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最終章 異世界の記憶を持つものたち
32 余命宣告を受けた親友を、異世界の記憶を持つ人達と救った話。
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*****
ノーヴァ・ナティビタス伯爵の結婚式に呼ばれたが、俺は行くつもりはなかった。
「デリムは本当に行かないのか?」
リインとカナメも呼ばれており、二人を転移魔法で指定の式場まで送り届けたところだ。二人はこれから参列する。
「ああ。ナティビタス伯爵にはよろしく言っておいてくれ」
ナティビタス伯爵は、俺が巻き込まなければもっと早くに結婚できていたはずだ。
もしかしたら、俺のせいでネウムという青年に出会うこともなく、結婚すらできなかった可能性もあった。
そんな式に顔を出せるほど、俺は厚顔じゃない。
「……とか考えているのではと思いまして、新婦自ら迎えに来ましてよ、デリム様」
「わっ!?」
考えていることを当てられた上に、目の前には本日の新婦、ノーヴァがいた。
白いドレスに身を包んだノーヴァは、一段と輝いて見える。
「全く……やっとネウムを納得させて貴方がたをお招きできましたのに。そんな細かいことを考えてばかりでは、毛髪が薄くなりましてよ」
俺が頭にサッと手をやると、ノーヴァは口元に指を当てて上品に笑った。俺の家系に薄毛の因子は無いはずだから大丈夫だ。
「とはいえ私がエスコートするわけには参りませんので。リイン様、お願いしても?」
「任せとけ」
リインが俺の右腕をがっちりと掴む。
カナメが鞄をごそごそやったかと思うと、中から真新しい礼服が一式出てきた。
「まさか……」
「デリムは最近、オレたちの前じゃ無防備に寝るようになったからね。サイズ測らせてもらった」
ししし、と笑みを浮かべるカナメ。リインは俺の腕を完全に拘束していて、魔法でも使わなければ抜け出せない。こんなところで魔法を使うわけにもいかない。
二人共、いつの間に。
「ノーヴァ嬢から『もしものときはよろしく』と言われてたからな」
ここまでされては、俺も腹を括るしかない。今逃げては、伯爵家の結婚にケチをつけたと取られかねないしな。
「わかった、謹んで参列させて頂く。逃げないから離せ。服は自分で着る」
俺が観念すると、リインは素直に拘束を解き、カナメは礼服一式を手近なテーブルの上に置いた。
「デリム殿、少しいいですか」
式が終わり、控室で普段着に着替えたところで来客を告げられた。
本日の新郎であるネウムだ。
「構わないが、そちらはいいのか」
式は終わったとはいえ、新郎にはまだ色々とやることがあるんじゃないか。
そういう意味で尋ねると、ネウムは「大丈夫です」と答えた。
「ノーヴァにも許可を貰いましたので。デリム殿、これまでの非礼の数々、申し訳ありませんでした」
ネウムに頭を下げられる。
思い当たることは無いこともないが、まさか謝罪されるとは。
「顔を上げてください。貴方の態度は主人を守る立場として当然のものでした」
「仰るとおりなのですが、貴方が抱えていたものを知った今では……」
ノーヴァめ、ネウムを説得するために、話したな?
「どこまで聞きましたか?」
「貴方がノーヴァを連れていかなければ、世界が危うかったと。聞いたのはそれだけで、詳細は存じ上げません」
「ならば、貴方の主観では私がノーヴァ嬢を遠くへ連れ出したという事実しか残っていないはずです。それに、もう済んだことです」
「……ありがとうございます」
ネウムはやっと顔を上げてくれた。
「デリム殿は今、どのようにお過ごしですか?」
「リインと共に魔伐者をやっております」
「そうですか。もしこの先何かお困りのことが起きましたら、どうか私にご相談ください」
俺はまだノーヴァから「望み」を聞いていない。何度か催促したが、その度に「まだ思いつかない」とはぐらかされている。
俺とナティビタス伯爵家との繋がりを切る必要はないが、繋いでいる必要もない。特に伯爵家にとって、利点は無いはずだ。
「ありがたい申し出ですが……」
「是非、覚えておいてください。話はそれだけです」
まるで俺が断ることを予見していたかのように、ネウムは俺が断り切る前に無理矢理話を終わらせ、行ってしまった。
「話なんだった?」
別室へ移動してもらっていたリインとカナメのところへ行くと、早速カナメに訊かれた。
「大した用事じゃなかったよ。これからもよろしく、みたいな話だ」
「そっか」
カナメはもう興味をなくしたとばかりに、手に荷物を持った。
俺の肩をリインが叩く。
「帰ろう。頼んだぞ」
ふと気になって、部屋の中の魔力の流れを探る。……どうやらこちらには、ノーヴァが来ていたようだ。
「なぁ……」
「腹減ったー」
カナメがわざとらしく声を上げる。
これは問い詰めても無駄だ。
転移魔法を発動させた。
後から少しずつ話を聞き出したことをまとめると、こうだ。
異世界へ帰ったヨシヒデ以外の三人は、俺がリインのためにという名目で人を集め、傷つけ、人生すら捻じ曲げたことを過剰に気にしている、と思い込んでいた。
それは事実じゃないか。
伯爵令嬢の過去に暗い影を落とし、普通の少年を普通の家庭から引き離し、真面目な青年を愛する者たちと引き離して、治療対象だったリインにも神と対峙させるという禁忌を犯させた。
俺が生涯、懺悔し続けても足りない。
とにかく、俺がこう考えていることは全員がお見通しで、俺の罪悪感や自己卑下をどうにかしようと目論んでいるそうだ。
「あんまりこんなこと言葉使いたくないけど、それも含めて『運命』ってやつじゃない?」
ある日の夜、どんな話の流れだったかは覚えていないが、カナメがそんなことを言い出した。
「自分でも言葉選びはダサイって思うけどさ。そもそもデリム本人がよく言ってるじゃん。『全部済んだこと』って。きっとヨシヒデさんだって、もうデリムを責めるつもりはないよ」
ヨシヒデは数年に一度、カナメと会っている。ちゃんと時間を調整した上で短時間しか連れてきていないから、ヨシヒデが受ける影響はヨシヒデの寿命から考えて誤差程度に収まっているはずだ。
「俺が『済んだ』と言うのは俺の用事が済んだという意味であって……」
「わかってるよ。でも、オレたちだって『済んだ』って考えてるんだ。オレたちの意思も尊重してよ」
「それは……勿論だ」
終わった上でずるずると引きずっているのは俺だけか。
皆、これまでのことを受け入れ、肯定し、咀嚼して飲み込んで、前を向いている。
「わかった。過剰に気にするのはもう止める。だが、俺は俺の意思で、カナメ達に恩を返したいし、報いたい」
俺がこう言うと、カナメとリインは顔を見合わせて、苦笑いを浮かべた。
「デリムも大概頑固だな」
これを、どちらが言ったのかは覚えていない。
別の日に、ノーヴァやヨシヒデに言われたのかも知れない。
もうこの先、俺に与えられた使命は無い。
自分の残りの人生を、もう少しだけ、楽しもうと思う。
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