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第6話
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「今、そこにいた魔物を魔法で倒したのは、あんたか」
男の問いに僕が「はい」と言った瞬間、とっ、と音がして、僕の胸から矢が生えていた。
違う。男が矢を放ったのだ。
「レイヤ様っ!」
「お嬢ちゃん、逃げなさい! お前は向こうの森の吸血鬼だろう!? 爺さんが言ってた通りの容姿に、その魔力、魔法! 俺の妹は、お前の生贄になったんだっ!」
リリィの悲鳴に被せるように、男が何事か喚き散らす。
男は別の矢を番えて、僕に向かって放つ。
最初は不意打ちだったのと、まさか僕に向かって撃つとは思わなかったので避けられなかったが、僕が狙われていると自覚した瞬間から、男性の動きが鈍く感じた。
飛んできた矢を指で摘み、自分に刺さっていた矢も抜き取る。
「ぐっ、っ痛ぇ……」
矢の返しってものすごく引っかかる。皮膚の下の、多分筋肉とかがぷちぷちと千切れる音がした。
矢を抜いたあとからは、思ったよりも少量の血が流れ出た。
「あ……」
少量でも、自分の血でも、ダメだ。
ダメだ、今、気を失うわけには……。
◇
「……っととと。土の地面で寝るのはごめんだ」
その場に崩折れかけていたレイヤが、動画の逆再生のようにすっと立ち上がった。
「あんた、確かに俺のところへ来た娘のひとりと近い匂いがするな」
レイヤが矢に刺された跡を撫でると、服ごと元に戻る。
男の返事代わりの矢は、レイヤに届く前に蒸発するように消え、弓の弦がぶちんと音を立てて切れた。
「ぐ、くそっ。……ひっ!?」
男が弓に気を取られた一瞬の隙に、レイヤは男のすぐ前に立っていた。
「俺は生贄なんぞ求めていない。人の血だろうが魔物の血だろうが、血は全部同じ味だ。最後の娘は俺を死んだことにして村に返したが、他の娘は他所へやったよ。定期的にか弱い娘を生贄にやる村になんざ返したくなかったからな」
「なにっ!?」
「ザット村にあんたの妹の息子がいるはずだ。訪ねてみるといい」
レイヤはそれだけ言うと、踵を返してリリィの隣へ戻った。
「……信じられるかっ!」
猟師は常にナイフを携帯している。そのナイフを振りかざして、レイヤの背中へ飛びかかった。
レイヤは振り返り、男を睨みつけるだけで済んだ。
男の身体は空中でなにかに捕らえられたかのようにぴたりと止まり、そのまま動けなくなった。
「先に確認しろ。お前が確認にかかる間くらいは、この先の屋敷に居てやるさ。文句があるなら屋敷へ直接来いよ」
男は、レイヤがリリィの肩を抱いてその場から消え、レイヤの魔法が解けても、暫くその場に立ち尽くした。
レイヤはリリィとともに、屋敷へ瞬間移動していた。
「あの、貴方は先日の」
「ああそうだ。名が無いと不便ならテルロとでも呼べ」
「テルロ様。先程仰っていた生贄の話は……」
レイヤの姿をした自称テルロは、屋敷内を慣れた様子で歩き、居間のソファに座り込んでいつの間にか手にしていた赤ワイン入りのグラスを傾けた。
「気にするな。口から出任せを言ったに過ぎん」
「そうでしょうか」
リリィはテルロの正面に立って、まっすぐテルロを見つめた。
「私には、貴方があのような嘘をつく方には見えません」
「こいつと同じ見た目だから勘違いしているだけだろう。……むぅ、まだ起きる気配がないな」
テルロがどれだけワインを飲んでも、グラスの中身は一向に減らない。
「そうだな、こいつに教えてやれ。衣食住を得るのに金などいらぬことや、普通の食料は魔法で出せることをな」
ぱちん、と指を鳴らす音が聞こえたかと思ったら、居間のテーブルの上にぎっしりと料理が乗った。
鳥の丸焼きに、巨大なパイ、スープからはあたたかそうな湯気が立ち上り、パンは焼き立ての香ばしい匂いを漂わせ、飲み物やデザートは器に水滴が付くほど冷えている。
「これは……魔法ですか? でも」
魔法で出したものは、魔力で構成されている。つまり、魔法を使ったものが死ねば物は消えてしまうし、食べ物は魔力を食べるのと同義になる。
普通の人間は、他者の魔力を取り込んだところで腹は膨れない。
しかし、テルロはこれらを「食料」として何ら問題はないと言っている。
他に魔法で食料を入手する方法といえば、ただ一つ。
リリィの懸念は、テルロが払拭した。
「どこかから盗んだものではないぞ。魔力を使ってそこらのものから物質を再構成して食料に換えている。屋敷や服も似たようなものだ。俺は、血以外は何からも何も奪わん。血も魔物の血で十分だ」
ここでテルロは鼻を鳴らし、自身の親指で胸をとん、と突いた。
「こいつが魔物を目の前で殺すのも厭うほどの臆病者だったのは計算外だがな」
「レイヤ様は臆病なんかじゃありませんっ」
リリィは自分が叫んだことに自分で驚き、またテルロも驚愕に目を見開いた。
「失言だった。そうだな、臆病は言い過ぎた」
テルロは肩をすくめ、ワイングラスを消した。
「やっと起きるようだ。また適当に誤魔化しておけ。魔法のことは、お前が思いついたことにして伝えろ」
リリィが頷くのを見て満足したらしいテルロは、そのままソファにもたれ掛かり、目を閉じた。
リリィはそんなテルロ――またはレイヤの様子を見て、それから居間のテーブルの上に視線をやった。
「お料理、どうしましょう……。ともかく片付けないとっ」
リリィは大急ぎで食料を厨房に運んだ。
◇
「うう……はっ! リリィっ! ……あれ? ここは……」
「お目覚めですか、レイヤ様。お加減はいかがですか?」
気がついたら家のソファで寝てた。変なふうにもたれかかっていたせいか、首筋が痛い。魔法を使って痛みを消しておいた。
ええと確か、森の中で魔物を倒したら、弓を持った人に射られて……。
「リリィ、怪我は!? あの弓持った人は!?」
「怪我はしていません。猟師の方は話せばわかってくださいました」
「話せばわかったって……リリィが説得したの?」
「えっと……はい」
「どうやって?」
「私自身生贄でしたが、こうして無事ですから、以前生贄にされた方もどこかで生きているのではと」
「それで納得したの?」
「はい」
うーん、辻褄は合ってるのかな。
リリィが住んでいた村は確かに生贄を送り込んでいて、戻ってこなかった。
どこかで生きてるだなんて希望を持たせるのは、リリィらしくない。
リリィの様子もどこかぎこちない。そもそも、僕はどうやってここへ帰ってきたんだ。
何か隠してる?
でも、リリィが隠すってことは、なにか理由があるはずだ。
「そっか。リリィが無事で良かったよ」
僕がこう言うと、リリィはほっと胸をなでおろし、それからすぐに「あ」と声を出した。
「どうしたの?」
「あの、食料や衣服その他についてなのですが、私、思い出したことがありまして」
リリィ曰く、以前いた吸血鬼は金銭を稼いでいる様子はなかったそうだ。
「吸血鬼でも血以外の食料は必要です。それに、レイヤ様の魔力で出来ていると思っていた屋敷は、レイヤ様が気を失ってもそのままです。これは、普通の魔法ではありえません」
魔力で出来た物体と言うのは、見せかけだけのものらしい。
「そうなんだ。……って言われてもなぁ。どうやって作ってたんだろ」
自分の両手を見つめる。
魔法は使いはじめた頃から、なんとなくの雰囲気でやってきた。
今更他と違うと言われても、他を知らないから比べようがない。
「リリィ、お手本見せて」
「無理です。物質構築なんて高等魔法、国のお抱えの賢者様でも使えるかどうか」
「何か小さいものでもいいから」
「物の大小は関係ないのです。魔力の他に物質構築ができる魔力回路がなければできません」
「まりょくかいろ?」
聞き慣れない言葉が出てきた。
「その人の属性や使える魔法の種類を決定づける、臓器のようなものです。生まれ持っているものですので、あとから増やしたり減らしたりはできません。魔力回路自体は脳にあるとされていますが、実物を取り出したり、見たという方は存じ上げません」
「なるほど」
つまりこの世界では、魔法を使うにも生まれ持った素質が必要なのか。
そして僕はこの吸血鬼の身体に、国のお抱えの賢者様とやらを凌ぐレベルの魔力回路を持っていると。
僕はまだ、自分がこの世界に、この状態で転生した理由を知らない。
もしかしたら意味などないのかもしれないが……。
「この身体の元の持ち主は、どうしちゃったんだろ」
僕が何気なく口にした言葉に、リリィが激しく反応した。
見た目は平静を装っているが、心音がバクバクいってる。
「リリィ?」
「なななんですかっ」
わかりやすく動揺してるし。
「この身体の元の持ち主のこと知ってるね?」
「いいいいいえっ! これっぽっちも存じ上げませんっ!」
「……言えないの?」
リリィの前に跪き、リリィの手を取って顔を見上げると、リリィは顔を真っ赤にして横を向いた。
「ごめん、怒るほど聞かれたくなかったんだね」
「ち、違……どうしてそういう……」
ここまで嫌がるなら仕方ない。僕は尋問を諦めて、ソファに座り直した。
なんだか喉が乾いたな、と思ったら、手に水の入ったグラスを持っていた。
無意識に飲み干してから、はたと気づく。
「ん? これ、リリィが持ってきた?」
「いいえ、私はここから動いておりません」
「だよね……じゃあ僕が? え、無意識で出せるレベルなの?」
息をするように魔法を使う。
呼吸って、意識し始めると苦しくなって、それまでどうやって無意識に行っていたのか、一瞬わからなくなる。
あれと同じだとしたら……。
「お腹すいたな」
なるべく自然に呟くと、目の前のテーブルの上にカレーライスのセットが乗った。
「おお、できた。これでいいのか。リリィも食べる?」
「あっ、あの、その」
またしてもリリィが挙動不審だ。
「お、お料理、もう作ってしまいまして……」
「そっか。じゃあそっちを食べよう」
料理を作っておいたくらいで何を困っているのかと不思議だったが、厨房を見て理解した。
「どしたの、これ」
「えっと、その、作りすぎましたっ」
幸い、僕が食料を保存する魔法を思いついたので、大量の料理を無駄にすることはなかった。
男の問いに僕が「はい」と言った瞬間、とっ、と音がして、僕の胸から矢が生えていた。
違う。男が矢を放ったのだ。
「レイヤ様っ!」
「お嬢ちゃん、逃げなさい! お前は向こうの森の吸血鬼だろう!? 爺さんが言ってた通りの容姿に、その魔力、魔法! 俺の妹は、お前の生贄になったんだっ!」
リリィの悲鳴に被せるように、男が何事か喚き散らす。
男は別の矢を番えて、僕に向かって放つ。
最初は不意打ちだったのと、まさか僕に向かって撃つとは思わなかったので避けられなかったが、僕が狙われていると自覚した瞬間から、男性の動きが鈍く感じた。
飛んできた矢を指で摘み、自分に刺さっていた矢も抜き取る。
「ぐっ、っ痛ぇ……」
矢の返しってものすごく引っかかる。皮膚の下の、多分筋肉とかがぷちぷちと千切れる音がした。
矢を抜いたあとからは、思ったよりも少量の血が流れ出た。
「あ……」
少量でも、自分の血でも、ダメだ。
ダメだ、今、気を失うわけには……。
◇
「……っととと。土の地面で寝るのはごめんだ」
その場に崩折れかけていたレイヤが、動画の逆再生のようにすっと立ち上がった。
「あんた、確かに俺のところへ来た娘のひとりと近い匂いがするな」
レイヤが矢に刺された跡を撫でると、服ごと元に戻る。
男の返事代わりの矢は、レイヤに届く前に蒸発するように消え、弓の弦がぶちんと音を立てて切れた。
「ぐ、くそっ。……ひっ!?」
男が弓に気を取られた一瞬の隙に、レイヤは男のすぐ前に立っていた。
「俺は生贄なんぞ求めていない。人の血だろうが魔物の血だろうが、血は全部同じ味だ。最後の娘は俺を死んだことにして村に返したが、他の娘は他所へやったよ。定期的にか弱い娘を生贄にやる村になんざ返したくなかったからな」
「なにっ!?」
「ザット村にあんたの妹の息子がいるはずだ。訪ねてみるといい」
レイヤはそれだけ言うと、踵を返してリリィの隣へ戻った。
「……信じられるかっ!」
猟師は常にナイフを携帯している。そのナイフを振りかざして、レイヤの背中へ飛びかかった。
レイヤは振り返り、男を睨みつけるだけで済んだ。
男の身体は空中でなにかに捕らえられたかのようにぴたりと止まり、そのまま動けなくなった。
「先に確認しろ。お前が確認にかかる間くらいは、この先の屋敷に居てやるさ。文句があるなら屋敷へ直接来いよ」
男は、レイヤがリリィの肩を抱いてその場から消え、レイヤの魔法が解けても、暫くその場に立ち尽くした。
レイヤはリリィとともに、屋敷へ瞬間移動していた。
「あの、貴方は先日の」
「ああそうだ。名が無いと不便ならテルロとでも呼べ」
「テルロ様。先程仰っていた生贄の話は……」
レイヤの姿をした自称テルロは、屋敷内を慣れた様子で歩き、居間のソファに座り込んでいつの間にか手にしていた赤ワイン入りのグラスを傾けた。
「気にするな。口から出任せを言ったに過ぎん」
「そうでしょうか」
リリィはテルロの正面に立って、まっすぐテルロを見つめた。
「私には、貴方があのような嘘をつく方には見えません」
「こいつと同じ見た目だから勘違いしているだけだろう。……むぅ、まだ起きる気配がないな」
テルロがどれだけワインを飲んでも、グラスの中身は一向に減らない。
「そうだな、こいつに教えてやれ。衣食住を得るのに金などいらぬことや、普通の食料は魔法で出せることをな」
ぱちん、と指を鳴らす音が聞こえたかと思ったら、居間のテーブルの上にぎっしりと料理が乗った。
鳥の丸焼きに、巨大なパイ、スープからはあたたかそうな湯気が立ち上り、パンは焼き立ての香ばしい匂いを漂わせ、飲み物やデザートは器に水滴が付くほど冷えている。
「これは……魔法ですか? でも」
魔法で出したものは、魔力で構成されている。つまり、魔法を使ったものが死ねば物は消えてしまうし、食べ物は魔力を食べるのと同義になる。
普通の人間は、他者の魔力を取り込んだところで腹は膨れない。
しかし、テルロはこれらを「食料」として何ら問題はないと言っている。
他に魔法で食料を入手する方法といえば、ただ一つ。
リリィの懸念は、テルロが払拭した。
「どこかから盗んだものではないぞ。魔力を使ってそこらのものから物質を再構成して食料に換えている。屋敷や服も似たようなものだ。俺は、血以外は何からも何も奪わん。血も魔物の血で十分だ」
ここでテルロは鼻を鳴らし、自身の親指で胸をとん、と突いた。
「こいつが魔物を目の前で殺すのも厭うほどの臆病者だったのは計算外だがな」
「レイヤ様は臆病なんかじゃありませんっ」
リリィは自分が叫んだことに自分で驚き、またテルロも驚愕に目を見開いた。
「失言だった。そうだな、臆病は言い過ぎた」
テルロは肩をすくめ、ワイングラスを消した。
「やっと起きるようだ。また適当に誤魔化しておけ。魔法のことは、お前が思いついたことにして伝えろ」
リリィが頷くのを見て満足したらしいテルロは、そのままソファにもたれ掛かり、目を閉じた。
リリィはそんなテルロ――またはレイヤの様子を見て、それから居間のテーブルの上に視線をやった。
「お料理、どうしましょう……。ともかく片付けないとっ」
リリィは大急ぎで食料を厨房に運んだ。
◇
「うう……はっ! リリィっ! ……あれ? ここは……」
「お目覚めですか、レイヤ様。お加減はいかがですか?」
気がついたら家のソファで寝てた。変なふうにもたれかかっていたせいか、首筋が痛い。魔法を使って痛みを消しておいた。
ええと確か、森の中で魔物を倒したら、弓を持った人に射られて……。
「リリィ、怪我は!? あの弓持った人は!?」
「怪我はしていません。猟師の方は話せばわかってくださいました」
「話せばわかったって……リリィが説得したの?」
「えっと……はい」
「どうやって?」
「私自身生贄でしたが、こうして無事ですから、以前生贄にされた方もどこかで生きているのではと」
「それで納得したの?」
「はい」
うーん、辻褄は合ってるのかな。
リリィが住んでいた村は確かに生贄を送り込んでいて、戻ってこなかった。
どこかで生きてるだなんて希望を持たせるのは、リリィらしくない。
リリィの様子もどこかぎこちない。そもそも、僕はどうやってここへ帰ってきたんだ。
何か隠してる?
でも、リリィが隠すってことは、なにか理由があるはずだ。
「そっか。リリィが無事で良かったよ」
僕がこう言うと、リリィはほっと胸をなでおろし、それからすぐに「あ」と声を出した。
「どうしたの?」
「あの、食料や衣服その他についてなのですが、私、思い出したことがありまして」
リリィ曰く、以前いた吸血鬼は金銭を稼いでいる様子はなかったそうだ。
「吸血鬼でも血以外の食料は必要です。それに、レイヤ様の魔力で出来ていると思っていた屋敷は、レイヤ様が気を失ってもそのままです。これは、普通の魔法ではありえません」
魔力で出来た物体と言うのは、見せかけだけのものらしい。
「そうなんだ。……って言われてもなぁ。どうやって作ってたんだろ」
自分の両手を見つめる。
魔法は使いはじめた頃から、なんとなくの雰囲気でやってきた。
今更他と違うと言われても、他を知らないから比べようがない。
「リリィ、お手本見せて」
「無理です。物質構築なんて高等魔法、国のお抱えの賢者様でも使えるかどうか」
「何か小さいものでもいいから」
「物の大小は関係ないのです。魔力の他に物質構築ができる魔力回路がなければできません」
「まりょくかいろ?」
聞き慣れない言葉が出てきた。
「その人の属性や使える魔法の種類を決定づける、臓器のようなものです。生まれ持っているものですので、あとから増やしたり減らしたりはできません。魔力回路自体は脳にあるとされていますが、実物を取り出したり、見たという方は存じ上げません」
「なるほど」
つまりこの世界では、魔法を使うにも生まれ持った素質が必要なのか。
そして僕はこの吸血鬼の身体に、国のお抱えの賢者様とやらを凌ぐレベルの魔力回路を持っていると。
僕はまだ、自分がこの世界に、この状態で転生した理由を知らない。
もしかしたら意味などないのかもしれないが……。
「この身体の元の持ち主は、どうしちゃったんだろ」
僕が何気なく口にした言葉に、リリィが激しく反応した。
見た目は平静を装っているが、心音がバクバクいってる。
「リリィ?」
「なななんですかっ」
わかりやすく動揺してるし。
「この身体の元の持ち主のこと知ってるね?」
「いいいいいえっ! これっぽっちも存じ上げませんっ!」
「……言えないの?」
リリィの前に跪き、リリィの手を取って顔を見上げると、リリィは顔を真っ赤にして横を向いた。
「ごめん、怒るほど聞かれたくなかったんだね」
「ち、違……どうしてそういう……」
ここまで嫌がるなら仕方ない。僕は尋問を諦めて、ソファに座り直した。
なんだか喉が乾いたな、と思ったら、手に水の入ったグラスを持っていた。
無意識に飲み干してから、はたと気づく。
「ん? これ、リリィが持ってきた?」
「いいえ、私はここから動いておりません」
「だよね……じゃあ僕が? え、無意識で出せるレベルなの?」
息をするように魔法を使う。
呼吸って、意識し始めると苦しくなって、それまでどうやって無意識に行っていたのか、一瞬わからなくなる。
あれと同じだとしたら……。
「お腹すいたな」
なるべく自然に呟くと、目の前のテーブルの上にカレーライスのセットが乗った。
「おお、できた。これでいいのか。リリィも食べる?」
「あっ、あの、その」
またしてもリリィが挙動不審だ。
「お、お料理、もう作ってしまいまして……」
「そっか。じゃあそっちを食べよう」
料理を作っておいたくらいで何を困っているのかと不思議だったが、厨房を見て理解した。
「どしたの、これ」
「えっと、その、作りすぎましたっ」
幸い、僕が食料を保存する魔法を思いついたので、大量の料理を無駄にすることはなかった。
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