余命宣告を受けた僕が、異世界の記憶を持つ人達に救われるまで。

桐山じゃろ

文字の大きさ
上 下
24 / 32
第五章 必死になるもの

24 ヨシヒデ

しおりを挟む
 ヨシヒデほど強い人間を、他に見たことがない。
 異世界転移させたのは私だが、他のどんな人間を連れてきても、こうはならないだろう。

 魔力とは違う未知の力や、途轍もない身体能力を突然得ても、平然と我がものとし、自在に操っている。
 ヨシヒデはカナメと違って成人しており、精神的に成熟していたので、転移させてきた後は、しばらく放っておいた。
 放っておくと言っても、最低限の監視はつけておいたが、特に問題なく過ごしていた。
 途中で貴族に見込まれ強引に連れ出された時も、ヨシヒデは自力で状況を打破してみせた。

 その途中でヨシヒデとリインが出会ったのは、全くの偶然であり、私は関与していない。
 サニという名の老婆が、エリクシール中毒の治療方法を知っていたことも。

 ヨシヒデはサニからエリクシール中毒治療法の魔法を授かり、自らリインの治療の一助になると申し出た。
 サニが伝えた内容は、治療に異世界の記憶を持つものが必要、という部分のみ。
 私にとっても、リインにとっても都合が良すぎる展開だ。
 これはリインが引き寄せたのだろうか。

 ヨシヒデとは、リインに内緒でコンタクトを取った。
 はじめは訝しがられたが、異世界へ渡る術を持っているとちらつかせたら、渋々という体で私の言うことを聞いてくれるようになった。
 最後まで、私がヨシヒデを転移させたことは、言い出せなかった。
 ヨシヒデを怒らせたら、私はその場で命を落としていただろうから。


 カナメが「外出したい」と言い出したので、ヨシヒデに護衛を頼んだ。
 ヨシヒデは魔伐者の仕事の合間を縫って、私とカナメのところへやってきた。
 すっかりこの世界に馴染んでいたヨシヒデは、カナメを満足させてくれたらしい。
 この時からカナメは時折、ヨシヒデと共に外出するようになった。

「残りたい、か。俺には理解できんな」
 カナメが「この世界に残りたい」と言い出したことを、ヨシヒデに伝えてみた。
 ヨシヒデとカナメは、ある日突然この世界へやってきたという共通点はあるが、性質は真逆だ。
 カナメは勇者として望まれて召喚され、私という庇護者の下で安全に過ごした。その結果、この世界に残っても構わないという。
 一方ヨシヒデは、何の理由もわからない状態でこの世界へ来て、理不尽な目に遭った。元の世界には愛する妻子がいて、仕事もある。一秒でも早く元の世界へ戻りたいと希っているのだ。
 私はヨシヒデに睨まれていることに気が付き、笑みを返した。
「そう睨むなよ」
「睨んでいたか」
「視線で射殺されるかと思った」
「そういう気持ちにもなる」
「ヨシヒデがやると洒落にならないから止してくれ」
「すまん」
 ヨシヒデの持つ未知の力は依然として解析できていないが、リインの治療に役立つことだけは解る。
 そして、その力の所為か、はたまた本人の勘が鋭いのか、ヨシヒデをこの世界に引っ張り込んだ犯人が私であることに、気がついている節がある。
 リインやカナメの話になると、こうして殺気の乗った視線をあてられることがあるのだ。
 少し気の弱い人間がこの視線に五分も晒されたら、本気で死んでしまうだろう。

「それで、何の用だ」
 私がヨシヒデを家に呼んだのは、カナメの意思を伝えるためだけではない。
「もうじき準備が整う。リインは一番最後に連れて行くから、ヨシヒデだけ何か理由をつけて、この場所まで来てくれ」
 ヨシヒデはぴくりと片眉を上げて、私から場所を書いたメモを奪うようにもぎ取った。
「期限は?」
「なるべく早く、遅くとも十日以内に。できるか?」
「仕事を請けなけりゃすぐ行ける」
「助かる」
「……」
 無言で立ち上がったヨシヒデは、そのまま何も言わずに立ち去っていった。



*****



「この程度の拘束じゃ、俺を止められないぞ」
 ヨシヒデは椅子に付いている拘束具に対して懸念を示した。
「大丈夫だ。魔法が掛かってるのはわからないか?」
「わかった上で訊いている」
「その魔法はヨシヒデが考えるより効果的なものなんだ。不安なら少し試してみろ」
 私がこう言うと、ヨシヒデは椅子の拘束具を思い切り握り、引っ張った。
 拘束具はドラゴンの革とミスリルでできている。熟練の魔伐者くらいでは、素手で破壊することなどできない。
 しかし、魔法が掛かっていなければ、ヨシヒデにとっては砂糖菓子も同然の強度だ。
「……なるほど。どんな魔法を使ったか知らんが、これで両手足を拘束されたら、俺でも抜け出すのは無理だな」
 拘束具はビキリと嫌な音を立てたが、ヨシヒデの力を持ってしても、それ以上のことはできなかった。

 ヨシヒデを椅子に座らせ、他の二人よりも念入りに拘束した後、彼らに最後の仕上げをした。

 魔法の秘密を、明かすのだ。


「今回は俺の我儘と、俺の親友のために協力してくれて、感謝の言葉もない。きっと成功するだろうが、たとえ失敗しても、今回の協力に見合うだけの謝礼は用意してある。君たちにはこれから――」

 帰りたいと願う心を提供してもらう。

 カナメは全く動じず、ノーヴァは小さく震えだし、ヨシヒデは暴れ出した。
「……お前、それだけはっ!」
 身動き一つとれない、喋ることもできない魔法を無理矢理突破して、ヨシヒデが抗議の声をあげる。
 想定内だ。
 私は言うだけ言うと、三人に背を向けて小屋から出た。

 これで、準備は整った。

 エリクシール中毒の治療に必要なものは、異世界の記憶を持つ人間たちの心だ。
 心そのものを奪うわけではない。
 少々傷つけて、それを守るために滲み出る「何か」を、掬い集める。
 カナメからは微量しか出ないものだが、カナメは周囲の力を増幅するという特殊能力がある。
 これのお陰で、余命一年と言われたリインの治療が、たった三人の心で済むのだ。
 ノーヴァは持っている魔力量が桁違いなため、傷ついた己の心を治療するための「何か」を存分に出してくれる。
 そして、ヨシヒデだ。
 ヨシヒデには絶対に帰りたい場所に帰る手立てがなく、私に頼るしかない、という状況を用意した。
 ヨシヒデ自身が未知の力を持ち、それを自在に操れるまでになるとは予想外だったが、問題はない。

 今まで言えなかったのは、予め伝えてしまうと、三人は「帰りたいと願う場所」について、諦める、覚悟する、変更するなどして対応されてしまうからだ。
 一番強い気持ちを引き出すには、何もかもを秘密にし、直前になってようやく心を抉るような真似をしなければならなかった。

 三人には、本当に申し訳ないと思っている。
 だがこれは全て、リインを愛しすぎる神共が悪いのだ。
 愛しているくせに自らが課したルールのせいで、人間を救えないなど馬鹿げている。

 あいつらには、必ず償ってもらう。


 しばらく待っていると、三人がいる部屋の隣室に置いた特製の壺に、ほんのりと青い光を放つ液体がじわじわと溜まりだした。
 成功しつつある。
 これを、リインが飲まされたエリクシールと同量だけ飲ませれば、リインは完治するはずだ。
 この調子ならば、二十四時間もあれば溜まるだろう。

 壺の様子を確認してから、私は再び三人がいる部屋へ戻った。

 ヨシヒデの手足に血が滲んだ痕がある。
 ノーヴァは唇をかみしめて、顔面蒼白だ。
 まずヨシヒデの手足を診たが、傷は自己治癒力により塞がっていた。
「お、い……」
「今の状態で喋ると体に障る。文句はあとでたっぷり聞くし、何なら俺を殺しても構わない」
「そん、なんで、気が、済む、かよ……」
「喋るな、頼むから」
 ヨシヒデの苦痛の時間を早めるためには、これ以上鎮静させるのは得策ではない。早く壺の中身を溜めることが重要なのだ。

 私が一番理解しているはずだった。

「……お、い?」
「すまない、ヨシヒデ。ノーヴァに、カナメも」

 視界が歪む。
 ノーヴァは唇を噛みしめるのを止めて、こちらに意識を向けた。
 カナメも困惑している様子だ。

「泣い、て……?」
「何をしているのだろうな、俺は。俺は確かにリインを救うという使命を背負った。でないと世界が滅んでしまう。……それは、ヨシヒデ達の心を傷つけてまで行うことなのか?」
 私の眼から、液体がぼとぼとと溢れ出す。

 リインを救うのが私の使命だ。
 使命を無視すれば、世界が滅ぶ。
 目的の為なら手段を選んではいられない。

 人を騙し、人を操り、嘘を吐き、殺し、道筋を捻じ曲げ、心を傷つけて……。

 仕方ない、の呪文は、もう私に何の効果もなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

世界樹を巡る旅

ゴロヒロ
ファンタジー
偶然にも事故に巻き込まれたハルトはその事故で勇者として転生をする者たちと共に異世界に向かう事になった そこで会った女神から頼まれ世界樹の迷宮を攻略する事にするのだった カクヨムでも投稿してます

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。

克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。

追放されたギルドの書記ですが、落ちこぼれスキル《転写》が覚醒して何でも《コピー》出来るようになったので、魔法を極めることにしました

遥 かずら
ファンタジー
冒険者ギルドに所属しているエンジは剣と魔法の才能が無く、文字を書くことだけが取り柄であった。落ちこぼれスキル【転写】を使いギルド帳の筆記作業で生計を立てていた。そんなある日、立ち寄った勇者パーティーの貴重な古代書を間違って書き写してしまい、盗人扱いされ、勇者によってギルドから追放されてしまう。 追放されたエンジは、【転写】スキルが、物やスキル、ステータスや魔法に至るまで何でも【コピー】できるほどに極められていることに気が付く。 やがて彼は【コピー】マスターと呼ばれ、世界最強の冒険者となっていくのであった。

固有スキルガチャで最底辺からの大逆転だモ~モンスターのスキルを使えるようになった俺のお気楽ダンジョンライフ~

うみ
ファンタジー
 恵まれない固有スキルを持って生まれたクラウディオだったが、一人、ダンジョンの一階層で宝箱を漁ることで生計を立てていた。  いつものように一階層を探索していたところ、弱い癖に探索者を続けている彼の態度が気に入らない探索者によって深層に飛ばされてしまう。  モンスターに襲われ絶体絶命のピンチに機転を利かせて切り抜けるも、ただの雑魚モンスター一匹を倒したに過ぎなかった。  そこで、クラウディオは固有スキルを入れ替えるアイテムを手に入れ、大逆転。  モンスターの力を吸収できるようになった彼は深層から無事帰還することができた。  その後、彼と同じように深層に転移した探索者の手助けをしたり、彼を深層に飛ばした探索者にお灸をすえたり、と彼の生活が一変する。  稼いだ金で郊外で隠居生活を送ることを目標に今日もまたダンジョンに挑むクラウディオなのであった。 『箱を開けるモ』 「餌は待てと言ってるだろうに」  とあるイベントでくっついてくることになった生意気なマーモットと共に。

元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々

於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。 今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが…… (タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)

元勇者パーティーの雑用係だけど、実は最強だった〜無能と罵られ追放されたので、真の実力を隠してスローライフします〜

一ノ瀬 彩音
ファンタジー
元勇者パーティーで雑用係をしていたが、追放されてしまった。 しかし彼は本当は最強でしかも、真の実力を隠していた! 今は辺境の小さな村でひっそりと暮らしている。 そうしていると……? ※第3回HJ小説大賞一次通過作品です!

無能な勇者はいらないと辺境へ追放されたのでチートアイテム【ミストルティン】を使って辺境をゆるりと開拓しようと思います

長尾 隆生
ファンタジー
仕事帰りに怪しげな占い師に『この先不幸に見舞われるが、これを持っていれば幸せになれる』と、小枝を500円で押し売りされた直後、異世界へ召喚されてしまうリュウジ。 しかし勇者として召喚されたのに、彼にはチート能力も何もないことが鑑定によって判明する。 途端に手のひらを返され『無能勇者』というレッテルを貼られずさんな扱いを受けた上に、一方的にリュウジは凶悪な魔物が住む地へ追放されてしまう。 しかしリュウジは知る。あの胡散臭い占い師に押し売りされた小枝が【ミストルティン】という様々なアイテムを吸収し、その力を自由自在に振るうことが可能で、更に経験を積めばレベルアップしてさらなる強力な能力を手に入れることが出来るチートアイテムだったことに。 「ミストルティン。アブソープション!」 『了解しましたマスター。レベルアップして新しいスキルを覚えました』 「やった! これでまた便利になるな」   これはワンコインで押し売りされた小枝を手に異世界へ突然召喚され無能とレッテルを貼られた男が幸せを掴む物語。 ~ワンコインで買った万能アイテムで幸せな人生を目指します~

処理中です...