結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい

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閑話 貴婦人たちのお茶会②

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 改めて頭を下げて次に譲ろうと控える娘たちをさりげなく押しのけるようにして一組の母娘が近づいてきたので、警戒するようにエレンの前にジーンが出る。そのジーンと視線があったことで、同意を得たとばかりに意気揚々と母親が挨拶を述べ始めた。
 某伯爵家の夫人とその長女と名乗った二人の不遜ともとれる態度にわずかに眉根を寄せる三人に構わず、その伯爵夫人はやはりエレンに向き合った。

「ベイカー伯爵夫人。先ほどの子とのお話が聞こえてしまったのですけれど。盗み聞きというわけではございませんのよ?お嬢さんの大きな声が響いたものですからねぇ」

 言外に「はしたない」とでも非難したそうな言い様に、再びエレン達は眉根を寄せながらすっと扇を開いた。その様子は気にもかけずにその伯爵夫人は一方的に話を続ける。

「それより。お宅のご長男。大変でしたわね?おかげで王都から出なくてはならなくなって…お気の毒様ですわ!けれどさすがにベイカー家のご長男ともあろう方がこのままというわけにはいきませんでしょう?色々とお噂になっていらっしゃるようだけれど、ご長男ならばやはり後継ぎを産んで差し上げる妻が必要でしょう?」

 しっかりと眉根を寄せ、不快をあらわにした三人が扇を揺らめかしながらも黙って話を聞いているのをいいことに、伯爵夫人の話は止まらない。

「なかなか、お噂を知りながらおうちに入ってくださるご令嬢を探すのは大変なのでしょう?その点、うちの娘などは大変おおらかですから。まあ、そこはどこぞの身分もない使用人をお側に置かれる分には構わない…と言うんですのよ?当然、身分のあるものが正妻として立場を得るのは当然のことだとわたくしも主人も思っておりますけれど、娘がそう言うのなら、未婚の者が二人で旅に出るなどというふしだらな行為も目をつむって差し上げようと話しておりますの」

 とうとうと語るその伯爵夫人は、目の前の三人から冷たい空気が出ていることにも気づいていなければ、周囲のご令嬢・ご婦人方から漂う非難…むしろ殺意に近い熱のこもった視線にも気づいていない。
 娘はというと、もじもじと下を向きながら頬を染めている。おそらく、娘がベイカー家に嫁入りしたいというのは本心なのだろう。
 まるで自分の話に喜んでエレンが飛びついてくると疑ってもいないようなその姿に、あからさまにミリアが舌打ちをした。

「あなた。それは遠回しに、クリストフ殿下…わたくしの甥を非難していらっしゃるのかしら?」

 扇を揺らめかせながら低い声を出すミリアに、むしろ話しかけられたことを喜ぶかのように朗らかに伯爵夫人が答える。

「とんでもない!クリストフ殿下は元使用人と言っても事実、第四王子殿下であらせられますし、この先も公爵位を賜ることがお決まりでしょう!侯爵家の聖女様を娶られるにふさわしい方ですわ!」

「そこじゃないよね…」と吹き出すように笑いながらつぶやいたジーンの声は興奮する伯爵夫人には聞こえなかったようだ。
 もう一度舌打ちして何事かを言い募ろうとするミリアを再び手で制したエレンは、扇で隠されていない目を細めるようにして口を開いた。

「我が家とレスター侯爵家の関係、ひいては王家とのご縁についてはあなたに何か言われる筋合いはない。とはっきり申し上げた方がよろしいようね?」

 静かに響くエレンのその声に、周囲のざわめきもわずかに小さくなる。周囲のご婦人方は胸の前で両手を組みながらなりゆきを見守ることに集中しているようだ。

「え…?いいえ!まさかレスター侯爵家や王家の方々に何か物申すつもりなどありませんのよ?!誤解なさらないでくださいませ!」

 エレンの様子と言葉に、初めてひるんだように見えた伯爵夫人は必死に言い訳をする。
 その様子を見たミリアが扇をパチリと音を立てて閉じ、その先を伯爵夫人に向けようとするのをジーンが手首をつかんで止めた。ミリアが口を開こうとするのは、にっこりと微笑んで制しながら先にジーンが話を挟む。

「あなたはどうやら、身分に絶対的な信頼があるようだね」

 にっこりと微笑んだジーンに話しかけられた伯爵夫人は大げさなほどに大きくこくこくと頷いた。
 その様子を確認したジーンは、全く目に優しさのこもらない笑みを深くすると、低くよく響く声をわずかに大きくしながら周囲に聞こえるように話始めた。

「それなら、ギルバート…あなたの言うどこぞの使用人のことだけれど…を私の養子にしようかな?あの子ならいつでも歓迎するよ。うちの子より上の立場の子なんてそうそうないし!エレンどう?その方がロバートを黙らせるのにも都合がいいよね?」

「お待ちなさい!ジーン!ずるいわよ!それなら、ギルバートはわたくしの養子にするわ!そうすれば、アルフレッドもわたくしの義理の息子になるもの!そうよ!そうしましょう!そこいらの不届きものやロバートなんてわたくしが黙らせてあげる!」

 よく響く声でとんでもないことを言い出したジーンに、負けじとミリアも扇をばっさばっさと振りながら大声を上げる。
 その二人に小さくため息をついてから微笑んだエレンもゆったりと扇を動かしながら返答する。

「あらあら。二人とも、そんなことをしなくてもギルバートはうちの子ですから大丈夫よ~。ロバートも、あの子がうちの子であることはちゃんと認めてるから心配しなくてもいいわ。どこのどなたかもわからない方に何を言われても、うちの子たちのことは私たちがちゃんと守ります」

 さんざんに見降ろされた当の伯爵夫人は「なっ!」と小さく言うのが精いっぱいといった様子で先ほどからわなわなと震えていた顔を一気に赤くした。
 その後ろで顔を俯けている娘は、今や蒼白といった表情だ。
 朗らかさを取り戻したように微笑みあう三人の前で、身動きが取れずにいる母娘にミリアがちらりと視線を戻すと、また扇を揺らめかせながら声をかけた。

「それで?あなた方、どちらのどなたでしたかしら?わたくしたち、ご挨拶をした覚えもないのだけれど?」

 三人が返事をする前に話始めるというあり得ない行動をした自分のことを思い出し、さっと顔色を青くした母親が果敢にももう一度挨拶をしようと口を開きかけた。ここからやり直すことができるとでも思ったかのようなその態度に苦笑したエレンは、パチンと音を鳴らして扇を閉じた。

 目の前で、挨拶を述べようとしているはずの母親は口をパクパクとさせているが、その声が聞こえてこない。それを確認したエレンが心配そうに眉根を寄せながら「あらどうなさったの?体調が悪そうですわよ」ととってつけたように口にする。それを受けたジーンも同じくわざとらしい口調で「本当だ!大変だね。誰か!このお二人を丁重にお屋敷までお送りしてさしあげろ!」と声を上げ、二人はわらわらと集まった使用人たちに連れていかれたが、その口はパクパクするのみで、会場を出るまでなにも音を出すことはなかった。
 やがて、会場の外から騒ぎ声が聞こえたようだったが、そのころには会場の中は別の話題で持ち切りで誰も口の端に上げることもなかった。

 騒ぎの元の母娘が会場を後にするのを見送りながらミリアは「エレンは相変わらず優しいわね。あの無礼ものどもの名前をこの会場中の噂好きに聞かせてあげればよかったのに」とつぶやいたが、エレンは「あらまあ。結果的にとても役に立ってもらったのに、そこまでしてはお嬢さんがさすがに気の毒だわ」と困ったように言い、「あそこまで思ったとおりに動いてくれるとはさすがに驚いたけどね」とジーンは笑った。

 そして、ひとしきり笑ったジーンが「さて、それではそろそろお客様方にをご用意しようかな」と軽く手を上げると、使用人たちが次々に手に花の入った籠をもってジーンの元へやってくる。
 その籠の一つを受け取ったジーンは「それ」と声を上げながら、自身も片手に持ったままにしていたエレンとミリアのものと似た刺繍の入った扇を優雅に振って見せた。
 
 すると、扇からふわりと風が巻き起こり、その風に乗って籠から花が躍るように会場に巡り出した。
 「わあ!」と会場中のご婦人方から歓声が上がるのを確認したミリアは「わたくしも」と言って自らも籠を受け取ると、同じく扇を振って花を風に乗せ始める。
 「まあ」と頬に手を当てて微笑んだエレンは、少し考えるようにした後で扇を軽く空に向けて舞わせるように動かし、空中に細かな霧状の水を発生させた。
 そうすると、よく晴れた中庭の上空にキラキラと輝くように小さな虹が浮かび上がり、更に会場中のご婦人たちの歓声が大きくなり、先ほどまでの騒ぎのことなど忘れたかのように笑みを浮かべていた。

 会場のご婦人たちが歓声を上げる様子を見たジーンは「この扇、やっぱり便利だね」と笑い、ミリアも「そうね。声を遠くへ届かせたり響かなくするのに風魔法を流用するというのは面白い策だし、こうして素敵な使い方もできるものね」と穏やかに微笑んだ。それからエレンの扇を見ると「そこまではやりすぎだと思うけど」と二人声をそろえた。
 
 ジーンとミリアの扇は風魔法の図式を刺繍したもので、エレンの扇は風・水・火の魔法制御を上げるための図式がびっしりと刺繍されたギルバート特製の扇である。

 そうして微笑みあう三人をうっとりと眺めるご婦人たちは後日、この会に参加していなかった家族友人たちに面白おかしく顛末を語って聞かせて回る。「あのお二人の間に入ろうとした身の程知らず」で「どこのだれかわからない」母娘については、その後この国の社交界で見かけることはなく、元々異国出身だった母の生国で縁を得ることができたと風の噂に上ったのはずいぶん経ってからのことだった。
 
 あの異国から来た薄学の伯爵夫人は知らなかった。
 エレン、ジーン、ミリアの三人がかつて「学園創設以来の三女傑」と呼ばれ、三人それぞれがあの会に参加した者だけではない数多くの者の憧れを背負った存在であったことも。
 もし女公爵として家を継いだジーンが騎士の道を選んでいたり、もしエレンが卒業と同時に家庭に入らず王宮に出仕していたり、もしミリアが恋うた相手が侯爵家の継嗣でなければ、今頃は王宮の主はだったかもしれないと言われていることも。彼女は知らない。

 あのお茶会に出席したあるご令嬢曰く。
「我々は、あのアルフレッド様と執事様の間に割って入るなどと愚かなことはしない。むしろできない。いや、そんなこと意味がない」
 また別のご令嬢曰く。
「間ではない。我々がいるべきは、外だ。いや、壁であり床であり天井であるべきだ」
と各々ペンを握りしめながら熱く述べたのだとか。
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