクの頭を砕いた。

「グリョオ、グシュルルル……」

 バジリスクは不気味な音をあげてその場に崩れ落ち、やがて消えていった。


「お疲れ様です。鏡、見てください」
 安全を確認した後でフェリチに合図すると、フェリチは僕に駆け寄ってくるなりこう言った。
「そうだった。どれどれ……本当だ、確かにいつもより黒い」
 普段の僕はあまり鏡を見ないが、いつもの自分の両目が同じ色なことくらいは知っている。
 そして今は、右眼だけがやや黒ずんでいた。
「そうか、魔物を倒すと黒く……んん? でも家では何もしてなかったのに……」
 そもそも近くに魔物なんていなくても、真っ黒になったことが何度もある。
 やっとひとつ法則を見つけたけれど、謎は残ったままだ。
 僕が首を傾げたりしている間に、フェリチはいつものように僕の身体を確認していた。
「どこかに痛みなどは無いですか?」
「ないよ、大丈夫」
「よかったです」
 フェリチがぱあっと笑顔になる。僕の無事がそんなに嬉しいものだろうか。
「……って、違う違う。僕一人で倒してどうするんだ」
「! そ、そうでした、すみません……」
「いや、ごめん。僕が忘れてた」
「とんでもないです、せめて補助魔法を……」
「次は是非お願い。近くに他の魔物いないかな」
 当初の目的をすっかり忘れていた僕たちは、その場で冒険者ギルドに連絡を入れて、追加の仕事を請けたのだった。



 冒険者ギルドへ戻ったのは、すっかり陽の落ちた頃だった。
 まだ明るいうちに帰るのが冒険者の定石なのだが、つい魔物を深追いしてしまったのだ。
 帰り道はフェリチの光源魔法と僕の対魔物嗅覚で切り抜けた。
 フェリチは流石に疲れ果てていたので、先に家に帰し、僕だけ冒険者ギルドへ来ている。
「バジリスクを一撃って、どれだけ凄いか解ってますか?」
 遅い時間だというのに残っていたギルド長が直々に仕事終了の手続きと報酬手渡しを行ってくれて、バジリスクの感触を訊かれたので答えたら、とても驚かれた。
「そうなんですか? 背後から静かに近づいたら全く気づかれなかったので」
「相手は蛇ですよ。フェリチの方も実力を測ったほうが良いかもしれませんね……」
 確かに蛇は視力が良くない代わりに、肌で振動や体温を感じる器官が発達していて、大抵は接近する前に感づかれてしまう。故に遠くから弱点の氷魔法で攻撃するのが一般的だ。
 僕は冒険者として経験を積んできたから、自分の気配を消せる。
 フェリチは最初から、気配を消すのが上手かった。
 理由を聞いたら「教会で息を潜めるように暮らしていましたから、そのせいですかね?」というまたも不憫な答えが返ってきた。
「まあ追々ですね。今日はご苦労さまでした」
 この日の報酬は、バジリスクに加えて同じ危険度Cの魔物九匹、全部で十匹ぶんで金貨三十枚。上出来だ。
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