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第二章

16 ユジカル国の秘宝

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「ミューズ国のヨービワと言えば、砂の大地を農地へ変えた救国の男爵ではないか。そこの三男が今度は世界を救うとは、痛快じゃ」
「お褒めに預かりまして光栄です」
「ああ、堅苦しいのは苦手でな。もっと楽にしてくれい」
「は、はい」
 ユジカル国の王様は気さくにも程がある方で、謁見の間にテーブルと椅子を用意させ、僕たちと王様、宰相が同じテーブルについた。玉座が寂しそうだ。
 テーブルの上にはお茶とお菓子が並んでいる。いつもならアイリが率先してお菓子を口に運ぶのだが、今ばかりはお茶に手を付けるのも恐る恐るだ。ギロに至っては硬直していつも細い目をカッと見開き、見ている限り瞬きもしない。大丈夫か。
 僕以上に緊張する二人に気づいた宰相が「遠慮はいりませんよ。陛下も気にしませんから」と気を遣ってしきりと話しかけ、二人はどうにかお茶とお菓子を口にした。味なんてわからないだろうなとおもいきや、ギロの方はお菓子を口にしてから瞼が正常動作するようになった。よかった。
「我が国が初手で失礼を働いたのは聞いておる。言い訳になるが、聞いてくれるか」
「はい」

 歴代のユジカル国王達は皆、それは厳格な方だったそうだ。
 自分にも他人にも厳しく、自国の問題は自国で解決せよというのが国命で、他国の力を借りないことが美徳とされていた。
 魔王が現れる三年前に前国王が崩御してからは徐々に「自分でできないことは素直に認めることこそが美徳」という考えが広まりはじめたが、前国王までの考え方に染まった人たちがまだまだいる。
 そこへ現れたのが、世界の危機である魔王だ。
 ユジカル国近くに降り立った魔王自身は、他の魔王と違って国や町を攻めることをしなかった。しかし、力を誇示するかのように巨大な城を建て、近隣の魔物は凶悪なものへと変質した。
 国内最強と言われたレベル七十八の冒険者が難易度Aのクエストに失敗して魔物討伐の戦列が乱れると、国王はすぐさま勇者、つまり僕へ討伐要請を出した。

「結果は知っての通りじゃ。大臣補佐をはじめ、前王の考えを引きずっておる者はまだいる。まあ、補佐たちは反省したようじゃがな」
 王様は話に一区切り付くと、少し冷めたお茶を飲み干した。
 僕もお茶に口をつける。緑茶というのを初めて飲んだが、甘みの中に心地よい苦味があって、茶葉の香りが爽やかだ。
「明日には魔王討伐に出るということだが、なにか必要なものや望みはないか」
「既に十分叶えてもらっております」
「そうか。ならばそろそろ休んで英気を養ってくれ」
 王様のこの一言で解散となった。

 部屋はひとり一部屋与えられている。アイリとギロは緊張の糸が切れたと同時に疲れが押し寄せてきたようで、二人共部屋に入る前に「寝る」「寝ます」と言っていた。僕も特にすることはないから、空間魔法の練習と称してマジックバッグの拡張実験をしていた。
 そこへ、ノックの音がする。出てみると宰相が立っていた。
「王がお呼びです。勇者にのみお伝えすることがあるそうです」

 ついていくと、王様の私室へ案内された。普段ならたとえ高位貴族でもおいそれとは入れない場所だ。
「やはりそなたは堂々としておるな。他の二人には少々悪いことをした。菓子は気に入っておったようだから、魔王討伐の後で好きなだけ持たせよう」
「ありがとうございます」
 僕に対するお褒めの言葉と、お菓子に対してお礼を言った。
「うむ。宰相、下がっておれ。人払いを頼む」
「承知しました」
 待って。一国の王様と二人きりって拙くないの? そこまで寛容なのもどうなの?
 僕の内心の動揺を感じ取ったのか、王様は「心配要らぬし必要なことだ」と前置きした。
「これより見せるのは、我が国の初代王が『歴代の王と勇者以外が目にしてはならぬ』と遺したものじゃ」
 そう言って、王様は壁際の棚を押した。……どうやら動かしたい様子だが、重厚な造りの棚は微動だにしない。
「手伝いましょうか。どう動かせばいいですか?」
「ああ、すまぬ、私も、鈍った、のう」
 王様は引き摺って動かすつもりだったらしいが、僕なら持ち上げることが出来た。
「おお、軽々と……ならばそのあたりに置いてくれ。用があるのは壁じゃ」
 棚をどかして出てきた壁は、一見何の変哲もなかった。王様が壁の模様を指でたどり、何かしらの操作をすると、壁の一部が音もなく消えた。その向こうには下り階段が見える。
 王様が迷いなくその階段を降りていくので、僕も後を追った。
「この絡繰りは古の魔道具の一種らしいが、再現は不可能じゃろうの。精霊の技術を使っておる」
 大昔の人は精霊の力を借りて魔法を操っていたのだっけ。その時の名残なのだろうか。
 などと考えていたら、突然スプリガンが僕の肩に乗った。灰色のモコモコした毛が頬に当たる。
「どうした?」
 頭の中で話しかけると、スプリガンは「懐かしいからでてきちゃったスプー」とささやいた。
 階段を降りきった先の扉の前で王様がこちらを振り返り、スプリガンに驚いて仰け反った。
「ラウト殿、それは、まさか」
「精霊のスプリガンです。何か、懐かしいからでてきたと言ってます」
「スプー」
 精霊が自分から僕以外の人に挨拶するのは珍しい。
「何と何と。初めてお目にかかる、精霊スプリガン殿」
 王様が丁寧に挨拶するとスプリガンは、むん、と胸を張った。
「先程も言ったが、ここにあるのは歴代の王と勇者しか目にしてはならぬと言われた、我が国の秘宝じゃ。私はこれを、ラウト殿が見るべきじゃと思う」
 扉の先は大人が両手を広げたら両側の壁に手がついてしまう程の小さな部屋で、入ると自動的に明かりが灯った。
 部屋の中心には僕の腰あたりまでの高さの台座があり、その上に手のひらに収まるサイズの正立方体が浮いている。立方体は真っ黒に見えたが、よく見るとそれは細かい文字だ。
「エート、ラーマ、サート……大陸名に、国と町の名前かな、それに……」
 見たことのない文字のはずが、何故か読める。
「読めるか。スプリガン殿の力かのう」
 僕が肩のスプリガンを見ると、スプリガンは前足で立方体に触れた。
 すると、立方体の文字がふわっと浮かび上がり、スプリガンの身体を通して、僕に侵入してきた。
「わっあああ!?」
 ものすごい情報量が流れ込んでくる。頭をぐちゃぐちゃにかき混ぜられたような感覚に、めまいと吐き気がして、思わず台座に縋るようにその場へ座り込んだ。
 不快感は一瞬で去ったが、まだ頭がぐらぐらする。僕は一体何をされたんだ。
「大丈夫か、ラウト殿。まさかこうなるとは……立てるか?」
「だ、だいじょうぶです、少し驚いただけで」
 ナーイアスが勝手に出てきて、僕に回復魔法を掛けてくれた。その後、スプリガンに威嚇した。スプリガンが申し訳無さそうに「スプー……」と小さく声を上げると、ナーイアスは威嚇を止めて鼻を鳴らし、ふっと姿を消した。
「ラウト殿、本当に大丈夫かね」
「はい。もう立って歩けます。スプリガンも、気にしないで」
 スプリガンの頭を撫でてやると、もう一度「スプー」と鳴いてスプリガンも姿を消した。
「つかぬことを聞くが、ラウト殿は何体の精霊と契約しておるのかね」
「ええと、八体です」
「八!?」
 気さくだけれど尖った感情をあまり見せなかったユジカル国王が、驚きの声を上げた。
「過去の勇者は四大精霊のうち一体に、治癒、空間、補助を含めた計四体と契約していたと伝えられておるのだよ。八体とは恐れ入った」
 そうなの? と精霊たちに尋ねたが、精霊たちは「ラウトだからね」とのこと。意味がわからない。
「ところで先程のものは何だったのですか? って、ああっ!?」
 正立方体は真っ白になって、台座に転がっていた。
 国の秘宝を壊してしまった!?
 僕が青褪めていると、王様は「案ずるでない」と言いながら僕の肩をぽんぽんと叩いた。
「これも伝えられておる事象じゃよ。勇者が目にすれば箱は役目を終え、勇者が役目を終えれば箱は再びもとに戻る」
「その、役目とは一体?」
「詳しくは精霊に尋ねよということなのじゃ。役目に関しては、私が知ることもならぬ。ラウト殿の役に立つことを祈っておるよ」
 僕と王様は小部屋を後にして私室へ戻り、壁の仕掛けを操作して棚を元に戻した。


 王様の私室を出て部屋へ帰ってから、早速精霊たちを呼んだ。ドモヴォーイには遮音の結界を張ってもらった。
「これまでの勇者が行ったことのある場所へ一瞬で移動できるスプー」
 僕に流れ込んできた知識は、過去の勇者の記憶だった。
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