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後日譚

アイリの回想

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「ラウト、こっちだ! ついてこい!」
「うん。待って、足元気をつけて」

 最近村で、セルパンに連れ回されている男の子が気になっている。
 名前、ラウトって言うんだ。
 艶やかな黒髪に、紫水晶みたいに綺麗な紫色の瞳。どちらもこの辺りではあまり見ない色だ。
 丘の上にある貴族の家の奥様が同じ色をしてたかな。
 ラウトはツインクやクレイドと一緒に、セルパンがやりたい遊びに付き合っている。
 振り回されてはいるけれど、楽しいのかな。男の子の楽しみって、よくわからない。

 私の、ラウトに関する一番古い記憶はこれだと思う。

「何してるの? 私もいれてよ」
 ある日思い切って、声を掛けてみた。
 私が声を掛けたのはラウトなのに、虫同士を戦わせていたセルパンが素早く立ち上がって、私とラウトの間に立った。
「いいぜ。俺はこいつらのリーダーのセルパンだ。お前は?」
「アイリ」
 私はちょっとむっとしながらも、答えた。
「アイリか。じゃあお前もクラウン捕まえてこいよ。今日は誰が見つけたクラウンが一番強いか、戦わせるんだ」
「クラウン?」
「クラウン虫のことだよ。アイリは虫、平気? 触れる?」
「あまり得意じゃないけど、触れるわ」
「じゃあ僕のを一匹、アイリのものってことにしようか。これあげるよ」
 セルパンが居丈高に命令するばかりなのに対して、ラウトは初めから紳士的だった。
 ラウトは既に一匹を手に持っていて、蔓で編んだ籠の中に入っていたもう一匹を私にくれた。ラウトが手にしているものより、籠の中のクラウン虫の方が大きかった。
 虫同士の戦いというのは、私のクラウン虫が勝った。
 ラウトが初めから大きな方を出していればラウトの勝ちだったのに、ラウトははじめから、自分が勝つつもりはなかったんだ。
 セルパンはやけに「アイリがけしかけたクラウンだから、アイリの勝ちだな!」って、私が勝ったことを強調していた。

「どうしてあのとき、大きい方の虫を自分で出さなかったの?」
 別の日、セルパンが風邪を引いて寝込んでいる間に、私はラウトと二人きりで遊ぶことがあった。
 ツインクとクレイドはセルパンがいないと外に出てこない。
 私は初めて一緒に遊んだときのことを、ラウトに聞いた。
「セルパン、なんでも僕が勝つとすごく機嫌悪くなるんだ」
「ええ、我儘……。どうしていつもあいつに付き合って遊んでるの?」
「親に『遊んでこい』って村に出されて、どうしていいかわからなくて困ってたところに声かけてくれたのが、セルパンだったから……」
 ラウトは私が女の子だから紳士的な態度をとるわけじゃなくて、他の三人に対してもよく気遣いを見せていた。
 はじめに声を掛けられた恩を、ラウトなりに返しているみたい。
「誠実な人なのね」
 誠実。父が、村長さんや男爵様に対してそう言っているのを聞いて覚えた言葉だ。
 きっと、ラウトにも当てはまる。
「そんなことないよ」
 ラウトは困ったような笑みを浮かべた。
 その笑みは……とても、素敵だった。
 お城に住む王子様って、きっとこんな感じだわ。

 私はラウトの内面に惹かれつつあったけれど、その笑顔を見て、ラウト自身をもっと好きになっていた。



 このストリング村での成人年齢は十三歳。別の町では十五歳、貴族は十六歳なんて聞くから、かなり早いほうだと思う。
 成人したら、村の中でなにかの仕事に就くか、村の外へ出るのが村の決まりだ。
 セルパンは私達が十三歳になる半年くらい前から、村を出て冒険者になると言い出した。
 セルパンの家は代々村長をやっていてセルパンは一人息子なのだから、村に残ると思ったのに。
 後で小耳に挟んだのだけど、セルパンは村長業を継ぐための勉強がひとつも出来なくて、村長さんが匙を投げていた。
 とはいえ、セルパンが村の外のなにかの仕事に伝手なんて持っていない。
 伝手なしでやれる仕事は、冒険者くらいしかなかった。
 単純なセルパンはそうと決めたらすぐに、クレイドとツインクを「パーティに入れてやる!」と早くもリーダー気取りで誘った。
 クレイドとツインクも一人息子だけど、二人共家業を継ぐつもりはなかったみたいで、セルパンの誘いにあっさりと乗った。
「ラウト、お前も入れてやってもいいぞ」
「わかった」
 ラウトが即答したことに驚いたのは、私だけだった。
「ラウト、いいの?」
「うん。剣術なら家で習ったし、冒険者やれると思う。それに、村の外に興味があるんだ」
「じゃあ私も行くわ。いいでしょ、セルパン」
「おう!」
 勢いで決めたから、その後少し大変だった。
 両親は割とあっさり承諾してくれたのに、村の人たちの一部が反対したのだ。
 私の家族は全員、回復魔法使いだ。病気には対応できないけれど、怪我ならすぐに治せる。
 小さな村では貴重な回復魔法使いを、一人も減らしたくないと、村の人たちは訴えた。
「アイリには好きな道を選ばせたい。もしアイリがそうできないなら、私達は村を出る」
 普段温厚な父がここまで言うなんて、珍しかった。
 反対する村の人達に啖呵を切ってくれた父にお礼を言うと、父は私の頭を撫でながら、奇妙なことを話した。

「お前が生まれる前に、父さんと母さんは同じ夢を見たんだ。お前が、黒髪の少年と一緒に村を出る夢だ。何をしに行くのかは残念ながら分からなかったが、父さん達が同じ夢を見るなんて、偶然で片付けられない。それに、黒髪の少年がラウト君に思えて仕方がないんだ。だから、行きなさい。でも、くれぐれも気をつけて」

 父と母が見たという不思議な夢のことは、頭の片隅に覚えておくだけに留めておいて、誰にも、ラウトにも話していない。


 十三歳で村を出て、五年後。
 セルパンはラウトをパーティから追い出した。
 それ以前から、私はセルパンに言い寄られていた。
「ずっと好きだったんだ。俺と付き合えよ」
 セルパンに好意を寄せられるなんて、気持ち悪かった。
 なし崩し的にパーティリーダーになったセルパンは、はっきり言ってリーダーどころか、冒険者にだって向いてない。
 ラウトがいくら言っても武器の鍛錬はまともにやらないし、そのくせ魔物を見つけたら後先考えずに突っ込んでいくし、少しでも怪我をしたら私が回復魔法を掛けるまで喚き散らすし……。
 それでいて、自分が一番クエストに貢献したと思いこんでいるのだから、始末に負えない。
「お断りするわ。そもそも、パーティ内で恋愛なんて冒険者として……」
「ラウトが好きなのか?」
 一瞬、体をこわばらせてしまったけど、セルパンには気付かれなかったと思いたい。
 でも「好きじゃない」なんて嘘は吐けなかった。
「だったら何だって言うの」
「あんな奴のどこがいいんだ。いっつも怪我してきて、アイリが回復魔法を……」
「ラウトの怪我の原因もわからない人とは付き合えないわ」
 本当に、自分が庇われていることや、ラウトがどれだけ頑張っているのか、全く見えていない連中だった。

 だから、潔くパーティを去ったラウトのあとを、追いかけた。


 冒険者ギルドへ寄ってパーティ脱退と再加入不可申請を手続きしている間、私は気が気じゃなかった。
 きっとラウトはこの町から出ていく。
 やっておかないと後々面倒になるから仕方ないとはいえ、早くしないと完全に置いてけぼりになってしまう。
 手続きが済むと、私は全速力でギルドを飛び出した。
 ラウトが予想通り、乗合馬車の待合所へ向かっているのを見つけた時は、心底ホッとしたわ。

「抜けてきたって、あっちはいいのか?」
「いいのよ。だって、ラウトがいなくても平気なパーティよ? 私もいなくたって平気なはずだわ」
「それは、僕がレベル上がらなくて足引っ張ってたからで。アイリは回復魔法使いだろう? パーティには必須だ」
 回復魔法を掛ける回数が一番多かったのは、ラウト。次に回数の多いセルパンは考えなしに突っ込んではラウトに庇ってもらって軽傷で済んでるのに、どんな小さな傷でも大袈裟に騒ぎ立てて鬱陶しかったな。後の二人は後衛だから怪我らしい怪我をするのは稀だった。
「私が回復魔法に専念できたのは、いつもラウトが体を張って庇ってくれてたからなのよ。なのにセルパン達ったら、レベルが低いくらいでラウトを追い出して……。だからもう、あのパーティには戻らないっ」
 私が本気で憤ってみせると、ラウトは呆れたと言わんばかりに、少し口元を緩めた。
 ラウトの笑顔は、困った時や呆れた時によく出る。
 もっと楽しいとか、嬉しいときにも笑ってほしい。そういう笑顔をたくさん見たい。
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