余命宣告を受けた僕が、異世界の記憶を持つ人達に救われるまで。

桐山じゃろ

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最終章 異世界の記憶を持つものたち

26 溜め込まれた鬱憤

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 目が覚めたら知らない場所にいて、しかし隣の部屋からは知った声が聞こえたので、扉を開けた。

「無理無理! 無理ですって! ていうか駄目ですって!」
「しかしカナメがやらなければこいつ死ぬぞ」
「私はどちらでも構わないがカナメの気持ちも考えてやってくれ」
「お前本気で死んでもいいとか考えてるのか!?」

 ヨシヒデと、デリム。それに十代くらいの少年と、貴族のような女性。
 女性は椅子に座って優雅に茶を飲んでいるが、他の三人は何やら言い争っている。

「なあ、どういう状況なんだ?」
 僕が声をかけると、その場の全員が一斉に僕の方を見た。
「リイン! もう大丈夫なのか?」
 真っ先に駆け寄ってきたのはヨシヒデだ。やや顔がやつれているように見えるが、身体は元気そうだ。
「ああ、身体が軽いよ。薬が効いたんだろう」
「本当か? どこか具合の悪いところや痛みは無いか?」
 デリムは懐疑的だ。僕を上から下まで観察するように眺め回してくる。
「無いってば。それで、そちらの二人は?」
 とりあえず手近な少年の方に視線をやると、少年は人好きのする笑みを浮かべた。
「はじめまして、カナメです」
 カナメの握手に応じていると、座っていた女性が立ち上がってこちらへやってきた。
「お初にお目にかかります、ノーヴァと申しますわ」
 ノーヴァも僕に握手を求めてくる。カナメは思ったよりも大きく大人びた手をしていたが、ノーヴァは正しく貴族令嬢といったふうの、細く白い手だ。
「僕は……」
「リインさんでしょ? 賢者さ……デリムさんから聞いてます」
「賢者?」
 デリムの方を見ると、デリムは肩をすくめた。
「治療魔法の制約で、俺の名前を明かせなかったからな。クロイツヴァルトで賢者をやってたんで、カナメにはそう呼んでもらってた」
「クロイツヴァルトって、あの大国か!?」
 僕が知っているデリムは、治癒魔法しか使えなかった。
 常人の数倍以上の魔力を持ち、治癒以外にも攻撃、補助、結界など数種類の魔法が扱えなければ、賢者にはなれない。
 その基準は、国が大きければ大きいほど厳しくなる。
 クロイツヴァルトは隣国ラインフェルデンとの長期に渡る戦争で疲弊していたが、それでもなお大陸一を誇る国だ。
「ああ、そのクロイツヴァルトで間違いない。ま、既に称号は返上しているから、そんなことはどうでもいい」
「返上した!?」
 これもまた国の規模に依るが、賢者になったら破格の俸禄が約束される。そのためどんな手段を使ってでも賢者になり、その後良からぬことをしでかして剥奪される人間は時折現れるが、自ら手放すなんて、聞いたことがない。
「もう必要ないしな。俺の話はもういいだろう。さ、ヨシヒデとカナメ、どちらでもいいからひと思いにやってくれ」
「何の話だ!?」
「リイン様、私で良ければご説明しますわ」
 ノーヴァはノーヴァで、おっとりとマイペースに僕の袖を引いた。

 男三人がわあわあと揉めている間に、僕はノーヴァから話を一通り聞くことができた。

 ここに集まっている人たちは、僕のエリクシール中毒を治療するための協力者であること。
 中毒とその治療方法の特殊性から、デリムがいくつも嘘を吐いたり、騙すような真似をしてきたこと。
 治療に必要だった事柄の全てを皆に白状した後、ヨシヒデが「殴りたいけど俺が殴ったらデリムが死ぬから」と、殴り役をカナメに託そうとしているのが、現状だそうだ。

「わかりましたっ! ただし、オレの匙加減で納得してくださいよ!?」
 ノーヴァが話し終えるのと、カナメが大声を出したのはほぼ同時だった。
「勿論それでいい」
 ヨシヒデが真面目な顔で一歩引くと、カナメがデリムの正面に立った。
 顔つきからカナメを少年だと思いこんでいたが、先程握手したときの手の感触や、背丈がデリムと変わりないことから、もしかしたら成人しているのかもしれない。
 カナメの身体は細いが、殴る威力なんてものは身体のひねり方や拳の繰り出し方で決まる。

 デリムはこれから食らうであろう衝撃に、目を閉じて身構えた。

「えいっ!」
 ぺん。
 手と手を軽く打ったときのような音に、デリムが目を開ける。
 腕を組んで様子を見守っていたヨシヒデが、あからさまに「そりゃないよ」という顔になる。
 カナメの、デリムの左頬への打拳は、女子供でももうすこしダメージを与えられるだろうと呆れてしまう程、弱々しい一撃だった。
「ふうっ、これでいいですねっ」
 カナメ本人は『仕事を完璧にやりきった!』という清々しい表情で、かいてもいない汗を拭う仕草をして見せている。
「……ふふっ」
 最初に吹き出したのはノーヴァだ。口に手を当てて、上品に笑いをこらえている。
「はー……。まぁ、任せたのは俺だしな」
 ヨシヒデがカナメの肩をぽんぽんと叩いたのが、この騒動の終わりの合図だった。



「これからどうするんですか?」
 今いる場所は、デリムが住んでいる家だった。
 数々の専用魔導具が、デリムの魔力量の多さ、扱える魔法の種類の多さを物語っている。
 その専用魔導具をカナメが操作して様々な料理と飲み物を取り出すと、デリムが指をパチンと鳴らすだけで拡張されたテーブルの上に並べられた。
 それぞれが思い思いに飲み食いし、ひと心地ついたところで、カナメがデリムに向かって質問した。
「皆に私が叶えられる限りの謝礼を渡した後、それぞれ元の世界、元の場所へ帰す。それで本当に終いだ」
「それはいい。その後、いやその前のことだよな」
 ヨシヒデが口を挟み、カナメとノーヴァに目配せすると、ふたりとも頷いた。
「前? 君たちの仕事はもう終わったよ」
「終わってないだろ。デリムにこんなことを強要した連中に、お礼参りしなくていいのか」
「なっ、相手が誰だか解っているだろう!?」
 デリムが珍しく狼狽えている。
「相手って誰だ?」
「神だとよ」
「神!?」
 今日はエリクシール中毒だと宣告されたときより、驚くことが多い。
「おい、ヨシヒデ」
 さくっと相手のことを口にしたヨシヒデに、デニムが恨みがましげな視線を向ける。

「落ち着けデリム。なあ、例えばなんだが……」
 ヨシヒデの「思いつき」を皆で聞いた。

 デリムが顎に手を当てて、むう、と唸る。
「それはやってみる価値はありそうだな」
「あの、そもそも神がどこにいるかとか、そこへいく方法とかは……」
 カナメが控えめに挙手して質問した。僕も同じことを考えていた。
「私達が先程までいた場所は、異世界でしょう? そこへ自在に行けるということは、神の元へ行くのも容易いのでは?」
 ずっと皆の話を静かに聞いていたノーヴァがこう言うと、デリムは頷いた。
「場所の特定に少々時間はかかるがな。だが、これは私とリインでやるべき仕事だ。特にヨシヒデとノーヴァは、それにカナメも、帰るべき場所で待っている人がいるだろう。これ以上付き合うことはない」
「オレは別に構わないですよ」
 カナメは何の気負いも気遣いもなく、当然だとばかりに応えた。
「私はちょっと帰って皆に無事を知らせて、すぐここへ戻ってこれますわ」
 ノーヴァはデリムには劣るが、賢者並みの魔力を持っている。デリムの転移魔法を何度も見たお陰で、自分でも使えるようになったとか。
「じゃあヨシヒデだけでも」
「ここまで付き合っといて俺だけ除け者はないだろう。帰るのが今更少々遅くなったところで、構わない。それに」
 ヨシヒデは立ち上がって、デリムを見つめ、ニッと悪い笑みを浮かべた。

「神なら俺が全力で殴っても、なんともないだろ?」

 初対面のときとは正反対にも思えるほど、ヨシヒデは好戦的になっていた。



 デリムは僕以外の三人、つまりヨシヒデ、カナメ、ノーヴァと共に、魔法を使った。
 特定の相手の場所を調べる魔法だ。
 デリムが描いた複雑な魔法陣の真ん中に、神に愛されているらしい僕が立つ。

「神はリインのことはずっと観察しているはずだからな。繋がりがあるとすれば、そこだ」
 つまりこの魔法陣は僕を魔法の起点にして、神の居場所を探す術式が描いてある。
「では、いくぞ。問題ないとは思うが、もし体調不良になったらすぐ言ってくれ」
 デリムの言葉は、その場の全員に向けられていた。

 デリムが目を閉じて魔法陣に魔力を流し込むと、ノーヴァとヨシヒデが倣った。
 カナメはその場にいるだけで他人の力を増幅する能力があるとかで、静かに皆を眺めている。
「見つかった」
 魔法を使いはじめてすぐ、デリムが困惑した表情でこう言った。
「え、もう?」
 僕が尋ねると、デリムは首を横に振った。
「どっちだよ」
 デリムはこくりと喉を鳴らして唾を飲み込んだ。緊張している様子だ。

「こちらが神を探していることが、神に見つかったんだ」
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