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漫画部屋に入ると、母と辰也さんが床に座り込んで何やら話をしているようだった。
声をかける前に、母と目が合い意味深な微笑みを浮かべる。
「お邪魔でしたか?」
母の傍らには山積みになった漫画がある。つまり布教中だったかもしれないということだ。邪魔をしていないかを確かめると、そんなことないわと教えてくれる。
いざ辰也さんを前にすると、言葉が喉に詰まったみたいに息しかできない。
今だって、視線が合わず俯いたままの辰也さん。
そんな僕らを見かねたのか、母が立ち上がり読み終わった漫画を棚に戻しながら僕に言う。
「貴方たちはちゃんと話し合う必要があるわ。母さん下に行ってるから。……環、辰也くん泣かせたら承知しないわよ。」
左肩に軽く手を置かれ、退室する母。廊下を歩く音は階段を降り、しばらくすると足音は聞こえなくなった。
2階には僕と辰也さんしかいない。
俯いたまま胡座から体育座りになった辰也さん。
向かい合うように僕も座る。
「……辰也さん。僕のこと怒っ、てますか。西條家を…潰したこと。」
視線が合わないことが辛くて、話す内容も後ろめたくつい抱えた膝に頭を垂らす。
「そう、ですよね…勝手に家族との縁を切られて、外堀も埋められて、怒るに決まってますよね。ごめんなさい…でも後悔はしてませんので。」
膝を抱えた腕をぎゅっと抱き、恐る恐る顔を挙げる。窓の前に座っている辰也さんの顔が逆光でよく見えない。
今、どんな顔をしているんですか?
「環ちゃん。」
光に慣れて、ようやく見えた辰也さんの顔は、寂しげで…どこか呆れたようだった。
次に紡がれる言葉を聞くのが怖くて、思わず身構えた僕の指先を、弄ぶように辰也さんが掴む。
依然視線は合わぬまま……
「ねぇ環ちゃん。俺さ、いつか家族に愛されるって信じてた。」
「……」
「俺売られちゃったんだね…借金完済だって?どのくらいあったのか知らないけど、ちゃんと返すから待ってて。だいぶ待たせちゃうかもだけど……」
「辰也さんが返すものじゃありません。それにあれはあげたんです。」
弄られている指先をするりと絡ませる。拒否されたらどうしようと思ってたけど、何も言わず話を続けた。
「意外にもさ、捨てられたってこと何も感じなかった。あんなに愛してほしかったのに、会社が潰れたこととか色々聞いて思ったのが、ざまあみろだよ?
薄情すぎるよね…血の繋がった家族に対して、なんて嫌なやつなんだろうって……こんな嫌な奴、環ちゃんの隣にいる資格ない。だから…」
「資格ってなんですか!!そんなの僕の方がないですよ!自分でも怖いくらい、独占欲が溢れて抑えられないんです。
辰也さんに僕だけを頼って僕だけを見てもらうにはどうすればいいのかってそればっかり考えてます。そのためならどんなことでもするつもりですよ。嫌いに…なりましたか?」
嫌な予感がした。辰也さんの言葉を遮って、その続きをどうか言いませんようにと願いながら、ずるい言葉で繋ぎ止める。
きゅっと握り締められた手を引き寄せ、辰也さんの肩を掴む。目頭が熱くなってきた。
「嫌いになんか、なるわけない……でも俺は環ちゃんの足枷になんてなりたくない。だから…別れよ?」
なんて残酷な言葉を吐くんですか。
別れようと言われた声が、頭の中を埋め尽くす。
何度も何度もリピートされて、目の前が暗い。
ちらりと見上げた辰也さんの顔が、何かを我慢しているようで…本当は分かっている。辰也さんだって別れたくないってことが。だからこそ言っておく。
「嘘でも、別れようなんて言わないでください。」
肩を掴んでいる手に力が加わり、辰也さんが少し痛そうに顔を顰める。
「いいですか辰也さん。貴方は僕の原動力です。辰也さんが側にいてくれるから息ができる。もう僕は、前の僕には戻れないんですよ?
貴方の不安は全部取り除いてあげます。お願いします。僕は貴方に手荒なことをしたくない。」
「……泣かないで環ちゃん。」
すっと伸びてきた手が、僕の頬を拭う。
気づかないうちに涙が溢れていたらしい。
やっと、視線が合った。
逃げないで、僕の歪な愛を受け止めて下さい。
「ごめん、ごめんね。大好きだよ環ちゃん。でも俺は、実家も潰れた。お金もない。阿部家当主の環ちゃんとは釣り合いが取れないんだよ。」
辰也さんも泣いている。こんな時なのに、涙を流す姿が綺麗だと感じてしまう。
「当主として、環ちゃんは女の子と結婚して子供を作らないといけないでしょ?俺はその姿を見たくない。見たら嫉妬で奥さん殺しちゃう…だから遠いところに行きたい。」
「だから僕を捨てるんですか?当主だからって血脈を途絶えさせるな?そんなので潰れるなら潰してしまえばいいんですよ!僕の隣には辰也さん。辰也さんの隣には僕!それでいいでしょ。何難しく考えてるんですか。」
だって、でも、とぐちぐち…僕はとっくに腹決めてたんですけど、ここまでくるとムカつく。
心も身体もくまなく愛を伝えていたと勘違いしていたようだ。
「辰也さん、お仕置きです。」
声をかける前に、母と目が合い意味深な微笑みを浮かべる。
「お邪魔でしたか?」
母の傍らには山積みになった漫画がある。つまり布教中だったかもしれないということだ。邪魔をしていないかを確かめると、そんなことないわと教えてくれる。
いざ辰也さんを前にすると、言葉が喉に詰まったみたいに息しかできない。
今だって、視線が合わず俯いたままの辰也さん。
そんな僕らを見かねたのか、母が立ち上がり読み終わった漫画を棚に戻しながら僕に言う。
「貴方たちはちゃんと話し合う必要があるわ。母さん下に行ってるから。……環、辰也くん泣かせたら承知しないわよ。」
左肩に軽く手を置かれ、退室する母。廊下を歩く音は階段を降り、しばらくすると足音は聞こえなくなった。
2階には僕と辰也さんしかいない。
俯いたまま胡座から体育座りになった辰也さん。
向かい合うように僕も座る。
「……辰也さん。僕のこと怒っ、てますか。西條家を…潰したこと。」
視線が合わないことが辛くて、話す内容も後ろめたくつい抱えた膝に頭を垂らす。
「そう、ですよね…勝手に家族との縁を切られて、外堀も埋められて、怒るに決まってますよね。ごめんなさい…でも後悔はしてませんので。」
膝を抱えた腕をぎゅっと抱き、恐る恐る顔を挙げる。窓の前に座っている辰也さんの顔が逆光でよく見えない。
今、どんな顔をしているんですか?
「環ちゃん。」
光に慣れて、ようやく見えた辰也さんの顔は、寂しげで…どこか呆れたようだった。
次に紡がれる言葉を聞くのが怖くて、思わず身構えた僕の指先を、弄ぶように辰也さんが掴む。
依然視線は合わぬまま……
「ねぇ環ちゃん。俺さ、いつか家族に愛されるって信じてた。」
「……」
「俺売られちゃったんだね…借金完済だって?どのくらいあったのか知らないけど、ちゃんと返すから待ってて。だいぶ待たせちゃうかもだけど……」
「辰也さんが返すものじゃありません。それにあれはあげたんです。」
弄られている指先をするりと絡ませる。拒否されたらどうしようと思ってたけど、何も言わず話を続けた。
「意外にもさ、捨てられたってこと何も感じなかった。あんなに愛してほしかったのに、会社が潰れたこととか色々聞いて思ったのが、ざまあみろだよ?
薄情すぎるよね…血の繋がった家族に対して、なんて嫌なやつなんだろうって……こんな嫌な奴、環ちゃんの隣にいる資格ない。だから…」
「資格ってなんですか!!そんなの僕の方がないですよ!自分でも怖いくらい、独占欲が溢れて抑えられないんです。
辰也さんに僕だけを頼って僕だけを見てもらうにはどうすればいいのかってそればっかり考えてます。そのためならどんなことでもするつもりですよ。嫌いに…なりましたか?」
嫌な予感がした。辰也さんの言葉を遮って、その続きをどうか言いませんようにと願いながら、ずるい言葉で繋ぎ止める。
きゅっと握り締められた手を引き寄せ、辰也さんの肩を掴む。目頭が熱くなってきた。
「嫌いになんか、なるわけない……でも俺は環ちゃんの足枷になんてなりたくない。だから…別れよ?」
なんて残酷な言葉を吐くんですか。
別れようと言われた声が、頭の中を埋め尽くす。
何度も何度もリピートされて、目の前が暗い。
ちらりと見上げた辰也さんの顔が、何かを我慢しているようで…本当は分かっている。辰也さんだって別れたくないってことが。だからこそ言っておく。
「嘘でも、別れようなんて言わないでください。」
肩を掴んでいる手に力が加わり、辰也さんが少し痛そうに顔を顰める。
「いいですか辰也さん。貴方は僕の原動力です。辰也さんが側にいてくれるから息ができる。もう僕は、前の僕には戻れないんですよ?
貴方の不安は全部取り除いてあげます。お願いします。僕は貴方に手荒なことをしたくない。」
「……泣かないで環ちゃん。」
すっと伸びてきた手が、僕の頬を拭う。
気づかないうちに涙が溢れていたらしい。
やっと、視線が合った。
逃げないで、僕の歪な愛を受け止めて下さい。
「ごめん、ごめんね。大好きだよ環ちゃん。でも俺は、実家も潰れた。お金もない。阿部家当主の環ちゃんとは釣り合いが取れないんだよ。」
辰也さんも泣いている。こんな時なのに、涙を流す姿が綺麗だと感じてしまう。
「当主として、環ちゃんは女の子と結婚して子供を作らないといけないでしょ?俺はその姿を見たくない。見たら嫉妬で奥さん殺しちゃう…だから遠いところに行きたい。」
「だから僕を捨てるんですか?当主だからって血脈を途絶えさせるな?そんなので潰れるなら潰してしまえばいいんですよ!僕の隣には辰也さん。辰也さんの隣には僕!それでいいでしょ。何難しく考えてるんですか。」
だって、でも、とぐちぐち…僕はとっくに腹決めてたんですけど、ここまでくるとムカつく。
心も身体もくまなく愛を伝えていたと勘違いしていたようだ。
「辰也さん、お仕置きです。」
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