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第二章
3 疫病神のヘタレ無双
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*****
冒険者の生活スタイルは、大体二つのパターンに分かれる。
朝型と夜型だ。
ラウトたちは朝型で、日の出とともに起きて身支度をし、日が昇りはじめてすぐ冒険者ギルドへ赴いてクエストを請け、夕方ごろには終わらせる。
夜型の者たちは昼過ぎにクエストを請け、夜遅くに戻ってくるか、野営をして過ごす。
強いていうならば、朝型は自前で拠点を持っている者に多く、夜型は宿や借家暮らしの者が多い。
オルガノの町で一際大きな拠点を持つヤトガのパーティは朝型、それもかなり自分を律するタイプの冒険者たちだ。
日が昇る少し前には起き出して、それぞれ得意な武器や魔法の鍛錬を始める。その後は手分けして朝食を作り食べた後、他の冒険者よりも早い時間にクエストを請ける。
早朝の魔物は前の日の夜を越すことができた手強いものが残っていて、実際の難易度よりも厳しいというのは、冒険者の間では有名な話だ。
ヤトガはもうすぐレベル六十に到達する大ベテランの冒険者である。強い魔物を率先して倒すべきだと、自分にノルマを課している。
そんなヤトガの元に、新たな冒険者がやってきた。
紹介したのはヤトガが一目置いている若い冒険者、ラウトである。
弓使いだと紹介されたのは聞き間違いだっただろうか。
「弓はどうした?」
ラウトたちと別れ、おっかなびっくりついてくるツインクに、ヤトガが話しかけた。
ヤトガ本人は意識していないが、ツインクには高圧的な態度に思えた。
「ゆ、弓は、クエストの途中で魔物に折られて……か、買う金もなくて……」
「予備は無いのか」
「も、持ってない……」
おどおどと話すツインクに、他の仲間が眉をひそめる。本当にこれが、あのラウトの元仲間なのかと信じられないのだ。
「ラウトを追い出すような連中だぜ?」
誰かが小声で言うと、他の者は「そういえばそうだった」と首肯した。
「ならば、これを使え」
ヤトガは腰に挿していた短剣を、鞘とベルトごと外してツインクに渡した。
「えっ、でも、俺」
思わず両手で受け取ったが、短剣は見た目に反してずしりと重い。
「弓しか使えないから、失くした時に困るのだ。これから特訓してやる」
「え……」
「返事は」
「は、はい……」
「……他に言うことは」
ヤトガは「よろしくお願いします」的な言葉を待っていたのだが、ツインクには思い至らなかった。
一分程待って、ツインクから望んだ言葉が出てこないとわかると、諦めた。
「ラウトは余程苦労していたのだろうな」
わざとツインクに聞こえる声で嫌味を言ったが、ツインクはきょとんとするばかりで何も言わなかった。
陽はとっくに沈んでいたが、ヤトガは広い拠点の敷地にある訓練場の隅に篝火を焚いて、短剣を両手で握りしめるツインクと対峙した。
「あ、あの……」
「何だ」
今からここで訓練をすると聞いてはいたが、ツインクにはどうしても確認したいことがあった。
「ゆ、夕食は……」
ツインクはここ三日ほど、まともな食事を取っていなかった。クエストで貯めた金は無計画に使い切ってしまったのだ。
「一通り終わってからだ。というか、片手で構えろ」
ツインクはおずおずと短剣から左手を外したが、右手がぶるぶると震えて切っ先が定まらない。
ヤトガはツインクを迎えてから何度目かわからない溜息をついて、素振りからはじめさせた。
結局、ツインクはその日、夕食を満足に取ることができなかった。
あまりの運動量に食事を胃が受け付けなかったのだ。
その後も食事の片付けや自分が使うベッドのメイク、その他諸々雑用を押し付けられ、眠りにつくころには明け方になっていた。雑用は全て、自分のことを自分でする範囲のものであったが、ツインクにとっては以前はラウトに押し付けていた雑事であり、ラウトがいなくなってからもおざなりにしていたものだった。
やっとクッションに頭を付けたかと思いきや、すぐにヤトガに叩き起こされた。
「いつまで眠っているつもりだ。早朝訓練の時間だぞ」
訓練の途中で疲れと眠気に限界を迎えたツインクは、とうとう倒れた。
加入して間もない仲間をひとり置いて、拠点を空ける訳にはいかない。
その日、ヤトガのパーティはクエストを諦める羽目になった。
「酷い冒険者もいたものだな。いや、あれを冒険者と呼ぶのは他の冒険者に対する冒涜だ」
ヤトガのパーティでは一番の古参である攻撃魔法使いが言うと、他の仲間達も同意した。
「あれでどうして、ラウトを手放せたんだ?」
回復魔法使いの疑問には、ヤトガが答えた。
「ラウトはどうやら、成長曲線が特殊な人間のようでな。追い出された時はレベル十だったらしい」
「そういえば、一緒に行ったクエストの時もまだレベル二十七と言ってたっけ。今はどのくらいあがったのかな」
「さあな。つまりはそういう奴なんだろう」
ヤトガ以外の全員がはっとした表情になり、お互いに顔を見合わせた。
「じゃあ旅行って」
「おそらくな。ラウトのことだ、有名になりたくないのだろう」
今まで数多くの冒険者の面倒を見てきたヤトガである。付き合いはまだ浅いが、ラウトの性格を既に見抜いていた。
そんなヤトガでも、ここまで根性なしの冒険者がいるとは思わなかった。
ツインクは丸一日眠り、やっと起きたら大量の食事を要求し、再び眠った。
さらに一日経過し、なかなか起きてこないツインクに業を煮やしたヤトガが部屋に入ると、そこはもぬけの殻だった。
ベッドは整えもせずぐちゃぐちゃで、置き手紙の一つもない。
ツインクは逃げ出していた。
*****
「とまあ、こんな感じだった」
「本っっっ当にごめん!」
僕はもう頭を下げることしかできなかった。混乱しすぎて、丁寧な謝罪の仕草すら頭から抜けていた。
隣でアイリも胸の前で手を組んで目をぎゅっと閉じ、祈るように謝罪の意を表明していた。
「ラウトは悪くない。誰が悪いかといえば、見抜けなかった俺と、根性なしのあの野郎だ」
肩を掴まれて上体を起こされる。
「今の話聞く限りだと、あいつまさか、ヤトガの短剣を」
「ああ、持っていかれたな」
疫病神の二つ名は伊達じゃないな、ツインク。いや、こんな事考えてる場合じゃない。
「弁償するよ。どこの鍛冶屋さんに……」
「問題ない。本当だ」
ヤトガは僕に、本当に問題ない理由を話してくれた。
「なるほど……。じゃあ、連絡が来たら僕にも教えてくれる?」
「構わないが、どうするつもりだ?」
「後始末は僕がやるよ。これ以上ヤトガの手を煩わせたくない」
「引き受けたのは俺なのだが……まあ、それでラウトの気が済むなら、好きにするといい」
「ありがとう。それとは別に、お礼は何がいい? 僕にできることがあったら言ってくれ」
「ふむ……。じゃあ、ひとクエスト付き合ってくれないか? 難易度Aのクエストを請けてみたい」
魔王討伐やその他諸々で、僕はレベル二百五十、アイリはレベル五十に上がっていることは、少し調べればわかる。
僕とアイリが入っても、難易度Aが請けられる平均レベルは悠々超える。
「それだけでいいの?」
「十分だ。今後請ける時の参考になるからな」
「アイリ、いい?」
「もちろんよ」
クエストは泊りがけのものになり、オルガノの町へ帰還したのは四日後だった。
その頃には、町にある罪人用の牢にツインクが入っていた。
ヤトガの短剣には、ヤトガ専用の紋章が入っており、近隣の町で本人以外が売ろうとすると、すぐにバレる。
冒険者が専用の紋章を持つこと自体が稀であるし、ヤトガくらい知名度のある冒険者でないと意味がない。
更に、ツインクは考えなしもいいとこなのだが、このオルガノの町の道具屋で短剣を売ろうとした。
短剣を手にした道具屋さんは速攻で警備兵を呼び、ツインクを突き出した。
「違うんだ! 俺は騙されたんだよっ! だから出してくれ!」
牢のある建物の地下へ入ると、一番手前が騒がしかった。声の主はツインクだ。
誰にどう騙されたというのか。話もしたくなかったから、喚くツインクの言葉の内容はまるっと無視した。
「帰るぞ、ツインク」
牢番さんに牢を開けてもらい、両手足に拘束の魔道具を着けたままのツインクを無理やり歩かせる。
「帰るって、どこへだよ」
「ストリング村に決まってるだろ。お前はもう冒険者じゃないからな」
「……」
僕たちが村を出る条件は、村の外で自活すること、つまり冒険者になることだった。
冒険者資格剥奪だけならまだなんとかなったかもしれないが、ツインクには窃盗犯という札まで付いた。
村に押し付けるのは申し訳ないが、もうツインクの行き先は村しかない。
冒険者の生活スタイルは、大体二つのパターンに分かれる。
朝型と夜型だ。
ラウトたちは朝型で、日の出とともに起きて身支度をし、日が昇りはじめてすぐ冒険者ギルドへ赴いてクエストを請け、夕方ごろには終わらせる。
夜型の者たちは昼過ぎにクエストを請け、夜遅くに戻ってくるか、野営をして過ごす。
強いていうならば、朝型は自前で拠点を持っている者に多く、夜型は宿や借家暮らしの者が多い。
オルガノの町で一際大きな拠点を持つヤトガのパーティは朝型、それもかなり自分を律するタイプの冒険者たちだ。
日が昇る少し前には起き出して、それぞれ得意な武器や魔法の鍛錬を始める。その後は手分けして朝食を作り食べた後、他の冒険者よりも早い時間にクエストを請ける。
早朝の魔物は前の日の夜を越すことができた手強いものが残っていて、実際の難易度よりも厳しいというのは、冒険者の間では有名な話だ。
ヤトガはもうすぐレベル六十に到達する大ベテランの冒険者である。強い魔物を率先して倒すべきだと、自分にノルマを課している。
そんなヤトガの元に、新たな冒険者がやってきた。
紹介したのはヤトガが一目置いている若い冒険者、ラウトである。
弓使いだと紹介されたのは聞き間違いだっただろうか。
「弓はどうした?」
ラウトたちと別れ、おっかなびっくりついてくるツインクに、ヤトガが話しかけた。
ヤトガ本人は意識していないが、ツインクには高圧的な態度に思えた。
「ゆ、弓は、クエストの途中で魔物に折られて……か、買う金もなくて……」
「予備は無いのか」
「も、持ってない……」
おどおどと話すツインクに、他の仲間が眉をひそめる。本当にこれが、あのラウトの元仲間なのかと信じられないのだ。
「ラウトを追い出すような連中だぜ?」
誰かが小声で言うと、他の者は「そういえばそうだった」と首肯した。
「ならば、これを使え」
ヤトガは腰に挿していた短剣を、鞘とベルトごと外してツインクに渡した。
「えっ、でも、俺」
思わず両手で受け取ったが、短剣は見た目に反してずしりと重い。
「弓しか使えないから、失くした時に困るのだ。これから特訓してやる」
「え……」
「返事は」
「は、はい……」
「……他に言うことは」
ヤトガは「よろしくお願いします」的な言葉を待っていたのだが、ツインクには思い至らなかった。
一分程待って、ツインクから望んだ言葉が出てこないとわかると、諦めた。
「ラウトは余程苦労していたのだろうな」
わざとツインクに聞こえる声で嫌味を言ったが、ツインクはきょとんとするばかりで何も言わなかった。
陽はとっくに沈んでいたが、ヤトガは広い拠点の敷地にある訓練場の隅に篝火を焚いて、短剣を両手で握りしめるツインクと対峙した。
「あ、あの……」
「何だ」
今からここで訓練をすると聞いてはいたが、ツインクにはどうしても確認したいことがあった。
「ゆ、夕食は……」
ツインクはここ三日ほど、まともな食事を取っていなかった。クエストで貯めた金は無計画に使い切ってしまったのだ。
「一通り終わってからだ。というか、片手で構えろ」
ツインクはおずおずと短剣から左手を外したが、右手がぶるぶると震えて切っ先が定まらない。
ヤトガはツインクを迎えてから何度目かわからない溜息をついて、素振りからはじめさせた。
結局、ツインクはその日、夕食を満足に取ることができなかった。
あまりの運動量に食事を胃が受け付けなかったのだ。
その後も食事の片付けや自分が使うベッドのメイク、その他諸々雑用を押し付けられ、眠りにつくころには明け方になっていた。雑用は全て、自分のことを自分でする範囲のものであったが、ツインクにとっては以前はラウトに押し付けていた雑事であり、ラウトがいなくなってからもおざなりにしていたものだった。
やっとクッションに頭を付けたかと思いきや、すぐにヤトガに叩き起こされた。
「いつまで眠っているつもりだ。早朝訓練の時間だぞ」
訓練の途中で疲れと眠気に限界を迎えたツインクは、とうとう倒れた。
加入して間もない仲間をひとり置いて、拠点を空ける訳にはいかない。
その日、ヤトガのパーティはクエストを諦める羽目になった。
「酷い冒険者もいたものだな。いや、あれを冒険者と呼ぶのは他の冒険者に対する冒涜だ」
ヤトガのパーティでは一番の古参である攻撃魔法使いが言うと、他の仲間達も同意した。
「あれでどうして、ラウトを手放せたんだ?」
回復魔法使いの疑問には、ヤトガが答えた。
「ラウトはどうやら、成長曲線が特殊な人間のようでな。追い出された時はレベル十だったらしい」
「そういえば、一緒に行ったクエストの時もまだレベル二十七と言ってたっけ。今はどのくらいあがったのかな」
「さあな。つまりはそういう奴なんだろう」
ヤトガ以外の全員がはっとした表情になり、お互いに顔を見合わせた。
「じゃあ旅行って」
「おそらくな。ラウトのことだ、有名になりたくないのだろう」
今まで数多くの冒険者の面倒を見てきたヤトガである。付き合いはまだ浅いが、ラウトの性格を既に見抜いていた。
そんなヤトガでも、ここまで根性なしの冒険者がいるとは思わなかった。
ツインクは丸一日眠り、やっと起きたら大量の食事を要求し、再び眠った。
さらに一日経過し、なかなか起きてこないツインクに業を煮やしたヤトガが部屋に入ると、そこはもぬけの殻だった。
ベッドは整えもせずぐちゃぐちゃで、置き手紙の一つもない。
ツインクは逃げ出していた。
*****
「とまあ、こんな感じだった」
「本っっっ当にごめん!」
僕はもう頭を下げることしかできなかった。混乱しすぎて、丁寧な謝罪の仕草すら頭から抜けていた。
隣でアイリも胸の前で手を組んで目をぎゅっと閉じ、祈るように謝罪の意を表明していた。
「ラウトは悪くない。誰が悪いかといえば、見抜けなかった俺と、根性なしのあの野郎だ」
肩を掴まれて上体を起こされる。
「今の話聞く限りだと、あいつまさか、ヤトガの短剣を」
「ああ、持っていかれたな」
疫病神の二つ名は伊達じゃないな、ツインク。いや、こんな事考えてる場合じゃない。
「弁償するよ。どこの鍛冶屋さんに……」
「問題ない。本当だ」
ヤトガは僕に、本当に問題ない理由を話してくれた。
「なるほど……。じゃあ、連絡が来たら僕にも教えてくれる?」
「構わないが、どうするつもりだ?」
「後始末は僕がやるよ。これ以上ヤトガの手を煩わせたくない」
「引き受けたのは俺なのだが……まあ、それでラウトの気が済むなら、好きにするといい」
「ありがとう。それとは別に、お礼は何がいい? 僕にできることがあったら言ってくれ」
「ふむ……。じゃあ、ひとクエスト付き合ってくれないか? 難易度Aのクエストを請けてみたい」
魔王討伐やその他諸々で、僕はレベル二百五十、アイリはレベル五十に上がっていることは、少し調べればわかる。
僕とアイリが入っても、難易度Aが請けられる平均レベルは悠々超える。
「それだけでいいの?」
「十分だ。今後請ける時の参考になるからな」
「アイリ、いい?」
「もちろんよ」
クエストは泊りがけのものになり、オルガノの町へ帰還したのは四日後だった。
その頃には、町にある罪人用の牢にツインクが入っていた。
ヤトガの短剣には、ヤトガ専用の紋章が入っており、近隣の町で本人以外が売ろうとすると、すぐにバレる。
冒険者が専用の紋章を持つこと自体が稀であるし、ヤトガくらい知名度のある冒険者でないと意味がない。
更に、ツインクは考えなしもいいとこなのだが、このオルガノの町の道具屋で短剣を売ろうとした。
短剣を手にした道具屋さんは速攻で警備兵を呼び、ツインクを突き出した。
「違うんだ! 俺は騙されたんだよっ! だから出してくれ!」
牢のある建物の地下へ入ると、一番手前が騒がしかった。声の主はツインクだ。
誰にどう騙されたというのか。話もしたくなかったから、喚くツインクの言葉の内容はまるっと無視した。
「帰るぞ、ツインク」
牢番さんに牢を開けてもらい、両手足に拘束の魔道具を着けたままのツインクを無理やり歩かせる。
「帰るって、どこへだよ」
「ストリング村に決まってるだろ。お前はもう冒険者じゃないからな」
「……」
僕たちが村を出る条件は、村の外で自活すること、つまり冒険者になることだった。
冒険者資格剥奪だけならまだなんとかなったかもしれないが、ツインクには窃盗犯という札まで付いた。
村に押し付けるのは申し訳ないが、もうツインクの行き先は村しかない。
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