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第三章

19 侯爵家の馬鹿娘

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 宿の外からぎゃあぎゃあと喚く声が聞こえる。
 令嬢が、宿を出たところで兵士に捕まったのだ。
 時刻はまだ日の出を少し過ぎた頃。早朝から迷惑なひとだ。

 御者さんの話によると、今回のスケルトン騒動はご令嬢が扇動したようなものだった。
 令嬢は侯爵から魔物が出やすい場所を聞いていた。侯爵は「危ないから絶対に近づかないように」という親心で教えたのだ。
 自分が魔物に襲われて窮地に陥った所を、村にいるであろう僕に助けてもらい、二度も助けられたのだから運命だとか言って僕を連れ帰る予定だったらしい。はた迷惑極まりない。
 御者さんの方は当初、令嬢の命令を受けず止めようとしたが、御者さんの家族に手を出すと脅され、仕方なく馬車を出した。
 そして、いつも他人に迷惑をかける令嬢と、この令嬢の言うことを聞かざるを得ない自分に嫌気が差し、魔物が追ってきているのを知って馬車の速度を緩め、村から離れた場所でわざと魔物に襲われた。
 御者さんが負った大きな傷は僕の回復魔法で塞いだが、僕が思っていた以上に傷は深かったらしく、治しきれなかった部分は後でアイリが見抜いて治療してくれた。

「あのあばずれが本当にご迷惑をおかけしました。私のことも放っておいてくださって構いませんでしたのに」
「そんなわけには」
 アイリによる治療後、御者さんはついに侯爵令嬢のことを「あばずれ」「馬鹿娘」等、堂々と罵倒した。
 こうなってしまっては侯爵お抱えの御者という立場はクビになるだろうからと、言いたい放題だ。

 御者さんや皆とは宿の、僕が借りている部屋で話をしていた。
 外から慌てたような足音がして、扉を慌ただしく叩かれた。知らない気配だが、宿のご主人も側にいる。
「どうぞ」
 扉が開かれ、赤い髪に碧色の瞳の、王城の騎士のような格好をした壮年の男性が部屋に入ってきた。
「まずは突然の訪問という非礼を詫びよう。私はこの辺り一帯を任されている侯爵、ヘンリー・ソードゥアンだ。娘が迷惑をかけたというのは、貴方たちだな」
 ソードゥアン侯爵は部屋をぐるりと見渡すと、御者さんに目を留めた。
「君の家族は無事だ。馬鹿娘が申し訳ないことをした。辞めたいと言うなら相応の退職金を支払うが、できれば今後も我が家に仕えてもらいたい」
 侯爵が頭を下げたのは、御者といういち使用人だ。御者さんは大いに慌てた。
「お顔を上げてくださいませ、旦那様。家族が無事でしたらいいのです。ですが、こんな私をまだ雇用していただけるのですか」
「君ほど馬の扱いが上手い御者を他に探すのは苦労する。娘のことならもう心配いらないから、是非頼む」
「……ありがとうございます」
 御者さんは侯爵が差し出した手を、両手で握り返した。

「君たちは何者なのか、訊いてもよいかね」
 侯爵というのは、貴族で上から二番目の権力の持ち主だ。とはいえ、勇者についてこちらから明かすつもりはない。
「冒険者のラウトと申します。こちらは仲間のアイリと、シェケレです」
 自分と二人を紹介してから、先程ご令嬢に対し、一芝居打ったことも包み隠さず話した。
「確かにラウト殿ほどの男性なら、目をつけられるだろうな……うちの馬鹿娘が迷惑をかけた。あれは今は兵士に捕らえられ、一般牢に収容されているが、次に暮らす場所は北の修道院と決まっている。もう二度と迷惑をかけないだろうから、そこは安心して欲しい」
「修道院?」
 シェケレが怪訝そうな顔をする。
「後で説明するよ」
 侯爵はお詫びと、魔物討伐の謝礼として「こんなものしか用意できないが」と侯爵発行の小切手を差し出してきた。
 そこには二千万という数字が書いてある。
 侯爵とはいえ個人が出せる限界値じゃないだろうか。
「こんなにいただくわけには……」
「これしか出せないことを恥じているのだ。ここの支払いや……そうだな、他の宿にも君たちの宿泊代は私が持つと通達しておこう。今後この国では遠慮なく、一番良い部屋をとってくれ」
 宿代だけで十分だと言い張る僕と侯爵で押し問答したが、侯爵がどうしても折れないので、僕が諦めた。

 侯爵は娘の後始末で忙しいらしく、僕に小切手を押し付けてすぐに立ち去った。
「なあ、修道院ってどういうところだ?」
 侯爵を見送るなり、シェケレが早速聞いてきた。
「ええと、例えばあのご令嬢が労働奴隷になったとして、どのくらい働けると思う?」
「一日も持たねぇだろうな」
 労働奴隷の主な仕事は、鉱山採掘や荷運びなどの肉体労働だ。
 男性でもひ弱な人なら数日も持たない。
「だから女性の場合は修道院へ送られるんだ。神に仕えて罪と向き合って浄化する場所……って言えば聞こえが良いけど、実際は違う」
 収容された女性たちは厳重な監視下に置かれ、自分の身の回りのこと全てを自分で行い、最低限の食事と睡眠以外は自給自足のための畑仕事や周辺にある孤児院や救貧院への奉仕労働に明け暮れる。
「それ、あの女が一日持つのか?」
「持つような場所だと、罰にならないでしょ」
「そりゃそうか」
 厳重な監視下に置かれるのだから、当然自死も難しい。が、できなくはない。
 修道院へ入れられた女性の大半は、数日で音を上げて……という話を聞いたことがある。
 労働奴隷と違って、厳しい生活を受け入れ、神に敬虔に仕えれば減刑もあり得るというのに、修道院に入れられるほどの人たちだから、減刑される例はごく僅かだ。
「なぁんだ。俺が一芝居うつ必要なかったか」
「いや、僕が彼女と何か関係があることになってたら、余計こじれてたんじゃないかな」
 侯爵は僕の名前を聞いてわずかに眉を上げていた。あれは勇者の話を聞いている人の反応だ。
 シェケレが令嬢に対応して、令嬢から僕との関係を断ち切ってくれたからこそ、兵士は遠慮なく令嬢を捕らえることが出来たのだ。
 シェケレは僕の話を聞いて、長嘆息した。
「勇者って……」
 大変なんだな、という台詞は、シェケレの口の中で消えていった。


 村を発ってすぐ魔王の居所へ向かう予定だったが、寄り道をすることにした。
 侯爵元令嬢が連れてきたスケルトンの数の多さが気にかかるのだ。
「場所を聞いておけばよかったなぁ。ギロ呼ぶか」
「ギロ?」
「僕の従者をやってくれてる仲間で、魔物の気配を読むことなら僕より上手くやれるんだ」
 村を出てすぐの場所に防護結界を張ってから、僕一人で転移魔法を使った。


「ラウト様! お変わりない様子で何よりです。こちらに来られたということは、そういうことですね?」
 転移魔法で自宅の自室へ直接飛び、厨房にいるギロのもとへ向かった。
 ギロは僕が転移してきたことに気付いていた様子で、厨房から出てくるところだった。
「うん。サラミヤに声かけてくるよ」
 ギロと簡単に挨拶を交わし、庭に出た。
 広い庭の一角はアイリのハーブ園になっていて、サラミヤがせっせと雑草をむしっていた。
 元伯爵令嬢にこんなことさせていいのかと毎回思うが、横から見たサラミヤは笑顔を浮かべて楽しそうだ。
「サラミヤ、元気してた?」
 サラミヤに声をかけると、野外作業用の前掛けについた草や土を払いながら立ち上がった。少し日に焼けた肌が健康的で眩しい。
「お久しぶりです、ラウト様。はい、ギロ様にも良くしていただいておりますから」
「それは良かった。それで、しばらくギロを借りていくから、申し訳ないのだけど……」
「はい。困ったときは冒険者ギルドを頼る、でしたね」
「なるべく早く帰すから、よろしくね」
「お任せください!」
 サラミヤは雑草を握ったままの手で胸をどんと叩いた。頼もしくなったものだ。

 ギロを連れてアイリたちが待つ場所へ転移魔法で戻った。
 シェケレを紹介する時、勇者を騙ったことは伏せ、旅の途中で色々あって同行しているということにしておいた。今は余計な情報を入れるべきじゃない。
「では気配を探りますね。……ええと、宜しいですか」
「シェケレ、何を見ても驚かないように。あと誰にも言わないでね」
「? おう、分かった」
 シェケレが安請け合いしてすぐ、ギロは上着を脱いだ。それからすぐに、ばさりと背中に翼を生やす。
「!?」
 驚かないと約束した手前か、シェケレは自分の口を自分の両手で塞いだ。
 ギロはそれを横目でチラリと見ると、苦笑いを浮かべて空へ飛び上がった。
「驚くなっつーほうが無理だろあれ……」
 空に浮かんでいるギロを目で追いながら、シェケレが呟いた。
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