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第三部 不思議の国のQちゃん

暴虐の盾

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 かつて集落があったその場所は、一面雑草に覆われ、津波の痕跡が消えていた。
 海岸近くには重機が一台あり、その周辺は僅かだが盛り土が施されていた。

 海岸に通じる道は通行禁止になっていた。
 これでは、工事現場だ。一目見て、被災地と認識するのは不可能だった。


「ここで何するんだよう」Qちゃんの声が響いた。一瞬、私はここに来た目的を見失った。
「ほら、向こうに灯台が見えるでしょ。ここが塩屋岬だよ。美空ひばりのみだれ髪の場所だよ」
 言葉は不思議によどみなく流れたが、心はざわついた。
 これではダメだ。
 ここは被災地なのだ。
 正視しなければならないのだ。
 Qちゃんも、私も。


「ここは3年前、津波に襲われた場所だよ。ここには家がいっぱい建っていたんだ。みんな津波で流されちゃった」
 Qちゃんの様子を見ながら、一呼吸を置いて言葉を継いだ。
「……ここに住んでいた人は今、どうしているんだろうねえ」
 何もない、透明な空気に語りかけるように、前方遥か彼方を見ながら私は言った。

 少しの沈黙があった。
「……かわいそうに、天災だから、どうしようもないね、……かわいそうに」
 Qちゃんもまた、どこを見るでもなく、呟いた。
「Qちゃん、亡くなった人の分も長生きしないと……。生きていることに感謝しないと……」
 どうしても言いたかった言葉だ。いや、言わなければならない言葉だ。
「そうだね。ほんとに、そうだね」
 自分の言葉を確認するようにゆっくり頷きながら、Qちゃんは言った。 

 言葉が浸みていく。Qちゃんに、そして、私に。


 夜が迫っていた。
 静かだ。実に静かだ。

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