余命宣告を受けた僕が、異世界の記憶を持つ人達に救われるまで。

桐山じゃろ

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第五章 必死になるもの

24 ヨシヒデ

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 ヨシヒデほど強い人間を、他に見たことがない。
 異世界転移させたのは私だが、他のどんな人間を連れてきても、こうはならないだろう。

 魔力とは違う未知の力や、途轍もない身体能力を突然得ても、平然と我がものとし、自在に操っている。
 ヨシヒデはカナメと違って成人しており、精神的に成熟していたので、転移させてきた後は、しばらく放っておいた。
 放っておくと言っても、最低限の監視はつけておいたが、特に問題なく過ごしていた。
 途中で貴族に見込まれ強引に連れ出された時も、ヨシヒデは自力で状況を打破してみせた。

 その途中でヨシヒデとリインが出会ったのは、全くの偶然であり、私は関与していない。
 サニという名の老婆が、エリクシール中毒の治療方法を知っていたことも。

 ヨシヒデはサニからエリクシール中毒治療法の魔法を授かり、自らリインの治療の一助になると申し出た。
 サニが伝えた内容は、治療に異世界の記憶を持つものが必要、という部分のみ。
 私にとっても、リインにとっても都合が良すぎる展開だ。
 これはリインが引き寄せたのだろうか。

 ヨシヒデとは、リインに内緒でコンタクトを取った。
 はじめは訝しがられたが、異世界へ渡る術を持っているとちらつかせたら、渋々という体で私の言うことを聞いてくれるようになった。
 最後まで、私がヨシヒデを転移させたことは、言い出せなかった。
 ヨシヒデを怒らせたら、私はその場で命を落としていただろうから。


 カナメが「外出したい」と言い出したので、ヨシヒデに護衛を頼んだ。
 ヨシヒデは魔伐者の仕事の合間を縫って、私とカナメのところへやってきた。
 すっかりこの世界に馴染んでいたヨシヒデは、カナメを満足させてくれたらしい。
 この時からカナメは時折、ヨシヒデと共に外出するようになった。

「残りたい、か。俺には理解できんな」
 カナメが「この世界に残りたい」と言い出したことを、ヨシヒデに伝えてみた。
 ヨシヒデとカナメは、ある日突然この世界へやってきたという共通点はあるが、性質は真逆だ。
 カナメは勇者として望まれて召喚され、私という庇護者の下で安全に過ごした。その結果、この世界に残っても構わないという。
 一方ヨシヒデは、何の理由もわからない状態でこの世界へ来て、理不尽な目に遭った。元の世界には愛する妻子がいて、仕事もある。一秒でも早く元の世界へ戻りたいと希っているのだ。
 私はヨシヒデに睨まれていることに気が付き、笑みを返した。
「そう睨むなよ」
「睨んでいたか」
「視線で射殺されるかと思った」
「そういう気持ちにもなる」
「ヨシヒデがやると洒落にならないから止してくれ」
「すまん」
 ヨシヒデの持つ未知の力は依然として解析できていないが、リインの治療に役立つことだけは解る。
 そして、その力の所為か、はたまた本人の勘が鋭いのか、ヨシヒデをこの世界に引っ張り込んだ犯人が私であることに、気がついている節がある。
 リインやカナメの話になると、こうして殺気の乗った視線をあてられることがあるのだ。
 少し気の弱い人間がこの視線に五分も晒されたら、本気で死んでしまうだろう。

「それで、何の用だ」
 私がヨシヒデを家に呼んだのは、カナメの意思を伝えるためだけではない。
「もうじき準備が整う。リインは一番最後に連れて行くから、ヨシヒデだけ何か理由をつけて、この場所まで来てくれ」
 ヨシヒデはぴくりと片眉を上げて、私から場所を書いたメモを奪うようにもぎ取った。
「期限は?」
「なるべく早く、遅くとも十日以内に。できるか?」
「仕事を請けなけりゃすぐ行ける」
「助かる」
「……」
 無言で立ち上がったヨシヒデは、そのまま何も言わずに立ち去っていった。



*****



「この程度の拘束じゃ、俺を止められないぞ」
 ヨシヒデは椅子に付いている拘束具に対して懸念を示した。
「大丈夫だ。魔法が掛かってるのはわからないか?」
「わかった上で訊いている」
「その魔法はヨシヒデが考えるより効果的なものなんだ。不安なら少し試してみろ」
 私がこう言うと、ヨシヒデは椅子の拘束具を思い切り握り、引っ張った。
 拘束具はドラゴンの革とミスリルでできている。熟練の魔伐者くらいでは、素手で破壊することなどできない。
 しかし、魔法が掛かっていなければ、ヨシヒデにとっては砂糖菓子も同然の強度だ。
「……なるほど。どんな魔法を使ったか知らんが、これで両手足を拘束されたら、俺でも抜け出すのは無理だな」
 拘束具はビキリと嫌な音を立てたが、ヨシヒデの力を持ってしても、それ以上のことはできなかった。

 ヨシヒデを椅子に座らせ、他の二人よりも念入りに拘束した後、彼らに最後の仕上げをした。

 魔法の秘密を、明かすのだ。


「今回は俺の我儘と、俺の親友のために協力してくれて、感謝の言葉もない。きっと成功するだろうが、たとえ失敗しても、今回の協力に見合うだけの謝礼は用意してある。君たちにはこれから――」

 帰りたいと願う心を提供してもらう。

 カナメは全く動じず、ノーヴァは小さく震えだし、ヨシヒデは暴れ出した。
「……お前、それだけはっ!」
 身動き一つとれない、喋ることもできない魔法を無理矢理突破して、ヨシヒデが抗議の声をあげる。
 想定内だ。
 私は言うだけ言うと、三人に背を向けて小屋から出た。

 これで、準備は整った。

 エリクシール中毒の治療に必要なものは、異世界の記憶を持つ人間たちの心だ。
 心そのものを奪うわけではない。
 少々傷つけて、それを守るために滲み出る「何か」を、掬い集める。
 カナメからは微量しか出ないものだが、カナメは周囲の力を増幅するという特殊能力がある。
 これのお陰で、余命一年と言われたリインの治療が、たった三人の心で済むのだ。
 ノーヴァは持っている魔力量が桁違いなため、傷ついた己の心を治療するための「何か」を存分に出してくれる。
 そして、ヨシヒデだ。
 ヨシヒデには絶対に帰りたい場所に帰る手立てがなく、私に頼るしかない、という状況を用意した。
 ヨシヒデ自身が未知の力を持ち、それを自在に操れるまでになるとは予想外だったが、問題はない。

 今まで言えなかったのは、予め伝えてしまうと、三人は「帰りたいと願う場所」について、諦める、覚悟する、変更するなどして対応されてしまうからだ。
 一番強い気持ちを引き出すには、何もかもを秘密にし、直前になってようやく心を抉るような真似をしなければならなかった。

 三人には、本当に申し訳ないと思っている。
 だがこれは全て、リインを愛しすぎる神共が悪いのだ。
 愛しているくせに自らが課したルールのせいで、人間を救えないなど馬鹿げている。

 あいつらには、必ず償ってもらう。


 しばらく待っていると、三人がいる部屋の隣室に置いた特製の壺に、ほんのりと青い光を放つ液体がじわじわと溜まりだした。
 成功しつつある。
 これを、リインが飲まされたエリクシールと同量だけ飲ませれば、リインは完治するはずだ。
 この調子ならば、二十四時間もあれば溜まるだろう。

 壺の様子を確認してから、私は再び三人がいる部屋へ戻った。

 ヨシヒデの手足に血が滲んだ痕がある。
 ノーヴァは唇をかみしめて、顔面蒼白だ。
 まずヨシヒデの手足を診たが、傷は自己治癒力により塞がっていた。
「お、い……」
「今の状態で喋ると体に障る。文句はあとでたっぷり聞くし、何なら俺を殺しても構わない」
「そん、なんで、気が、済む、かよ……」
「喋るな、頼むから」
 ヨシヒデの苦痛の時間を早めるためには、これ以上鎮静させるのは得策ではない。早く壺の中身を溜めることが重要なのだ。

 私が一番理解しているはずだった。

「……お、い?」
「すまない、ヨシヒデ。ノーヴァに、カナメも」

 視界が歪む。
 ノーヴァは唇を噛みしめるのを止めて、こちらに意識を向けた。
 カナメも困惑している様子だ。

「泣い、て……?」
「何をしているのだろうな、俺は。俺は確かにリインを救うという使命を背負った。でないと世界が滅んでしまう。……それは、ヨシヒデ達の心を傷つけてまで行うことなのか?」
 私の眼から、液体がぼとぼとと溢れ出す。

 リインを救うのが私の使命だ。
 使命を無視すれば、世界が滅ぶ。
 目的の為なら手段を選んではいられない。

 人を騙し、人を操り、嘘を吐き、殺し、道筋を捻じ曲げ、心を傷つけて……。

 仕方ない、の呪文は、もう私に何の効果もなかった。
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