余命宣告を受けた僕が、異世界の記憶を持つ人達に救われるまで。

桐山じゃろ

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第一章 病患うもの

3 仕事再開

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「エリクシール中毒は、悪いことばかりじゃないよ。あんた、時折倒れる以外は、調子いいんじゃないかい?」
 サニばあさんに指摘されて、はっとなった。
「ずっと身体が軽くて、仲間……元仲間のほうが足が速いはずなのに、追いつかれずに来れました」
「エリクシールの薬効は、体内魔力の循環を高めて傷の治療を早めるものだからね。摂取し続けると身体能力も跳ね上がる。ただし、その頃には、魔力循環過剰、つまり、魔力滞留障害症みたいになるんだよ」
 心当たりしかなかったので、僕は何度も頷いた。

 翌日から、サニばあさんの手伝いをはじめた。
 男手が必要、と言う割に、僕に与えられる仕事は軽作業が多い。
「いやいや、その薬瓶の入った木箱なんて、普段は町の男衆に頼んで二人がかりで運んでもらってるんだよ。エリクシールの薬効とはいえ、よく片手で運べるねぇ」
 僕が荷物をひょいひょい運んでいると、サニばあさんに驚かれたり呆れられたりした。
 確かに重いものもあるが、持てないほどではない。
「そうなんですか。他に運ぶものはありますか?」
「いいや、三日分の仕事が終わったよ。ありがとうね」
「こちらこそ、ありがとうございます」

 サニばあさんの対処療法というのは、滋養のある薬草や食べ物を美味しく料理して食べる、というものだった。
 最初の数日は日中に倒れることが何度かあったが、ひと月過ごした今では倒れることがなくなった。

「魔力の循環を良くする薬草を入れてあるからね。だけど、エリクシールの成分はあんたの体中に染み込んじまってる。成分を完全に抜くためには、特別なものが必要なんだよ」

 サニばあさんは、エリクシール中毒を治す術について、教えてくれた。

「特別なもの?」
「なにせエリクシールは最強の薬だ。最強の薬を倒す薬なんて、存在しない。だから、薬ではないもので倒すのさ」
「それは、なんですか?」
 サニばあさんは困ったような顔になり、僕を見た。
「それがねぇ。中毒が出た人間が知ってしまったら、効き目がなくなるらしいんだよ。そもそも、エリクシール中毒自体が稀なもんだし、治し方も伝説めいている。だからばあさんとしては、少しでも治る可能性のある方向へ誘導したいのさ」
「はぁ……」
 知ってしまったら治らないなんて、不思議な病気もあるものだ。
 その不思議な病気、というか中毒に罹っているのは僕自身なのだから、洒落にならないが。
「おそらく、あんたの幼なじみって人も、そうと知って何も言わずに探しに出かけたのかもしれないねぇ」
「エリクシール中毒の治し方は、どうやって知ることができるんですか?」
 治し方を知ることで治らなくなる病は、少しでも人の口に上ってしまえばそれまでだ。
 その治し方は完全に無効化されてしまう。

 サニばあさんは、人差し指を口元にあてた。

「それを知ること自体、一種の魔法なのさ。必要のない人間がそれを知っても、覚えていることが出来ないし、他の人に知らせることも出来ない」

 僕はどれだけ奇妙な中毒になってしまったんだ。



 サニばあさんの仕事の手伝いと、僕の症状が落ち着いた頃合いを見計らって、僕は魔伐者の仕事を再開することにした。
「そんな危ないことさせたくないんだけどねぇ。……はあ、そういうことかい。それじゃあ……」
 魔伐者の仕事をやると言い出した僕を止めようとしたサニばあさんだったが、僕が「代々魔伐者の家で、両親は魔物に殺された」と話すと、サニばあさんは引き下がってくれた。
 その代わり、いくつかの注意事項を厳守するよう言い渡された。

 魔法は絶対に使わないこと。
 怪我をしても、治癒薬を飲まないこと。
 だから、怪我をしないよう強敵には挑まないこと。

「わかりました」
 ルルスから離れた直後は、魔伐者としてなるべく手強い魔物に挑み、死んでも仕方ないと覚悟を決めていた。
 今は、僕に一縷の望みを教えてくれたサニばあさんに、心配をかけたくない。
「よし。くれぐれも気をつけておくれよ」
「はい!」


 以前いた町よりも少し小さなこの町でも、魔伐者ギルドの活気は変わらなかった。
 依頼掲示板をざっと見て、手頃な依頼を探す。
 ブラックゴブリン、は止めたほうがいいかな。こっちのレッドコボルトなら……。
「おい、あんたサニばあさんとこで世話になってる奴かい?」
 僕があれこれ迷っていると、後ろから声を掛けられた。
 振り返ると、黒髪黒目の、やや痩せた中年男性が立っていた。
 背が高い。革鎧は誂えたばかりのようで、真新しい革の臭いがする。
 腰には不思議な形をした細身の剣を装備している。
 僕は少し考えてから、「はい」と返事をした。
 サニばあさんの不利益になることは徹底的に避けたいが、目の前の男は信用できそうに思えたのだ。
「やっぱり。俺のことは憶えてないか。倒れてるあんたをサニばあさんとこへ運んだんだ」
「えっ!? それは……その節はお世話になりました。すみません、気を失っていたので、気がついたらサニばあさんのところにいたんです」
「そりゃそうだよなぁ」
 男は気を悪くした様子も見せず、へらりと笑った。
「体調はどうだ?」
「サニばあさんのお陰で、だいぶ良くなりました」
「そりゃ良かった。ところであんた、魔伐者だったんだな。ちょいと相談なんだが……」

 僕より年上に見える男は、今日はじめて魔伐者として仕事を請けようとしていたそうだ。
 しかし、依頼掲示板を見ても、自分が倒せそうな魔物がどれかわからない。受付は混んでいて、初心者の質問を割り込ませるのは気が引けるというのだ。
「受付は初心者の案内もしてますから、気にしなくても大丈夫ですよ。他の魔伐者も新人には……ああー、まぁ一部はアレですが」
 新人魔伐者には親切にするべし、それがこの先の魔物殲滅への道の第一歩。
 というのを、魔伐者は最初に教わる。
 しかし、魔伐者というのはベテランになればなるほど、腕っぷしが強くなる。
 強くなると、新人相手に偉そうな態度をとる奴も一定数いるのだ。
「運んでもらったお礼もありますし、僕で良ければ臨時パーティ組みましょうか」
「本当かい!? 助かるよ」
 男はヨシヒデと名乗った。珍しい名前だ。

「十八歳!? しっかりしてるからとっくに成人してるもんだと」
「? 十六歳から成人ですよ」
「ああ、ごめん。俺の生まれ故郷じゃ、成人は二十歳からだったんだ」
 ヨシヒデは二十八歳、僕より十も年上だった。
「敬語は要らないよ。俺は教えてもらう立場だし」
「じゃあ、お言葉に甘えて」

 ヨシヒデの小手調べということで、ノーマルゴブリン討伐の依頼を請けた。
 町を出て小一時間ほど適当に歩くだけで、ノーマルゴブリンの群れに遭遇する。
 何処にでもいて、初心者の相手にうってつけのノーマルゴブリンだが……。
「あちゃ、数が多い」
「拙いの?」
「ヨシヒデは剣だからね。僕が援護するとしても、あの数は難しいんじゃないかな」
「いや、なんとかなると思うよ。ちょっと行ってみる」
「えっ!? ちょ……」

 我が目を疑った。
 ヨシヒデは姿勢を低くした不思議な走り方でノーマルゴブリンの近くへ行くと、例の不思議な形の剣を抜いた。

 それだけで、ノーマルゴブリンの群れの半分の上半身が、吹き飛んだ。

「!? 凄い……」
 小手調べなんて要らなかったんじゃないか。
 こんなに強いのに、どうしてギルドであんなにまごまごしていたのか。
 色々と言いたいことが浮かんだが、僕は僕の仕事をしなければ。

 弓に矢をつがえて、放つ。
 僕の弓も相変わらず絶好調だ。ヨシヒデの後ろから近づこうとしていたノーマルゴブリンの脳天に命中した。
 矢を放つたびに、ノーマルゴブリンが倒れる。
 ヨシヒデが走り出してからものの数分で、五十匹はいたノーマルゴブリンは全て倒せてしまった。

「めちゃくちゃ強いじゃないか」
「そうなの?」
 僕がヨシヒデを讃えても、ヨシヒデはきょとんとしている。
「最初の一撃、どうやったの」
「え? こう、刀を振ったら衝撃波が出るから、それで……」
「カタナ? 衝撃波?」
「刀はこれのことだよ」
 例の不思議な形の細身の剣は、カタナというらしい。
「衝撃波はこう、振ったら出ない?」
「ちょっと貸して」
「ほい」
 ヨシヒデからカタナを借り受け、誰もいない方向へ思い切り振ってみた。
 衝撃波など出ない。
「出ないよ」
「あれー、そうなのか。じゃあ俺が刀を振ると出せるってことで」
 ヨシヒデは不思議そうな顔をしているが、不思議なのはヨシヒデ本人だ。
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