15 / 25
15 賢者、解放する
しおりを挟む
*****
ロージアン国王には、歴代の国王にのみ引き継がれる、密命専用の手駒がいた。
国王が特定の仕草をすると、それを合図に国王の意図を汲み取って行動を起こす、優れた手駒であった。
手駒のことを、国王はイズナと呼んでいる。
イズナたちの現在の最優先事項は、第三王女を見つけ出し、連れ戻すことだ。
彼らは独自の探索網と、人間離れした運動能力で、第三王女の居場所を突き止めた。
エレル達が住む森の深部は、一流の傭兵ですら手の出せない魔獣の巣窟だが、イズナは単独でも魔王を倒せるほどの実力の持ち主たちである。
イズナはチュアの居所を探り当てていた。
*****
森の更に奥へ移り住み、町が遠ざかってから、買い出しは僕が一手に引き受けていた。
森の食材採取も僕がやりたいが、働きたがりのチュアが「分担したほうが手っ取り早いです」と正論を言ってくるので逆らえず任せている。
「行ってくる」
「いってらっしゃいませ。お気をつけて」
「チュアこそ、外に出る時は必ずキュウを連れて行け。キュウ、いいな?」
「はいっす!」
チュアの料理を最初の三分の一の量で満足することを覚えたので、買い出しの頻度はかなり減った。
それでも、月に一度は町でなければ入手が難しいものの買い出しが必要だ。
魔王討伐から四ヶ月。町へは行く度に姿を変え、魔法薬売りも最小限にした成果か、町に現れる「奇妙な人物」の噂は聞かなくなった。
チュアとキュウ曰く「平凡顔」で買い物を済ませ、町を出て人気のない場所で転移魔法を使う。
家には瞬時に到着する。
僕ひとりで買い物へいくと、往復時間を含めても一時間程度で済む。
「戻った。……チュアたちはまだ外か」
いつもなら帰ってくるまで一人で過ごすのだが、この時は何故か「迎えに行こう」という気分になった。
チュアとキュウに渡した指輪と首輪には、魔獣避けの他に様々な護りの魔法を施してある。
余程のことがない限り安全だ。
そのはずだった。
「賢者も出てきたか。好都合だ」
指輪と首輪の気配を追いかけた先で見たのは、口から血を吐いて動かないキュウと、全身黒ずくめのやつに拘束されているチュアだった。
チュアは気絶させられている。
「止まれ、それ以上動いたら、そこの狐に止めを刺すぞ」
キュウの近くにも黒ずくめはいて、キュウの喉元に刃物を当てる。確か、脇差と呼ばれるナイフの一種だ。
僕は指ひとつ動かさない状態で、キュウへ治癒魔法を掛けた。
キュウはぱちりと目を開け、動こうとしたが、脇差を見て身体を竦めてしまう。
「治癒魔法を、遠隔で使ったのか。さすがは賢者といったところか」
さっきから喋っている黒ずくめが、今度はチュアの喉元に刃物を。
「何故キュウを攻撃した。チュアをどうするつもりだ」
自分でも驚くほど低い声が出た。
「第三王女殿下を名で呼ぶとは無礼な。殿下には城へ帰っていただく。そこの狐は邪魔をしたから攻撃した。賢者殿、貴方も城へ」
「誰が行くか。チュアを離せ」
「できません。仕方ありませんね」
背後から殺気を感じた。
咄嗟に結界魔法を展開すると、背後の殺気は結界に弾かれて吹き飛んだ。
「流石にお強いですね。それ以上魔法を使うのも禁止します」
チュアを拘束している黒ずくめがそう言うと、チュアが身じろぎをした。
「……!!」
チュアが意識を取り戻した。チュアの口には布が噛ませられているから、何か喋りたくても言葉にならない。
それに気づくや、チュアは出来得る限りの力で暴れだした。
可動範囲は狭いが、黒ずくめが鬱陶しそうにチュアを見下ろしている。
「チュア、すぐ助けるからじっとしてろ!」
「無駄ですよ、殿下。……王女殿下は無傷で、という命ですが、致命傷までなら治療できますねっ」
反応が間に合わなかった。
そいつは、チュアの胸元に、刃物を突き刺した。
空気が破裂するような音は、多分僕が立てた。
「なっ……!?」
「ぐあっ!」
「ぎゃっ!!」
黒ずくめどもの悲鳴が聞こえる。
僕にとって、魔力というのは邪魔なものだった。
これのせいで、親に捨てられた。
これのせいで、身分不相応な場所に居続ける羽目になった。
これのせいで、教育係から疎まれて折檻を受けた。
せめて人並みの魔力量であろうと、僕は魔力を身体の中へ閉じ込めた。
今、僕にとって邪魔なものは、チュアとキュウを傷つけた、黒ずくめの奴らだ。
あいつらは、かなり強い。魔獣ですら退けるキュウをあんな風にしたのだから。
だったら、あいつらを排除できるなら、何だって使ってやる。
そう考えたら、自然と魔力を解き放っていた。
手を軽く振るだけで、邪魔なものだけ、吹き飛んだ。
拘束を解かれたチュアのもとへ駆け寄り、抱き上げて治癒魔法を掛ける。チュアは目を覚ますと、自力で口枷を解いた。
キュウに刃物を当てていた奴も吹き飛んだので、キュウが足元へ駆け寄ってくる。
「え、エレル様? そのお姿は……変身ではないですよね」
「そんなことはどうでもいい。痛むところはないか」
「そんなことって……はい、どこも怪我はありません」
「さっき胸に刃物を刺されていたんだぞ。本当にもう痛くないか?」
「は、はい、なんともありません」
「良かった」
ほっとしたら、荒れ狂っていた魔力が静かになった。
「ぐ……我らをこうも簡単に……」
黒ずくめの殆どは絶命していたが、一人だけ生き残っていた。
はじめて人を殺めてしまった。
「チュア、あれは何なんだ?」
「おそらく、国王陛下の手駒でしょう。影に生きる者を何人か使っていると、聞いたことがあります」
「殺してしまってもいいか」
もう何人も殺している。あと一人くらい増えたところで、僕の罪は変わらない。
そもそも、向こうだってチュアを殺しかけたのだ。正当防衛というやつだろう。
チュアは僕の腕の中で口元に手を当てて少し考え、首を横に振った。
「伝令代わりに生かしておきましょう」
「なるほど。聞こえていたか? お前は見逃す。だが、次はない」
「……」
黒ずくめは小さく舌打ちし、何事か呻くとその場から消えた。
転移魔法を使った様子だった。
森の景色は惨憺たる有様になってしまった。
「済まなかった。使ってくれ」
チュアを抱き上げたまま、僕は森に対して謝罪した。
身体から少量の魔力が抜けていき、折れた樹木からは新たな芽吹きが、抉れた地面は草で覆われた。
「エレル様のせいではありませんのに」
治っていく森を眺めながら、チュアが悲しそうにつぶやいた。
「森を壊したのは僕に間違いない。もう少し上手く魔力を使えたら良かったんだが」
唐突な出来事だったとはいえ、魔力を制御することまで思考が回らなかった。
「エレルさま、エレルさま。どうして急に大きくなられたんっすか?」
「大きく? ……お?」
キュウに問われ、改めて自分の体を見下ろすと、随分視線が高かった。
「わからん。封じていた魔力を解き放ったせいだろうか」
「封じてたんっすか!? エレルさまが自分で!? あの量を!?」
「どういう意味だ」
「魔力なんてあればあるだけ便利なものっすから、自分で制限するなんて普通はしないっす! 封じててもあれだけ魔力量があって、尚且つ倍以上の魔力を封じてたなんて……あっ! エレルさま、だから身体が小さかったんっすね!」
「関係あるだろうか」
「それしか考えられないっすよ!」
「ふむ。まあそんなことより、帰ろう」
「はいっす!」
「エレル様、降ろして頂けませんか」
「このまま転移魔法を使ったほうが早いだろう」
「ええと……」
チュアが何か言いたそうだったが、一刻も早くこの場から離れたかった僕は、家まで転移魔法を使った。
家で改めて、チュアとキュウの身体を診た。
外傷は見当たらなかったが、念のために思いつく限りの治癒魔法を掛けておいた。
「もう平気ですよ。エレル様こそ、お疲れでは」
「僕こそなんともない。それに、すまなかった」
僕は二人に向かって頭を下げた。チュアとキュウが顔を見合わせている気配がする。
「どうしてエレルさまが謝るっすか!?」
「キュウさんの仰るとおりです。私たちを助けてくださったじゃないですか」
僕は頭を下げたまま、二人に言った。
「護りの魔法は、魔獣相手しか想定していなかった。一番厄介なのは人間だと、身に沁みていたはずなのに。今後は二人の許可なく触れようとするもの全てを弾けるように魔法を掛け直しておく」
「そこまでしなくても……。でも、エレル様が安心できるのでしたら、やってくださいませ」
チュアとキュウが指輪と首輪を僕の目の前に差し出した。
僕はそれらを受け取り、魔法を構築し直す。
より堅固に、万が一傷ついたら治癒魔法が発動するようにもした。
「これでいい。二人が無事で、本当によかった」
「エレルさま、表情が硬いっす」
「私たちは無事ですよ。エレル様のお陰です」
「……」
何故だが目頭が熱い。気がついたら、目から水滴がぽたぽたと流れ落ちていた。
「な、何故泣かれていらっしゃるのですかっ!?」
「ああ、これは泣いているのか。わからん」
「泣いたことがないのですか?」
「記憶にない」
「じゃあ、泣いてください」
以前、子供扱いするなと言ってからやらなくなったのに。
チュアは僕の頭を胸に抱きしめた。
柔らかい感触が心地よい。
目から出る水滴を、枯れるまでそのままにしておいた。
「元に戻らないな」
僕は急に大きくなった自分の体を持て余していた。
変身魔法の幻影と違って、しっかりと肉体がある。
チュアより頭二つ分も背が高くなったせいか、先程も扉の枠に頭をぶつけてしまった。
「元にもどりたいんすか?」
「そうだな。二十年あの姿だったから、慣れている姿の方が……」
「大きな姿も素敵ですよ。年齢相応に見えますし」
「このままでいい」
僕はチュアの一言で意見を変えた。
チュアがいいと言うなら、このままでも悪くない。
「お着替えを買い直したほうが良さそうですね。次に町へ行くときは、私も連れて行ってください」
「着せ替え人形にしないと約束するなら」
「……善処します」
この時、言葉の前の沈黙をもっと気にしておけばよかったのだ。
次に町へ行った時、僕は二時間ほど着せ替え人形にされた。
ロージアン国王には、歴代の国王にのみ引き継がれる、密命専用の手駒がいた。
国王が特定の仕草をすると、それを合図に国王の意図を汲み取って行動を起こす、優れた手駒であった。
手駒のことを、国王はイズナと呼んでいる。
イズナたちの現在の最優先事項は、第三王女を見つけ出し、連れ戻すことだ。
彼らは独自の探索網と、人間離れした運動能力で、第三王女の居場所を突き止めた。
エレル達が住む森の深部は、一流の傭兵ですら手の出せない魔獣の巣窟だが、イズナは単独でも魔王を倒せるほどの実力の持ち主たちである。
イズナはチュアの居所を探り当てていた。
*****
森の更に奥へ移り住み、町が遠ざかってから、買い出しは僕が一手に引き受けていた。
森の食材採取も僕がやりたいが、働きたがりのチュアが「分担したほうが手っ取り早いです」と正論を言ってくるので逆らえず任せている。
「行ってくる」
「いってらっしゃいませ。お気をつけて」
「チュアこそ、外に出る時は必ずキュウを連れて行け。キュウ、いいな?」
「はいっす!」
チュアの料理を最初の三分の一の量で満足することを覚えたので、買い出しの頻度はかなり減った。
それでも、月に一度は町でなければ入手が難しいものの買い出しが必要だ。
魔王討伐から四ヶ月。町へは行く度に姿を変え、魔法薬売りも最小限にした成果か、町に現れる「奇妙な人物」の噂は聞かなくなった。
チュアとキュウ曰く「平凡顔」で買い物を済ませ、町を出て人気のない場所で転移魔法を使う。
家には瞬時に到着する。
僕ひとりで買い物へいくと、往復時間を含めても一時間程度で済む。
「戻った。……チュアたちはまだ外か」
いつもなら帰ってくるまで一人で過ごすのだが、この時は何故か「迎えに行こう」という気分になった。
チュアとキュウに渡した指輪と首輪には、魔獣避けの他に様々な護りの魔法を施してある。
余程のことがない限り安全だ。
そのはずだった。
「賢者も出てきたか。好都合だ」
指輪と首輪の気配を追いかけた先で見たのは、口から血を吐いて動かないキュウと、全身黒ずくめのやつに拘束されているチュアだった。
チュアは気絶させられている。
「止まれ、それ以上動いたら、そこの狐に止めを刺すぞ」
キュウの近くにも黒ずくめはいて、キュウの喉元に刃物を当てる。確か、脇差と呼ばれるナイフの一種だ。
僕は指ひとつ動かさない状態で、キュウへ治癒魔法を掛けた。
キュウはぱちりと目を開け、動こうとしたが、脇差を見て身体を竦めてしまう。
「治癒魔法を、遠隔で使ったのか。さすがは賢者といったところか」
さっきから喋っている黒ずくめが、今度はチュアの喉元に刃物を。
「何故キュウを攻撃した。チュアをどうするつもりだ」
自分でも驚くほど低い声が出た。
「第三王女殿下を名で呼ぶとは無礼な。殿下には城へ帰っていただく。そこの狐は邪魔をしたから攻撃した。賢者殿、貴方も城へ」
「誰が行くか。チュアを離せ」
「できません。仕方ありませんね」
背後から殺気を感じた。
咄嗟に結界魔法を展開すると、背後の殺気は結界に弾かれて吹き飛んだ。
「流石にお強いですね。それ以上魔法を使うのも禁止します」
チュアを拘束している黒ずくめがそう言うと、チュアが身じろぎをした。
「……!!」
チュアが意識を取り戻した。チュアの口には布が噛ませられているから、何か喋りたくても言葉にならない。
それに気づくや、チュアは出来得る限りの力で暴れだした。
可動範囲は狭いが、黒ずくめが鬱陶しそうにチュアを見下ろしている。
「チュア、すぐ助けるからじっとしてろ!」
「無駄ですよ、殿下。……王女殿下は無傷で、という命ですが、致命傷までなら治療できますねっ」
反応が間に合わなかった。
そいつは、チュアの胸元に、刃物を突き刺した。
空気が破裂するような音は、多分僕が立てた。
「なっ……!?」
「ぐあっ!」
「ぎゃっ!!」
黒ずくめどもの悲鳴が聞こえる。
僕にとって、魔力というのは邪魔なものだった。
これのせいで、親に捨てられた。
これのせいで、身分不相応な場所に居続ける羽目になった。
これのせいで、教育係から疎まれて折檻を受けた。
せめて人並みの魔力量であろうと、僕は魔力を身体の中へ閉じ込めた。
今、僕にとって邪魔なものは、チュアとキュウを傷つけた、黒ずくめの奴らだ。
あいつらは、かなり強い。魔獣ですら退けるキュウをあんな風にしたのだから。
だったら、あいつらを排除できるなら、何だって使ってやる。
そう考えたら、自然と魔力を解き放っていた。
手を軽く振るだけで、邪魔なものだけ、吹き飛んだ。
拘束を解かれたチュアのもとへ駆け寄り、抱き上げて治癒魔法を掛ける。チュアは目を覚ますと、自力で口枷を解いた。
キュウに刃物を当てていた奴も吹き飛んだので、キュウが足元へ駆け寄ってくる。
「え、エレル様? そのお姿は……変身ではないですよね」
「そんなことはどうでもいい。痛むところはないか」
「そんなことって……はい、どこも怪我はありません」
「さっき胸に刃物を刺されていたんだぞ。本当にもう痛くないか?」
「は、はい、なんともありません」
「良かった」
ほっとしたら、荒れ狂っていた魔力が静かになった。
「ぐ……我らをこうも簡単に……」
黒ずくめの殆どは絶命していたが、一人だけ生き残っていた。
はじめて人を殺めてしまった。
「チュア、あれは何なんだ?」
「おそらく、国王陛下の手駒でしょう。影に生きる者を何人か使っていると、聞いたことがあります」
「殺してしまってもいいか」
もう何人も殺している。あと一人くらい増えたところで、僕の罪は変わらない。
そもそも、向こうだってチュアを殺しかけたのだ。正当防衛というやつだろう。
チュアは僕の腕の中で口元に手を当てて少し考え、首を横に振った。
「伝令代わりに生かしておきましょう」
「なるほど。聞こえていたか? お前は見逃す。だが、次はない」
「……」
黒ずくめは小さく舌打ちし、何事か呻くとその場から消えた。
転移魔法を使った様子だった。
森の景色は惨憺たる有様になってしまった。
「済まなかった。使ってくれ」
チュアを抱き上げたまま、僕は森に対して謝罪した。
身体から少量の魔力が抜けていき、折れた樹木からは新たな芽吹きが、抉れた地面は草で覆われた。
「エレル様のせいではありませんのに」
治っていく森を眺めながら、チュアが悲しそうにつぶやいた。
「森を壊したのは僕に間違いない。もう少し上手く魔力を使えたら良かったんだが」
唐突な出来事だったとはいえ、魔力を制御することまで思考が回らなかった。
「エレルさま、エレルさま。どうして急に大きくなられたんっすか?」
「大きく? ……お?」
キュウに問われ、改めて自分の体を見下ろすと、随分視線が高かった。
「わからん。封じていた魔力を解き放ったせいだろうか」
「封じてたんっすか!? エレルさまが自分で!? あの量を!?」
「どういう意味だ」
「魔力なんてあればあるだけ便利なものっすから、自分で制限するなんて普通はしないっす! 封じててもあれだけ魔力量があって、尚且つ倍以上の魔力を封じてたなんて……あっ! エレルさま、だから身体が小さかったんっすね!」
「関係あるだろうか」
「それしか考えられないっすよ!」
「ふむ。まあそんなことより、帰ろう」
「はいっす!」
「エレル様、降ろして頂けませんか」
「このまま転移魔法を使ったほうが早いだろう」
「ええと……」
チュアが何か言いたそうだったが、一刻も早くこの場から離れたかった僕は、家まで転移魔法を使った。
家で改めて、チュアとキュウの身体を診た。
外傷は見当たらなかったが、念のために思いつく限りの治癒魔法を掛けておいた。
「もう平気ですよ。エレル様こそ、お疲れでは」
「僕こそなんともない。それに、すまなかった」
僕は二人に向かって頭を下げた。チュアとキュウが顔を見合わせている気配がする。
「どうしてエレルさまが謝るっすか!?」
「キュウさんの仰るとおりです。私たちを助けてくださったじゃないですか」
僕は頭を下げたまま、二人に言った。
「護りの魔法は、魔獣相手しか想定していなかった。一番厄介なのは人間だと、身に沁みていたはずなのに。今後は二人の許可なく触れようとするもの全てを弾けるように魔法を掛け直しておく」
「そこまでしなくても……。でも、エレル様が安心できるのでしたら、やってくださいませ」
チュアとキュウが指輪と首輪を僕の目の前に差し出した。
僕はそれらを受け取り、魔法を構築し直す。
より堅固に、万が一傷ついたら治癒魔法が発動するようにもした。
「これでいい。二人が無事で、本当によかった」
「エレルさま、表情が硬いっす」
「私たちは無事ですよ。エレル様のお陰です」
「……」
何故だが目頭が熱い。気がついたら、目から水滴がぽたぽたと流れ落ちていた。
「な、何故泣かれていらっしゃるのですかっ!?」
「ああ、これは泣いているのか。わからん」
「泣いたことがないのですか?」
「記憶にない」
「じゃあ、泣いてください」
以前、子供扱いするなと言ってからやらなくなったのに。
チュアは僕の頭を胸に抱きしめた。
柔らかい感触が心地よい。
目から出る水滴を、枯れるまでそのままにしておいた。
「元に戻らないな」
僕は急に大きくなった自分の体を持て余していた。
変身魔法の幻影と違って、しっかりと肉体がある。
チュアより頭二つ分も背が高くなったせいか、先程も扉の枠に頭をぶつけてしまった。
「元にもどりたいんすか?」
「そうだな。二十年あの姿だったから、慣れている姿の方が……」
「大きな姿も素敵ですよ。年齢相応に見えますし」
「このままでいい」
僕はチュアの一言で意見を変えた。
チュアがいいと言うなら、このままでも悪くない。
「お着替えを買い直したほうが良さそうですね。次に町へ行くときは、私も連れて行ってください」
「着せ替え人形にしないと約束するなら」
「……善処します」
この時、言葉の前の沈黙をもっと気にしておけばよかったのだ。
次に町へ行った時、僕は二時間ほど着せ替え人形にされた。
0
お気に入りに追加
1,542
あなたにおすすめの小説
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
ネタバレ異世界 ~最強チートスキル【心を読む】で第一話からオチを知ってしまった生ポ民の俺が仕方なくストーリーを消化して全世界を救う件について
蒼き流星ボトムズ
ファンタジー
伊勢海地人(いせかいちーと)は、異世界でチート無双する事を夢見る生活保護家庭の貧民。
ある日、念願の異世界行きを果たした彼が引き当てたスキルは、他者の心を読む能力だった!
【心を読む】能力が災いして異世界に飛ばされる前から世界観のネタバレを食らったチートは、やや興ざめしながらも異世界に挑む。
戦闘力ゼロ、ルックスゼロ、職歴ゼロの三重苦をものともせずに【心を読む】ことでのみ切り抜ける新天地での生活。
解体屋、ゴミ処理業者、ヤクザへの利益供与、賞金目当ての密告と社会の底辺を軽やかに這いずり回る。
底辺生活系異世界冒険譚。
異世界の約束:追放者の再興〜外れギフト【光】を授り侯爵家を追い出されたけど本当はチート持ちなので幸せに生きて見返してやります!〜
KeyBow
ファンタジー
主人公の井野口 孝志は交通事故により死亡し、異世界へ転生した。
そこは剣と魔法の王道的なファンタジー世界。
転生した先は侯爵家の子息。
妾の子として家督相続とは無縁のはずだったが、兄の全てが事故により死亡し嫡男に。
女神により魔王討伐を受ける者は記憶を持ったまま転生させる事が出来ると言われ、主人公はゲームで遊んだ世界に転生した。
ゲームと言ってもその世界を模したゲームで、手を打たなければこうなる【if】の世界だった。
理不尽な死を迎えるモブ以下のヒロインを救いたく、転生した先で14歳の時にギフトを得られる信託の儀の後に追放されるが、その時に備えストーリーを変えてしまう。
メイヤと言うゲームでは犯され、絶望から自殺した少女をそのルートから外す事を幼少期より決めていた。
しかしそう簡単な話ではない。
女神の意図とは違う生き様と、ゲームで救えなかった少女を救う。
2人で逃げて何処かで畑でも耕しながら生きようとしていたが、計画が狂い何故か闘技場でハッスルする未来が待ち受けているとは物語がスタートした時はまだ知らない・・・
多くの者と出会い、誤解されたり頼られたり、理不尽な目に遭ったりと、平穏な生活を求める主人公の思いとは裏腹に波乱万丈な未来が待ち受けている。
しかし、主人公補正からかメインストリートから逃げられない予感。
信託の儀の後に侯爵家から追放されるところから物語はスタートする。
いつしか追放した侯爵家にザマアをし、経済的にも見返し謝罪させる事を当面の目標とする事へと、物語の早々に変化していく。
孤児達と出会い自活と脱却を手伝ったりお人好しだ。
また、貴族ではあるが、多くの貴族が好んでするが自分は奴隷を性的に抱かないとのポリシーが行動に規制を掛ける。
果たして幸せを掴む事が出来るのか?魔王討伐から逃げられるのか?・・・
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
ハズレ職業のテイマーは【強奪】スキルで無双する〜最弱の職業とバカにされたテイマーは魔物のスキルを自分のものにできる最強の職業でした〜
平山和人
ファンタジー
Sランクパーティー【黄金の獅子王】に所属するテイマーのカイトは役立たずを理由にパーティーから追放される。
途方に暮れるカイトであったが、伝説の神獣であるフェンリルと遭遇したことで、テイムした魔物の能力を自分のものに出来る力に目覚める。
さらにカイトは100年に一度しか産まれないゴッドテイマーであることが判明し、フェンリルを始めとする神獣を従える存在となる。
魔物のスキルを吸収しまくってカイトはやがて最強のテイマーとして世界中に名を轟かせていくことになる。
一方、カイトを追放した【黄金の獅子王】はカイトを失ったことで没落の道を歩み、パーティーを解散することになった。
追放された美少女を助けた底辺おっさんが、実は元”特級冒険者”だった件について。
いちまる
ファンタジー
【毎週木曜日更新!】
採取クエストしか受けない地味なおっさん冒険者、ダンテ。
ある日彼は、ひょんなことからA級冒険者のパーティーを追放された猫耳族の少女、セレナとリンの面倒を見る羽目になってしまう。
最初は乗り気でなかったダンテだが、ふたりの夢を聞き、彼女達の力になると決意した。
――そして、『特級冒険者』としての実力を隠すのをやめた。
おっさんの正体は戦闘と殺戮のプロ!
しかも猫耳少女達も実は才能の塊だった!?
モンスターと悪党を物理でぶちのめす、王道冒険譚が始まる――!
※本作はカクヨム、小説家になろうでも掲載しています。
せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
異世界に吹っ飛ばされたんで帰ろうとしたら戦車で宇宙を放浪するハメになったんですが
おっぱいもみもみ怪人
ファンタジー
敵の攻撃によって拾った戦車ごと異世界へと飛ばされた自衛隊員の二人。
そこでは、不老の肉体と特殊な能力を得て、魔獣と呼ばれる怪物退治をするハメに。
更には奴隷を買って、遠い宇宙で戦車を強化して、どうにか帰ろうと悪戦苦闘するのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる