余命宣告を受けた僕が、異世界の記憶を持つ人達に救われるまで。

桐山じゃろ

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第五章 必死になるもの

25 デリム

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 力が入らなくなった身体をどうにか立て直して、ヨシヒデから離れた。
 そのまま、隣室へ移動し、扉を後ろ手に閉める。

 動けたのは、そこまでだった。
「う、うう……」
 こみ上げる嗚咽と、溢れ出る涙。
 自分の感情がコントロールできなかった。
 かなり長い時間、扉の前で蹲ったままだった。

 涙が枯れ、頭が冷えた頃には、私の心の中に猛烈な怒りが渦巻いていた。
 リインをエリクシール中毒にした連中への怒り。自分への怒り。私にこんな使命を背負わせた神どもへの怒り。
 こんなに泣いたことなどはじめてだったから、自分が脱水症状一歩手前なほど水分を絞り出していたことに驚いたりもした。

 小屋には、人間五人がしばらく暮らせるだけの食料や水の備蓄がある。
 水を魔法で取り寄せて飲み、ようやく立ち上がることができた。

 ついでに壺の中身を確認する。
 既に十分な量が溜まっていた。
 おかしい。カナメの力があるとはいえ、ここまで早く溜まるものではない。
 疑問のあとに、答えの片鱗らしきものがうかんだのを、私はあえて無視した。

 壺を抱えて、更に奥の部屋へ移動する。
 その部屋には、一人だけ。
 リインが寝台の上で、安らかな寝息を立てている。

「リイン、起きてくれ」
 私が声をかけると、リインは「ん、んん……」と唸りながら、目を開けて身体を起こした。続けて腕を上げて伸びをする。
 ここだけ見れば健康そのものの人間が少し早めに起こされただけに見えるが、リインの身体は既にギリギリのところまできていた。
 エリクシールの毒がこれ以上回らないよう、睡眠時は仮死状態になる魔法を掛けてあるのだ。
 リインには「これからの治療に必要なのは睡眠だ、寝れば寝るだけ良い」と伝えてある。
「ふあ、おはよ……。今、何時だ」
 この部屋、というかこの小屋には窓や外の様子を伺えるものがひとつもない。
 ここが異世界であることを感づかれないように、そう造ったのだ。
「夕方だな。治療薬が完成したんだ。飲んでくれ」
 両手に抱えていた壺をリインに手渡すと、リインは中身を見て、顔をしかめた。
「随分多いな。どのくらい飲めば良いんだ?」
「全部だ。一気に飲まなくてもいいから、全量をなるべく早く飲んでくれ」
 リインに盛られたエリクシールは、よくここまでかき集めたと思えるほどの量だった。
 盗み、騙し取ることが主な入手方法だったから、あの連中は俺が放っておいても、何らかの罰をうけて然るべき人間たちだ。
「本当かよ……。わかった、頑張ってみる」
 リインは逡巡の後、まず壺の端にそっと唇を付けて、中身をほんの僅か啜った。
「もっと苦いかと思ってた。味しないんだな」
「ああ」
 エリクシールが無味無臭なのと同じく、対抗薬も無味無臭だ。
 リインは私が見守る中、壺の中身をぐいぐいと飲み始めた。

「ぷはっ、はぁ。これだけ飲んだらもっと腹に溜まるかと思ったんだけど」
 半分ほど飲んだ頃に、リインが腹をさすりながら呟いた。
「魔法薬だからな。水分は飲みやすくするための幻のようなものだ」
「へぇ。これならすぐに全部飲めそうだ」
「是非そうしてくれ」

 それからリインは三十分ほどかけて、ついに壺の中身を飲みきった。

「ふぅ……。これでいいのか?」
「ああ。具合はどうだ?」
「うーん、何とも。良くなったとも悪くなったとも言えない」
「それならいい。じきに実感するようになるだろう」
「そっか。ありがとう、デリム」
「礼は別の奴に言ってくれ。俺一人じゃここまでできなかったんだ」
「別の? この小屋、他に誰かいるのか?」
「いる。後で紹介するよ。今は少し眠っておけ。まだ治ったばかりだからな」
「また寝るのか……ふあぁ……」
 リインに睡眠魔法を掛けると、リインは再び寝台で眠った。



 三人のいる部屋に戻ると、全員椅子から立ち上がっていた。
 リインが薬を飲み切るのと同時に、各種魔法や拘束が解けるようにしておいたのだ。
 ヨシヒデが一番最初に私に気づき、ドスドスと足音を立てて私に近寄り、胸ぐらをつかみ上げられた。
「すぐにでも殴りたいが、俺にお前は殴れない。だからまずは、詳しく話を聞かせてもらおうか」
「ヨシヒデさん、落ち着いて」
「力ずくでは解決しませんわ」
「落ち着いていられるかっ! 俺は……!」
 三人は私の想定よりも、かなり冷静だった。ヨシヒデには殺されるか、少なくとも数発は殴られると覚悟していた。
 なのに、ヨシヒデは私を「殴れない」と言い、ノーヴァとカナメに至ってはヨシヒデを止めようとすらしてくれている。
「ああ、全部話す。まずは……っと、その椅子にはもう座りたくないよな。ヨシヒデ、私のことは後でどうしてくれても構わないから、リインを運ぶのだけ手伝ってくれないか」
「リインがここにいるのか!?」
 ヨシヒデは人の気配に敏い。気づかなかったことに驚いたのだろう。
「いる。私が隠していたから、気づかないのも無理はない」
「そうか。運ぶって、どこからどこへだ?」
「抱え持っててくれるだけでいい。元の世界へ帰ろう」
「元の世界?」
「ああ、私やリイン、ノーヴァが生まれた頃から暮らしていた世界の方だ」
「そうか、ここにいる全員、訳ありか」
「そんなところだ」

 転移魔法を駆使して、私たちは私の根城へ帰ってきた。
 勝手知ったるカナメが率先して扉を開け、一番広い部屋のテーブルにお茶と軽食を並べてくれた。
 ヨシヒデは私が指定した部屋にリインを寝かせ、ノーヴァは自分で椅子を引いて座った。

 全員が座ったところで、私は前へ出て、頭を下げた。

「まず、色々と騙していたことを詫びよう。申し訳なかった」
「受け取りましょう」
 謝罪を率先して受け取ったのは、ノーヴァだ。
「えっと、受け取ります、って言えばいいの? じゃあ、受け取ります」
 カナメはノーヴァの真似をした。ヨシヒデは私を睨んでいた視線を、ノーヴァに向けた。
「あんた、どうしてそんなすぐに受け入れられるんだ!?」
 ノーヴァはカナメが淹れたお茶を一口、優雅に飲み、カップをソーサーに置いた。
「今、彼が仰ったでしょう。私達は騙されていたと」
「ああ。だから……」
「貴方は確かヨシヒデさんでしたわね。ヨシヒデさんが帰りたいと願う場所は、どちらですか?」
「俺は元いた世界の妻と子供のところへ……?」
 先にノーヴァがネタばらしをしてしまった。
 まあ、誰がバラそうと、事が済んだ今はどうだっていい。
「お、おい、俺は他に大事な場所なんて思いつかない。これはどういうことだ!?」
 ヨシヒデは混乱している。
「えっと、もしかして騙したのって、そういうことですか? 何のために?」
 カナメも飲み込みが早い。納得していないのはヨシヒデだけになった。
 ちゃんと説明しなくては。

「私が欲しかったのは、貴方がたの心を傷つけ、それによって出た心の血のようなものだ。一番傷つける方法は、大事なものを奪おうとすること。つまり、『帰りたいと願う心や場所』なんて奪っていない。あれは、傷つけるための嘘だ」

 立ち上がっていたヨシヒデは全身の力が抜けたようにへなへなと椅子に座り込み、ノーヴァは「事情が事情なだけに仕方ないとは言え、人が悪いですね」と薄く微笑み、カナメはぽかんと口を開けて私を見つめている。

「そうだな、まずは、私のことから話そうか」



*****



 賢者は俺たちに、はじめて名乗った。デリム、と言うそうだ。
 生まれた時から、神に愛されし人間を救う使命を背負っていたこと。
 誰が神に愛されし人間なのかは数年前までわからなかったこと。
 リインを救わなければ、この世界は神に見放され、滅んでしまうこと。

「俺をこの世界へ転移させたのは……」
「私だ。カナメも私が喚んだようなものだ」
「私は喚ばれた覚えはありませんわ」
「ノーヴァ嬢がこの世界に転生した理由は、私にもわからない。ただ、異世界の記憶を持つ者として協力を願った」
「なるほどなるほど……つまり……いや、その前に」
 大体の話を聞き終えた頃、俺は立ち上がり、デリムの前に立った。
 が、思い直してカナメの方を向いた。
 カナメの肩に片手をぽんと置き、デリムに視線をやる。
「ヨシヒデさん?」
「カナメ、頼みがある」
「何ですか?」

「本当は俺がこいつを何発か殴りたいところなんだがな。俺がやると、まず間違いなくこいつを殺してしまう。だから、カナメ。お前がこいつを殴ってくれないか」
「ええっ!?」
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