余命宣告を受けた僕が、異世界の記憶を持つ人達に救われるまで。

桐山じゃろ

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第一章 病患うもの

2 疑心暗鬼

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「リイン、起きてる?」
 結局一晩眠らなかった僕は、扉を叩くルルスに返事をした。
「起きてる」
 ルルスは扉を開けて部屋に入ってきた。片手には食事の乗ったプレートを持っている。
「おはよう。……あれ、昨日は食べなかったんだね」
「それより、話がある」
「なぁに、改まって。ていうか、どうしてもう装備着けてるの?」
 食事は、鞄の中に残っていた携帯食料と水筒の水で済ませた。
 何なら荷物もまとめてある。
「僕は、ここを出る。魔伐者の仕事はひとりでやる。パーティは、今この時点で解散だ」
「何を言ってるの?」
 ルルスはプレートをテーブルに置いて、僕に手を伸ばした。
 その手が触れないよう、後ろへ下がる。
「一晩、考えたんだ。やっぱりこれ以上迷惑は掛けられない。仕事を一人でやって、それで死んだら本望だ。君を巻き込むことは出来ない」
「どうしてそうなるのよっ! 私は何があってもリインの傍にいるって、ずっと言ってるじゃない!」
「それが辛いんだよ。僕のことはもう忘れて、別のパーティに入るといい。じゃあ、元気で」
「待ってよ!」

 全身を使って引き留めようとするルルスを、するりとかわすことができた。
 そのまま、駆け足で借家の出入り口まで行き、外へ出たら全力疾走した。

 後ろからルルスが追ってくる気配がする。
 意外としつこい。
 でも、おかしい。

 以前は、僕がどれだけ全力で走っても、ルルスの足の速さには敵わなかった。
 それが今は、追いつかれそうになるどころか、どんどん引き離せている。

 身体が軽い。

 走って、町の外へ出てもまだ走って、そのまま隣町まで走った。
 息が切れていない。
 まだ余力がある。
 これが、余命一年弱の人間の体力だろうか。

 隣町を一人、あてもなく歩いていると、不意に目眩がした。
 体内の魔力が逆流するような感覚。

 病は、本当、らしい……。



 今度は知らない部屋に寝かされていた。
「ああ、目が覚めたかね。起きられるかい? とりあえず、これをお飲み」
 僕の顔を覗き込んでいるのは、かなりお年を召した緑眼の御婦人だ。
 真っ白な髪を一つに束ね、医者か学者のような白衣をまとっている。
 僕が身体を起こすと、液体の入ったコップを手渡してくれた。
「ありがとうございま……」
「礼は後でたっぷり聞いてやるから、まず飲みなさい」
「は、はい」
 コップの中身は無色透明だったが、飲むと薬草の香りがして、舌に甘かった。
 一口飲んでびっくりして、飲むのを中止した。
「これ、なんですか?」
「毒は入ってないから安心おし。ちょっと滋養にいい薬と、蜂蜜を足しただけさね」
「はあ……」
 状況がよくわからない。

 僕はおそらく、町の路上で倒れたのだろう。
 そこでこの御婦人が助けてくださった……にしては、他の人間の気配がない。
 僕は魔伐者としては小柄な方だが、御婦人ひとりで運べるほど、軽くはない。
 誰かがここへ運び込んでくれたのだろうか。

 とりあえず僕は、コップの中身をすべて飲み干した。
「ありがとうございます。助かりました。ところで、僕は……申し遅れました。僕はリインと言います」
 聞きたいことはたくさんあるが、まずは自己紹介をした。
「おやおや、礼儀正しいね。あたしはサニばあさんと呼ばれてるよ」
 サニさんは僕のベッドの横の椅子に、すとんと座った。
「意識もはっきりしているようだし、色々聞きたいだろう。どこから説明しようかねぇ」
 サニさんは視線をぐるりと一周させてから、僕に向き直った。
「あんたは町の真ん中で突然倒れたんだってね。あたしは現場を見てないけど、見たって連中がそう話してたよ」
 やっぱりか。
「それで、連中のうちの人のいいやつが、ここへ運び込んだのさ。この町には医者もいるんだけど、うちが一番近かったからね」
 これも予想通りだった。そういう意味で頷くと、サニさんも頷き、話を続けた。

「ここからは、このばあさんのお節介なんだけどねぇ……。あんた、魔力滞留障害症だと言われてないかい?」

 サニさんは、妙な言い回しをした。

「その通りです」
 余命のことは、なんとなく言えなかった。
「うん。似たような症状だから、誤診されてもおかしくないだろう」
「似たような症状? 魔力滞留障害症ではないのですか?」
 僕は思わず身を乗り出した。
「まあまあ、落ち着きなさいな。病を患ってるのは間違いないんだから、安静にしないとね」
 そうだった。
 僕はベッドに腰掛け直した。
「すみません」
「いいんだよ。さて、リイン君は魔力滞留障害症ではないとしたら、別の病というか……中毒症状に似てるね」
「中毒?」
 ずっと口元に、見た人を安心させる笑みを浮かべていたサニさんが、真顔になった。
 サニさんは立ち上がると部屋の端にある棚へ行き、小瓶をひとつ手にとって戻ってきて、近くのテーブルに置いた。

「エリクシールだよ」

 エリクシールは町の薬屋でも売っている、万能治療薬だ。
 一口飲めば欠損以外の怪我はたちどころに完治し、体力や魔力まで回復する。
 ただし、とても高い。
 ひと瓶で二年は宿暮らしができる。
 僕も一応持ってはいるが、本当にどうしようもない時に使う、お守りのようなものだ。

 そんなエリクシールを、中毒になるまで飲んだ人なんて、聞いたことがない。

「この薬、普通の薬屋は原液で買い付けて、それぞれの裁量で薄めて店に並べるのさ。あの店のエリクシールは効きが良い、悪い、って聞いたことないかい?」
「飲み比べられるほど飲む人には会ったことがないので」
「それもそうさね。でもね、私みたいな薬師は知ってるんだよ。エリクシールは薄いほうが身のためだ、ってね」
 サニさんは肩をすくめた。
「あんまり濃いのを飲み続けると、日中に突然意識を失ったり、魔力の循環が悪くなったり……最悪、死に至る」
「それは……」
 僕と全く同じ症状だ。
「心当たりはないかい?」
「あるような、ないような……」
「ふむ。話してみなさい。何か力になれるかもしれない」
「でも、サニさんを」
「サニばあさん、でいいよ」
「……サニばあさんを巻き込むわけには」
「あんたは優しいねぇ。誰かの悪意でそうなったんだろう? こんなばあさんのひとりふたり、利用できるだけしてやればいいのさ。あたしも、あんたみたいな若くていい男の手伝いができるなら、冥土の土産にちょうどいいってもんさね」
 サニさんはからからと笑った。

 僕はなんだか、肩から力が抜けた。



「ふんふん、食事の支度は任せてたんだね」
「料理が苦手なので、つい」
 僕は、元仲間を怪しんでいるということを、サニばあさんに打ち明けた。
「エリクシールは原液でも無味無臭だからねぇ。おまけに、普段飲んでるものは万能薬と謳われてる。どんな薬でも飲み過ぎたら毒になるもんさ」
 サニばあさんは僕の話を聞きながら、紙に何事か書き付けていた。
 ペンでトントンと数回、紙を突いて、僕を見た。
「まずは、余命は本当だよ。どのくらいの期間、飲んでいたかは分からないが、一年ってのも怪しいね。もっと短く見積もるべきだ」
「なっ……」
 一年、正確に言えばあと十一ヶ月よりも、短いのか。
「エリクシールを無効化する薬は、無いわけじゃない。だけど、このあたしでも一度見たことがあるっきりで……」
「あっ!」
 僕は唐突に、幼なじみのことを思い出した。
「どうしたんだい?」
 幼なじみが、おそらく僕を治す方法を探しに行ってしまったことを話した。
「なるほど。望みがあるとしたら、それだけだね。なんだい、いい友達も持ってるじゃないか」
「はい……」
 パーティを抜けると言って去っていった人間のことを、ずっと覚えているのは苦労する。
 それがたとえ幼なじみでも、きっと何か思惑があってのことでも。
 あいつの行動に、僕は静かに傷ついていたらしい。
「そんな風に笑顔になれるんだねぇ」
 僕はいつの間にか、口元が緩んでいた。
 思わず手で覆い隠すと、サニさんはまた笑った。
「ふふふ、ごめんよ。さて、これからだが……魔力滞留障害症に似た症状が出たリイン君を完全に治療する術は持ってない。だけど、対処療法ならできる。しばらく、ここにいなさいな。部屋は余ってるんだ」
「そんな、路銀はあるので、宿を」
「勿論タダじゃないよ。丁度男手が欲しかったんだ」
 男手がほしいなら、僕をここに運んでくれた人にでも頼めばいいはずだ。
 僕が気兼ねなく過ごせるようにという、気遣いだろう。
 とはいえ、他に行くあてのなかった僕は、サニばあさんのお世話になることにした。
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