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第一章

22 自覚なしは自重しない

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*****


 アイリは馬を駈歩で走らせながら、先程のラウトを思い出していた。
 ――本当に、自覚がないんだから。

 ラウトは美形と言って差し支えないほど、顔立ちが整っている……と、アイリには見えているし、客観的に見ても所謂イケメンの部類に入る。
 涼し気な目つきに神秘的な紫色の瞳。すっと通った鼻筋に、薄い唇。漆黒の髪は野営の多い冒険者とは思えないほど艷やかでさらりとしており、最近は後ろで一つにまとめることで、妖艶さが増している。
 自覚がないのは、ここまで整った顔で町を出歩いていても、女性に声を掛けられたことがないためだった。

 本人と家族は「名ばかり貴族だ」と言い張るが、貴族は貴族だ。
 ラウトの祖父の代から貴族の所作を勉強しはじめた一家だが元々勤勉な家系である。国から紹介された一流の講師の元、付け焼き刃とは思えないほど流麗な仕草を身につけることに成功した。
 アイリのように子供の頃から一緒に過ごして耐性をつけた者はともかく、ラウトの全身から滲み出る高貴感は、庶民には近寄り難く感じてしまう。
 幸いなことに冒険者は人の見た目で物事を判断しない者が多い。魔物と命のやり取りをしている者たちの間では、容姿のことなど二の次で、強さが全てと言っても過言ではない。高貴だろうが襤褸を纏っていようが、レベルと仲間やギルドからの信頼がすべての界隈だ。
 ラウト自身も、自分のことで手一杯で、誰かと良い仲になりたいなどとは考えていない。アイリについても、頼もしい幼馴染くらいの認識である。

 そんなラウトが、アイリに向かって少し困ったような笑みを浮かべながら礼を言ったのだ。
 そこに恋愛感情的な好意は無いとわかってはいるが、柔らかな笑顔の破壊力は抜群だった。



*****



「アイリ、早すぎるってば。一回止まって」
 シルフとドモヴォーイの力を借りて馬に負担を掛けずに馬の速度を上げ、アイリに追いついた。
「馬が疲れちゃうよ」
「……へっ!? あ、ご、ごめんなさい!」
 馬を少しずつ減速させ、停止させて一旦降りた。
「随分走ったね。少し休憩しよう」
 馬から降りてアイリを見て、ぎょっとした。
「アイリ、顔が赤い。体調悪いのか?」
 回復魔法で病気は治せない。解熱剤他、最低限の薬は持ち歩いている。どれか効けば良いのだけど。
「これは、違うの! 暫くしたら元に戻るから……大丈夫! 大丈夫だからっ! 近いっ! ひっ!?」
 アイリの額に僕の手の甲を当てる。少なくとも熱はなさそうだが、アイリはその場にへたりと座り込んでしまった。
「やっぱりどこか悪いんじゃないか」
 緊急事態だから仕方ない。
 僕はアイリを抱き上げ、馬二頭を近くに集めて、シルフとドモヴォーイを呼んだ。
「包んでくれ、ドモヴォーイ。飛ばしてくれ、シルフ」
 二人と二頭を半透明の結界に包み、シルフの力で浮き上がり、そのまま町の近くまで飛んだ。
 移動時間を短縮しすぎると色々と怪しまれてしまうので、やらなかった手段だ。
 五日かかるはずだった旅程を二時間程に縮め、オルガノの町の拠点へ帰った。
 途中でギロに連絡を入れておいたから、アイリの部屋はすぐに横になれるよう、準備されている。
「僕たちはあと五日、ここに帰ってこないことになってるから」
「委細承知しました。お食事はどうされますか?」
「ここに……あ、いや、えっと、ここに頼める?」
 つい実家にいたときの癖で、執事ギロにあれこれ頼ってしまった。
「畏まりました。ラウト様、私は貴方にお仕えしている身でございます。遠慮は要りませんよ」
 ギロは一片の曇りもない笑みを浮かべて一礼し、部屋を出ていった。
「ラウト……」
 ずっと黙っていたアイリがシーツから目元まで出してこちらを見ている。
 ますます顔色がおかしい。
 もう一度熱を測ってみると、二時間前より明らかに体温が高い。
「ごめん、本当に、具合悪いみたい」
「うん。……薬草をくれ、ノーム」
 土の精霊であるノームは薬草にも詳しい。焦げ茶色の猫が足元に現れ、僕が差し出した手の上に草を三種類ほど載せて、ふっと消えた。薬の作り方は、何故か理解できた。
「薬湯作ってくるよ」
「ん、ありがと」
 アイリはそれだけ言うと目を閉じた。


 遅い昼食をとってアイリに薬湯を飲ませ、夕食の時間になる頃には、アイリは調子を取り戻していた。
「精霊の薬草は効果覿面ね。どんな薬草だったか、見せてもらえないかしら」
 ノームに尋ねたら快諾してくれたので、先程の薬草を出してもらった。
「これ、嘘、私、これ飲んだの……?」 
 薬草はよくよく見ると、半透明だったりキラキラ輝いていたりして、僕でも特殊な草だとわかる。早くアイリに飲ませたくて急いで磨り潰して煮込んだから、今まで気づかなかった。
「生命の草に精霊の草じゃない……もう一つは、何かしら」
 半透明なのが生命の草で、輝いているのが精霊の草というらしい。
「ノーム、もう一つは何だい?」
 少し紫掛かった丸い葉を指して尋ねた。
「導きの草ノム」
「導きの草! これが伝説の! ラウトが全部磨り潰して……私が……はふぅ」
「アイリっ!?」
 アイリがぱたりとベッドに倒れ込んでしまった。せっかく治ったと思ったのに。
「ノーム、それ人が飲んでも大丈夫なの!?」
「大丈夫ノム。人の世では見つけるのが大変らしいノムから、きっとその人間はびっくりしただけノム」
「そ、そっか。アイリ、聞こえてた? アイリ?」
「はっ! ちょっと気が遠くなってた……。体調は、むしろ絶好調よ。これからクエストに行けるくらい」
「もう夜だよ。結局、何が原因だったのかな」
 アイリは暫し首を傾げた。
「思い当たることはないから、ちょっと疲れが出ただけだと思うわ。……ただの疲労に、導きの草と生命の草と精霊の草……。ノームに自重するようにお願いして?」
「わかった」
 僕はようやく安心できた。


 五日間、家の中で息を殺すように過ごすのは流石に退屈だった。
 外に出られないので鍛錬も家の中でできることに限られたから、剣もろくに握っていない。
 鍛錬不足のまま、今日は城下町へ向かって出発しなければならない。
 いや、待てよ。実力を出しきらないほうが勇者に認定されずに済むのでは?
「どうせ全ステータスの開示があるでしょ」
 アイリに突っ込まれずとも、わかってました。

 人間が自分で見ることのできるステータスは、レベルと経験値の溜まり具合、大まかな能力値のみだ。
 城下町の冒険者ギルドに置いてある魔道具は、『鑑定』という能力を持った人を解析して作られた「詳細ステータス表示魔道具」だ。全ての能力値が数値化され、本人に自覚のない特殊な能力まで暴いてしまう。
 精霊たちに関しては「隠れておきます」と言っていたから多分バレないと思うが、精霊の能力イコール僕の能力としてカウントされてしまう可能性はあるらしい。

 城下町へ向かう時間が近づくに連れて気が重くなる僕を、アイリが励ましてくれた。
「認定されたら、私も魔王討伐に連れてって」
「こっちからお願いしたいけど、いいの? もしかしたら……」
「ラウトと一緒だもの。大丈夫よ」
 アイリからの信頼は、重圧と感じてもよさそうなのに、僕には何故か心地よいものに感じる。


 城下町からの迎えの馬車は、時間通りにやってきた。
 実家にある馬車なんかより豪華な箱馬車は、内装も凝っていて座り心地が良い。
「これ、もし僕が勇者じゃなかったら、帰りはどうするんだろう」
「一方的に呼び出したのは向こうで、ラウトは自分から『勇者です』って売り込んだわけじゃないでしょ。万が一違ってても、丁重に送り返してくれるわよ」
「だといいけどなぁ」

 座り心地が良すぎて落ち着かない馬車の旅を過ごし、とうとう城下町へ到着してしまった。
 馬車は門を通過し、大きな建物の前で止まった。冒険者ギルドだ。オルガノやパーカスの町とは比べ物にならないくらい、大きい。
「お待ちしておりました、ラウト様。お連れの方も一緒にこちらへどうぞ」
 ギルドの受付さんらしき女性が、僕とアイリをギルドハウスの奥へ案内してくれた。
 外見は大きいが、造りは似たようなものらしい。最奥は他のギルドハウスと同様、監査役室だ。
 案内してくれた女性が扉を開けて部屋に入り、僕たちも続いた。
「ようこそ、ミューズ城下町の冒険者ギルドへ。申し遅れましたが、私がこのギルドの監査役、サリュンです。早速ですが、ラウト様の能力値測定を始めます」
 受付さんかと思ったら監査役だった。
 笑顔のサリュンが、物々しい機械の前に僕を手招きした。
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