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第一章

3 この半月

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3 この半月

 アニスさんの提案で、フェリチもしばらくギルドの宿泊施設に泊まることになった。
 しかも、僕の部屋の隣だ。

「仕事へ行く前に少しずつ交流してみなさいな」

 だそうだ。
 アニスさんに言い渡されたフェリチはこの世の終わりみたいな顔をしていたが、アニスさんはしれっと見て見ぬふりをした。

 アニスさんが仕事に戻り、フェリチが隣の部屋への引っ越しを終えた後、フェリチは再び僕の部屋へやってきた。

「引っ越しって、今までどこに……教会か」
「は、はい。ここのお部屋は清潔で雨漏りもしないし他人が突然入ってくることもなくて住心地が良いですね!」
 フェリチは不憫な奴かもしれない。
 聖女ならば、どんな貧乏教会に所属していても、もう少し良い待遇を受けられるはずなのに。
 引っ越しをするとなった時に手伝いを申し出たのだが「荷物は今持っているだけですから」と、手伝う隙すらなかった。
 では何を引っ越したかというと、籍を教会からギルドへ移したのだ。

 教会所属の聖女は主に教会に住み、依頼があった時だけ魔滅やその他の魔法を使うために出てくる。
 ギルド所属は、冒険者になるということだ。

 ギルド所属でも教会所属と同じように、依頼時のみ出張る聖女もいる。
 フェリチは僕と組んだ上に聖女として一番の仕事である魔滅魔法が使えないから、魔法使いとして登録したのだそうだ。

「聖女は聖女なんだから、聖女登録でも良かったんじゃないか?」
 魔法使いと聖女では、ギルドから出る報酬に倍ほどの差がある。
「私みたいな落ちこぼれが聖女を名乗るのも烏滸がましいですから。今後、私は魔法使いです」
 女性の魔法使いは珍しい。魔力があって魔法が使えるなら、皆聖女になるものだ。
 アニスさんの言った通り、いい意味で聖女らしくない。
「そうか。僕がとやかく言えることじゃないから好きなようにしたらいいよ」
「はい。あの、でも……」
 フェリチはなにか言いかけて、黙り込んだ。
 暫く待ってみると、フェリチは僕が待っていることに気づいた。
「はうあ、す、すみません!」
「謝る必要無いよ。僕また怖い顔してた?」
「その、はい……」
「悪かった」
 フェリチの事情や性格は、この短時間で大体把握した。僕の苦手な聖女ではない。
 なのに僕がまだ怖い顔をしているということは……。
「多分、これが僕の素の顔なんだと思う。怖がらせて申し訳ないけど、慣れてくれ」
 もしかしたら、これまでアニスさん以外の聖女が僕のことを気に入らなかったのも、この顔のせいもあったのかな。
 ちなみに、僕の背格好は冒険者にしては小さく細い。どれだけ鍛えても、筋肉はつくのに身体は大きくならなかった。
 威圧感だけならコーヴスのほうが凄いと思うのだが……僕のスキルとの相乗効果で嫌われたのだろう。
「そっ、そんなことないと思いますっ! けど……ディール様がそう仰るなら」
「敬語使わなくていいよ。仲間ってのは対等なんだ」
「わ、わかりまし……わかった……うーん、ちょっと、落ち着かないです」
「じゃあ様付けだけでもやめてくれないかな」
「やってみます。ディ、ディール……さん」
 聖女は品行方正が求められ、行儀作法をさんざん仕込まれるらしいから、多少の敬語は仕方ないか。
「それでいいよ。と、僕ばっかり要望を出してるな。フェリチは何かない? 顔とスキル以外で」
 僕が問うと、フェリチは両手を組んで目を閉じた。考えているときの格好のようだ。
「今のところは特に。追々でもいいですか?」
「勿論」

 このあと半月ほどで五つの仕事をこなした。
 フェリチの小手調べに低危険度の魔物ばかり相手にしていたため僕が殆ど被弾せず、フェリチの魔法使いとしての能力を推し量る場面はなかったが、魔物の攻撃に当たらないように立ち回るのが上手く、やりやすかった。
 一度だけ、討伐対象の魔物が見つからずに野営をすることになった時、フェリチは料理の腕も良いことが判明した。

「えっ、美味い。この茸どうした?」
 十分に煮ても毒々しい紫色をした茸が、とても美味でびっくりした。
「道中で見つけて採取しておきました。茸はよく摂って食べていたので、毒はないはずです」
 教会でのフェリチは満足な食事にありつけないこともあったらしく、茸や野草の知識が豊富だった。
 仕事に出る際は常に野営の準備と数日分の携帯食料を用意してあるとはいえ、出先でこういった食料を確保できるのは大変ありがたい。
 フェリチの場合、詳しくなった経緯は不憫だが。
「助かるよ。……コーヴスだったらこんな色の茸、見つけ次第踏み潰してただろうな」
「まあ、勿体無い。コーヴスさんというのは?」
「まだ話してなかったか。前いたパーティの奴だよ」
「……あの、何故前のパーティを抜けたのですか」
 そういえば、僕の事情をあまり話していなかった。
 掻い摘んで説明すると、フェリチは下を向いて肩をふるふると震わせた。
「変な話聞かせちゃってごめ……」
「酷いですっ! ディールさんはこんなにお強いし、倒しただけで魔物が消えるのにっ! そのイエナって聖女は聖女の資格ありませんっ!」
 フェリチが大声を出すのを初めて聞いた。
「落ち着いて、もう済んだことだよ。大声は魔物を引き付け……ああ、来ちゃったよ」
 夜闇の中に、鼻の曲がる臭いがする。
 僕が剣を抜いて立ち上がると、フェリチも杖を手に身体を縮こませた。
「ご、ごめんなさい……」
「大丈夫、弱いのばっかりだ。明かりの魔法だけ頼む」

 僕の合図でフェリチが最大光量の魔法を放つ。
 目を閉じていても、フェリチの光源魔法の強烈さが伝わってくる。
 すぐに、ガラスを引っ掻いたような不快な悲鳴がいくつか上がった。

 臭いと悲鳴を頼りに剣を振り、一撃で倒した。
 全部で七匹はいただろうか。
 魔物はいつもどおり消えてしまったが、冒険者カードの経験値欄には取得履歴が残っている。
 これを提出すれば、臨時報酬が貰える。

 僕が魔物を倒すと死体が消える現象は、魔物から飛び散った体液も同時に消える。剣の血糊も消えてくれるのは便利でいい。

「やっぱりお強いです」
 駆け寄ってきたフェリチがそう言いながら、僕の全身をざっと見る。怪我はしていないが、フェリチ曰く「念のためです」だそうだ。
「冒険者ならこのくらい普通だろう」
 魔物を一刀両断するくらい、コーヴスでも……両断はなかったかもしれないけど、一撃で倒すことはよくあった。
 ただ、魔物の臭いに関してはパーティの全員から「そんなものない」と否定された。
 臭うものは臭うし、僕が「臭う」と感じたら必ず魔物が出たので、彼らにどう言われようともこの感覚だけは意図的に磨いてきた。
「確かに他の冒険者のことはあまり知りませんが、ふふっ、そういうことにしておきます」
 フェリチが笑うのを見たのは、これが初めてだ。
 十六歳の彼女は、年齢の割に小柄だが、顔つきは逆に大人びている。
 その顔が、子供のように無邪気になる瞬間だった。
 素直に「かわいい」と言ってしまいそうになったのを、どうにかこらえた。
「そういうことって、本当なんだけどなぁ。……よし、片付いたみたいだし、休もうか」
「はい」

 打ち解けるのに少々時間が掛かったが、フェリチとの距離は少しは縮まったと思う。







 コーヴスたちはディールを探すために貸馬三頭を五日間も借り、あてもなく探し回ったが、とうとうディールを見つけることが出来なかった。
 ディールがあの短時間で、馬で三日もかかる距離にある隣町にたどり着いていたとは想像すらできなかったのだ。

 コーヴスたちはおろか、本人ですらも、ディールが持つ「強さ」に気づいていなかった。

 貸馬は一頭につき一日あたり銀貨二十枚が必要になる。ディールがコーヴスたちと最後にこなした仕事の報酬が、聖女が金貨一枚で、他は一人銀貨五十枚。仕事に掛かった諸経費を含めれば、報酬を全て貰い受けたとしても赤字である。

「はっ!? まだ受け取ってないぞ!?」

 コーヴスたちは自分たちの取り分だけでも貰おうと冒険者ギルドへ赴いたが、そこで衝撃の事実が知らされる。
 ディールが他の町で既に報酬を全額受け取ったというのだ。

「今回のぶんがどうしても欲しいのでしたら、ディールさんにお願いすることですね」
「そのディールはどこにいるんだよっ!」
「おや、パーティの仲間のはずのディールさんの居場所をご存知ないのですか? おかしいですねぇ」
 ギルドの受付嬢はコーヴスたちの方を見ておらず、手元の書類に何事かを書きつけている。
 受付嬢の小馬鹿にしたような態度に、コーヴスは激昂した。
「お前ぇ!」
 コーヴスが受付嬢の胸ぐらを掴もうとカウンター越しに手をのばすと、手はカウンターを越えたかどうかというところで、がちりと固まった。
「すみませーん! 冒険者規約違反者でーす!」
 受付嬢が叫ぶと、奥の部屋から警備兵とギルド長が出てきて、コーヴスは青ざめた。

 冒険者は魔物を相手にする職業であるから、腕っぷしが強く、気の荒い者が多い。
 そんな冒険者が力ずくを行使すれば、受付嬢が何人居ても足りなくなってしまう。
 そこで、冒険者ギルドには様々な防護魔法が掛かっている。
 コーヴスの腕を捕らえたのは、その魔法のひとつだ。
 コーヴス自身、魔法の存在は冒険者になる際の講習会で聞いていて覚えていたのだが、今この瞬間は頭からすっぽりと抜け落ちてしまっていた。

 時すでに遅しである。

「お前たちか。ディールはどうした? いや、それ以前の問題のようだな」
 防護魔法で固まったコーヴスと、冒険者上がりの屈強な警備兵を前になす術のないイエナ他仲間たちは、ギルド長から「冒険者資格剥奪」を宣告された。



 不幸中の幸いなことに、家賃を前払いしてあったお陰ですぐに拠点を追い出されることはなかった。
 しかし、収入ゼロ、貯金もあまりないコーヴス達は、あと半月でここから出なければならない。
 暗い顔で荷物の整頓をしている中に、イエナの姿はなかった。

「くそっ、こうなったのも全部ディールのせいだ……」
 コーヴスがブツブツと呟くのを、他の二人は呆れながら聞いていた。
 ディールのせいではなく、ディールを追い出したコーヴスとイエナのせいだろう、と内心突っ込みながら。

 しかし、この二人もディールが追い出されるのを黙って見ていた。
 ディールに対して特に悪感情はないが、パーティリーダーのコーヴスと聖女のイエナに逆らう気概もなかった。
 ディールひとりが泥をかぶって済む問題ならと、ディールを生贄にしたのだ。
 ある意味、世渡りは上手かった。

 やがて半月が経ち、コーヴス達は拠点を出ることになった。

 この半月で、他の二人はどうにか次の仕事を見つけて住処まで確保していたが、コーヴスだけは何も行動を起こさなかった。







 パーティの男連中が拠点を片付けている時、イエナはひとり、町の教会へやってきていた。
 自分は聖女で、魔滅魔法がある。
 冒険者を辞めさせられても、教会が保護してくれる。

 教会所属の聖女がどれだけの激務だったかを、イエナはすっかり忘れていた。

 町の教会で出迎えたのは、まだ若い男の聖職者だった。
 二十二歳のイエナと同じくらいか、やや年上といったところだろう。
 聖職者はイエナの自分本位な言い分を全て聞いた上で、答えを出した。
「本来、一旦冒険者になった聖女が戻ることは許されないのですがね。人手不足ですから、置いてあげましょう。その代わり、貴方は三級聖女扱いです」
「そんっ……! 私の力は一級のはずよ!」
「本来許されないといいました。嫌なら出ていきなさい」
 男は若くとも、ひとつの教会を任される聖職者である。威圧感はギルド長と比べても遜色なく、イエナは怯み、条件を受け入れることしかできなかった。
「わ、わかったわよ」


 魔物は無限にも思えるほど発生し、日々多くの冒険者たちが討伐する。
 聖女を持たないパーティから要請されれば、聖女は冒険者が魔物を倒した場所まで自らの足で赴く。

 教会での仕事を一つこなしてからようやく、イエナは教会所属の聖女が割に合わないことを思い出した。

 最下等級の三級でも、一度の報酬は平民が何日も裕福に暮らせるほどの額になるのだが、そもそも教会の清貧な暮らしでは使い道がない。
 元貴族で贅沢が染み付き、コーヴスから金を巻き上げて好き放題に豪遊していたイエナには耐えられなかった。

 とはいえ、他に行くあてはない。
 イエナは質素な暮らしに日々苛つきを募らせた。

「全部、全部ディールのせいだわ。あいつがパーティを出ていったりするから……!」

 追い出した首謀者が自分であることを棚に上げて、ディールへの憎しみを糧に、イエナは今日も三級聖女として冒険者が倒した魔物の死体を魔滅魔法で消しに出かけるのであった。
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