余命宣告を受けた僕が、異世界の記憶を持つ人達に救われるまで。

桐山じゃろ

文字の大きさ
上 下
20 / 32
第四章 引き離されるもの

20 結局お人好し

しおりを挟む
 こちらの都合を考えない貴族のことなどどうでもいいが、すぐ近くで危機に陥っている人間を見捨てるほど、俺は薄情じゃない。
 悲鳴の方向は、先程出てきた部屋だ。
 出てきたときにはなかった気配が、二つ。

 悲鳴に固まるフリスより先に動けたのは、酒場での荒事に慣れていたお陰か。


 部屋の中は、つい先程までの華々しくも整然とした雰囲気が綺麗に消え失せ、嵐が通った後かのように荒れていた。
 テーブルは真上から攻撃を喰らったのか、割れて上に乗っていたものが散乱し、椅子も全てどこかが破損している。
 壁際には、怯えてはいるが一応無事なメイドが張り付くようにしてへたり込んでいる。

 そして部屋の中央には、腹と額から血を流したゴンデンと、それに縋り付くシーキィに、今にも剣を振り下ろしそうなガタイのいい男が一人。

 俺は迷わずガタイのいい男に突進した。

「うおっ!?」
 ガタイの良さの割に、男は呆気なく吹っ飛んだ。俺の力が強いのかもしれないが。
 男は壁にぶち当たって倒れ、剣まで手放している。
「治癒魔法が使えるやつは!? いないなら、そこのお前、呼んで来いっ!」
 貴族なら治癒魔法使いの一人や二人なんとかなるだろうと踏んで、適当なメイドを指さして命令すると、メイドは真っ青な顔のままびくん、と立ち上がり、部屋から駆け出していった。
 混乱している人間に明確な指示を与えてやると、他のことを考えずに命令に従ってくれるものだ。

 ふ、と背後に殺気を感じて振り返り、俺を攻撃しようとした武器を素手で掴んで止めた。
「ほお、なかなかやるな」
 もう一つの気配の方だ。こちらは貴族然とした格好の優男だが、なんとなくガタイのいい男よりも強そうに見える。
「そりゃどうも」
 ガタイのいい男より強そうだが、俺よりは弱い。
 俺は素手で掴んだ剣の刃をそのまま優男の手からもぎ取ってやった。
「くっ、強いじゃないか。今度の護衛は」
 優男は両手を背後に回した状態で、俺から距離を取る。
「後ろのお嬢さんの、って意味なら、違う。それはさっき断った」
 俺は護衛として雇われた上でシーキィを助けたつもりはない。
 通りすがりに、たまたま、命を脅かされるのを見てしまったから、止めただけだ。
「ふぅん? じゃあ退いてくれないか。無関係の人間が首を突っ込む問題じゃないんだよ」
「それは重々承知の上だが、退かない」
「人助けが趣味か? 生憎だが、そんな甘っちょろい話じゃ……ねぇんだよっ!」
 優男は後ろ手に溜めていた魔法を、俺に向けて放った。
 多分、風か雷の魔法だろう。
 魔法をどうにかするには、自分の魔力を手に集めて前へ突き出すだけで十分だった。
「きゃあああ!!」
 何故か背後のシーキィから悲鳴が上がる。

 派手な破裂音がして、部屋中の埃が舞い上がる。

「……は、え?」

 優男が間の抜けた声を上げた。
「え、よ、ヨシヒデ? 何をしたのですか?」
「何って、魔法を魔力で打ち消しただけだが」
「魔力で打ち消す!? なんだよそりゃ!」
「ありえませんわ……」
 驚かれてしまった。


 サニばあさんは魔力量の多い俺に、色々な魔法を教えようとしてくれた。
 魔法を覚えるのも割りと面白かったが、サニばあさんは俺の魔力量を見て、方針を変えた。

「魔法ってのは、少量の魔力を術式で以って増幅し、色々な効果を発揮するものなんだが……あんたの場合は……」

 俺の場合は結局、魔力をどんな風に使うかをイメージし、そのまま放出した方が効率がいい、と言われたのだ。


 今回は、相手の魔法を防ぐ、とイメージして魔力を放った。
 この方法でも治癒魔法だけ出来ないのは、俺の素質とか魔力の質に問題があるため、らしい。

 魔法があるこの世界においても、攻撃魔法や防御魔法を日常的に使うのは、魔物を相手に日々戦っている魔伐者くらいなものだ。
 普通に当てられたら大怪我間違いなしの威力だったが、無事相殺できてよかった……。

「ふんっ!」
 背後からガタイのいい男が気を吐く声がして、頭上から巨大なハンマーが振り下ろされる。
 先程まで、部屋のどこを見てもなかったものだ。
 おそらく、魔法で作り上げた代物だろう。
 俺は右腕に魔力を込めて、ハンマーを止めた。
 多少の衝撃と、足が床にめり込むというアクシデントはあったが、無傷で済んだ。
「そっちの、君」
「はぇっ!?」
 ハンマーを腕で止めたまま、壁際のメイドの一人を指名する。メイドは先程治癒魔法使いを頼んだ奴と同じくらいの勢いで立ち上がった。
「こいつら鬱陶しいから、意識を刈る。縛るための縄かなにか、用意しといてくれるか」
「はいっ!」
「ふざけ……きゅう」
「貴様、こんな……きゅう」
 俺が「こいつらを気絶させる」とイメージして魔力をぶち当てると、ガタイのいい男も優男も簡単にぱたりぱたりと倒れた。


 この頃には、最初に治癒魔法使いを頼んだメイドが初老の男を連れて戻ってきており、早速ゴンデンの治療が開始されていた。
 ゴンデンは血を流しすぎたのか顔色は悪いが、傷は魔法でみるみるうちに塞がった。
 もう大丈夫だろう。

「お待ち下さい、ヨシヒデ様」
 俺を様付けで呼び止めたのは、メイドの一人だ。
「何だ?」
「えっと、その、お待ち下さい。お嬢様からお礼がありますので……」
「いらん。俺はこの件に徹底的に関わりたくない」
「しかし命の恩人に……」
「たまたまそうなっただけだ。俺は帰りたいから帰る」
 まだメイドは何か言いたそうにしていたが、俺はそれを放って家を出た。


「待てって! はぁ、馬じゃないと追いつけないって、どんな足してんだよ……」
 駆け足気味に街道を歩いていたら、馬に乗ったフリスが俺の前に躍り出た。
「何だ?」
「何だ? じゃねぇよ。礼も受け取らずに出ていきやがって」
「いらないからな」
「これからどこへ行くつもりだ」
「どこって、街に戻って……」
「酒場はもう人を雇えないぞ。俺たちがお前の代わりを送り込んじまったからな」
 そういえば、そんな話をしていたな。
 手回しが早い。
「余計な真似を……」
「だからこれは、礼じゃなく詫びだ」
 フリスが放り投げた革袋を、思わず受け取る。
 俺の片手に余るほどの革袋は、ずしりと重い。
「お前、魔伐者に興味ないか? 妹を狙ってた奴らは元魔伐者でな。それなりに腕が立つ。あいつらより強いなら、魔伐者として上手くやっていけるだろう」
「……」
 魔伐者は酒場にもよく来る。腕っぷしの強いのばかりで、奴らが酔っ払って騒ぎを起こすといつもより面倒だった。
 だが、彼らが街の外で魔物を退治してくれているお陰で、街は安全なのだと聞いた。

 つまり、命がけの仕事だ。
 俺はこの場では、決心がつかなかった。

「無理にとは言わない……言えないな。その革袋の中身があれば、大抵のことはなんとかなる。もし気が変わったら、家に来てくれても」
「それだけはない」
 食い気味に答えると、フリスは「嫌われたなぁ」と苦笑いを浮かべた。



 街へ戻り、酒場へ顔を出すと、店主に驚かれ、そして謝られた。
 フリスが言った通り人員過多で、俺を以前の給料で雇ったら、赤字になってしまうそうだ。
「すまん。代わりといっちゃ何だが、俺の伝手で別の店を……」
「その前に、親父さん。魔伐者ってどう思います?」
「魔伐者? なんだ、興味あるのか」
「少し」
「ちょいと待ってろ」
 親父さんは店の奥へ引っ込むと、布にくるまれた棒のようなものを持って出てきた。
「随分昔、俺の爺さんがこの店やってた頃に、異国の魔伐者が引退するってんで置いてったもんだ」
 布をめくって出てきたのは、どう見ても日本刀だった。
「その異国の魔伐者も黒髪黒目で、ヨシヒデみたいに不思議なやつだったそうだ。もし魔伐者やるってんなら、これ持ってけ」
「いいんですか?」
「ああ、なんとなくその方が良い気がするんだ」
 眼の前に置かれた日本刀を手にとってみる。
 日本刀なんて、美術館でガラス越しに見たことしかない。握るのは当然初めてだ。
 なのに、柄は吸い付くように手に馴染んだ。
 これさえあれば、魔物くらいなんとかなる。
 そんな気さえしてきた。
「俺、魔伐者やります。どうしたらいいですか?」
「ははっ、相変わらず、常識無ぇなぁ」

 俺はその日のうちに、魔伐者ギルドへ赴いて、登録を済ませた。

 以前利用していた安宿へ行こうとしたら、前方から足取りの怪しい男が歩いてきた。
 酒の匂いがしないから、酔っ払っているわけではなさそうだ。
 男はそのまま、ぱたりと地面に倒れ伏してしまった。
 思わず駆け寄って、声を掛ける。反応がない。

 俺は慌てて、男をサニばあさんの所へ運んだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

世界樹を巡る旅

ゴロヒロ
ファンタジー
偶然にも事故に巻き込まれたハルトはその事故で勇者として転生をする者たちと共に異世界に向かう事になった そこで会った女神から頼まれ世界樹の迷宮を攻略する事にするのだった カクヨムでも投稿してます

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。

克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。

追放されたギルドの書記ですが、落ちこぼれスキル《転写》が覚醒して何でも《コピー》出来るようになったので、魔法を極めることにしました

遥 かずら
ファンタジー
冒険者ギルドに所属しているエンジは剣と魔法の才能が無く、文字を書くことだけが取り柄であった。落ちこぼれスキル【転写】を使いギルド帳の筆記作業で生計を立てていた。そんなある日、立ち寄った勇者パーティーの貴重な古代書を間違って書き写してしまい、盗人扱いされ、勇者によってギルドから追放されてしまう。 追放されたエンジは、【転写】スキルが、物やスキル、ステータスや魔法に至るまで何でも【コピー】できるほどに極められていることに気が付く。 やがて彼は【コピー】マスターと呼ばれ、世界最強の冒険者となっていくのであった。

固有スキルガチャで最底辺からの大逆転だモ~モンスターのスキルを使えるようになった俺のお気楽ダンジョンライフ~

うみ
ファンタジー
 恵まれない固有スキルを持って生まれたクラウディオだったが、一人、ダンジョンの一階層で宝箱を漁ることで生計を立てていた。  いつものように一階層を探索していたところ、弱い癖に探索者を続けている彼の態度が気に入らない探索者によって深層に飛ばされてしまう。  モンスターに襲われ絶体絶命のピンチに機転を利かせて切り抜けるも、ただの雑魚モンスター一匹を倒したに過ぎなかった。  そこで、クラウディオは固有スキルを入れ替えるアイテムを手に入れ、大逆転。  モンスターの力を吸収できるようになった彼は深層から無事帰還することができた。  その後、彼と同じように深層に転移した探索者の手助けをしたり、彼を深層に飛ばした探索者にお灸をすえたり、と彼の生活が一変する。  稼いだ金で郊外で隠居生活を送ることを目標に今日もまたダンジョンに挑むクラウディオなのであった。 『箱を開けるモ』 「餌は待てと言ってるだろうに」  とあるイベントでくっついてくることになった生意気なマーモットと共に。

元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々

於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。 今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが…… (タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)

元勇者パーティーの雑用係だけど、実は最強だった〜無能と罵られ追放されたので、真の実力を隠してスローライフします〜

一ノ瀬 彩音
ファンタジー
元勇者パーティーで雑用係をしていたが、追放されてしまった。 しかし彼は本当は最強でしかも、真の実力を隠していた! 今は辺境の小さな村でひっそりと暮らしている。 そうしていると……? ※第3回HJ小説大賞一次通過作品です!

無能な勇者はいらないと辺境へ追放されたのでチートアイテム【ミストルティン】を使って辺境をゆるりと開拓しようと思います

長尾 隆生
ファンタジー
仕事帰りに怪しげな占い師に『この先不幸に見舞われるが、これを持っていれば幸せになれる』と、小枝を500円で押し売りされた直後、異世界へ召喚されてしまうリュウジ。 しかし勇者として召喚されたのに、彼にはチート能力も何もないことが鑑定によって判明する。 途端に手のひらを返され『無能勇者』というレッテルを貼られずさんな扱いを受けた上に、一方的にリュウジは凶悪な魔物が住む地へ追放されてしまう。 しかしリュウジは知る。あの胡散臭い占い師に押し売りされた小枝が【ミストルティン】という様々なアイテムを吸収し、その力を自由自在に振るうことが可能で、更に経験を積めばレベルアップしてさらなる強力な能力を手に入れることが出来るチートアイテムだったことに。 「ミストルティン。アブソープション!」 『了解しましたマスター。レベルアップして新しいスキルを覚えました』 「やった! これでまた便利になるな」   これはワンコインで押し売りされた小枝を手に異世界へ突然召喚され無能とレッテルを貼られた男が幸せを掴む物語。 ~ワンコインで買った万能アイテムで幸せな人生を目指します~

処理中です...