余命宣告を受けた僕が、異世界の記憶を持つ人達に救われるまで。

桐山じゃろ

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第三章 振り回されるもの

15 オレは一体なにをさせられるんですか!?

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「残りたい?」
 親友さんを治療した後もこの世界で暮らしたいと言ってみたら、賢者さんに怪訝そうな顔をされてしまった。
「元の世界にあんまり思い入れないですし、こっちの世界は便利な魔道具がいっぱいあるから楽しいなぁって……」
「なるほど。でも、君が帰らないと、悲しむ人がいるんじゃないか?」
 こう説かれても、オレの胸は痛まなかった。
「どうでしょうね。両親はオレに興味なさそうでしたし、兄弟はいないし、親戚も両親と似たようなもので、友達もろくに……」
 一応彼女っぽい女の子はいたが、特に何もしていない。彼女は彼女で「彼氏がいる」という事象が自分にあるという優越感に浸っているだけな節があったし。ああ、あと一方的に奢らされたり、プレゼントをねだられたりはしたな。別れてくればよかった。
「そうか。……悪いが、望みは叶えられそうにない。その部分の変更をするには、時間がないんだよ。すまない、カナメがこの世界に残りたいと申し出る事態を想定していなかった」
 賢者さんが持って回った言い方をする時は、親友さんの治療に必要な魔法に関することだ。
 他人に知られてはいけない事柄がいくつも存在するなんて、どれだけ複雑な魔法なんだろう。
「いや、言ってみただけなんで、気にしないでください。それより飯にしましょうよ」
 できるだけ明るくそう言うと、賢者さんは顔を伏せた。
「優しいな。……」
「?」
「何でもない。そうだな、食事にしよう」
 賢者さん、不穏な言葉を呟いた気がするのだけど、きっと気のせいだろう。



 賢者さんの家で快適な生活をおくること約五ヶ月。
 この間オレは更に三回ほどヨシヒデさんに外へ連れて行ってもらい、異世界を堪能した。
 娯楽は圧倒的に少ないが、やっぱりこっちの世界のほうが面白い。
 魔力のないオレは、魔力が極端に少ない人と同じ扱いだ。
 魔力が極端に少ない人は、壊れた魔道具を何度か叩くと、それで魔道具が直ったりする。一昔前のテレビか。
 オレの場合は、内部魔力が偏りすぎて他の人ではどうしようもないほど壊れた魔道具でも、チョップ一発で直すことができた。
「うちで働きませんか!?」
 魔道具屋さんに勧誘されて心がゆらぎかけたが、毎回ヨシヒデさんが間に入って止めた。

 のどかな日々を過ごしていたある日、また二週間ほど家を空けていた賢者さんは、帰ってくるなり僕に告げた。

「こちらの準備は整った。これから、カナメにも協力してもらう。いいか?」
 いいも何も、元々そういう約束で賢者さんに養ってもらっていたのだ。
「勿論」
 オレが答えると、賢者さんは無表情のまま頷いて、オレを手招きした。

「別の大陸に準備してある。魔法の発動にひと月かかるから、今すぐ行かねば間に合わない。飛ぶぞ」
 飛ぶ、というのは転移魔法のことだ。
 賢者さんがオレの肩に手を置いたかと思うと、景色が一変した。
 といっても、室内から室内へ移動しただけのようだ。
 賢者さんの家と似たような雰囲気の、木造建築の一室に見える。
 違いは、家具が部屋の中央にある質素なベッド以外なにもないところ。
「殺風景なところですね」
 オレが前方をキョロキョロと見回していると、賢者さんが「後ろを見て」とジェスチャーしてきた。

 そこには、管や装置がたくさんついた椅子が三脚、並べられていた。
「なんですか、これ」
 椅子には、明らかに手足や頭を拘束するものまで付いている。

「今回の治癒魔法には、術者、被術者の他に三名、異世界の記憶を持つものが必要なんだ」
 賢者さんの声は硬く、冷たかった。
 普段と違う雰囲気の賢者さんは、俯いて、オレに手を伸ばす。

 オレが「他の三名」の「異世界の記憶を持つもの」であることは確定だ。
 この椅子が三脚あることと、そのことは、オレみたいな馬鹿にも簡単に繋げられる。

 でもオレは、賢者さんが伸ばす手から逃げたりしなかった。

 物々しい椅子や怖い雰囲気の賢者さんが怖くなかったと言えば、嘘になる。
 逃げないのは、それ以上に賢者さんがいい人だということを知っているし、何より恩人だからだ。

「逃げないのか」
 賢者さんはオレに向かって伸ばした手を、寸前で止めた。
 オレは首を横に振った。
「早くしないと間に合わないんですよね」
「しかし……」
「オレはたとえ殺されても文句言ったり化けて出たりしませんよ」
 オレはニッと笑ってみせた。自分に、こんな度胸があるなんて知らなかったよ。
「こ、殺したりはしない。苦痛もなるべく与えない。だが、俺は君を、君たちを、これから……」
 賢者さんは伸ばしていた手を引っ込めて、自分の顔を覆った。
「俺は、カナメにも、ヨシヒデにも、ナティビタス伯爵にも、嘘を吐いている。無事になんて済まない。できる限りは尽くしたが……」
「賢者さん、それ、言ってもいいんですか?」
 魔法には様々な制限があると、賢者さん自身が何度も言っていたことだ。
 オレが指摘すると、賢者さんは慌てて顔から手を離し、口元を両手で覆った。それからひとつふたつ呼吸をし、天を仰いだ。
「まさかカナメに指摘されるとはね。危ういところだった。ありがとう。……ありがとう」
「礼を言うのはこっちです。半年近くも、お世話になりました」
 オレは日本にいたときのように、深々と頭を下げた。

 予想通り、物々しい椅子に座らされた。三つ並んでいるうちの、向かって一番右がオレの席のようだ。
 拘束具をつけようとしなかったので「いいんですか?」と尋ねたら「ああ」と短く返ってきた。
「痛かったりしたら、思わず立ち上がって逃げるかもしれませんよ。遠慮しないでやってください」
「痛みは極力遠ざけるようにしておいたが……それなら、お言葉に甘えるよ」
 両手、両足にがちゃん、がちゃんと金具が装着される。
 頭に、管のたくさんついたヘルメットを被せられて、セッティング完了のようだ。
「他に二人、君と同じようにする。二人と被術者を刺激しないように、君には布をかぶせた上で隠蔽魔法をかけさせてもらうよ」
 ヘルメットを着けさせられてから、オレは言葉を発することができなくなっていた。
 うなずくことも出来ないが、瞼は動かせる。
 片目を瞑ってみせると、賢者さんは泣き笑いのような顔をした。
「本当にすまない、ありがとう」
 頭から大きくて、意外と分厚い布をばさりと被せられた。



 どのくらい時間が経っただろうか。
 オレは気づいたら眠っていた。
 椅子の効果か賢者さんに眠らされていたのか、オレが意外と図太いのか。
 おそらく三番目だったようだ。
 でないと、物音で目覚めることはなかっただろう。

 布と隠蔽魔法のせいか、外の音は不明瞭だ。
 それでも、ヨシヒデさんがこの部屋にやってきたのだなということは、なんとなくわかった。
 ヨシヒデさんと賢者さんはなにやら話し合い、オレの隣の席でガチャガチャと音がした。
 ヨシヒデさんも気のいい人だから、オレと同様に、すんなり椅子に座った様子だ。

 それからまたしばらく時間が経ち、今度は女性の声がした。
 声だけで女性の容姿を想像するなんて失礼極まりないが、女性は絶対美人だと予想がついた。
 女性も賢者さんと会話を交わし、どうやらこちらを指さして何か言っている。
 女性は隠蔽魔法を見破れるようだ。
 結構長いこと会話した後、女性もまた椅子に座った。
 そして、オレは布を取り払われた。

「気分はどうだい?」
 問題ないです、と答えようとして、そういえば声が出せないんだったなと思い出した。
 オレはまた片目を瞑った。
 賢者さんは頷いて、横へ移動した。横を向けないからヨシヒデさんや女性の様子は見えないが、賢者さんは同じように声を掛けて、それからオレたち三人の前へ出た。

「今回は俺の我儘と、俺の親友のために協力してくれて、感謝の言葉もない。きっと成功するだろうが、たとえ失敗しても、今回の協力に見合うだけの謝礼は用意してある。君たちにはこれから――」

 賢者さんは、オレたちから「あるもの」を貰う、と宣言した。
 オレは「なんだ、それだけか」と気にならなかったが、ヨシヒデさんは明らかに動揺して椅子をガチャガチャと鳴らし、女性の方からはカタカタと震えるような音がした。
 音は、再び被せられた布に遮られて、聞こえなくなった。

 賢者さんはヨシヒデと女性に何か言ったが、それぞれの音は小さくなるだけで、オレが意識を失うまで、止まなかった。
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