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第三章

14 過ぎ去ったもの

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 魔族はニタニタと嗤いながら殴りかかってきた。剣の腹で拳を受けて、弾く。
 衝撃波が辺りに散らばった。僕の斜め後ろにいたダルブッカとシェケレ、そしてアイリが壁まで吹っ飛んだ。
 三人に防護結界を張っていなかった僕のミスだ。
「アイリっ!」
「平気よ」
 アイリはうまく受け身を取れたようだ。すぐに立ち上がると、壁や床に背中をぶつけたダルブッカとシェケレに駆け寄り、回復魔法を使った。
「よそ見とは余裕だなぁ」
 アイリの気配を背後に感じつつ、目の前に迫っていた魔族に目を向ける。
 ひゅっ、と魔族が息を呑んだ。

 アイリは無事だったとはいえ、一歩間違えていたら大怪我をしていた。
 回復魔法使いとして優秀なアイリだが、他の回復魔法使いと同じように自分自身に回復魔法を掛けることだけは苦手だ。
 僕の拙い回復魔法では治らない怪我をさせてしまっていたかもしれない。
 衝撃波を防ぎきれず、防護結界を怠った自分が許せない。

 僕は思わず、目の前の魔族を睨みつけていた。

「う、うわああああ!」
 突然、なにかに怯えたように殴りかかってきた魔族の拳を剣で防ぐ。今度は衝撃波が出ないよう、威力を完全に相殺した。
 魔族がたたらを踏んだ瞬間に、左手で魔族の頭を掴んだ。
「あぐぁっ!?」
「ラウト!」
 そのまま握りつぶすつもりだったが、アイリの声で我に返った。
 確か、辺境伯に似ているのだっけ。
 身体を乗っ取られただけなら「人間は斬らない」と強く心を込めて剣で斬れば、魔族だけを斬ることができる。
 一旦手を離して、魔族が逃げようとして向けたその背中を、斜めに斬った。

 剣は魔族の身体が空気でできているかのように通り抜けた。

 辺境伯に似た人の身体から、黒い靄が吹き出る。
 辺境伯の身体は糸が切れたように倒れ込み、黒い靄はそのまま天井を抜けて空へ逃げようとした。
 逃がすつもりはない。
 剣で天井を砕いて後を追い、炎の竜巻で靄を薙ぎ払った。

 キィィン、という音は魔族の断末魔だろう。声はすぐに消え去り、核がぼとりと僕の足元に落ちた。

「ストラム、ああ……」
 砦の内部に戻ると、ダルブッカが半ば腐りかけた人の遺体に縋りつき、目から滂沱の涙を流していた。
 生きたまま取り憑かれていたか、死した後に身体を使われていたか。
 どちらにせよ、辺境伯はもう……。
「すまない、ラウト。こいつは俺にとって数少ない、気の許せる友人だった」
 ダルブッカは絞り出すように言うと、嗚咽を漏らした。
「砦を見回ってきます。アイリ、シェケレ」
 僕はダルブッカを部屋に残し、シェケレに扉の見張りを頼んで、アイリとともに砦の入っていない部屋を確認した。
 砦の屋上に出てから、一階まで降り、再び五階の部屋まで、全ての道のりで階段を使い、できるだけゆっくり歩いた。
 魔物は物陰に隠れていたものや、外へ逃げ出したものを含めて、全て殲滅した。
 見つけるなり剣で一閃したり、魔法をぶつけたりを繰り返していたら、アイリに袖を引かれた。
「ラウト、その……気持ちはわかるのだけど、ちょっと怖いわ」
「えっ」
 僕は自分の手と、魔物が居たはずの場所を交互に見る。
 剣を強く握りしめすぎていたせいで柄は血まみれになっていたし、魔法を放った所は砦の石垣もろとも穴の空いている場所もあった。
 なにより、落ち着いて自分と向き合うと、力を抑えているはずの膜が二枚も減っていた。歩く度に砦からミシミシと音がしていたのは、そのせいか。
「ごめん。冷静じゃなかったよ」
 膜を張り直し、剣を鞘に収めた。アイリが僕の手を取って、回復魔法を掛けてくれる。
「魔物まだいる?」
「いや、気配は感じない」
「それなら、ダルブッカも落ち着いたでしょうし、戻りましょ」

 五階の部屋の扉の前では、シェケレが扉にもたれかかり、目を閉じて腕を組んでいた。
「何か変わったことは?」
 声をかける前にシェケレは目を開け、扉から身体を離した。
「特に無い。なあ、一階で魔物を三匹倒した後、外出たか?」
「んー、多分三匹だったと思う。外にも魔物がいたから、倒しに出たよ」
「そうかそうか。俺にも気配ってやつが解ってきたかもしれねぇ」
 シェケレは満足そうに頷いた。

 部屋に入ると、横たわった辺境伯のすぐ側で、ダルブッカが立ち尽くしていた。
 ダルブッカの目は赤く腫れていたが、もう涙は出ていない。
「格好悪いところを見せたな。俺はこいつを砦の入り口近くに埋めてやりたい。手伝ってくれないか」
 僕が快諾すると、ダルブッカは辺境伯を担いだ。

 外に出て、僕とダルブッカとシェケレの三人で砦の門の脇に穴を掘り、辺境伯を埋葬した。
 アイリは砦の周辺で花を摘んできて、墓標代わりの剣の前に供えた。
 ダルブッカが胸に左手を当てて目を閉じたので、僕たちも真似をして哀悼の意を表した。


 再び魔法を使って高速移動し、その日の夜には城へ帰還した。
 出迎えてくれた宰相や兵士さんたちをダルブッカは面倒くさそうに追い払った。
「今日は疲れている。明日にせよ」
 家臣は王様の命令に逆らえない。
 僕たちはひとり一部屋、豪華過ぎる客室を与えられて休んだ。


 真夜中に目が覚めた。
 隣の客室にいるはずのシェケレの気配が外にある。
 上着だけ羽織って城の庭に出ると、シェケレが素振りをしていた。
「気配が分かるってのも考えものだな。人の気配が気になりすぎて眠れねぇんだ」
 シェケレは僕の方を見ずに素振りを続けたまま、呟いた。
 僕が気配を察知できるようになったばかりの時は、そんなことはなかった。
 ここ最近、シェケレは急激と言える程の速度で冒険者として成長している。
 気配察知の加減がわからないのは、そのせいだろうか。
「俺の両親、冒険者だったんだよ」
 素振りの手を止めないまま、シェケレは話しだした。
「親父が剣士でおふくろが空間魔法使い。パーティに剣士がもう一人と、回復魔法使いがいた。俺が八歳の時、その剣士と回復魔法使いが、親父とおふくろの遺品を持って俺のところに来た」



*****



「これしか残らなかった」
「すまない」
「君が成人するまで私達が面倒を見る」

 耳障りの良い言葉に釣られて、シェケレは両親の元仲間だという二人を家に招き入れた。
 二人の化けの皮はすぐに剥がれた。
 家にあった数少ない金目のものは、両親の遺品も含めていつの間にか売り払われ、シェケレは日々の食事にも事欠いた。
 面倒を見ると言う割に、二人はシェケレを養おうとしない。面倒を見るどころかシェケレを奴隷のように扱い、時には力で従わされた。
 家の中のものが粗方なくなると、二人は家まで売った。
 シェケレはある朝突然、知らない大人に身一つで家を追い出された。
 わけもわからないまま冒険者ギルドへ出かけ、二人のことを話したが、ギルドからの返答は到底信じられないものだった。

「その二人は仲間を故意に死なせた咎で冒険者資格を剥奪されています」

 動揺するシェケレの様子を見咎めた冒険者ギルドの受付は、シェケレにあれこれと事情を聞いた。
「貴方のご両親は残念でした。冒険者の過ちはギルドが償います。ですが、条件として……」
 シェケレは冒険者になる道しか残されていなかった。



*****



「十二歳で冒険者になった。パーティを組めって言われたけど、五年くらいは突っぱねたな。誰も信じられねぇ。だが、ひとりじゃ限界がある。だから仕方なく組んだが……俺は俺の命を最優先した。そしたら、裏切っただの、何だの……。終いにゃ報酬を持ち逃げしたことにもなってるが、その時のクエストで魔物を倒したのは俺だけで、他の奴は野営場所から一歩も動かずに酒盛りしてたんだ」
 話の半分くらいは、シェケレが冒険者資格を剥奪された経緯としてギルドから聞いていた。
 僕にはシェケレの話が嘘には思えなかった。
「そんでまあ、資格剥奪されたのが納得行かなくて、ギルドに忍び込んで……って、どうして俺はこんな話してるんだか」
 シェケレはいつの間にか素振りを止めていた。僕に顔を向けて、ハハハ、と力なく笑う。
「なあ、どうせ俺は死刑か、良くて永久労働だろ。解ってるんだ。だけど、お前といると調子が狂う。こんな俺でも、まだ冒険者でやってけるんじゃねぇかって錯覚しちまう」
 僕は言うべき言葉を探したが、結局何も言えなかった。
「お前も、自分の命を最優先しろよ、ラウト。余計な心配かもしれねぇがな」
 シェケレは通りすがりに僕の肩をぽんと叩いて、城の中へ戻っていった。
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