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32話

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「俺はお前から見ていい男か?」

「は?」

昼休み、弁当を食べようと鞄から取り出していると、隣に仁王立ちをした京本がそう一言尋ねた。

「……聞かなかったことにしてくれ。」

驚いて返事が出来なかった俺を見て、無かったことにしようとする京本は見てわかるほどに落ち込んで、去っていこうとする。
その腕を掴み、教室で話す内容じゃないと判断し、空いている手に弁当を持って屋上に向かう。

「お、おい。どこ行く…そっちは屋上だぞ。」

「俺が知らないとでも思っているのか、目的は屋上だ。生徒会長様が、人目のあるところでしょぼくれるな全く……」

教室を出てすぐの階段を登れば屋上だ。
フェンスを張られてはいるが、危険だと普段は入れないようになっている。風紀は取締りのため鍵を持っているがな。

施錠されたドアを開き、京本を誘い外へ出る。

「で、いい男かって?何でそうなった。」

ドア横の壁にもたれ座り、弁当を開く。
話し合うつもりだが、昼食を抜くつもりはないからな。

「……青山に言ってただろ。いい男だ、惚れそうって。だからいい男なら惚れてくれる可能性高いのだと思って。」

「確認したってことか。」

しょぼくれたままの京本に、どう返事をしようか頭の中を整理していたら、京本は居た堪れなくなったのかドアに手をかけて校舎に戻ろうとしていた。

「……昼飯食べに食堂行ってくる。」

「まあ待て、お前がいい男かなんて分かり切っているだろ。切れ者でカリスマ性に優れた男。人を支えて、人に支えられる…俺の理想の上に立つべき人間だ、そんなお前に好意を持たれているのは気分がいい。
 だがまぁ、下半身が少し緩い点は気に入らないな。以上だ、もう行っていいぞ。」

弁当の煮物を頬張りながら話していたが、暫くしても一向に屋上から出て行かない京本を不審に思い、顔を上げると、湯気が出ているのではないかと錯覚するほど顔を真っ赤にして放心していた。

失神はしてないよな?

「俺はここで食べるが、食堂に行くなら早く行け。連れてきて悪かったな。」

「あ、いや気にするな。じゃあ。」


ばたんとドアが閉まり、京本が食堂へ行ったと告げる。


最近、京本と会話らしい会話をしているな。
入学当初みたいだ…あの頃は親切な奴だったが、確か俺が風紀に入ってから態度が少しずつ変わっていったな。

あの頃は先輩たちに風紀と生徒会は仲が悪いって教えられてたから特に気に留めていなかったが、せっかく友達ができたと思ったのになんて考えてたな。



昼休みもそろそろ終わる時間、屋上から教室に戻ろうとドアを開けたら、ドア横に座り込んでいる京本がいた。

「おっ!まえ…食堂行ったんじゃなかったのか?!」

今ぎょっとした顔だろうな、すごいびっくりした。心臓に悪い…

のろのろと顔を上げてこちらを伺ってくる京本。

「……もうこんな時間か、気づかなかった。」

「ということは昼を食べていないのか、馬鹿。」

呆れてものも言えない。

「…蛍に言われたこと、嬉しかったぜ。嬉しかったんだが……少し荷が重い。」

「どういうことだ?」

立ち上がって向き合うと、京本は哀しい顔で俺を見つめている。

「嫡男として、完璧であれと育てられた。周りのやつは京本財閥の人間としてしか見てくれてなかった。蛍が初めてだったんだ、俺自身を見てくれたのは、出来て当たり前だと言われた俺を評価してくれたのは……」

「それで、荷が重いとは?」

「……これから先も、完璧であり続けること。お前の理想の人間であり続けることがだ。もし失敗したら?お前に失望されるのは嫌だ、幸せの絶頂で突き落とされたくない…」

こいつは全く…悪い方に考えてドツボにハマっているな。

「落ち着け、失敗くらいで俺が失望すると思うのか?失敗をそのまま放置したら間違いなく失望する。だがな、俺の知っている京本誠一郎という男は解決策を導き、必ず成功させる。
 今のお前はどうだ、好きなやつに嫌われたくないとうじうじしてる腰抜け野朗だ。落ち込んでいる姿は唆るが、いつもの自信過剰のお前の方が好みだ。」

「好み?本当か?」

目に光が戻ってきたな。

「失敗したら、笑ってやる。そしてお前が失敗した問題を俺が解決してやろう。」

そう言って、にやっと笑ってやると、京本は一瞬ぽかんとしていたが、すぐに声を出して笑い始めた。

「やっぱり最高だな。残念だが失敗する予定はない。お前が失敗したときは俺が解決してやっから、いくらでもミスしろよ。」

「何度も繰り返す馬鹿じゃないが、そうだな…もしそんな時がきたらこき使ってやるよ。」

悩み事が晴れたのか、いつもの京本に戻ったみたいだな。

さっきみたいに落ち込んでいるのは少し調子が狂う。
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