余命宣告を受けた僕が、異世界の記憶を持つ人達に救われるまで。

桐山じゃろ

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最終章 異世界の記憶を持つものたち

31 人力魔導具

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「まだ終わってないだろ」
 僕がデリムに言うと、デリムは頬を指でこりこりと掻き、視線を逸らした。
「エリクシール中毒の治療は済んだじゃないか」
「僕を中毒にした連中のこと、どうするつもりだ?」
 デリムは僕や仲間に、賢者になれるほどの魔力と魔法を持っていることを隠してはいたが、芯にある気質はよく知っている。
 完璧主義者なところがあり、人を頼りたがらない。
 だから、デリムが「この後のこと」を一人で処理しようとしているのは簡単に想像がついた。
 デリムから目をそらさずにじっと見つめてやると、デリムは観念したように肩を落とした。
「連中の潜伏先はもう抑えてある。が、しばらく泳がせるつもりだ。なにせリインの中毒は完璧に治したからな。証拠がない」
「それは……」
 他に被害者が出るまで、待つつもりなのか。
 言外の僕の心裡を、デリムは正確に読み取った。
「同じ手口を使うようなら、中毒症状が出る前にエリクシールの詐取や窃盗で捕まえる。それ以外でも、連中が被害者を出す直前には手を打つさ」
「ならいい。僕も手伝う」
「お前は……言い出したらきかないな」
 デリムは肩をすくめて力なく笑った。


 連中の居所はすぐに調べがついた。
 なんと、僕が連中とパーティを組んでいたときと同じ町に、まだ居座っていたのだ。
 調べてきたデリムが、呆れるというより憤っている。
「あいつら馬鹿なのか? 馬鹿じゃなければリインを殺そうとしないか。このまま放っておいたら、他のところに連中の悪事がバレてしまう。早くなんとかしないと」
 連中と言っても、ルルスと知らない男の二人だけだ。他に三人、パーティを組んでいたはずだが、そのことをデリムに尋ねると「もう処理した」と返ってきた。どう処理したのかは、敢えて聞かなかった。

 僕たちはデリムの家を拠点にして、件の町で魔伐者としての仕事を再開した。
 無論、ルルスたちにバレないように、デリムの魔法で簡単に変装し、ギルドでは偽名を使っている。

 ルルスもまだ魔伐者を続けていた。
 至近距離ですれ違ってもこちらに気づかないので、安心して様子を見ることができた。
 通りすがりで様子を見るだけでは悪事を働いているかどうかなんてわからないから、デリムが監視魔法をかけていたが。

 知らない男は、以前僕が倒れた時に話をしていた男と同一人物のようだ。
 ルルスはどうやら、その男に惚れている。魔伐者を続けつつ、男の言いなりになって、別の標的を物色しているのだ。
「あの男に心当たりは?」
「拠点でルルスと話をしていた奴だというくらいしか。素性は全くわからない」
 デリムはまず、男の素性を調べ上げた。
 詐欺で何度も捕まっている男で、捕まっても罰金以上に稼いでいるため、被害者は泣き寝入り、本人は殆ど無傷でのうのうと暮らしている。
 男とルルスは、ルルスが魔伐者になってすぐに顔見知りになっており、男の羽振りの良さにルルスが惹かれたという構図のようだ。

 問題は、ルルスが男の羽振りの良さの理由に気づいた時、自ら進んで協力したこと。
 金に目が眩んだのだろう。
 ルルスの性根の悪さに気づけなかった自分に腹が立つ。
「悪人ほど気づかせないものだ。リインは被害者であって、全く悪くない」
 デリムはこう言ってくれたが、僕としてはルルスを絶対に許せなくなった。

 観察を開始して数カ月後、ようやく連中は次の標的を定めた。
 エリクシールを盗もうとしたところを現行犯で捕まえ、盗人であることを理由に半殺しにし、布袋に詰めてデリムの家に持ち帰った。
 家のことを任せているカナメに引かれてしまったが、カナメも血なまぐさい世界には慣れている。デリムが「忘れてくれ」と頼むと、カナメはもう何も言わなかった。


 ルルスと男にはデリムが厳重に拘束魔法を掛けたのだが、ルルスの力を見誤っていた。
 僕とデリムが居ない間に拘束から脱することに成功し、あろうことかカナメを人質に取った。

 カナメから緊急連絡がきて、まずデリムが転移魔法で家へ戻った。
 数分後に戻ってきたデリムは、見たこと無いほど怒りをあらわにしていた。
「何があった?」
「あの女がカナメを人質に取った」
「なんだって!?」
「安心してくれ、あの程度の女が何をしたところで、カナメには傷ひとつ付けられない。拘束を十倍にして置いてきた」
「戻ろう」
「そのつもりだ」
 カナメに傷ひとつ付けられない、という言葉が気になったが、今はカナメのことが最重要だ。

 デリムの転移魔法で家へ戻ると、カナメは「おかえりなさい」といつも通り出迎えてくれた。

 カナメの無事を確認し、軽く食事をした後、ルルスと男のためにデリムが創った牢屋へ入った。
 ルルスは十倍にした拘束のせいかいつもより青ざめており、男の方はしきりと「違う! 俺は違う!」とよくわからないことを喚いていた。
「黙れ」
 まだ怒りの冷めやらないデリムが低い声で唸るように命令すると、男はぴたりと口を噤んだ。
「リインや他の被害者が受けた苦しみ分痛めつけたら、適当に解放する予定だったんだがな。気が変わった」
 男がまた騒ぎ出した。無理もない。デリムからは、冷えた魔力がものすごい勢いで放出されている。
「黙れと言っている。次は喉を潰すぞ」
 僕はというと、当事者であるにも関わらず、どこか他人事だった。誰かが激情を露わにすると、他の人間は冷静になるやつに近い。
 この二人がどうなろうが、知ったこっちゃないというのも本音ではあるが。
 男の方はこんなデリムを前にしても、尚言い訳したそうだったが、諦めたのか再び口を閉じて項垂れた。
「お前が人質にしようとした男は、俺たちの恩人なんだ」
 指一本動かせないルルスが、くっ、と喉の奥の空気を飲む音がした。
 カナメが恩人……確かに、カナメの協力無しに、僕は助からなかった。
 それ以前に、僕が死んだらあの「神」とかいう存在に世界を滅ぼされていたらしいのだから、カナメ、ヨシヒデ、ナティビタス伯爵にデリムは、世界を救った英雄とも言える。
 このあたりの話は色々とぼかしつつ、こいつらにも伝えてあったはずなのだけど。
 ルルスと男の様子を見る限り、忘れていたか理解していないか、信じていないかのどれか一つ以上が当てはまっているのだろうな。

「お前たちに与える罰の方針を変えることにする。一番やりたくなかったが、もうこれしか思いつかない。呪うなら、己の愚かさを呪ってくれ」

 デリムはそう宣言すると、二人に手をかざし、魔法を使った。



「カナメ、あそこにボタンを一つ追加した」
「新しい魔導具? ……? 見えないよ」
 デリムが追加した新しい魔導具のボタンは、小柄なカナメの身長では他の魔導具が邪魔して目視できない。ヨシヒデくらいの長身でないと見つけることは難しいだろう位置だ。
「見えなくていいんだ。あそこにボタンがあって、絶対にそれを押してはいけないということだけ覚えておいてくれ」
「何の魔導具かは……」
「気にするな、とだけ言っておく」
「わかった。触らないように気をつける」

 そのボタンは、僕かデリムが朝に一度だけ押す。押した方が押さなかった方に報告する。たまに二人とも忘れるが、特に問題はない。
 押した日は食料の備蓄が少しだけ減り、押さなかった日は、デリムが生活魔導具に消費する魔力量が少しだけ増える。
 ただそれだけの魔導具だ。


 あの二人を入れておいた牢への扉は、とっくにデリムが消した。
 少々やりすぎなので、頃合いを見て解放させようと思う。
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