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第5話
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リリィを養うと決めてから十日経った現在、僕はまだ無職だった。
毎日のように町へ行き、様々な仕事を見て回った。
この世界のデスクワーク系の仕事は主に貴族がやるもので、一般人で且つこの世界に対して未だ無知に近い僕が入り込む余地はなかった。
接客業や力仕事も伝手やコネがないと門前払い、もしくは自分の食費も稼げないほどの薄給でこき使われる。
貴族の生まれではなく伝手やコネを持たない一般人はどうしているかというと、薄給でどうにか凌ぐ以外は冒険者をやっていた。
冒険とは名ばかりで、実態は主に魔物討伐を仕事にする何でも屋だ。
何でも屋の部分だけなら僕にも何かできそうだが、仕事は選べないらしく、確実に魔物討伐の仕事も回ってくる。
リリィの言った通り、僕のように魔法をほいほい使える人は見つからなかった。
ものを創ったり、空間をいじったり、瞬間移動ができる人は皆無。
日常生活の中にこっそり魔法を織り交ぜるなんて器用な真似はできそうにない。
定職に就かずフラフラしている僕に対し、リリィは「焦らなくても大丈夫ですよ」と言ってくれるが、年下の女の子を森へやって食料やその他を取ってきてもらう生活を続けるのは、僕の心が痛い。
十一日めには、別の町にも行ってみた。
屋敷の最寄りの町は森の恵みを主な糧として生活や経済が成り立っていたが、今度の町は海の近くで、漁業が主産業のようだ。
「船かぁ」
魚なら初日に素手で獲ったっけ。
ものは試しと姿を消して航行中の船にこっそりと乗り込み、あえて甲板に立って過ごしてみた。
ものの五分でめちゃくちゃ酔った。
「うおえぇぇ……」
慌てて空へ飛び上がり、陸へ瞬間移動して、吐き気がおさまるまで物陰に座り込む。
どうにか気分が良くなってから、魔法で船酔いを治せばよかったのではと思いつく。
僕の弱点その二、応用力が無い。学校のテストでも応用問題が苦手だった。
今度こそとまた姿を消して別の船に乗り込み、酔う度に自分に治癒魔法を掛けた。
ここでまた更に思いつく。酔わなくなる魔法を使えば良いのでは、と。
「いける、いけるぞ。僕は漁師にな……あ、ダメだ」
乗り込んだ船はどんどん沖へ進み、僕の視力を持ってしても陸が見えない場所までやってきた。
船員たちの話を聞く感じ、この船は三ヶ月は陸に戻らない、遠洋漁業船だった。
三ヶ月もリリィを森の屋敷にひとりぼっちにするなんて、考えられない。
瞬間移動で行き来するにしても、船は一定の場所に留まらないし、僕が船からいなくなっていることがバレたら大事になる。
「今日も仕事決められなかった……」
船から直接、屋敷の最寄りの町へ戻り、そこから森へ徒歩で入った。
飛ぶよりも歩きたい気分だったのだ。
とぼとぼと歩いていたら、すぐに屋敷の近くへ到着した。
吸血鬼は普通の人間より遥かに身体能力が高く、どれだけ動いても全く疲れない。
ああ、そうだ。食事とアレの違いについても考えなきゃいけない。
リリィは森で獣を仕留めると、僕の飲み物に例のものを混ぜて出してくれるようになった。
色や匂いでソレと解るのだが、ダイレクトにアレではないし、何より香りと味が良くて、ぐいぐい飲めてしまう。
吸血鬼には何故アレが必要なのか。
飲まずにいたら干からびるのは実証済みだ。でも、命を失うわけではない。
あれこれと考え事をしながら歩いていたから、そいつらの存在に気づくのが遅れた。
「こんな屋敷がいつのまに」
「上玉が出入りしてるのを確認してる」
「貴族女か」
「そこまではわからん」
慌てて姿を消してそいつらの会話を聞いた。
獣の皮で出来た服を着て、抜身の剣を握りしめている男が五人。
蛮族みたいなこと言ってるし、見た目がもう完全にアウト。
どうしたものかと様子を窺っていたら、なんとリリィが屋敷から出てきた。
入り口の扉を開け放って、辺りをきょろきょろと見回している。
「おお、あれか」
「確かに上玉だな」
「あれなら高く売れる」
「待てこの野郎ども!」
思わず大声を張り上げて、そいつらとリリィの間へ出てしまった。
そいつらは僕の登場に一瞬身を竦めるも、すぐに下卑た笑いを顔に浮かべた。
「なんだ、この優男は」
「そういや男も出入りしてるって話だったな」
「こいつもそっちの趣味のやつに売れそうだな」
気色悪い会話を耳にしてしまって、気分が悪い。
リリィを狙っている時点でこいつらのことは許せなかったから、僕は躊躇なく魔法を使った。
といっても、血は見たくないし、殺すまではしたくないので、軽く手を振っただけだが。
「ぐわあっ!」
「ぎゃっ!」
「ひいい!?」
男たちは芸のない悲鳴をあげながらそれぞれ吹っ飛び、森の木々や地面に全身を打ちつけ、動かなくなった。
死なないように手加減したはずだから、息はある。
「レイヤ様!」
リリィが駆け寄ってきた。
「ただいま。ごめん、遅くなって。ところでこいつらどうすればいいかな」
日本なら警察を呼んで引き取ってもらって、軽く事情聴取を受ければ終わりだ。
気絶するほど攻撃してしまったから、過剰防衛になるかもしれないけど。
「とりあえず縛り上げましょう。縄を取ってきます」
「うちに縄なんてあったっけ」
「色々なことに使えますので、編んでおきました」
「リリィは何でもできるね」
「誰でも出来ることですよ」
「僕、縄なんて編んだことないし、縄を自作するという発想すら無かったよ」
「差し支えなければ、お教えしましょうか」
「そうだね、リリィから教わることはたくさんありそうだ。……と、その前に縛っちゃおうか」
「はい」
リリィはすぐに縄を持ってきた。思ったより長くて、五人を縛るのに十分だった。
「レイヤ様、お疲れのところを申し訳ないのですが、町まで行って警備兵を呼んできていただけますか?」
今や僕より町に詳しくなったリリィが教えてくれた通りの場所へ行くと、鎧を身に着けた人たちがいる堅牢そうな建物に辿り着いた。
事情を話すと、彼らは馬車を出して屋敷まで来てくれた。
「隊長、こいつらは!」
「ああ、グダンダ一味だな。お手柄ですね、旦那」
旦那って僕のことか。まだそういう立場とかじゃないんだけど……名乗ってもいない状況で僕を表現する言葉としては他に思いつかないかな。
「お手柄?」
「はい。こいつらは賞金首です。しかも生け捕りですから、満額の賞金が出ますよ」
「そうだったんですか」
人を気絶させただけで賞金が出る世界なのか。
「首魁のグダンダは金貨十枚、他は金貨五枚だから合計金貨三十枚ですよ。嬉しくないので?」
警備兵の一人が不思議なものを見る目で僕を見ている。
金貨って確か、一枚で一般家庭半月分の食費になるんだっけ。
リリィが買い出しに使っているお金は、この屋敷にあったギラギラした趣味の悪い壺を売って作ったものだ。
希少な骨董品だったらしく、町の買い取り屋が金貨百枚で買い取ってくれた。
金貨の価値はその時に聞いた。
「そんなに高かったんですか、こいつらの首」
「グダンダを知らなかったんで!? 通りで恐れず倒そうなんて思ったわけだ。随分世間知ら……」
「こら、賞金首退治の旦那になんてこと言うんだ」
「おっと失礼しました」
自慢じゃないが、僕は記憶力がいい方だ。人の顔を覚えるのも得意。
高額賞金首のこいつらがひとひねりで、しかもアレを見ないで済む方法もあるなら、これでいいのでは。
警備兵たちがグダンダ一味を馬車に詰め込んで帰ったあと、僕はリリィに尋ねた。
「賞金稼ぎってどう思う?」
「危険です。そもそも賞金稼ぎは冒険者が普段の仕事のついでにやるようなもので、本業にしている方は聞いたことがありません。これを仕事にするのだけは止めてください」
こんなにはっきりと僕の意見を否定するリリィは初めてだ。
「レイヤ様、先日の壺や今回の賞金もありますし、急いでお仕事を決めなくても平気ですよ」
リリィは僕の手を小さな両手で包んだ。
「助けていただいて、ありがとうございました。でも、あんな危険な方たちを前に飛び出さないでください。私の心臓が止まるかと思いました」
自分が襲われるところだったのに、助けに入った僕を心配してくれているのか。
「リリィ、僕が割と強いって知ってるよね?」
「それとこれとは話が別です」
「僕の強さはもう少し信頼してほしいな。賞金稼ぎはしないから」
「はい……」
結局また仕事を決められなかった。
翌日、僕は森へ食材調達へ行くリリィについていくことにした。
仕事探しは手詰まり感があるし、この世界で吸血鬼として生きていく限り、血を見るのは避けられない。
僕が失神しそうになったらリリィごと自宅へ戻る、という魔法を僕とリリィにかけておいた。
魔法は何でもできる、と自分に言い聞かせて、ようやく思いついた魔法だ。
森を歩く際、獣を狩るときは静かに、そうでないときはなるべく音を立てて歩くのがいいらしい。
今回は茸の見分け方や木の実の在り処を探す練習なので、僕とリリィは他愛のない話をしながら森を進んだ。
「マンガにアニメにエイガ、ですか。家に居ながら演劇を楽しめるなんて贅沢ですね」
「やっぱり無いかー。米やカレーがあるならワンチャンいけるかと」
日本での僕は漫画やアニメ、ゲーム等の娯楽が大好きだった。
死んだと思ったら別世界で人外になったというのにあまり驚かないのも、それらの文化のお陰だと思う。
「遊びって言ったら何をするの?」
「そうですね……賭博や盤面遊戯でしょうか……っ、レイヤ様、あの」
「ん、魔物?」
リリィは森によく出入りするから、魔物と動物の気配の区別がつく。
先日僕たちに襲いかかった恐ろしい獣は、魔物だったらしい。
結局、あのあとからこれまでリリィは当時の詳細を語りたがらないが、僕が魔物を倒したことだけは白状してくれた。
しかし、方法に関してはリリィも本気でわからないらしい。
森の一部を更地にできる方法なんて、魔法くらいしか思いつかないのだけど。
立ち止まり、意識を集中させると、首筋にちくちくとした感触がある。
魔物からの視線だろう。
視線の方向へ手を向けて、消えてくれ、と念じる。
「ギュオッ」
なにかの叫び声が聞こえたあとは、首筋のちくちくがなくなった。
「……大丈夫だと思うけど、どうかな」
「はい。いなくなりました」
リリィの宣言に安心して歩き出した時だった。
「あんた、ちょっと待て」
背後から声を掛けてきたのは、弓を構えた壮年の男性だった。
毎日のように町へ行き、様々な仕事を見て回った。
この世界のデスクワーク系の仕事は主に貴族がやるもので、一般人で且つこの世界に対して未だ無知に近い僕が入り込む余地はなかった。
接客業や力仕事も伝手やコネがないと門前払い、もしくは自分の食費も稼げないほどの薄給でこき使われる。
貴族の生まれではなく伝手やコネを持たない一般人はどうしているかというと、薄給でどうにか凌ぐ以外は冒険者をやっていた。
冒険とは名ばかりで、実態は主に魔物討伐を仕事にする何でも屋だ。
何でも屋の部分だけなら僕にも何かできそうだが、仕事は選べないらしく、確実に魔物討伐の仕事も回ってくる。
リリィの言った通り、僕のように魔法をほいほい使える人は見つからなかった。
ものを創ったり、空間をいじったり、瞬間移動ができる人は皆無。
日常生活の中にこっそり魔法を織り交ぜるなんて器用な真似はできそうにない。
定職に就かずフラフラしている僕に対し、リリィは「焦らなくても大丈夫ですよ」と言ってくれるが、年下の女の子を森へやって食料やその他を取ってきてもらう生活を続けるのは、僕の心が痛い。
十一日めには、別の町にも行ってみた。
屋敷の最寄りの町は森の恵みを主な糧として生活や経済が成り立っていたが、今度の町は海の近くで、漁業が主産業のようだ。
「船かぁ」
魚なら初日に素手で獲ったっけ。
ものは試しと姿を消して航行中の船にこっそりと乗り込み、あえて甲板に立って過ごしてみた。
ものの五分でめちゃくちゃ酔った。
「うおえぇぇ……」
慌てて空へ飛び上がり、陸へ瞬間移動して、吐き気がおさまるまで物陰に座り込む。
どうにか気分が良くなってから、魔法で船酔いを治せばよかったのではと思いつく。
僕の弱点その二、応用力が無い。学校のテストでも応用問題が苦手だった。
今度こそとまた姿を消して別の船に乗り込み、酔う度に自分に治癒魔法を掛けた。
ここでまた更に思いつく。酔わなくなる魔法を使えば良いのでは、と。
「いける、いけるぞ。僕は漁師にな……あ、ダメだ」
乗り込んだ船はどんどん沖へ進み、僕の視力を持ってしても陸が見えない場所までやってきた。
船員たちの話を聞く感じ、この船は三ヶ月は陸に戻らない、遠洋漁業船だった。
三ヶ月もリリィを森の屋敷にひとりぼっちにするなんて、考えられない。
瞬間移動で行き来するにしても、船は一定の場所に留まらないし、僕が船からいなくなっていることがバレたら大事になる。
「今日も仕事決められなかった……」
船から直接、屋敷の最寄りの町へ戻り、そこから森へ徒歩で入った。
飛ぶよりも歩きたい気分だったのだ。
とぼとぼと歩いていたら、すぐに屋敷の近くへ到着した。
吸血鬼は普通の人間より遥かに身体能力が高く、どれだけ動いても全く疲れない。
ああ、そうだ。食事とアレの違いについても考えなきゃいけない。
リリィは森で獣を仕留めると、僕の飲み物に例のものを混ぜて出してくれるようになった。
色や匂いでソレと解るのだが、ダイレクトにアレではないし、何より香りと味が良くて、ぐいぐい飲めてしまう。
吸血鬼には何故アレが必要なのか。
飲まずにいたら干からびるのは実証済みだ。でも、命を失うわけではない。
あれこれと考え事をしながら歩いていたから、そいつらの存在に気づくのが遅れた。
「こんな屋敷がいつのまに」
「上玉が出入りしてるのを確認してる」
「貴族女か」
「そこまではわからん」
慌てて姿を消してそいつらの会話を聞いた。
獣の皮で出来た服を着て、抜身の剣を握りしめている男が五人。
蛮族みたいなこと言ってるし、見た目がもう完全にアウト。
どうしたものかと様子を窺っていたら、なんとリリィが屋敷から出てきた。
入り口の扉を開け放って、辺りをきょろきょろと見回している。
「おお、あれか」
「確かに上玉だな」
「あれなら高く売れる」
「待てこの野郎ども!」
思わず大声を張り上げて、そいつらとリリィの間へ出てしまった。
そいつらは僕の登場に一瞬身を竦めるも、すぐに下卑た笑いを顔に浮かべた。
「なんだ、この優男は」
「そういや男も出入りしてるって話だったな」
「こいつもそっちの趣味のやつに売れそうだな」
気色悪い会話を耳にしてしまって、気分が悪い。
リリィを狙っている時点でこいつらのことは許せなかったから、僕は躊躇なく魔法を使った。
といっても、血は見たくないし、殺すまではしたくないので、軽く手を振っただけだが。
「ぐわあっ!」
「ぎゃっ!」
「ひいい!?」
男たちは芸のない悲鳴をあげながらそれぞれ吹っ飛び、森の木々や地面に全身を打ちつけ、動かなくなった。
死なないように手加減したはずだから、息はある。
「レイヤ様!」
リリィが駆け寄ってきた。
「ただいま。ごめん、遅くなって。ところでこいつらどうすればいいかな」
日本なら警察を呼んで引き取ってもらって、軽く事情聴取を受ければ終わりだ。
気絶するほど攻撃してしまったから、過剰防衛になるかもしれないけど。
「とりあえず縛り上げましょう。縄を取ってきます」
「うちに縄なんてあったっけ」
「色々なことに使えますので、編んでおきました」
「リリィは何でもできるね」
「誰でも出来ることですよ」
「僕、縄なんて編んだことないし、縄を自作するという発想すら無かったよ」
「差し支えなければ、お教えしましょうか」
「そうだね、リリィから教わることはたくさんありそうだ。……と、その前に縛っちゃおうか」
「はい」
リリィはすぐに縄を持ってきた。思ったより長くて、五人を縛るのに十分だった。
「レイヤ様、お疲れのところを申し訳ないのですが、町まで行って警備兵を呼んできていただけますか?」
今や僕より町に詳しくなったリリィが教えてくれた通りの場所へ行くと、鎧を身に着けた人たちがいる堅牢そうな建物に辿り着いた。
事情を話すと、彼らは馬車を出して屋敷まで来てくれた。
「隊長、こいつらは!」
「ああ、グダンダ一味だな。お手柄ですね、旦那」
旦那って僕のことか。まだそういう立場とかじゃないんだけど……名乗ってもいない状況で僕を表現する言葉としては他に思いつかないかな。
「お手柄?」
「はい。こいつらは賞金首です。しかも生け捕りですから、満額の賞金が出ますよ」
「そうだったんですか」
人を気絶させただけで賞金が出る世界なのか。
「首魁のグダンダは金貨十枚、他は金貨五枚だから合計金貨三十枚ですよ。嬉しくないので?」
警備兵の一人が不思議なものを見る目で僕を見ている。
金貨って確か、一枚で一般家庭半月分の食費になるんだっけ。
リリィが買い出しに使っているお金は、この屋敷にあったギラギラした趣味の悪い壺を売って作ったものだ。
希少な骨董品だったらしく、町の買い取り屋が金貨百枚で買い取ってくれた。
金貨の価値はその時に聞いた。
「そんなに高かったんですか、こいつらの首」
「グダンダを知らなかったんで!? 通りで恐れず倒そうなんて思ったわけだ。随分世間知ら……」
「こら、賞金首退治の旦那になんてこと言うんだ」
「おっと失礼しました」
自慢じゃないが、僕は記憶力がいい方だ。人の顔を覚えるのも得意。
高額賞金首のこいつらがひとひねりで、しかもアレを見ないで済む方法もあるなら、これでいいのでは。
警備兵たちがグダンダ一味を馬車に詰め込んで帰ったあと、僕はリリィに尋ねた。
「賞金稼ぎってどう思う?」
「危険です。そもそも賞金稼ぎは冒険者が普段の仕事のついでにやるようなもので、本業にしている方は聞いたことがありません。これを仕事にするのだけは止めてください」
こんなにはっきりと僕の意見を否定するリリィは初めてだ。
「レイヤ様、先日の壺や今回の賞金もありますし、急いでお仕事を決めなくても平気ですよ」
リリィは僕の手を小さな両手で包んだ。
「助けていただいて、ありがとうございました。でも、あんな危険な方たちを前に飛び出さないでください。私の心臓が止まるかと思いました」
自分が襲われるところだったのに、助けに入った僕を心配してくれているのか。
「リリィ、僕が割と強いって知ってるよね?」
「それとこれとは話が別です」
「僕の強さはもう少し信頼してほしいな。賞金稼ぎはしないから」
「はい……」
結局また仕事を決められなかった。
翌日、僕は森へ食材調達へ行くリリィについていくことにした。
仕事探しは手詰まり感があるし、この世界で吸血鬼として生きていく限り、血を見るのは避けられない。
僕が失神しそうになったらリリィごと自宅へ戻る、という魔法を僕とリリィにかけておいた。
魔法は何でもできる、と自分に言い聞かせて、ようやく思いついた魔法だ。
森を歩く際、獣を狩るときは静かに、そうでないときはなるべく音を立てて歩くのがいいらしい。
今回は茸の見分け方や木の実の在り処を探す練習なので、僕とリリィは他愛のない話をしながら森を進んだ。
「マンガにアニメにエイガ、ですか。家に居ながら演劇を楽しめるなんて贅沢ですね」
「やっぱり無いかー。米やカレーがあるならワンチャンいけるかと」
日本での僕は漫画やアニメ、ゲーム等の娯楽が大好きだった。
死んだと思ったら別世界で人外になったというのにあまり驚かないのも、それらの文化のお陰だと思う。
「遊びって言ったら何をするの?」
「そうですね……賭博や盤面遊戯でしょうか……っ、レイヤ様、あの」
「ん、魔物?」
リリィは森によく出入りするから、魔物と動物の気配の区別がつく。
先日僕たちに襲いかかった恐ろしい獣は、魔物だったらしい。
結局、あのあとからこれまでリリィは当時の詳細を語りたがらないが、僕が魔物を倒したことだけは白状してくれた。
しかし、方法に関してはリリィも本気でわからないらしい。
森の一部を更地にできる方法なんて、魔法くらいしか思いつかないのだけど。
立ち止まり、意識を集中させると、首筋にちくちくとした感触がある。
魔物からの視線だろう。
視線の方向へ手を向けて、消えてくれ、と念じる。
「ギュオッ」
なにかの叫び声が聞こえたあとは、首筋のちくちくがなくなった。
「……大丈夫だと思うけど、どうかな」
「はい。いなくなりました」
リリィの宣言に安心して歩き出した時だった。
「あんた、ちょっと待て」
背後から声を掛けてきたのは、弓を構えた壮年の男性だった。
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